天化の通う崑崙学園から二駅離れた所にバイト先のスポーツ用品店がある。駅前商店街の一店舗で、一人で経営している割
には広く造りも真新しい。それもその筈3年前に改装を行ったばかりだ。道徳はこの店を父方の祖父より譲り受けた。祖父の
助言に従って改装を行い、現在は店長を勤めている。商売は中々繁盛しており、女性客が多めだが男性客もかなり来ていた。
最初は女性に対して男は半分ぐらいだったが天化がバイトに来るようになってから増えたらしい。
道徳は未だ23歳の若い店長である。加えて容姿も、通称『美形商店街』との異名を誇る崑崙商店街の一店舗を構えるに相応
しい格好良さだった。同性でも憧れてしまうような男らしい爽やかな容貌、背も高く女性には殊の外優しい。当然の事ながら、
道徳目当てに店に立ち寄る客は多かった。
いくら繁盛していても、道徳が店をするにあたって改装費を負担せねばならないのは当然である。彼は若干20代前半で、普
通に考えるとそれだけの資金力を持ちえる筈がない。実は道徳の母方は旧家でかなりの財産家だ。女性優位家系で家 督も財
産を継ぐのも女性と決まっており、妹が実家を継ぐ事になっている。よって家で一番実権を握っているのは母と祖母なのだ。
その祖母から成人祝いに貰ったものが株と配当で、道徳は配当で店の改装費と税金を納め、それまで暮らしていた安アパー
トを引き払い、天化の実家の隣に新築された家に引っ越したのである。それが今から3年前の話だ。
学費もそれで賄えたので、大学時代の後半は学業に専念することができたが。
成人祝いが株とその配当とはとんでもない祖母だと道徳は驚き呆れたが、無造作に渡された配当入りの自分名義の通帳の数
字には更に驚いた。今の今まで見たこともない桁だったから。店の伝票ですら四苦八苦していた道徳にとっては、見ただけで
頭が痛くなる数字の羅列だった。あれだけ使ってもまだ8割方残っている。2割といっても結構な額なので、株と株専用通帳は
銀行の貸金庫に入れっぱなしだ。その後も配当が入っているならきっと以前よりも増えているだろう。
道徳は一応金持ちの息子ではあるのだが、彼本人は学生時代貧乏だった。実家の方針で学費も自分で負担し、小遣いも生活
費も自らの手で稼がなければならなかった為、祖父の家でアルバイトをしながら経営のノウハウを学び、家庭教師をしたり工
事現場で働いたりと結構苦労もしたのである。
高校時代からの貧乏暮らしが長かったお陰で、余りにも身近でない数字は現実感が無さ過ぎてつい敬遠してしまう。自分の
ものというより他人のもののような感じで、使う気にもならないのだ。どうせ使うのなら、自分が汗水垂らして稼いだ金の方
がずっといい。店も開店当初から黒字続きで、自分の給料だって出て いる。その金でささやかな贅沢はできるし、道徳には
それで十分だった。家督を継ぐことになっている妹にも実家の方針は変わらず、彼女も外で働いて学費を賄っている。
よく電話で泣きつかれたり愚痴を聞かされるが、本人の為にならないので、アルバイトぐらいは紹介してやっても金を貸し
てやるつもりは毛頭ない。
今道徳は天化と客が来るまでの暇潰しにしては面白みのない、妹の電話の応対に追われていた。
『ねぇ聞いてる?お母様は鬼よ!修学旅行の積立も自分持ちだって言うの!ひどいでしょう!?』
「俺の時もそうだったぞ。年玉は貯金してるんだろ?それを捻出しろよ」
『私のお年玉貯金は学費に回すつもりなのよ。ねぇ、お兄様何とかならない?』
「ならないね。バイト一本増やせば?……あ〜もう分かったよ。そうだな…お前成績は?…だったら中間は余裕だな。俺は再
