アキラさん登校日の受難でした(笑)。
最初はこの話、日高先輩視点でみたアキラとヒカルの夏祭りの情景という感じにしようかと思ったのですが、オフ本「Butterfly(完売済)」のおまけネタでそっちを書きたいと思い、これになりました。
オリキャラが出張ってますが、あんまり気にしないで下さいませ。
「夏の風景写真」のおまけネタがもう一つありまして、それに登場した後はそんなに出る予定がない哀れなキャラなので(非道)。
こんな扱いを受けるオリキャラさん達ですが、話の中に少しでも溶け込んでいてくれているといいんですが。
夏休みも後数日で終わるという時期の登校日、アキラは同級生に混じって海王中学の門をくぐった。
久し振りの教室に足を踏み入れると、何だか室内に異様な空気が漂っている。
これまで賑やかに喋っていた女子生徒がアキラの登場に一瞬押し黙り、突然ひそひそと声を殺して話をしだしたり、かと
思うと上辺だけで妙にはしゃいで騒いだりと、これまでにない妙な雰囲気だった。それに、騒いでいない女子生徒からは、
注目されることに慣れているアキラですら気になってしまうほどの視線が飛んでくる。
男子生徒は比較的落ち着いてはいるのだが、アキラの方をちらちら窺ってはもの言いたげな眼を向けてきていた。彼らの
様子からして、女子達の奇妙な行動にはアキラ自身が何か絡んでいるらしい。しかし男子は女子の目の届くところでは、ア
キラにその理由を話してくれそうにない。女子生徒達がそれを許さないような気配を纏っていた。
アキラとしては女子達の気分を害した記憶もなく、身に覚えもないだけに、彼女らの奇異な行動には首を傾げるしかない。
「よお、塔矢、久し振り」
「おはよー、塔矢」
「……おはよう、津川、中村」
異常な緊張状態で遠巻きにアキラを眺める男子生徒が大半を占める中、アキラが席に着いてしばらくしてから教室に入っ
てきた二人の少年が周囲の眼も気にせず話しかけてくる。彼らは囲碁は全く打てないし興味もないので、碁会所に足を踏み
入れたことすらないのだが、囲碁という関わりを外れた存在としては、アキラと一番親しい友人だった。
二人とも小学生の時からの付き合いで、出席番号も近いだけでなく、同じクラスにも何度もなっていることもあり、気安い仲
といえる。津川は眼鏡をかけたガリ勉タイプの見かけと反してはっきりとした物言いの小気味の良い少年で、中村は外見が
派手めでちゃらちゃらした軽いノリの少年だが、常に学年上位の成績に入っている優等生である。
「何だか今日は、クラスの雰囲気が変なんだけど…」
「いつもはこういうのに鈍い塔矢でも気付いたか?オレも気になってさ、皆から情報集めといたぜ」
「これからホームルームだから、キミには後で話してあげるよ」
津川と中村はアキラの疑問にさもあらんと頷いてみせると、担任が教室に入ってきたのを見て素早く席に着いた。
ホームルームを兼ねた一時間目だが、担任が話していても女子達は気もそぞろで様子がおかしい。視線を感じてふと瞳を
向けると、その女子生徒は慌てて目を離して見ていなかったフリをする。
そんな女子全員の目線を感じつつ、まるで針の筵に座らせられたような気分を味わいながらも一時間目が終わった。二時
間目は課題の提出の為殆ど自習のようなものなので、早速とばかりに津川と中村がアキラの席の傍に寄ってくる。
相変わらずの状態にいい加減アキラもうんざりし始めていたので、彼らが脇を固めてくれたのは正直有り難かった。
アキラと二人の少年は美術課題の写真の裏にクラスと名前を書きながら、頭をつき合わせて話をする。
「……それで、この妙な空気の理由は何?」
「クラスっていうか、女子の様子がおかしいのは塔矢が原因だな」
「そっ!元凶は塔矢アキラ君、キミ本人だ」
「はぁ?」
思わず間の抜けた返事をして、アキラは津川と中村の顔を交互に見やった。
「「心当たりない?」」
「いや…全く…何も思いつかないんだけど……」
二人同時に尋ねられ、アキラは心の中で様々な原因を考えたが、結局何も思い浮かばずに首を横に振る。
「自覚症状なし…ってか普通考えねぇか…」
「そだな。けど、アキラ君、キミが余りにも自分の行動に無頓着過ぎるってのも、一つの要因といえるかもよ?」
「あの……二人とも、本当にボクには心当たりがないんだ。遠回しな言い方はやめて教えてくれないか?」
ほとほと困り果てているアキラの様子に、津川と中村は面白そうに笑いあった。
