COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)
 アキラさんの受難話でした(笑)。
 『ヒカルが塔矢行洋&明子と仲良くしてアキラを嫉妬(焼もち?)というか困らせてください』という匿名希望様からのリクをヒントにして書いた話です。
 書いた当初から、リク内容に合った話になっているかどうか、非常に自信がない話になりました。
 これじゃアキラさんの一人ノリツッコミ話だわ…すみません!
 こんな話でも少しでも楽しんで頂けていたら嬉しいです。
 WEB拍手を叩いて下さる方からこうしてリクを貰って書くのも楽しくて、私としては有り難いです。今後とも何かリクがあったら頂戴できますと嬉しいです〜。

不機嫌な王子様(ヒカ碁・地上の星)

 愛する人と素晴らしい夜を過ごし、朝は大変に上機嫌だったにも関わらず、塔矢アキラは帰宅してからというもの非常に不機嫌だっ
 
た。朝はおはようのキスからいってらっしゃいのキスをこなし、愛するヒカルに見送られたその日の対局は快勝。
 
 本来なら今日は、私生活も仕事も、心身ともに充実して言うことなし!な一日になる筈だった。
 
 家に帰れば新妻(アキラ視点)が出迎えてお帰りのキスもしてくれるだろう。妄想を膨らませながら門を開けてアキラは玄関扉を勢い
 
よく開けた、この瞬間から彼の数日の運命は決まっていた。
 
「ただいま〜進藤!」
 
 玄関先がピンクのハートに埋め尽くされそうな勢いで開けたアキラは、今日も新妻(しつこいがアキラ視点)が嬉し恥ずかし新婚さん
 
のように可愛いキスをしてくれると信じて疑っていなかった。
 
 実際はヒカルからお帰りのキスなど殆どというか滅多にしないが、アキラにとっては例え一回でも百回以上に相当するのである。
 
 今の彼にどこの浮かれポンチ新婚バカップルだ!というツッコミを入れたとしても、アキラの分厚い面の皮を貫くことはできまい。
 
 たかだか半日仕事で家を空けていた程度で、ヒカルへの想いを募らせているのだから仕方ないのかもしれないが。
 
 冷静な普段の姿とは想像もつかないほど、今日のアキラは必要以上に浮かれていた。きっと、恥ずかしがりやなヒカルにしては非常
 
に珍しく、いってらっしゃいのキスをアキラにしたことが、本日の彼の心に羽根を生えさせている要因に違いない。
 
 だが彼のそんな浮かれ気分も一瞬で吹き飛んだ。玄関を開けた瞬間に。
 
 お土産のケーキを携えて嬉々としていたアキラは、出迎えた人物を見た途端、思わず固まる。これまで天井を突き抜ける勢いだった
 
テンションが一気に下がったことを、視覚的に捉えることができそうなほどの変わりようだ。
 
 アキラなりに一ヶ月ぶりに会うのは確かに嬉しいが、心理的にはかなり微妙になって、出迎えた人々を茫然と見上げる。
 
「あら、お帰りなさい。アキラさん」
 
「お帰り、アキラ」
 
 アキラを出迎えたのは、中国に行っている筈の両親だった。
 
 その背後から、母の手作りケーキを頬張りながらヒカルがひょっこりと顔を出す。
 
「あ、お帰り〜塔矢」
 
「た…ただいま、進藤。それにお父さんとお母さん」
 
