Implication(ヒカルの碁)Implication(ヒカルの碁)Implication(ヒカルの碁)Implication(ヒカルの碁)Implication(ヒカルの碁)Implication(ヒカルの碁)   AnniversaryUAnniversaryUAnniversaryUAnniversaryUAnniversaryU
 闇の中、薄い布地の下でヒカルとアキラは常夏の島の空気の暑さを溶かすほどに、情熱的にもつれ合っていた。 
 柔らかな生地に浮き出す彼らの肢体はまだ成熟しきっておらず、青年と少年の微妙な中間地点にある。男らしさの中に少年
 
の持つまろやかさが同居し、見事に調和していた。
 
 甘い吐息が壁に反響し、緩やかなうねりを繰り返す快楽の波に身を任せるように、カーテン越しに入る月明かりに影が揺れて
 
いる。風を受けて時折ふわりと動く布は、影絵にかかるオーロラを思わせた。
 
「…あっ!塔、矢…も……早く」
 
 もどかしそうにヒカルが首を振ると、金色の前髪が月光に反射してキラキラと輝いてアキラの瞳を楽しませる。それだけでなく、
 
彼の身体から発する甘い香りもアキラの欲望をダイレクトに刺激していた。自分の作った体身香がヒカル本来の香りと交じり合
 
い、芳しく薫り高くなっていくのは、独占欲を満足させる。
 
 ヒカルの香りすらも自分のものなのだと、他ならぬヒカル自身からアキラに知らしめているようで。
 
 アキラはうっとりと息を吸い込み、満足げに自身を締め付けるヒカルを味わう。こうしてヒカルと繋がっていると、いつまでも彼と
 
こうしていたいと感じるほどの快楽を味わえる。
 
 だがヒカルはすぎる感覚についていけなくなってきているのか、すすり泣くようにアキラに懇願し始めた。
 
「…ダメ……も、お願…い…」
 
 殆ど限界まで高められているのに、決定的なものが与えられない。もっと強い悦楽を知る身体にはひどくもどかしく、ヒカルに
 
は苦しい。堪らずアキラの背に爪を立てると、彼が痛みに小さく呻いて眉を顰める。白い背筋には赤い線が鮮やかに描かれた。
 
 一瞬にしろくっきりと浮かんだそれも、僅か数秒ほどで吸い込まれるように消えてしまう。
 
 以前『聖杯』というモノによって不老不死の肉体を得た彼らは、僅かな傷程度ならすぐに治癒するのだ。それどころか、死に至
 
らしめられてもやがては蘇える。驚異的な再生能力をもっているのである。
 
 アキラの背についた傷も、彼がヒカルの肌に残した所有印も、全てがすぐに跡形もなく消える。お互いにとって、それはどこと
 
なく寂しさがあった。それを振り切るようにヒカルのほっそりとした脹脛を掴んで肩にかけると、アキラは互いを頂点に導くべく華
 
奢な少年を揺すり上げる。
 
 快楽が強ければ強いほど、芳香は強くなり甘さも増す。今や室内は芬々たる香りに満たされ、酩酊感すら呼び起こすほどだ
 
った。ベッドの軋む音に混じり、少年期のあどけなさを残した声に艶を含んだ嬌声が響く。やがて悲鳴じみた高い声が部屋の壁
 
を打って静けさが訪れると、床に落ちた影は互いを引き寄せて溶けるように重なり合った。
 

「ぎぃやぁぁぁぁぁ〜!」
 
 夢の中で絶叫した自分の声で、ヒカルは目が覚ました。飛び起きた姿勢のまま、ばくばくと胸を打つ心臓の前で拳を握る。
 
 乱れた呼吸を整えつつ、周囲を見回したがまだ薄暗い。ゆっくりと呼吸を整えて改めて見ると、時計の針はまだ明け方を指し
 
ており、太陽の浮かんでくる時間ですらなかった。
 
 額に浮かんだ脂汗を拭い、ヒカルは自分を落ち着かせるように深呼吸する。
 
(全く…ろくでもねぇ夢だった……)
 
