CoolCoolCoolCoolCool
 道徳のお誕生日企画用に書き下ろした話です。
 基本的に、誕生日がちゃんとあって10月10日生まれの設定なのはパラレルの方なんですが、どうせならということで紫陽洞でも書いてみました(笑)。
 最初は大人天化の話にしようと思ったんですが、天化の言動がどうも子供っぽいような感じだったので、子天化にしました。
 私にしてはかなり短い話で、自分で書いてて変な気分でした。所要時間は直しも含めて多分3時間?(あやふや)
 でもやっぱり長い方が、私としては書きやすいですね(笑)。
 これぐらいだと、物凄く中途半端な気がしちゃいます。
 そのせいか、一度UPした後にもかなり加筆修正してしまいました(オイ)。これはもう習性としか言い様がないですね(苦笑)。
 短編は書き慣れていない(長編もやけど)ので、できれば感想を頂けると私としては嬉しいです。
「師父!お誕生日おめでとうさ!」 
 ある日の夕刻、唐突にこんな台詞を聞かされ、天化に抱きつかれた道徳は眼をまん丸に見開くばかりだった。
 
「……はあ?誕生日?」
 
 我ながら間の抜けた返事だと思いつつも、道徳にはそう答えることしかできない。
 
「お誕生日は凄くおめでたいさね。師父、おめでとうさ〜」
 
 天化はまだ子供だから、自分の誕生日が来るのが嬉しいのは分かるが、何故師匠の誕生日に喜ぶのか、道徳にはこの
 
辺りの心理が理解不能である。それに、彼は自分の誕生日のことなんてまるで考えたこともない。
 
「えへへ〜、とにかく今日は師父のお誕生日さね」
 
「…私の誕生日なんて誰に聞いたんだい?自慢じゃないが、自分でも分からないんだが……」
 
 嬉しそうに誕生日を連呼する天化をしげしげと眺め、道徳は益々不審そうに首を傾げる。本当に自慢にもならないのだが、
 
自分自身の誕生日なんて、正直に知らないとしか答えようがない。
 
 道徳の家ではそんな風習はなかったし、遥か昔に天に召された両親も、道徳の誕生日なぞ分からないだろう。
 
 本人も家族も知らないことを、何故天化に分かるというのか、実に不思議だ。
 
「俺っちだって知らないさ。師父が知らないのに、俺っちに分かるわけないかんね」
 
 疑問を口にした途端に少年にけろりと答えられ、余計に訳がわからず首を傾げる。
 
「俺っちには今までに師父が色々なお祝いをしてくれたけど、俺っちから師父に何かしてあげたことなんて殆どないさ。だか
 
ら今日は、師父に日頃の感謝を込めて、後片付けとかも全部するさ!」
 
「ああ、そう……」
 
 曖昧な口調で返事をしたものの、道徳には何かを履き違えているような気がしないでもない。
 
「今夜は師父のお背中も流すし、肩叩きもしてあげるさ!それから俺っち、お祝いにケーキも用意したさ」
 
「ケーキは仙道にはご法度だったと思うんだけど……?」
 
「師父お得意の精進ケーキさ。俺っちいっつも見てるから、作り方もばっちり覚えてるもん」
 
(……ということは、このケーキは天化が……)
 