 後二週間は帰ってこないはずの両親の出現に動揺を隠し切れないアキラとは対照的に、ヒカルは暢気なもので、にこにこと上機嫌
 
に笑っている。ケーキで餌付けされているのではなかろうかと、多少不安なアキラであった。
 
「塔矢先生とおばさん、一旦日本に帰る予定ができたんだってさ」
 
「そ、そうなんだ……」
 
 頬を引きつらせながらもアキラは何とか笑みを浮かべた。アキラの本日の予定は、ヒカルと今日の手合の検討を行い、あわよくば昼
 
間からアレコレいちゃいちゃしたいと思っていたのである。それが両親の突然の帰国でものの見事にご破算になってしまったのだ。
 
 このような事情で、初めのように彼は一気に不機嫌になったというわけで。
 
 そんなアキラの思惑や気分を知ってか知らずか、明子と行洋は久しぶりに会う息子をそっちのけで、居間に戻ったヒカルを構い倒し
 
ていた。当然ながら、アキラにとっては面白くない。
 
「進藤君、アキラさんがケーキを買ってきたみたいよ」
 
「でも、オレおばさんの作ってくれたケーキおかわりしたいんだけど…ダメ?」
 
 愛らしく小首を傾げて尋ねるヒカルの可愛い仕草に、明子は頬を嬉しげに染め上げた。マ○メロの「お願い」なんて目ではないくらい
 
の愛らしさである。傍から見ているアキラの心臓も見事に打ち抜いてくれる。
 
「ええ、おかわりしていくらでも食べてね、進藤君」
 
 アキラは母の眼が一瞬にしてハートマークに変化したのを見逃さなかった。
 
(進藤!そんなつぶらな眼でお母さんを見つめるな!)
 
 心で叫んでも、テレパシー能力のないヒカルにはまるで通じない。碁においてはいくらでも分かり合えても、日常生活においてはまだ
 
まだ完璧な以心伝心を行うには修行が足りないアキラである。
 
「さあ進藤君、暖かいお茶でもどうだね」
 
 行洋はというと、いつもの厳格な姿と変わらない様子に見えるが、それでも嬉しげにヒカルに牛乳がたっぷりと入ったロイヤルミルク
 
ティーを勧めたりなんぞしている。父とロイヤルミルクティー入りの紅茶カップはかなりミスマッチだ。
 
 ヒカルは行洋自ら勧められた紅茶を、恐縮しながらも受け取っていた。
 
「ありがとうございます、塔矢先生」
 
「ささ、進藤君。おかわりのケーキよ」
 
 紅茶カップの横に素早くケーキを明子がおくと、ヒカルはにこりと笑顔を向けた。
 
「ありがとう、おばさん。スッゲーおいしそう!」
 
 手作りチーズケーキを前にして笑顔満開のヒカルの手を、感極まったように明子は取ると、彼女は半ば真剣な様子で口を開く。
 
「進藤君、『おばさん』だなんて他人行儀な呼び方じゃなくて、私のことは『お母さん』と呼んで頂戴ね。『お義母さん』じゃなくて『お母さ
 
ん』よ?ね、お願い!」
 
 門下生なら思わずびびって頷いてしまうような押しの強さを発揮する明子の横で、恥ずかしそうに少し顔を上気させながら、行洋も
 
ぼそぼそと蚊の鳴くような小声で控えめに主張していた。
 
「し、進藤君…。では私のことも……その…お『お父さん』と……」
 
 因みにその声は明子に阻まれてヒカルに届くことはなかったが、アキラにはしっかりと聞こえていた。
 
(ボクを差し置いて、息子の恋人に何をしているんだ、この夫婦は)
 