 大きな溜息を吐いて、冷汗で張り付いた前髪をかき上げた。折角の記念すべき100回目の誕生日の朝に見たのがあんな夢と
 
は、本当に最悪だと思う。ついていないこと甚だしい。
 
 どうしようもなくとんでもない夢で、ヒカルとしてはあれが夢でちゃんと現実に戻れて心底ほっとしている。
 
 隣を見ると、アキラはヒカルが起きたことに気付いた様子もなく規則正しい寝息を立てていた。
 
 幸せそうな寝顔は、どことなく日頃の男ぶりよりもだらしなく幾分抜けた感じに見える。それでも彼は十二分に美形なのだが。
 
 ヒカルと一緒に使っている薄いタオルケットからのぞいた肩は白く、無駄のないしなやかな筋肉がついている。
 
 アキラは細身な割には意外と肩や胸、背中はしっかりとしているのだが、少しもそんな風には見えない。抱き締められたりす
 
ると、彼の背中や胸の広さにいつもヒカルは安心感を覚えてほっとする。だが彼の見た目は、どちらかというと繊弱で線の細そ
 
うな印象が強い。整った顔立ちには男らしいパーツが揃っているのに、女装をすると完璧な美女になるのだから驚きだ。
 
 にやけていた表情が払拭され、微笑を浮かべた顔は瞼を閉じると幼く見えて、少女のような繊細な作りで眼を奪われた。
 
 アキラの美貌はいつまでも変わることがない。
 
「あ〜変な夢見た。たらこ唇でブロッコリー頭でじゃがいもみたいな輪郭の塔矢なんて怖いだけだぜ」
 
 ヒカルはぶつぶつ文句を言いながら、恋人の顔をしげしげと見直して満足げに頷いた。
 
 やはりアキラにはこの顔と髪型が一番である。
 
 安堵したように息を吐き、もう一度寝なおそうとアキラの胸に顔を埋めて瞳を閉じた。見た目以上に彼の胸は広くて温かく、安ら
 
かな心地よさをヒカルに与えてくれる。寝心地のよい位置に落ち着くと、瞳を閉じた。
 
 だがしかし、しばらくうとうとしかけたところでヒカルはぱっちりと瞳を開く。
 
「…おでん……グラタン………明太子スパゲッティ……オムライス……肉じゃが…カレー……きんぴらごぼう………ハンバーグ
 
………おすし…ラーメン…とんこつしょうゆ…」
 
 ヒカルはもぞもぞと起きだしてアキラを見下ろした。眠ろうとすると、頭上でわけの分からない寝言を聞かされるお陰で、ちっと
 
も眠れない。アキラはどうやら夢の中で何か料理でもしているのか、呟くように綴られるのは料理メニューばかりだ。
 
 中にはどうも聞き捨てならないものもあった。もしかしたらこれを聞かされたせいでヒカルはおかしな夢を見たのかもしれない。
 
 実のところヒカルの読みはかなり当たっている。アキラは夢の中で、ヒカルの為に雛壇のごとく手料理を積み上げて誕生日ケ
 
ーキと一緒に捧げていたのだ。沢山の料理に囲まれて喜ぶヒカルに抱きつかれて、すっかり締まりのない顔でにやけていたの
 
である。幸いにも寝顔は、夢の中のように鼻の下を伸ばしまくってだらしなく崩れておらず、美しい顔立ちには影響はなかったが。
 
 この夢の内容を誰かが知れば、「恋は盲目」と人によっては好意的に解釈してくれるだろうが、二人の共通の友人である関西弁
 
の人物ならば「アホにつける薬はあらへん」と大いに呆れてぼやくところだろう。
 
 ヒカルと出会って恋をして五十年は軽くこえているというのに、未だに新鮮な気持ちも長い年月で培われた深い愛情も失われな
 
いとは、普通の男女ですら滅多にみられないことである。つまりは、それだけ彼らの絆は強く、同時に精神が肉体と一緒に若さを
 
保っている表れでもあるのだ。
 
 反面、ヒカルの場合は子供っぽさと我侭な性格も変わらないという部分もある。その為もあってか、眠気を覚えた子供が癇癪を
 
おこすのと同じように、ヒカルの胸にもふつふつと怒りがわいてくる。
 
 料理メニューばかりの寝言を聞かされたお陰で、自分の夢にも影響を及ぼしたに違いない。そうでなければ「たらこ唇でブロッ
 
コリー頭でじゃがいもみたいな輪郭の塔矢アキラ」などというかなり怖くて不気味な夢は見たりしないだろう。
 
「っていうか…てめぇのせいだ!」
 
 朝の爽やかな目覚めを不快なものに変えた罪は重い。それも誕生日の朝である。昨夜肌を重ねてたっぷりと愛を確かめ合っ
 
た甘さの欠片もなく、ヒカルは隣で眠るアキラを怒りに任せてベッドから蹴り落とした。
 
「うわぁ!」
 
 眠りながらでも受身をとるだけさすがだが、起きぬけでアキラも寝惚けているのか、タオルケットを身体に巻きつけ、尻餅をつい
 