 冷汗がたら〜りと背中を伝って落ちる。天化はお世辞にも料理が上手とはいえない。むしろ超がつく下手くそだ。しかもたち
 
が悪いことに、見た目は美味しそうでも中身は凶悪なまでのまずさという、折り紙つきである。
 
 道徳は痛いほどに感じる天化の期待に満ちた視線に晒され続けながら、凄まじい葛藤と戦っていた。
 
 可愛い弟子の為にこの世にも恐ろしいケーキを食べるか、それとも自分可愛さに誤魔化すか……。
 
 子供の純真無垢な視線というものは、大人に対して訴えかける力に満ち満ちている。
 
 天化のきらきらと輝く瞳に見詰められると、どれだけすれっからしな大人でも、何でもいうことをきいてしまうに違いない。
 
 別にすれているわけでも、極端に捻くれているわけでもない道徳が、この眼に勝てる筈もなかった。それに元から道徳は
 
友人一同に常に呆れられているぐらい、天化に愛情を注いでいる。
 
 こうなってくると当然みえみえの結果、道徳は弟子への愛情をとり、心中で滂沱の涙を流しつつ、一世一代の覚悟を決め
 
て、愛弟子の愛の籠もった見た目だけは美味しそうなケーキを口に一気に入れた。
 
「師父、どうさ?」
 
「ありがとう天化、とても嬉しいよ」
 
 にこりと爽やかな笑顔を振りまき、天化の顔を覗き込むと、少年は微かに頬を染めて俯く。
 
「そんな風に改まって言われると困っちゃうさ。お、俺っち…お皿片付けてくる!」
 
 照れくささに慌ててケーキの入った皿を持って台所に駆け込んだ天化の背中を見送った直後、道徳はその場に突っ伏し
 
た。今の今まで少年への愛情で耐えに耐えていた苦しみが、一気に噴出する。
 
 滅多にかかない脂汗が全身を濡らし、額には苦悶の縦皺がきつく刻み込まれた。
「どこをどうすれば…ここまでまずい味に作れるんだ?」
 
 余りのまずさに胃がおかしくなりそうになるので、お茶を何杯も飲んで道徳は一人ごちた。だがそれよりも気になることが
 
ある。天化はこの後に肩叩きやらのサービスもしてくれるつもりらしいのだ。
 
 誕生日の祝いは、大抵はそういった事ではなくてもっと別のプレゼントだし、むしろ肩叩きなどは……。
 
 ここまで思考を巡らせ、道徳ははたと気がついた。丁度お茶を運んで戻ってきた天化に、それとなく尋ねる。
 
「ねぇ天化、私の誕生日のことは、一体誰から聞いたんだい?」
 
「太乙さんからさ!師父はもう年寄りだから、誕生日も普通じゃなくてこういうのがいいって」
 
「こういうのって……もしかして『敬老の日』のことかな?」
 
「うん!」
 
(人の誕生日(これも大嘘)を勝手に敬老の日に装った上に、おかしなこと吹き込むな。自分の方が年寄りのくせに)
 
 弟子には優しい笑顔を向けながら、心中では同僚への罵詈雑言を撒き散らす仙人様だった。
 
「天化、気持ちだけで充分だから、しばらく誕生日のお祝いはいいよ。私はまだ『若い』から」
 
 さりげに『若い』を強調するところに、道徳なりのなけなしの意地が感じられる。
 
「ええ〜、俺っちもっとお祝いしたいのに」
 
 天化にとっては半分お遊びも含まれていたのだろう、お気に入りのおもちゃを取り上げられた幼い子供のように、頬を膨ら
 
ませて不満そうに唇を尖らせた。
 
「また今度一緒に特大のケーキを作って皆に振舞おう。これならどうだい?」
 
 道徳の示した妥協案に、天化はすぐに機嫌をよくしてにこにこ笑う。
「ホント?俺っちケーキ作るの、工作みたいで面白かったさ。またしてもいいんさね?」
 
「勿論だとも。きっと皆喜ぶよ」
 
 ケーキ作りを工作と一緒にするとは、一体中に何を入れていたのか聞くのも怖い。しかし道徳は、敢えてそれには言及せ
 
ずにおいた。人間、知らなくていいことを無理をして知る必要はないのである。
 
 いつかちゃんとしたケーキの作り方を教えようと心に誓いつつ、道徳は天化に笑いかけた。
 
「ところでね、天化。さっきのケーキはやけに小さかったような気がするんだけど…」
 
 道徳としては小さくて助かったのだが、残りがどうなったのかは大変気になるところである。
 
「あのね、太乙さんと、雲中子さんと、玉鼎さんと、楊ゼンさんと、玉麒麟に味見してもらったんさ」
 
(それは味見でなくて毒見では……)
 
「へ、へぇ〜そうなんだ…」
 
 道徳は内心ツッコミを入れながら、実験台になった彼らが無事には済んでいないだろうことを予測した。
 
 比較的慣れている自分ですら悶絶するようなひどい味である。きっと全員今頃寝込んでいるに違いない。
 
 天化のあの瞳に見つめられて、食べて欲しいと言われてしまえば、誰だってあのケーキを口にするだろう。仙人四人は
 
天化の作る料理の破壊力を知らないだけに、きっとあっさり食べたに違いない。
 
 だが玉麒麟は理解しているが故に、この恐るべき究極の選択に懊悩したのは確かである。
 
 恐らく彼らは、天化の作る料理を金輪際食べるまいと心に誓ったことだろう。
 
(……明日辺り皆の見舞い行こう)
 
 不可抗力とはいえ、さすがに巻き添えになった友人達には悪い気がする。太乙はまあ自業自得というやつだが。
 
 口直しに何かお菓子でも持って行くついでに、太乙には特性激辛饅頭もおまけしてやるつもりだ。人の誕生日を勝手に設
 
定した上に、その日を『敬老の日』だと大嘘を教えた罰はちゃんと与えておかねばならない。悪魔の計画を算段する辺り、道
 
徳は天化よりも始末に終えない性格の持ち主である。
 
 さて、それから数年間、道徳の主張が通ったのかどうかは不明だが、その後しばらく天化が『誕生日祝いの敬老の日』を行
 
う事はなかった。本人の主張では『若い』とのことなので、これはこれでよかったのかもしれない。
 
 誕生日の過ごし方とは、それぞれに違うものなのだった。
 

                                                    2002.10.10