来週丸々家庭教師に専念しなきゃならないんだ。給料は特別手当にしてやるから店番やれ。……試験期間中なら店番しながら
勉強しろ。お客さんだから切るぞ。じゃあな」
電話を置くと道徳は椅子の背凭れに体を預けて伸びをした。その姿を店に入ってきた人物が笑う。
「普賢……笑うなよ……」
「だって…今の電話徳ちゃんの妹さんからでしょ?彼女と話した後いつもそうだから……つい…」
「何せアイツの話ときたら金か母親の悪口だけだからな。疲れるし将来が怖いよ。で、今日は何だ?」
「……サッカーボールとボーリングのボールが欲しいんだけど……」
立ち上がってボール売り場に向かいかけた足を止め、道徳は怪訝そうに普賢を振り返った。普賢は崑崙商店街の本屋の看板
息子で、天化とは違いスポーツより本を好む文学少年である。おおよそサッカーやボーリングとは縁が無さそうなのだ。学年
も高校も天化と同じだが、彼女からは授業でこれらの競技をするとは聞いてはいないが……。
「ボーリングって……あのピンを転がすやつだよな?」
「そうだよ。できたら一番重いのがいいんだけど」
「……一番重い!?お前だったらもっと軽い方がいいぞ」
「投げて使うつもりじゃないから、一番重くて構わないんだ」
「はあぁ〜?」
「いいから、いいから。とにかく出してよ。あ、一番安いのお願い」
この二つのものが合わさって、さる人物が危うく全治1ヶ月の怪我を負わされそうになるのは、これから半月後の事である
のだが、勿論今の道徳にそれを知る術はなかった。何にせよ客は客なので、注文に応えるのは当然ではある。しきりに首を傾
げながら希望通りの品を用意した。
おかしな注文の上にちゃっかり安物、しかもそれらを徹底的に値切られて、普賢がほくほく顔で出て行った時には、道徳は
妹の電話よりも疲れた気がしていた。
天化が店に着いた時、『ありがとうございました〜』という声を背に受けながら普賢が店を出てきた。いつも以上の笑顔の
少年にすれ違い様手を上げて挨拶し、自動ドアをくぐる。
「いらっしゃいませ〜!……あ、天化」
にっこり笑顔で出迎えた道徳は、相手が天化と分かると営業スマイルを消して店長の顔になった。
「5分遅刻だぞ。給料から差し引いちゃおうかなー」
「うわ〜ごめんなさい。蝉玉に捕まっちまってさ……」
「ブー遅刻は遅刻です。今回は大目にみるけど、次からは本当に差し引くからな。荷物置いといで」
店長の道徳はさすがに何かとうるさいが、恋人としての彼は本当に優しい。プライベートと仕事とをきっちり分けれる大人
なところが、天化の好きな一面であり寂しいと思う面でもある。
スノボウェアに頭にバンダナ、手袋もして店に出る道徳を見る度、天化は暑くないのかと思う。いくら秋で冬物セール期間
中とはいえ、よくあんな格好ができるものだと感心もするが。自分には暑くて、とてもではないが5分と立たずに脱いでしま
うだろう。天化は暑苦しい格好をした店長を横目で見ながら、店の出入り口から少し奥まった所にあるカウンターの下に鞄を
置き、制服代わりの店名のロゴ入りエプロンを身につけた。
そういえば道徳はあのスノボウェアの上にエプロンもしていたような……?やけに暑苦しい感じがして、手で顔を扇ぎつつ
道徳の元に戻ると、彼は丁度入ってきた女性客に営業スマイル振り撒いていた。
何となく面白くない気分でカウンターに戻り、在庫表を眺めたり納品伝票を見たりして時間を潰す。道徳が客の相手をする
と9割方購入する為、先にカウンターのレジで待っておけば効率もよい。
二人で声を揃え女性客を送り出した後、それをきっかけにしたかのように客がひっきりなしに訪れ始め、ゆっくりと話をす
る間もなく時間は慌しく過ぎていった。