サプライズ(ヒカ碁/地上の星・Treasure・Crown・囲碁戦隊棋士レンジャー)
平安時代の衣装と烏帽子を被った、とても美しい人が唐突にアキラの前に現れ、こうのたまった。
『塔矢アキラ、今日は貴方の誕生日ですね?どのタイプのヒカルと過ごしたいですか?よく考えてくださいね』
どこが上とも下ともつかない不思議なこの世界では、どんなことでも「有」なのかもしれないが、アキラとしては戸惑うばかりである。
わけも分からず問いかけの意味を考える。だが結局は言われた意味が今一つ分からず、アキラは首を傾げた。しかし烏帽子の君
は混乱しているアキラの様子に気付きもせずに勝手に話を進める。このマイペースさは、何となくヒカルと通じるものがあるようだ。
『三人のヒカルと今日一日貴方は思う存分誕生日を満喫できるのです。さあ、お選びなさい』
言葉に促されたアキラが視線を向けると、確かにそこには三人の進藤ヒカルが笑顔で立っていた。それぞれ服装は違っているが、
三人ともヒカルであることは変わりない。三人のヒカルの姿を見れるだなんて、アキラにとってはこれだけでも十分眼福ものだった。
とっても幸せな光景である。
『ではまず一人目のヒカルです』
烏帽子の君の言葉で前に進み出たヒカルは、白い布を身体に巻きつけただけの姿だった。他者を平伏させるような傲慢さの中に艶
やさがあり、いかにも女王様な印象である。
『ジャイアニズムを地でいくワガママ女王様、この世の全て支配する百華仙帝。貴方の望みを全て叶えるだえでなく、虎に変身するこ
とだってできちゃいます。したい時は自分から押し倒すくらいの勢いで迫る究極の誘い受、夜はさぞや充実するでしょう』
烏帽子の君が紹介すると、一人ずつ何かパフォーマンスするというシステムのようで、一人目のヒカルも例に漏れず何かしてくれる
らしい。見詰めていると、ヒカルは徐に布を掴んで勢いよく引っ張った。
ふわりと白い布を取り払った瞬間に虎になったヒカルを見て、アキラはさすがに驚いて固まってしまった。が、すぐに彼は元の人間
の姿に戻って布で身体を覆ってしまう。アキラとしては素裸を堪能できるほど見れなくてちょっぴり残念だった。
驚いている割には結構余裕があるアキラである。
『では次に二人目のヒカルです』
烏帽子の君に促されて進み出たヒカルは、まるで探検家のような服装だ。こちらのヒカルは勝気な中にもどことなく憂いを帯びた印
象で、ふんわりと香ってくる甘い匂いに頭が蕩けてしまいそうになる。
何かの香水でもつけているのかもしれないが、この芳しい香りだけで堪らない魅力だ。
『天然オレ様体質の女王様、拳銃と剣を使わせたら一騎当千。囲碁も強いだけでなく、腕っ節も強い。遺跡探査で不思議と巡り合え
る冒険にも連れて行ってくれますよ。恥じらいながらも貴方を色っぽく誘う、王道の誘い受。きっと素晴らしい夜を過ごせるでしょう』
こちらのヒカルはアキラににっこりと笑いかけると、軽くウィンクして投げキッスまで寄越してくれた。妙にはまった仕草は愛らしい
だけでなく、どことなく格好よくて様になっている。これだけでアキラは悩殺されてしまいそうだった。
普段でも十分悩殺されているとは、余りツッコミ入れても意味はない。
『では最後に三人目のヒカルです』
烏帽子の君の言葉で前に進み出た三人目のヒカルは、ジーンズとシャツを重ね着をしている、いかにも今風の男の子らしい格好の
少年である。元気そうな中にも神秘的で儚げな印象があって、献身欲と保護欲をそそられるタイプだ。
『ジャイアニズムと天然オレ様体質の傍若無人女王様、囲碁における永遠のライバルである最強初段。塔矢アキラと互角の力を持
ち、充実した碁によって互いを高めあえます。恥らいつつも傲然とした態度で誘う、まさに完全無欠の誘い受。慣れていないだけに
貴方の色に染められて、楽しい夜を過ごせるでしょう』
三人目のヒカルはアキラの傍に近付き、頬をほんのりと上気させながらも少し背伸びをして頬に羽根のような口付けをすると、途端
に羞恥で真っ赤になって元の位置へ飛ぶように戻ってしまった。今やアキラは幸せの余り、冷静な選択肢を行えるような状態ではな
かった。だがしかし、冷静な部分は思わずツッコミを入れてしまう。
(全員とにかく女王様の誘い受なんだ……)
烏帽子の君は三人が元の位置に戻ると、アキラに向き直って問うた。
『では、貴方はどの進藤ヒカルと誕生日を過ごしたいですか?』
正直三人共と一緒に過ごしたいアキラだったが、それはできないらしい。まさに究極の選択である。
一人一人を順繰りに眺めては、ああでもないこうでもないと悩む。こんな幸せな悩みは他にないが、とにかく悩んだ。
悩んで、悩んで、悩み続ける。選択の仕様がないほど皆魅力的なのだ、選べるわけがない!