「原因を教える前に、オレ達の質問に答えろよ。これが重要なんだ」
「……この間の夏祭り、塔矢も行ったろー?」
「うん、行ったよ」
「その時水色の生地に黄色い花模様の浴衣の子と一緒に居た?」
「えっ?あ、うん」
何でヒカルと一緒だったことを知られているのか不思議に思いながらも、アキラは正直に頷く。
「その子と塔矢は前からの知り合いだな?」
「うん、まあ…同い年だしね」
「ほうほう…同年代ね。んじゃ、その子はウチの学校の生徒じゃない?」
「ああ、違うよ。他校の生徒だ」
「「その子はとっても可愛い?」」
「……うん…」
見事にハモった友人二人を眺めて、何でそんな事を尋ねるんだと思いつつ、アキラは微かに頬を染めて自分の思った通
りに素直に肯定した。実際、ヒカルは学校中の女子生徒を束にして適わないぐらい、可愛いし綺麗だと思う。
微妙にアキラの頬が赤くなったのに満足して、二人は内心楽しげに笑った。これは今後の女子達の反応がどう変わるか
見ものである。二人の質問にクラス中の耳がダンボ状態になっていることに、アキラは全く気付いていない。そしてその視
線が自分に集まっていることも。もしも知っていたら、素直に答えたりはしなかっただろう。
「その子と初めて逢ったのはいつ?」
「小学校六年の冬」
「どこで?」
「ボクのお父さんが経営する碁会所」
「……ってことは、囲碁関係者?」
「ああ、今度プロ試験の本選を受けることになってるよ」
二人は揃って感心したように口笛を吹いた。プロ試験に挑むだけの実力があるとなれば、クラスの女子なんて最初から
問題外だ。太刀打ちできるどころの話ではない。二人とも囲碁の世界にさほど詳しいわけではないが、付き合いの古いア
キラがプロとして活躍していることと、海王中の囲碁部が有名なことで、打てなくてもそこそこの知識はある。
つまりは、プロ試験に望める実力があるということは、海王中の囲碁部ですら歯牙にもかけて貰えない力の持ち主だと
いうことだ。中学校の囲碁部の実力など、プロになろうとする少年や少女にとってはぬる過ぎるだろう。
アキラがさっさと囲碁部を辞めてしまったのも、二人からみれば無理からぬことだと思う。彼らは囲碁のルールも知らな
いし、囲碁部の部室に入ったことすらないけれど、外野として客観的に考えても囲碁部員がいきり立ってアキラを排斥し
ようとしたこと自体が筋違いだと、友人として憤慨したものだった。
アキラは囲碁界のホープとして期待されている棋士でもあるし、大人しげな外見に反して我の強い性格からしても、相手
も実力がなけれ満足しそうにない。
彼のようなタイプは、自分と並び立てる存在でなければ、共に歩む相手と認めもしないに違いない。
「囲碁も強くてしかも可愛いか…塔矢の超好みのタイプじゃん――っていうか理想の相手?」
「……だよなぁ。けど本当に顔がいいかどうかは実物見ないとわかんねぇよ」
「日高先輩情報だとかなりイイ線いってるらしいんだけど?」
「あの人そういうのにうるさそうだから、信憑性あるよなー」
「………津川?中村?」
内容は聞こえなかったが、二人がこそこそと話し合っているのを眺めて、アキラは訝しげに眉を寄せて声をかける。
「あ、悪い、悪い。質問は以上で終わりな」
アキラがほっとしたように表情を緩めたのを見て、滅多にみれない歳相応の顔に、二人は益々楽しげに目を細めた。
「結論の前に、オレ達が塔矢とその子が一緒に夏祭りに行ったって事を知っているのか、教えてやるよ」
「日高先輩がどうも見てたらしいんだな。キミがその子と仲良く歩いてるところを」
日高は昨年卒業した、囲碁部の先輩で、気の強いしっかりとした少女だ。アキラも彼女のことはよく知っている。
「それで、ウチのクラスにいる後輩の女子部員達に、連絡をとって尋ねたそうだ」
「彼女達が質問の内容に驚いて他のクラスの女子部員に確認とって、女子の間に噂があっという間に広まったと」
「オレ達は塔矢と一番仲がいいからさ、着いた早々質問攻めで参ったのなんの」
「それでホームルーム間際まで席に戻らなかったんだけど、どこ行っても同じこと訊かれるとは思わなかったよなー」
「………?だから何の話?」
アキラは益々怪訝そうに首を捻る。どうやは本当に分からないらしい。
津川と中村は悪戯っぽく笑うと、声を揃えてきっぱりと言い切る。
「「塔矢と夏祭りに一緒に行った浴衣の子が、キミと付き合ってる彼女。つまり恋人だろうって話だよ」」
「………っ!!」
(こ、恋人だって?誰が……って進藤が…!?)
