CoolCoolCoolCoolCool   三色のバンダナU三色のバンダナU三色のバンダナU三色のバンダナ三色のバンダナU
 散歩に行きたくなる程暖かな陽気の空に、人型の物体が飛んでいた。黄巾力士と呼ばれるそれは、崑崙山脈の大幹部12仙が 
使用している。しかしその大幹部とやらが操縦している筈のものは、明らかに蛇行して雲の隙間から見え隠れしていた。はたから
 
見ると、上下左右に揺れ動き、時折落ちかけたりもしているようで、運転をする人物がヘタクソだと一目瞭然で分かってしまう。
 
 黄巾力士を操縦する青年は青峰山紫陽洞の主、清虚道徳真君であった。その傍らには、明るい空と同じ色でありながらそうで
 
ない顔色をした、彼の愛弟子である黄天化が座り込んでいる。間違いなく酔っているようだ。
 
 このメチャクチャな運転で酔うなと言う方が酷だろう。歳が10歳そこそこでは尚更だ。
 
 天化は口元を押さえ、額には脂汗を浮かべながら瞼を閉じて蹲っている。かなり厳しい状態まで追い込まれているらしい。
 
「コ……コーチィ……。俺っちもうダメさ。も…吐く……」
 
「ちょっ、ちょっと待っておくれ。近くの岩に着陸するから、それまで我慢……!」
 
 弟子の訴えに道徳は慌てて周囲を見回し、手近な浮遊石に黄巾力士を向けた。その際、黄巾力士が酔いに拍車をかけるような
 
動きをしたお陰で、少年の顔色は益々悪くなる。殆ど土気色になりそうなところになっても何とか耐え、浮遊石に半ば落ちるように
 
降り立った黄巾力士から天化は即座に飛び降りた。
 
 嘔吐しなかったのが奇跡だろう。天化がひんやりした岩に背中に押しつけてぐったりと仰向けに寝転がっていると、道徳も続いて
 
降り少年の顔を心配そうに覗き込んだ。
 
 天化は気付いていたが、敢えて無視してやる。そんな少年の様子をどう捉えたのか、道徳はその場にどっかりと胡座をかいて座
 
り込むと、天化を引き寄せて自分の膝に頭をのせてやった。これだけで天化は随分と楽になったが、気分は不機嫌なままだった。
 
「……俺っち、二度とコーチの運転する黄巾力士にゃ乗らねぇさ」
 
 声は完全に怒っている。道徳は何も言えずに押し黙るしかなかった。乗ってたったの5分とたたずに酔わせてしまったのでは、言
 
うべき言葉が見つからないのも当然だろう。それでも道徳は、一言ごめんと神妙に謝った。
 
 無視されても言葉を変えて何度も謝り、愛弟子の額や頬を撫でたり、口付けたりして機嫌をとる。朝夕などの挨拶の他にも、機嫌
 
取りにまで口付けを使う自分に少し呆れながら、道徳は天化が少しでも楽になるように背中を擦ってやったりし続けた。
 
 そうこうしているうちに少年の顔色も徐々によくなり始め、酔いが和らぐと機嫌も直ってきたのか、膨れっ面ながらも道徳は許しを
 
得ることがができた。弟子に許しを得ただけなのにホッと胸を撫で下ろし、道徳は黄巾力士をちらりと見やって、懐から携帯電話を
 
取り出す。短縮で呼び出すと、聞き慣れたのんびりとした声が程なく応えてきた。
 
「はい、もしもし〜」
 
「太乙、悪いが黄巾力士を遠隔操作してくれ。……ああ、そうなんだ。………天化は二度と私に乗せてもらいたくないそうだ……。
 
あ?悪かったなヘタクソで。………だからこうして頼んでいるんだろうが。…………人にものを頼む態度じゃない?ほっといてくれ。
 
育ちが悪いもんでね。……スイッチをオートにすればいいんだな?…分かった、作ったら今度持っていかせる。……宜しく頼む」
 
 電話の相手らしい太乙との会話の間も天化はじっと道徳を見詰め続けた。黄巾力士を製作した太乙は道徳と同じ崑崙12仙で、
 
よく洞府にも遊びに来る仙人だ。どうも会話の内容から察するに、遠隔操作をする代わりに何か交換条件を出されたらしい。他に
 
も、太乙が道徳の態度が大きいと文句を言っていることも分かった。確かに人に頼むにしては居丈高な態度だと思う。
 
 道徳は温和で爽やかな外見でそうは見えないので気付いている者は少ないが、意外と彼は口調が偉そうでかなり不遜である。
 
 本人も無自覚でいる為、中々改まらないのが現状だ。それでも結局、道徳の友人達はなんのかんの文句を言いながらも、彼の
 
言葉を聞き入れてくれる。友情とは尊いものだ。
 
 道徳が電話を切ると、天化は膝に頭を預けたまま師匠を見上げる。彼はにこりと優しく穏やかに微笑んで見詰めてきた。その笑
 
顔に天化の胸は高鳴ってどきんとしたが、今の天化にはそれが何故か理解できなかった。
 
「太乙が黄巾力士を遠隔操作してくれるそうだ。これで目的地まで酔わずに行けるよ?」
 
「師父さえ運転しなけりゃ、俺っちが酔うこたねぇさ」
 
 刺が多分に含まれた台詞は、スイッチを切替に行った道徳にぐさりと突き刺さる。
 
(そこまで言うなら、お前が運転しろってんだ……)
 
 酔わせてしまった負い目があるだけに、本人に面と向って言えない自分の不甲斐なさに情けなくなりつつも、ふと思い直した。
 
 我ながら、これは妙案かも知れないと思考を巡らせる。どうせ自分には黄巾力士など必要の無い代物なのだ。子供のおもちゃ
 
にしては大き過ぎるかも知れないが、いつかは使うことになるのだから、今の内から練習させるのも一つの手立てである。
 
 苦手な黄巾力士の操縦を弟子に押し付けてしまえば、道徳としても気分的にも楽だし、天化にお使いだってすぐ頼める。
 
(ふむ……そうするかな)
 