だって三人ともが進藤ヒカルなのだから!
ところが、散々悩みまくるアキラに、待たされているヒカル達の方が痺れを切らしてしまったようだった。女王様なだけでなく、気が短
いのも進藤ヒカルの共通項らしい。
「「「おい、いつまで待たせんだよ!」」」
「いや…でも…そんな事言われても……」
三人に囲まれて選択を迫られるがアキラには決められない。すぐに決められたら、アキラだった悩むわけがないのだ。これも偏に
ヒカルが魅力的過ぎるからこその、悩みであるというのに。
しかし当のヒカルにとっては知ったことではない。銀河系の彼方にすっ飛ばしてもいいくらいどうでもいい悩みである。
「「「もういい!帰る!」」」
三人揃って異口同音に叫ぶと、ヒカル達はアキラに背中を向けてぶうぶう不平を洩らしながら歩き始める。思わずアキラは引き止
めたいがために、決めてもいないのに声をかけてしまった。
「き、決めたから!待って!」
「「「じゃあ、どのオレ?」」」
見事に揃った仕草で小首を傾げて尋ねる愛らしさに、鼻血を吹いて倒れそうなアキラである。しかし、尋ねられたからには答えねば
ならない、たとえ決めていなくても。答えなければ三人のヒカルに袋叩きにされるかもしれないからだ。それはさすがに避けたい。
「え、えーっとじゃあ…三番?……」
「「ええー!?オレじゃないわけ?」」
「……ってか、何で疑問系なんだよ!」
答えたアキラの続きの言葉をを遮るように、残る一番と二番のヒカルが不満げな声をあげた。
そして三番のヒカルも、眦を吊り上げてアキラを睨んでくる。
「じゃ、じゃあ一番……」
「さっきオレって言ったじゃん!」
「何だよ、オレじゃねぇのかよー!」
「『じゃあ』ってオレはついでか!」
今度は二番と三番のヒカルが頬を膨らませて不服を申し立て、その横で一番のヒカルもすっかりお冠だ。
「えーっと、そしたら…二番…」
「そしたらって何だよ、そしたらって!」
「「オレのこと選んだくせに!浮気者!」」
三人のヒカルに取り囲まれて責められ、アキラは今や背中に冷汗を流しながら代わる代わる宥めるのに必死だった。
救いを求めるように烏帽子の君を見ると、彼はいつの間にやら姿を消し、声だけが聞こえてきた。
『私は誰か一人を選べなんて言いませんでしたよ?貴方が望むのなら、全員と過ごしてもよかったのですから。私の可愛いヒカルを
選ぶなんて到底無理な話ですからね〜』
(ふざけるな!今更全員と言ったところで誰も納得しないだろうがっ!)
