勝利を呼ぶ者U勝利を呼ぶ者U勝利を呼ぶ者U勝利を呼ぶ者U勝利を呼ぶ者U   COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)
 オフ本「Butterfly(完売済)」に掲載した「明日への扉」の後日譚、「Je te Veux(サイト裏)」のオチの続き、「夏祭り」の翌日がこの話になります。
 様々な話とリンクするようになったのは、書いた私としても驚きです。まさかここまで繋がりをもつようになるとは予想もしなかったので。どの話も内容に特徴が出て色々なところが、このシリーズらしいといえばらしいかも。
 タイトルの割に軽い話になったのはご愛嬌ということで(笑)。
 ウチのアキラさんはへたれ気味ですが、対照的にヒカルはどんどん任侠系の女王様へと突き進んでいるようで、書いている私としては戦々恐々としています。ウチのヒカルの癖のせいでしょうか?
 因みにこの癖、どの話でも必ず一回はしています。どんな癖か気付かれた方は、こっそり笑って楽しんでおいて下さいませ。
 アキラさんの技術向上過程は、機会があれば裏でこそこそUPしていきたいですね。タイトルホルダーになれるかどうかは、私にも分かりませんが(笑)。
 遅い昼食を終えて、ヒカルは食後のお茶を寝転んだまま啜っていた。後片付けからアキラが戻ってくる足音を耳にすると、ゆっ 
くりと湯飲みを枕元に置く。
 