二人の台詞を脳が理解した途端、アキラの手から一枚の写真が机に落ちた。ヒカルが自分の恋人だと思われたと知る
と同時に、とてつもなく彼のことを意識をしだして心臓の鼓動は速くなり、頬が火を噴くように熱くなる。
ヒカルは恋人じゃない、断じて違う。でも誰よりも可愛いことは認めるし、自分が何よりも心を奪われている相手であるこ
とも否定はしない。だがこれは恋ではない筈だ、だってヒカルは男なのである。あくまでも囲碁の実力が気になるだけだ。
自分に必死になって言い聞かせながらも、ヒカルが他人から見ても恋人だと思われたことに不覚にも嬉しくなって、頬が
緩んでしまいそうになる。慌てて頭から払拭しようとするものの、間接キスのことや柔らかな手の感触、腰に回された腕の
心地よさ、ヒカルの浴衣姿、笑いかけてきた綺麗な顔を思い出して、益々収拾がつかずにうろたえた。
瞬間湯沸かし器、或いは南極からサハラ砂漠に移した温度計。それぐらい一瞬にしてアキラの顔は完熟トマト状態にな
る。滅多に表情を変えないアキラが、みるみる赤くなっていくのを眺めて、津川と中村の方が反対に驚きに眼を丸くした。
まさかこんなにも分かりやすい反応が返ってくるとは思いもしない。これでは、誰が見てもその浴衣の人物がアキラの
想い人だと、正直に告白しているようなものなのである。
「ち、違うよ!と…友達なんだ、友達!」
どうやらさしもの塔矢アキラも、恋をすれば歳相応の少年になるようで、首筋まで赤くして誤魔化す姿は妙に可愛らし
かった。恋愛には不器用そうなアキラのこの様子だと、きっと告白もできないでいるに違いない。アキラには言わなかっ
たが、手まで繋いで仲良く歩いていたという日高の目撃情報もあるのだ。
好きでもない相手の手を握る筈もないので、相手の子もアキラが好きであることは疑いようもない。
つまりは両想いということで、間接的には立派な恋人同士といえなくもないだろう。さすがは日高先輩、見事な洞察力
だ、と津川と中村は内心感心して脱帽した。
「なるほど、つまりその『お友達』がこの子なわけだ」
アキラの取り落とした写真を見て、わざわざ『お友達』を強調しながら津川と中村はにんまりと笑う。浴衣姿で花火を見
上げる人物を撮ったものだったが、二人にとっては残念なことに、後姿であるので顔は分からなかった。
「なあ、この子の顔が写してある写真も撮ってるんだろ?」
「撮ってるならみせて欲しいな〜」
「………」
津川が眼鏡の奥の瞳に好奇心を一杯詰め込んで尋ねた問いも、中村のお願いと手を合わせる姿も無視して、アキラは
無言のまま中村が持っていた写真を素早く回収し、伏せておいた手許の写真を提出用の封筒に入れて封をしてしまう。
「塔矢って……意外とケチだな」
「そうそう、ちょっとぐらいいいのにさ」
「何とでもどうぞ」
これでクラスの女子にあんな眼で見られていた理由が分かったが、他人の恋人のことでそこまで大騒ぎする必要もない
と思う。いや、別にヒカルは恋人というわけではない、と慌てて心中で自分を誤魔化すアキラだった。
しかし考えようによっては、これで下駄箱に手紙が入っていたり、上級生の女子から告白の為に呼び出されたり、バレン
タインデーに大量のチョコレートを持って帰らずに済むようになるかもしれない。
それならば、誤解は誤解のままでおいておいた方がいいような気がする。大体からして告白してくる女子の大半は、将来
アキラがタイトルホルダーになったら悠々自適に贅沢三昧な生活が出来るという、何とも身勝手で碁打としてのアキラを馬
鹿にしているような理由でやってくるのだ。
それなら恋人がいると思われて、近づいてくる輩を最初から無くしてしまえるようにした方が遙かに合理的である。
そんなアキラの思惑通り、アキラの反応を遠巻きに眺めていた女子全員が日高の情報は真実だったのだと確信し、その
日のうちに噂は学校内の女子全てに広まったのである。お陰でアキラは卒業するまで、これまで辟易するほど貰っていた
バレンタインデーのチョコも、下駄箱のラブレターや呼び出されての告白など、これらの数が極端に減ることとなった。
さすがに全く無くなることはなかったが、例え告白されても、好きな人が他の学校に居るから、と言って断るとすぐに引き
下がるように反応も変化した。ヒカルへの想いを自覚しても、していなくても、ヒカルに心を奪われ好きであることは真実なの
で、断るにしても嘘ではなかったからこそ、そんな反応だったのかもしれない。
お陰様でといおうか、その後の学校生活はアキラにとっては平穏無事であった。正し、二名の敵を相手にする時を除いて。
アキラが梃子摺るほどの敵とは即ち、小学校からの同級生、津川と中村である。またの名を野次馬とデバガメ。
二人はアキラの恋人と想定した人物(ヒカル)に『浴衣の君』という勝手な別名をつけ、ことあるごとに経過を尋ねるようにな
ったのである。彼らの目的は小学校からの友人の恋の行方に対する好奇心が殆どだったが、反面、恋にとてつもなく不器
用で奥手なアキラに対して、知らず知らずのうちに密かなアドバイザーとしての役割も演じてもいたのだった。
アキラの片思いの相手(本当は両想いだと確信していたが)がどこの誰かということよりも、その経過と結果に興味を持って
いたこともあり、彼らがアキラの想い人がライバルの進藤ヒカルであるという事実に驚愕するのは、数年先の未来になる。
その時この二人がどんな反応をしたのか……それは当事者のみぞ知る。
2003.9.14