たままヒカルを茫然と見上げる。恐らく本人にも何が起こったのか分からないのだろう。
 
「おい、塔矢。今日は何の日だ?」
 
 だがヒカルはアキラがまだ起きたばかりで、明晰な思考が回転し始めていないことなど一切構わず、不機嫌も露わに尋ねた。
 
「おはよう進藤…って…え?キミの誕生日だが」
 
 ぼんやりしながらも律儀にヒカルに挨拶を行ったが、いきなりな質問に戸惑いを隠せない。少しばかり眠そうにしている仕草に
 
は幼いあどけなさが残っているが、徐々に覚醒し始めているらしく、答える言葉は意外にもしっかりしている。起き抜けで微かに
 
掠れた声には不思議と色っぽさもあったが、ヒカルは少しも感銘を受けることはなかった。
 
「そう、オレの誕生日。だから今日は辛子明太子スパゲッティを作れよ。作らなきゃおまえの誕生日まで別居だからな!」
 
 ヒカルは鷹揚に頷いたきつつご下命を下す。辛子明太子スパゲッティは日本でならば、比較的簡単に調理できるメニューだ。
 
 誕生日用にアキラに作るよう申し付けるものにしては、ごくありふれた料理である。けれどヒカルの態度は、女王様のご下命に
 
背けば厳しい罰も与えることも全く辞さない構えだった。
 
「…はあ?辛子明太子スパゲッティ?」
 
 アキラはぽかんとした顔で繰り返す。何故に『辛子明太子スパゲッティ』なのかさっぱり分からない。
 
「オレの誕生日なんだから、これくらい作れるだろ?」
 
 つんと顎を反らして要求するヒカルを眺めていたアキラだったが、だんだんと状況が掴めてきた。自分がベッドから蹴落とされ
 
たこと、理不尽な要求を受けていること。
 
 最初は寝惚けていたせいもあって茫然としていたが、アキラとてこんな扱いを受けて黙っていられるはずがない。
 
「ふざけるな!博多から何千キロも離れた島で、材料もないのに作れるわけないだろう!」
 
 ここは日本から遥かに離れた南洋の孤島である。数多くの孤島を持つリゾート大国の一角に位置するため、日本に行くだけで
 
飛行機で五時間は軽くかかる。因みにこの数字は自家用ジェットで最短距離を飛んだ場合のものだから、普通の旅客用ジェット
 
機のコースだと七時間以上必要になる。勿論、天候や風向きによるプラスアルファのファクターを全て無視しての計算だ。
 
 現実的にみてもかなり希望的な数字といえるだろう。
 
 今は明け方の五時を時計は指している。これから着替えて出かけたとしても、空港までの距離や飛行機の整備などの面から、
 
最低二時間はみておかねばならない。更に日本に着いてから辛子明太子を買いに行く時間も必要になる。往復やその他の所要
 
時間を計算すると、とてもではないが今日中に戻れる保証はない。
 
 ヒカルの百回目の誕生日という記念すべき日は、後十九時間しかないのだから。
 
 これらのことを全て、一瞬のうちに頭の中で冷静に計算をしたアキラは、ヒカルがどれだけとんでもない要求をしているのか理
 
解していた。そうでなければ、怒鳴り返さずにさっさと行動を起こしていたに違いない。
 
「うるせぇ!今から飛行機で往復すりゃ今日中には辛子明太子くらい買って帰れるぜ!っていうか無理でもしろ!」
 
「…………!」
 
(無理でもしろときたか……マズイな…)
 
 ヒカルの剣幕に、アキラは反駁しかけた口を強引に閉じた。何が気に障ったのかは知らないが、これは相当にご機嫌斜めで
 
ある。下手につっついたら今すぐ別居勧告をされかねない。枕を掴んでいつでも投げられるようにしている姿からみても、ヒカル
 
に譲歩する気が全くないのは明白だ。
 
 いきなりどうしてこんな事を要求されねばならないのかアキラとしても納得できないのだが、ヒカルの我侭な性格や突拍子も
 
ない行動はいつものことである。
 
 喧嘩をする時でもこれは変わらない。いくら正論を述べても、許しを請うて謝るのは結局アキラの役回りなのだから。
 
 折角のヒカルの誕生日だ。ここは自分が折れるしかないだろう。
 
(ベッドから蹴りだされた上に、博多まで何時間もかけて買物に行かされるだなんて…ボクが何をしたっていうんだ。おまけに朝
 
の挨拶も今日はしてないし)
 彼の思う朝の挨拶とは、長く深い口付けのことである。挨拶?ついでに朝っぱらから一ラウンドこなせるくらい互いを煽るような
 
濃厚なものだ。一般的にそんなキスは朝の挨拶とは百人中百人とも言うまい。 
 アキラにとっては、朝っぱらからトホホな気分大全開だった。本来なら、今日はヒカルを思いっきり甘やかして二人きりで楽しい
 