「ん」
 
 襖を開けて入ってきたアキラに、ヒカルは見計らったようにすっと腕を上げてみせた。それだけでアキラは意図を汲み取ると、
 
傍らに膝をつき、腕を伸ばして負担がかからないようにゆっくりとヒカルを引き起こす。
 
 座ると腰の鈍痛を感じて少し辛かったが、さすがに寝転がったままアキラに昨夜の文句を言う訳にはいかない。それに、珍しく
 
も自分が説教をする立場だというのに、見下ろされてするのも腹立たしいしみっともないだろう。朝に比べると身体も随分ましにな
 
ったことだし、ここは多少は無理をしてでも、目線を上げた方がより効果的だ。
 
 元からあった身長差だが、最近だんだんアキラに差をつけられつつあるのでこっちが見上げるという事実は変わりないが、寝転
 
がったままよりはいい。客人というよりも主人のように尊大な態度で、ヒカルは布団の傍を軽く叩いた。
 
「塔矢、そこに座れよ」
 
 アキラは既に予期していたのだろう。ヒカルの言葉に従って神妙な面持ちで布団の脇に正座する。
 
 その姿は、まるでこれから叱られ、説教を食らう子供のようだったが、ヒカルは同情は全くせずに彼を睨み上げた。
 
「スゲー痛い。おまえとした時も、死ぬほど痛かった。オレもすることは同意したからな、別に怒りはしてねぇけど」
 
「……すまなかった、進藤。今度からは気をつけるから……二度としないなんて言わないで欲しい」
 
 ヒカルはアキラがそう言うだろうことは予め予想していた。肌を重ねることに頷いた時点で納得していたのだから、拒絶するつも
 
りもない。けれど、そうすんなりと頷いてやるわけにもいかないのだ。ヒカルとしては。
 
 あれだけ痛い思いをした行為を、これから先もずっとそのまま行うことになったりしたら、いくらなんでも困る。男女の間でさえ、
 
性の不一致は離婚の原因の一つに挙げられる程の問題なのだ。ましてや男同士だ。アキラを受け入れるヒカルの立場としては、
 
今の状態のままでいかれてしまってはこの先に不安を感じずにいられない。
 
 全く快楽を感じなかったと言うつもりはないが、それを上回る痛みがあってはお話にならないのだ。
 
 塔矢アキラという少年はヒカルにとってかけがえのない存在である。お互いに想いあい大切にしている半身とも片翼ともいえる
 
相手だ。どんな事があっても切り離せない。
 
 だが、いくら大切で好きな相手との行為であっても、激痛を感じながらでは、今はよくてもいつかは破綻がくる。好きな相手だか
 
ら許せると、自己犠牲的に行為を重ねるのも、相手に対して失礼だろう。ましてや、ヒカルは痛みを感じることに悦びなど見いだ
 
せる方ではない。どんなに求めに応じたくても、痛みのことを考えるとどうしてもしり込みしてしまうし、激痛に対する恐怖もある。
 
 だからこそ、肌を重ねることを望むなら、せめて痛くないようにして貰いたい。
 
 佐為という棋聖の影響か、ヒカル自身は余り性の欲求というものはなく、快楽を求める気もさらさらない。アキラが自分と肌を重
 
ねる事で満足するなら、こういった行為にも否やはない。むしろ求めてくれる幸せを感じる。こんな贅沢はないと本心から思うし、
 
彼の求めに応えたい。アキラという存在さえ感じられれば、ヒカルは幸せだ。それは真実。
 
 だがこればかりは譲れないのだ。拷問のような痛みを味わうのはさすがに勘弁させて頂きたい。
 
 ヒカルは、緊張の為か僅かに強張ったアキラの顔を見詰めて、ゆっくりと言葉を紡いだ。
 
「じゃあ、今後の為にこっちの要求は呑んで貰うぜ?」
 
「要求?」
 
 アキラが小首を傾げたのを無視して、そのまま続ける。
 
「おまえさ、昨夜オレに何回した?」
 
「えーっと…2回?」
 
「事実を捻じ曲げるなよ。3回だ!しかも風呂場で4回目もしようとしたろ?オレがあんなに痛い思いをしたってのにな」
 
「いや、その…我慢がきかなくて……」
 
 ほんのりと頬を染めながら困ったように答えるアキラは、昨夜の名残を残してどことなく色っぽかったが、ヒカルは微塵も感銘
 
を受けずに言下に切り捨てる。
 
「へぇ?そうかよ。だったらしばらく我慢してろ」
 
「…あの…それはいつまで?」
 
「聞ける立場か、おまえが。超ド下手のくせに」
 
 舌打ちしながら答えるヒカルに、アキラはムッとしたように眉を顰めた。
 
「下手って…仕方ないだろう!初めてだったんだぞ?!」
 
「オレも初めてだよ。とにかくだ、少なくとも痛みが引くまではしない。次も今回みたいに痛かったら許さねぇからな」
 
「進藤!ボクはまだ初心者なんだ。いきなりキミを気持ちよく感じさせるなんて、できる筈ないじゃないか!」
 
 露骨なアキラの言い回しにヒカルは耳朶まで赤く染めたが、内容がひどく癪で目尻を一気につり上げる。
 
「バカ野郎!おまえはオレを気持ちよくとか言えるレベルですりゃないんだよ。例えるなら、中学の囲碁大会で『ふざけるなっ!』
 
て台詞を投げつけた頃が適当だ。分不相応な事考えてんじゃねぇ!」
 
「ちゅ、中学囲碁大会〜!?」
 
 思いきり怒鳴りつけられた言葉の内容に、相当なショックを受けたようにアキラは瞠目する。
 
「勘違いするなよ、塔矢。おまえがあの時の自分が昨夜のおまえだと思ってるんなら、そいつはお門違いだぜ?おまえは怒鳴ら
 