有名な決め台詞を放っても現状は変わらず、アキラは孤立無援だった。戦闘モードに入った三人のヒカルに囲まれたまま。
「「「おら!余所見してんじゃねぇよ!」」」
胸倉を掴んで脅しつけて、三人はじりじりとアキラに迫ってくる。
「「「さあ、どのオレにするんだよ?」」」
女王様な三人のヒカルは、アキラを取り囲んで睨みつけてきた。どのヒカルを選んでも、彼らはアキラに文句を言うだろう。
何せ、三人が三人とも傲慢なワガママ女王様なのである。個性豊かでバラエティー富んでいるのに、女王様という恐ろしい共通項
は同じ進藤ヒカルなだけに健在だった。ある意味、一番共通して貰いたくない面である。
アキラは究極の選択を前に、とうとう最後の手段に出た。……即ち逃げたのである。まさに敵前逃亡。
塔矢アキラにあるまじき、最悪の選択であったのは間違いない。
「「「こらー!待て!逃げるな、このバカッパ!!」」」
虎に変身したヒカルと、拳銃と剣を振り回すヒカルと、碁盤と碁石を持って追いかけてくるヒカルはあっというまに追い縋り、難なく
彼は捕獲されてしまった。どこから出したのか分からない布団とロープで簀巻きにされ、転がされてしまう。
この作業が異様に上手かったのは二番のヒカルだった。仕事はまさか盗賊家業なのだろうか。
「どうする?こいつ」
「全員でしようぜ」
二番のヒカルの問いに、一番のヒカルが鷹揚に頷いて提案する。
それに三番のヒカルも同意するように頷き、更により穏便な方策を提示した。
「あみだで順番決めねぇ?」
三人のヒカルはなにやら相談しつつ「あっみだくじ〜♪」と歌いながら、誰からアキラとするかを決めているらしかった。自分の貞操
を阿弥陀で決められる運命に、いかに相手がヒカルといえどもアキラにとっては複雑な気分だ。
しかしこの簀巻き状態では逃げたくても逃げられない。
このままでは確実にアキラはまぐろ状態で好き放題ヒカルに迫られてしまうことになる。
(……いや、これはこれで素晴らしいのでは…)
三人のヒカルと入れ替わり立ち代わりオタノシミできるのだ。考えようによっては天国だ。パラダイスである。
体力は普段の三倍は必要になるが。
「じゃあ、まずひん剥くか」
まだアキラは心の準備ができていないというのに、三人のヒカルはすっかりソノ気のようだった。
「ちょ、ちょっと待って!進藤ー!あ〜れ〜!!!」
「うわぁっ!」
足が下に落ちたような感覚と、自分の声で目覚めたアキラはガバッと起き上がった。思わず横を慌てて見ると、ヒカルがすやすやと
寝息を立てて眠っていた。ほっと胸を撫で下ろして、アキラは小さく呟いた。
「ゆ……夢か……」
三人のヒカルに迫られる夢というのは確かに幸せだが、同時に少し怖かった。これから三人のヒカルとめくるめく享楽と悦楽の時を
迎えるという、天国の門のすぐ間近にきていながら楽しめなかったのはある意味残念であったけれども。所詮は夢である。
夢の中では想像もできなかったが、冷静になってみて思うのは、ヒカルを選ぶなんて自分にはできないということだ。自分の隣に居
るヒカルが一番であり、アキラの愛しい伴侶なのである。
アキラは一人で納得すると、再びヒカルの隣に潜り込んで愛しい少年を抱き締めた。
誕生日の朝に見るにしてはハードな夢だったが、三人のヒカルに囲まれたのは確かにちょっぴり幸せで、楽しかったのは事実である。
誰かの悪戯めいたサプライズなプレゼントという気もしないではなかったが、アキラは有り難迷惑なプレゼントも、苦笑を洩らしつつ
貰っておくことにした。
蛇足。この日の同時刻、別の世界のアキラ達も同じ夢を見て魘されながら、夢でそれぞれの選択を行い、様々な結末を迎えていた
ことを、アキラは知る由もなかった。そしてこんな事を互いに考えていたことも。
一番のアキラの場合
「夢は願望を映し出すっていうけど…。こんなにしてるのに、まだし足りないってことか。どっちにしろ、ボクの進藤が一番綺麗だな」
二番のアキラの場合
「三人の進藤というのは何かの暗示があるのか……?それにしてもどう考えてみても、ボクの進藤が一番可愛いなー。まさに匂い
立つような美しさだ」
三番のアキラの場合
「さすがに三人も進藤がいると眼福ものだったな。でもやっぱりボクの進藤が一番可愛くて綺麗なのは間違いない!ボクの伴侶は
キミしかいないよ」
全員揃って手前味噌ならぬ手前進藤ヒカルであった。
おまけ。数日後、またも奇妙な空間に再び来てしまったアキラは、大きな溜息を吐いて自分の周囲に座っているヒカル達を見回した。
