ホームルームの終了を告げるチャイムが鳴り響くと、教室からはバラバラと生徒達がそれぞれの場所へ向かって散って行く。
帰宅する者、部活へ行く者、バイト先へ寄る者と様々だ。
私立崑崙大学付属学園高等部2年に在籍する黄天化はアルバイト組で、慌しく荷物をリュックに詰め込んでいる最中である。
天化の通うこの高校は、中学・高校・大学と一貫した教育システムの学校法人の一部にあたり、共通して自由な校風を掲げて
いた。その為制服もなくアルバイトも自由に行える。
「天化ー、昨日おいしいケーキ屋見つけたのよ。一緒に行かない?」
同じクラスの蝉玉に声をかけられ、天化はごめんと謝る仕草をしてみせる。
「悪い!俺っち今日バイトなんだ」
「ふ〜ん、いつもの彼氏のとこね」
「コ、コーチは店長さ。俺っちは店員だって言ってんだろ」
「なによ彼氏は彼氏じゃない。付き合って3年にもなるくせにー」
口元に手を当てて、目尻を下げてニマーッと笑う蝉玉の姿に天化は何も言えずに黙り込んでしまう。確かにもう足掛け3年
も付き合ってもいるし、家が隣同士ということもあり天化の家族とも仲が良かったりもするのだが。
天化は蝉玉の視線から逃れるようにリュックを背負い、挨拶をして教室を出た。その後を蝉玉はちゃっかり付いてきて並ぶ。
ケーキ屋に連れ込んであれこれ聞き出すつもりなのだろうか。
蝉玉は天化の容姿を上から下まで眺め、しみじみと呟いた。
「……にしても、あんたみたいな男女と、道徳さんもよく付き合うわよね」
髪はショートカット、体の線の判然としないだぶだぶのTシャツ、Gパンという出で立ちにの上に、整った鼻梁に真一文字
の傷があり、外見は腕白そうな少年に映る。だが殆ど男の子にしか見えない姿とは裏腹に、天化は立派な『女の子』であった。
同性の蝉玉から見ると男っぽく感じるが、異性から見ると天化は十分魅力的な少女である。天化に好意を持つ者は本人や同
性の友人が思う以上に多いのだ。
自分でも女らしくないという自覚が多分にあり、わざわざ直す気もないので天化は素っ気無い。
「蓼食う虫も好き好きって言うだろ」
「よく分かってるじゃないの」
きっぱりと言い切られ、思わずずっこけかける。それでも言い返すことは忘れなかった。
「コーチは俺っちらしくてこの方がいいって言ってんだから構わねぇだろ」
「のろけるわねぇ……。ま、あんたってスカートはかないし、ここの学校を選んだのも私服OKだからだもんね。言葉遣いも男
そのものだしさ。それが素ってとこが天化らしいといえばらしいけど。
「ところでねぇ天化。あんた道徳さんとどこまでいってるの?」
靴箱で靴を履き替え、自転車置場に向かって歩きながら、蝉玉はにんまり笑って尋ねてきた。恐らくコッチが本命だったの
だろう、眼が生き生きと輝いている。だが天化には蝉玉の意図が掴めず、首を傾げてみせた。
「この間はアスレチックぢに遠出したけど?他はどこに行ったっけかな……」
蝉玉は鞄で頭を殴りたくなる衝動を必死で抑え、天化の脇腹を肘で小突いた。何もこんなところまで男並の鈍さにならなく
てもいい気がする。しかも、天化の付き合っている道徳という男は、更に輪をかけた超鈍感男なのだ。スポーツ好きで鈍いと
いう共通項は、周囲から見ると頭が痛くなるカップルの代表のように思える。
「あたしは場所を訊いてんじゃなくて、アッチがどこまでいったかって言ってんのよ!」
「あっちってどっちさ?」
「ああ〜!!もう分かんない子ね!恋のレッスンABCでよっ!!」
苛々が募って頭を掻き毟り、蝉玉は大声で怒鳴りつける。天化はぽかんとした顔で友人を見詰めた。その表情に我に返り、
慌てて周囲を見回してみる。幸いなことに、自転車置場には二人以外に誰も居なかった。一人でも居たら、しばらく学校に通
えなくなるところである。 蝉玉はほっと息をつき、八つ当たりよろしく天化をジト眼で睨みつけた。その視線に気圧されて
天化は仕方なしに白状する。数少ない女友達である鮮魚区の機嫌を損ねるのは天化としても辛いのだ。
「……一応……Bまでさ」
「B!3年付き合っててB止まり!?……でもあの人ならそれぐらいが普通かしらねぇ…」
いかにも意外という態度態度の上に、妙に納得されて天化はムッとした。
「んじゃ訊くけど、普通はどうなんさ」
「早い人なら即日Cってのもあるみたいよ。大抵は3ヶ月から1年ぐらいじゃないの?遅過ぎよ」
「遅過ぎって……付き合って1年半ぐらいでBはしたし、その後も何回もBはしてるさ」
ムキになって言い返してからしまったと思っても、もう遅い。蝉玉は一瞬唖然とした後ニヤリと笑って好奇心たっぷりな顔
をして覗き込んでくる。
「ヘェー何回も……道徳さんもスミにおけないわよね………。で、どうだったのよ?」
「ど、どどどど、どうって別に……普通さ普通!話はもう終わり!俺っち行くさっ!!さいなら!」
顔を真っ赤にして愛用のマウンテンバイクに飛び乗ると、天化は脱兎のごとく走り出す。余りの素早さに声をかける暇もな
く、天化の姿は校門の外に消えていた。自転車置場に残された蝉玉は、小さく舌打ちして悔しげに指を鳴らす。その音は赤い
光と同じように校舎に反射した。