 思わず心でツッコミを入れずにはいられないアキラである。それにしても、この夫婦は油断も隙もあったものではない。
 
 息子の嫁(アキラ視点)に何をやっているのやら。アキラとしては両親がヒカルを気に入ってくれるのは嬉しいが、自分の恋人をむや
 
みやたらに構われるのも困ってしまうわけで。何故なら自分がヒカルをあれこれできないから。
 
 関西弁の誰かなら、ここで『普段たっぷりやっとるやろが!』と裏手突っ込みをビシリと入れてくれただろう。
 
 この場に居ないのが実に残念である。
 
 だが天然なヒカルは夫婦の的外れな言葉にも、さして気にせず首を傾げただけだった。
 
「うーん…でも……塔矢に悪いし…。じゃあ、『明子さん』て呼んじゃダメ?若くて綺麗だから『お母さん』なんてなんだか照れ臭いし」
 
 ヒカルの提案に、明子は嬉しそうに何度も頷いた。
 
「まあ、お上手ね進藤君ったら!嬉しいわ、じゃあ私のことは『明子さん』と呼んでね」
 
 恋人であるこのボクを差し置いて母のファーストネームを呼ぶとは何事だ!進藤!とアキラとしては大いに主張したいところだが、さ
 
すがにこの場でそれを言わないだけの分別はある。
 
 日常的にはヒカルは滅多にアキラの名を呼んでくれないが、愛の行為の最中にはたまーに呼んでくれたりもするからだ。
 
 とりあえず、先に自分のファーストネームは呼んでくれているから負けていない、と変なところで負けず嫌いを発揮するアキラだった。
 
「その…進藤君…私のことも『行洋君』と……」
 
 母の主張が通ったところで、消え入りそうな声で行洋も主張するが、やはりヒカルには届いていなかった。こんな時行洋の存在感は
 
実に希薄になっていて、哀れですらある。
 
(お父さん、それ絶対に無理ですから!!っていうか何で『君』なんですか!)
 
 行洋の小さな声が届いていたのはやはりアキラにだけで、彼は関西人の誰かのようにツッコミをビシバシ入れずにはいられない。
 
 父の意外な姿に驚くよりも、ツッコミ専門になってしまっていることに、彼は気づいていないらしい。
 
「進藤君、ケーキを食べ終わったら一局どうだね?」
 
「はい!お願いします」
 
「じゃあ、私は進藤君に指導碁をお願いしようかしら」
 
 ヒカルに声が届いていなかったことなどものともせずに、行洋は今度は碁でヒカルの意識を引きつけようとする。それに負けじと、明子
 
もヒカルに指導碁を願い出る。
 
「…進藤ボクとの対局は?」
 
 両親に負けじとヒカル争奪戦に加わったアキラだが、無情にも母によって一刀両断に切り捨てられた。
 
「アキラさんはダメよ。普段進藤君と一緒に居るんだから。お母さんとお父さんは滅多に会えないし、日本での用事が終わったら三日く
 
らいでまた中国に行かないといけないのよ?この短い期間くらい譲ってくれてもいいじゃないの」
 
 明子の主張に、ヒカルはそれもそうかとあっさり頷いている。アキラとしてはヒカルの援護射撃がないと、自身の立場はどんどん弱く
 
なる一方だ。キミのそんなところも可愛いなどと思いつつも、天然で鈍い恋人を持つ気苦労を両親の前で味わうアキラだった。
 
「アキラさんは後片付けをしといてね」
 
 息子の意向など完全に考慮に入れずに決めてしまうと、明子はヒカルと行洋と一緒にさっさと対局に使う和室へと向かってしまった。
 
 明子のこんなマイペースなところは、彼のこれまでの数々の行動と照らし合わせるに、アキラも確かに受け継いでいるに違いない。
 
 両親とのヒカル争奪戦に負け、取り残されたアキラは洗物を片付けながら心に誓う。
 
(数年後には必ず!進藤と二人きりで過ごせるスイートホームを手に入れてみせる!)
 
 有言も無言ももれなく実行の塔矢アキラは、自らの夢を恐らく確実に現実のものとするに違いない。
 
 アキラにとっては、両親が帰国していたこの三日間はまさに苦行ともいえる日々であった。
 
 数日間完全に両親にヒカルを独占され、蚊帳の外に放り出された彼が『しばらく日本に帰ってこなくてもいい』と、息子としては非常に
 
薄情なことを心のどこかで思ってしまったとしても、それは致し方ないことである。
 
 独占欲の強いアキラの横では、彼の密かな気苦労も知らずに気持ち良さそうに眠るヒカルがいた。取り敢えずは数日ヒカルを独占
 
することで、三日分を埋め合わせることを勝手に決める王子様であった。
 
 まずは目覚めのキスを女王様にすることが最初の一歩となる。
 

                                                                END   2008.12.13 改稿