 道徳は心中でニヤリとほくそ笑み、自分について黄巾力士に乗り込んできた天化に何食わぬ顔で微笑みかけたのだった。
 

「天化、今日は黄巾力士の操縦の練習をするよ」
 
 翌日の朝、修行を始める時道徳がそう言うと、天化は露骨に嫌な顔をした。昨日あれだけ気分の悪い思いをしたというのに、もう
 
一度同じ目に遭えってか、とその表情は語っていた。
 
 天化は二度と、それはもう絶対に!道徳の操縦する黄巾力士に乗りたくないのである。
 
 道徳は天化の反応に少し傷つきながらも、足りなかった言葉を補足する。
 
「あのね、練習するのは私ではなくお前だよ?天化」
 
「……へ?………俺っち………?」
 
「そうだ。私はお前の言う通り下手だからね。一層のことお前が操縦すればいいと思うんだ。黄巾力士は宝貝ではあるが、幸いな
 
ことに崑崙山からエネルギーを供給されている。お前でも十分操縦可能だからね」
 
 自分自身を指差して首を傾げる天化に、道徳はゆったりとした口調で簡潔な説明を行う。天化は道徳を大きな碧の瞳で見上げ
 
て、可愛らしく小首を傾げたまま、抱いた疑問を口にした。
 
「俺っちが黄巾力士を使っちまうと、師父はどうするんさ?」
 
「私は曲がりなりにも仙人だよ?術も使えるし、霊獣だっている。移動手段は他にも色々持ってるからね、黄巾力士がどうしても
 
必要というわけじゃない。お前にあげてもいいぐらいだよ」
 
「い、いらねぇさ!俺っちそこまで厚かましくねぇもん。そりゃま、貸してくれたら嬉しいけどさ……」
 
 慌てて遠慮しだす弟子の姿を微笑ましく思いながら頷いて、少年のサラサラした髪を撫でた。
 
「なら決まりだね。助手は……来たな」
 
 道徳の声を合図としたかのように、中々美形の人物がバタバタと走ってきた。外見は道徳より3、4歳は若いが、性別は判然とし
 
ない。合流すると、どこかひょうきんな印象の青年は、道徳に片手で謝ると、天化に愛嬌のある笑顔を向けた。
 
「いやぁ〜すんまへん!遅刻してもうたわ。天化、元気しとったか?」
 
「俺っちはいつも元気さ。今日は修行に付き合ってくれんかい?」
 
 二人は久々の再会を喜ぶ友人同士のように、ハイタッチをして手をパシンと鳴らした。
 
「キリンボール、昨日遊んだばかりだろうが。何を大袈裟な……」
 
 道徳は二人の様子を眺めながら、怪しげな関西弁訛りの青年に声をかけた。キリンボールと呼ばれた青年は、天化の問いに
 
頷いたのも束の間、道徳をぎろりと睨みつける。
 
「わての名前はキリンボールちゃうわ!」
 
「おや?失礼。魚鱗だったかな?」
 
「誰が魚の鱗や!オッサン!」
 
「私より歳を食ってる奴にオッサン呼ばわれされたくないねぇ。キ○ンラガー。いや、スーパード○イだったか?」
 
「ビールの銘柄当てクイズかい!?しかもだんだん離れとるやないけ!わての名前は玉麒麟や!」
 
 玉麒麟と名乗った青年は、軽く肩を竦める道徳に容赦なくツッコミを入れる。黙って立っていれば結構な美形なのに、話すとひ
 
ょうきん者で気さくな人物のようだ。傍らで彼らの様子を眺める天化には、上方漫才を生で見ている気分である。いつものことな
 
がら、この二人の遣り取りは見ていて飽きない。
 
「ああ、そうだったか。済まないね、出目金」
 
「今度は金魚かい!?ええ加減にせぇよ、エセ仙人!しかも『ん』しかおうとらへんやないけ!!」
 