時間を過ごそうと計画していたのに。アキラにとっては、残念でならない。
 
 彼の計画について、どこかの関西弁の誰かなら、そんなもんいつもと全く変わらんやろが!裏手ツッコミをすかさず入れてくれ
 
ただろう。 我侭女王様はそんなアキラの涙にくれる心の内など知ったことではなく、不機嫌そうに睨みつけてくる。
 
 とっとと行って来いと、剣呑な眼が語っていた。すぐにでも行動を起こさないと、遠くない未来にヒカルはぶちきれてアキラに対
 
して更に八つ当たりするだろう。本当に、傍若無人はヒカルのためにあるような言葉だ。
 
 アキラは深い深い溜息をついて、愛しい恋人のために機上の人となるべく、着替えに向かったのであった。
 

 三十分後、ヒカルの見送りもなく寂しく家を出たアキラは、歩きながらさるところへ電話をかけた。木々の隙間から星空の輝き
 
が振り落ち、波の優しい音が海岸に向かって歩いていくに従って、近づいてくる。
 
 しかし今は、南国の風景に意識を向けている場合ではない。
 
「すみません、戦闘機を一機貸して頂けますか?……はい、助かります、大統領。……そうですね…では今度食事でも」
 
 流暢な英語で用件だけを話し、極数人の者しか知らない直通回線を切ると、再び携帯電話で連絡を入れる。
 
「社、すまないが日本の博多付近に自家用ジェットを回してくれないか?」
 
『ええで。けど行きはどないすんねん?』
 
「戦闘機を借りることになっているよ」
 
『ははあ…戦闘機か。……そら確かに通常より半分以下に時間は短縮できるけどなぁ……」
 
「でも帰りは、荷物がデリケートだしジェットにしたいんだ。戦闘機だとGで潰れてしまうだろうし」
 
 アキラは上空を見上げ、砂浜の広い場所で持っていたライトで何かの合図をした。
 
『一つ聞きたいんやけど……塔矢、何を持って帰るつもりなんや?』
 
「博多名物辛子明太子」
 
『……………………さよけ』
 
 同情の篭もった返事までのしばしの沈黙で、付き合いの長い社は全ての事情を悟ったようだった。簡単に時間の打ち合わせ
 
をして携帯を切ると同時に、ローターの起こす凄まじい風とヘリの爆音が近づいてくる。
 
 アキラの眼前にある真っ白な砂の上に降りたヘリコプターに、当然のように素早く乗り込んだ。
 

 真っ青な空を銀色の小型飛行機が雲を裂いて凄まじい勢いで飛んでいく。アキラにとって、最新鋭戦闘機での空の旅は、 
中々に快調だった。取り立てて戦闘機の訓練を受けていなくても、彼自身も非常事態で何度か操縦したことがあり、さして困
 
りはしない。それに最近の戦闘機は、スピードが速くてもかかってくる圧力が軽減されるように設計されているため、基本的に
 
は一般人のアキラでも航行は可能だ。
 
 勿論、ただの人間ではとてもではないが無理であろうが、彼の肉体は不死身であることから、並の人間よりも耐久力や回復
 
力、順応性も優れている。操縦方法さえ分かってしまえば、最初はかかってくるGに苦しめられても、ほんの数分とかからず
 
に耐えられるように肉体が適応するのだ。
 
 大統領と食事をする約束をしたことで、今回の借りを理由に何を持ちかけてくるのかは想像がつく。彼は二人の持つ不死の
 
肉体のメカニズムを医学的に解明したいと思っているのだ。その協力のために、血液や細胞のサンプルが欲しいと言い出す
 
ことは簡単に予想できる。表向きは医療の発展のためと語っていても、軍事転用も念頭に入れているのは明確だ。
 
 不死身の肉体を持つ兵士を作り出すことができれば、かの国はこれまで以上に各国よりも優位に立つことができる。
 
 だからといって、アキラは彼の申し出を断るつもりはない。サンプルを採取して最新の医療機関で二人の身体のメカニズム
 
を探っても、実際には何の成果も得られないと分かっているからだ。何十年も前に社が大怪我をして二人が輸血をした時、
 
彼は一命を取り留めただけでなく若返るという変化が起きたが、それ以外の時は何の影響も及ぼしていない。
 
 これはアキラの憶測だが、社に二人の血による効果があったのは、偏に彼らが社を助けたいと心底願ったからに他ならない。
 
 何の変哲もない血であっても、二人の気持ち次第で影響の及ぼし方に大きな違いが出てくるのだ。だからこそ研究するだけ
 
無駄だともいえる。彼らの強い気持ちがあったからこそ、あの奇跡は行われたのだから。