この三人に比べると、自分のヒカルはまさにラブリーキュートな天使であるのは間違いない。その点、この三人ときたらまるでどこか
の組の若頭か或いは極妻に見える。
「溜息吐いてんじゃねぇよ」
一番のヒカルに睨みつけられムッとしかけたものの、彼はその横に愛しいヒカルが居るのを目聡く見つけて驚喜した。
「進藤っ!」
「ぐ…くるしぃ…こんのバカ力!」
がばっと抱きつかれた囲碁戦隊棋士レンジャー世界に居るヒカルは、ぎゅうぎゅうと抱き締める凄まじい力に意識が遠退きそうになり
つつも、気力を振り絞ってアキラを引き剥がす。そんなヒカルを他の三人も手伝い、アキラは再び簀巻きにされかけた。
幸いにも自分のヒカルのお陰で最悪の事態は免れたが。
「何故こんな不当な扱いを受けなきゃならないんだっ!キミ達は自分の世界のボクにも極道な真似をしてるんじゃないだろうね?」
ヒカルの背中に半ば隠れながらも横に座って唸るように言うアキラに、一番から三番のヒカルはきっぱりと言い切った。
「「「するわけねぇだろ!おまえじゃねぇんだし」」」
「じゃあ、何でボクにはするんだ?説明して貰おうか!?」
一番ヒカル(CROWN)、二番ヒカル(Treasure)、三番ヒカル(地上の星)、四番ヒカル(囲碁戦隊棋士レンジャー)の四人は、互いに顔
を見合わせて肩を竦める。彼らには彼らなりに、互いの意志の疎通がはかれるらしくすっかり通じ合っているらしい。
「だっておまえの設定ギャグだもん」と、四番ヒカル。
「だからヒドイ目にあっても設定的に許されるもんな」と、一番ヒカル。
「ギャグ系は打たれ強いしさ」と、二番ヒカル。
「この点オレ達の塔矢って基本はシリアスだし」と、三番ヒカル。
「ちょっと待て!ギャグ系の話に出てるからってそんな理由だけで、簀巻きにされたり脅されたりするなんて理不尽だぞ!扱いの改善
を求めて訴えるよ!そして勝つよ!」
「番組の違うどっかのキャラの決め台詞をぱくるな。声が同じだからって」
「そういうとこがギャグ系なんだよ」
四番のヒカルは頭を小気味よくはたき、二番のヒカルはきっぱりとアキラの訴えを一刀両断に斬り捨てる。情け容赦のなさにおいて
は、二人のレベルは同等らしい。
「仕方ないから諦めとけよ、どうせこれ以上落ちようがないし」
止めを刺したのは、ある意味一番容赦のない三番ヒカルであった。
「ところでさー。オレ、お前とこの塔矢に色々愚痴を聞かされたんだぜ。パソコン壊したり、車壊したりとか」
言いながらヒカルは一番ヒカルをちらりと見やる。すると一番のヒカルは艶やかに微笑んで平然とのたまった。
「オレを置いて学校に行ってた塔矢が悪いの」
次にヒカルは二番ヒカルに視線を移した。
「お前の誕生日の朝に家を叩き出されて、明太子買いに行かされたり、昔は怒りに任せて別居させられたって、愚痴ってたぞ」
二番ヒカルは悪びれた風もなく、鼻で笑い飛ばす。
「オレが南の島を買ったくらいで、小うるさく小言を言った塔矢が悪いんだよ」
更にヒカルは、三番ヒカルに眼を向けた。
「お前んちに泊まった夜に服を借りただけなのに、馬鹿笑いされたって嘆いてたけど」
三番ヒカルは堂々と胸を張って、きっぱりと言い切る。
「アイツのジャージ姿はスゲー面白かったんだよ、笑って何が悪いって?」
三人揃って、見事なまでの開き直りだ。やはり女王様なキャラは全員に共通するらしい。そんな事は今更確認したい事実ではなか
ったが、極妻と一緒の世界に居る自分に同情したくなる。
「あの……キミ達の間に本当に愛はあるのか?」
思わず訊ねたアキラに、一斉にヒカル達が振り向いて、物凄い目付きで睨んできた。
「「「愛があるに決まってんだろ!?愛してなきゃ一緒にいるわけねぇじゃんか!バカッ!!!」」」
「す…すみませんでした……」
三人の迫力に押されて思わず謝ったアキラに、ヒカル達は『赦してしんぜよう』とばかりに鷹揚に頷く。そして、ヒカルに対して自分
のアキラはああだとか、こうだとかと、好き勝手に喋り始める。かなり赤裸々で具体的な内容なんかも含めて。
何がどう具体的で赤裸々なのかは、敢えて明記するのは差し控えておこう。
夢なら早く覚めて欲しいというアキラの願いも虚しく、彼は四人のヒカルの会話を散々聞かされる羽目に陥っていた。
死んだフリを続けていたお陰で直接的な被害を免れたのが唯一の救いであったが、目覚めた時は多少なりとも食傷気味だったのは
否めなかったのだった。
END 2008.12.13 改稿