「失礼な、ちゃんと『き』も合ってるぞ。○金と呼ばないだけマシだと思え、玉麒麟」
 
「玉麒麟やない!玉……って何言わせんねん!」
 
 言いかけた言葉を呑み込み、玉麒麟は自分のボケを棚に上げて道徳の肩をペシリと叩いた。
 
 それに道徳がまた返すといった具合で、話は少しも進まない。楽しいしいつまでも見ていたいけれど、このまま延々と続けば日
 
も暮れて修行もできないかも知れないので、天化は仕方なしに師の服の裾を引っ張って促した。
 
「師父、じゃれあってばっかいねぇで、修行は?」
 
「ごめんごめん。こいつで遊ぶとつい……。では修行を始める前に玉麒麟に一つ訊きたい。天化を乗騎させる気はないか?」
 
 ジェスチャーで、ホンマはわてが遊んだってるんや、と天化に知らせていた玉麒麟だったが、自分に問いかける道徳の言葉に、
 
瞬時に顔を真面目なものに変化させた。
 
 さっきまで上方漫才に興じていた二人とは思えないほど緊張感を孕んだ空気が二人の間を流れ、天化は無意識のうちを息を
 
詰めて事の成り行きを見守った。
 
「……天化のことは気に入ってるけど、まだ乗騎はあかんなぁ。せやな、もっと大きゅうなって仙人にでもなったら考えてもええけ
 
ど。……やっぱ、今はあんさん以外は乗せたるつもりあらへんで」
 
 玉麒麟は天化を少しの間見下ろしてから道徳に向き直ると、首を横に振って背を預ける気がないことを示した。人が同じ人間を
 
乗騎させるというのもおかしな話だが、彼には当り前のころである。それもその筈、玉麒麟は変幻能力を持った霊獣なのだ。
 
 四不象は勿論のこと、霊獣には変身能力を持つ種族は多く、黒麒麟を含む麒麟族も例に漏れない。
 
 とりわけ麒麟族の中でも玉族は、人間や動物の姿に自らの形態を変化させることが可能だ。だが、完全に人間や動物になれる
 
訳ではなく、それに近い姿になれるくらいで、楊ゼンのような完璧な変化とはまるで異なる。しかも草木や水、岩等にもなれず、大
 
きさが極端に違うものにも変身できない。
 
 道徳の霊獣である玉麒麟は一族の中でもとりわけ変身上手な為、人や動物に姿を変えても、僅かに耳の形が違う程度で殆ど
 
遜色はない。その反面変身できるものが限られ、人間の姿は一つの形態のみ、動物等でも数種類である。
 
 麒麟族は誇り高い種族であり、特に玉族は乗騎させる相手も自らが選ぶという点で知られている。
 
 天化とてその事を聞かされていないわけではないが、それでも頬をぷくりと膨らませてしまう。
 
「玉麒麟は色んな動物に変身して遊んでくれるけど、師父と一緒じゃなきゃ乗せてくんないし。一回ぐらいちゃんと乗せて欲しいさ」
 
「人間形態で抱っことかおんぶぐらいでやったら構へんけどな。乗騎やったら道徳はんと一緒やないとやっぱりあかんわ」
 
「む〜、玉麒麟のケチ!」
 
「ヘヘ〜ン。ケチで結構コケコッコー。ま、鼻タレガキは黄巾力士で我慢しときぃや」
 
「俺っちはハナなんか垂らしてねぇさ!」
 
「へぇー、『ガキ』っちゅうのは認めるんやなぁ?成長したもんや」
 
 からからと笑う玉麒麟に対して天化は言い返す言葉を模索した。しかし何も見つからず、不満たらたらでむくれて霊獣を睨む。
 
「このオッサンの運転やなかったら、黄巾力士も捨てたもんやないしな」
 
 玉麒麟はその視線をさらりと受け流すと、道徳を親指で指し、天化の頭を宥めるようにくしゃくしゃと撫でた。
 
「いくら本当のことでも、そんな事言っちゃ駄目さ。黄巾力士は俺っちが運転上手になったら師父を乗せたげるんだから!」
 
 天化は自分が道徳に言った言葉も忘れ果てたように師匠を一生懸命弁護する。自分は何を言っても構わないが、他の誰かが
 
道徳を少しでも悪く言うのは許せないらしい。何とも矛盾した行動だが玉麒麟は敢えて指摘せず、堪忍や、と謝ってみせた。
 
 たったそれだけで、子供扱いされたことも、乗騎を許されなかったこともどうでもよくなったのか、許してやるさ、と天化は機嫌よく
 
頷いて道徳を誇らしげに見上げた。
 
 道徳は喉の奥で笑いを噛み殺しながら、天化を誉めるように撫でてやる。一応はこれで黄巾力士に乗るつもりになっているようだ
 
からよしとすればいいだろう。
 
 玉麒麟が天化を乗騎させないつもりでいることは最初から分かっていたことだ。天化は玉麒麟がいると、どうしても黄巾力士に乗
 
りたがらない傾向があるので、わざと話を振って玉麒麟本人の口からはっきり言わせて納得させたかったのだ。
 
「では天化、黄巾力士の操縦はお前に任せるから、早速練習だ。上手になったら一緒にどこかに遊びに行こう」
 
「うん!」
 
 目線を合わせて道徳が笑いかけると、天化は嬉しそうに頷いた。それは黄巾力士を運転できるからではなく、自分が運転するもの
 
で道徳とどこかに出かけられる、ということが嬉しいのである。尤も天化にはそこまで自分自身の気持ちに気づくことはなかったが。
 
 道徳は玉麒麟に休むように身振りで示し、立ち上がって天化を黄巾力士の操縦席へ連れて行く。
 
 大きめの席に座ると前が見えないので仕方なく天化を立たせ、道徳は手際よく操縦法を教え始めた。
 
 崑崙山では飛行宝貝や霊獣といった、飛行できるものがないと非常に不便なところだ。余程の事がない限り、飛行宝貝を持たない
 
者はいない。移動手段として必要不可欠なものなのである。霊獣に乗れるに越したことはないが、それが無理な場合も今回のように
 
多々ある。緊急時の為にも、黄巾力士に乗れるように教えておいた方が無難なのだ。
 
 道徳と天化が黄巾力士の操縦席に行ってしまうと、玉麒麟は途端に暇になった。道徳が休んでおけと言っていたので、この後でか
 
なりしんどい思いをすることになるに違いないと予想をたてる。今のうちにそこらで寝ておくべきだろう。
 
 玉麒麟は人間の姿から、動物形態でも一番気に入っている虎へと姿を変え、近くの岩場で丸まって欠伸をした。まだまだ出番は先
 
のようだし、呼ばれるまでのんびり日向ぼっこでもすることにする。
 
 道徳は人使いならぬ霊獣使いの荒い男である為、ことある毎に呼び出されては手伝わされる。ここ数年天化の遊び相手に指名さ
 
れてからは、霊穴でろくに骨休めもできない。子供は好きだし、特に天化は可愛いからいくらでも相手をしてやりたいが、疲れることも
 
確かなのだ。休める時に休まねば、身が持たないとすら思う。
 
 道徳とて勿論遊んでやっている。そこらの親兄弟や友人以上に構っていることは確かである。しかし、子供の相手をし続けていては
 
できないことも多い。そこで玉麒麟の登場というわけだ。
 
 霊獣という種族であるので、玉麒麟もやはり性別を持たない。だが永い間道徳と付き合っているせいか、性格はかなり男っぽくなっ
 
ているようだ。お陰でより一層、天化や道徳と気が合うのかも知れない。