れたオレの立場なんだよっ!こっちが『ふざけるなっ!』て言ってやりてぇぐらい痛ぇんだからな」
 
 つまりは、囲碁の初心者だったヒカルレベルの下手くそさだったのだという事実を告げられ、アキラは二重の衝撃に声も出せ
 
ずに押し黙った。男として、ここまで下手だと言われてしまうと情けなくて立つ瀬がない。
 
 しばらくショックで茫然としていたアキラだったが、やがてヒカルを見詰めてぽつりと尋ねる。
 
「キミは…何を基準にそう考えるんだ?」
 
 ヒカルは大仰に溜息をついた。馬鹿馬鹿しいが、アキラはヒカルが初めてでないのかもしれないと疑っているらしい。もしもヒカ
 
ルが初めてでなかったら、少しでも痛くないように自分で何とかするに決まっている。それができなかったから、ヒカルは全くの初
 
心者なのである。恐らくアキラ以上に。
 
「塔矢…おまえオレが初めてじゃないとかって、疑ってんじゃねぇだろうな?」
 
「そんな事はない!」
 
 アキラはヒカルの眼を見詰めて激しく否定する。その真剣で大真面目な眼の色でヒカルは自分の考えの誤りに気がついた。
 
 どうやら、勘ぐってしまったのは自分の方らしい。ヒカルはバツが悪そうに頭を掻くと、アキラを見上げた。
 
「ボクはただ、キミが何からその答えを導き出したか知りたいんだ」
 
「じゃあ教えるけど…覚悟しとけよ?」
 
 真摯な瞳に答えるようにヒカルが確認すると、真っ直ぐな視線が返ってきた。アキラの決意の程が伝わってきて、それにヒカルは
 
一つ深呼吸すると、彼の胸倉を掴んで引き寄せ、傲然と通告した。
 
 獲物を射るような鋭い目線と、野生の虎と同じ獰猛な気配と共に。
 
「オレは自分が感じた痛みのレベルでそう判断したんだよ!これが基準だっ!文句あるか!?」
 
「あ、ありません……」
 
 ヒカルの凄まじい迫力に気圧され、思わずアキラは素直に頷いてしまう。
 
「あ…つまり、その…それだけ痛かったってことか?」
 
 あまりというとあまりな基準に、アキラは何とも物悲しい気分で躊躇いがちに尋ねた。甘い朝が期待できなかったばかりか、肌を
 
重ねた翌日に己の下手さ加減を酷評された二重三重のショックに、奈落の底まで落ち込みそうだ。
 
 これでは龍という肩書きも形無しである。しかし、ここで甘い顔はヒカルはしない。更に追い討ちをかけていく。
 
「その通り。だからせめて、次…いや来週する時はせめて院生試験に通るぐらいになってくれないとな」
 
「ちょっと待て!中学囲碁大会の三将から院生だと!?いきなり過ぎるぞ!しかもたった一週間で!?」
 
 これにはアキラも堪らず、野球選手が審判に対するように猛然と抗議する。
 
 碁会所で激しく検討をする時のように、額と額をつき合わせる姿は同じだが、内容はとんでもなくかけ離れていた。しかも二人か
 
らは昨夜の名残の甘い雰囲気というものは、ほんの少しも漂ってこないのだ。色気がないにも甚だしい。
 
「これに関して、おまえがオレに意見する権利はねぇ!黙ってろ!」
 
 きっぱりと言い切ったヒカルに、アキラは黙っていられずに激情のままに怒鳴り返した。
 
「どうしてだ!?ボクにだって権利はある!」
 
「決まってんだろ!?身体の負担の差だ!おまえは手合に出れたってのに、オレは朝から歩く事もろくにできねぇんだそ!?」
 
「〜〜〜〜〜っ!」
 
 進藤ヒカル15歳。囲碁が拘わる拘わらないに関係なく、口喧嘩で初めて塔矢アキラに勝利した瞬間であった。
 
「分かったな?来週までに院生だぞ」
 
「…院生になれたら?」
 
「次は一組16位。若獅子戦に出られるぐらい」
 
「若獅子戦の次は?」
 
「プロ試験予選を通るぐらいだな」
 
 飄々とヒカルは答える。それにしても、こういった事に関しても囲碁が判断基準になるところが、彼ららしいといえばらしいのだが、
 
一般的な人々の感覚ではついていけないような分かりにくいものだ。尤も、これは彼らの間にしか通じないことなのだから、当然
 
といえば当然なのかもしれないが。
 
「くっ!……それらの判断基準は?」
 
 アキラは悔しげに不承不承頷きながら、諦めきれないように往生際悪く尋ねる。
 
「痛みが今回よりもず〜っと少ないこと!」
 
「…少ないって……まだ下手ってことじゃないか!」
 
 内容を理解した途端、アキラはさっき以上に頬を紅潮させてヒカルに詰め寄った。だがヒカルは落ち着いたもので、アキラの形の
 
良い鼻の先をいなすように人差し指で軽く弾き、黒い瞳を覗き込む。
 
「あのな、話はまだ終わりじゃねぇぞ。来月はオレの誕生日だ、知ってるよな」
 
「当然だ」
 
 重々しく頷いたアキラの胸倉を掴んだまま、ヒカルはにやりと不遜に笑って御下命を下した。
 
「分かってるなら話は早い。オレの誕生日までにプロ試験を通って初段になれ!」
 
「なっ、何だって!?一ヶ月もないじゃないか!そんな法外な要求があるかーっ!!」
 
 恐らくそこに卓袱台があったなら、アキラはどこぞの頑固オヤジのように勢いよくひっくり返していたに違いない。
 
「うるせぇ!さっきも言ったが、おまえがオレに意見する権利はねぇんだよ!」
 
 しかしヒカルもさるもの。ひっくり返した卓袱台を傍若無人に踏みつけ、その上粉々に壊す理不尽さで言い返す。
 
「だったら、プロ試験の基準は何だ!教えろ!」
 
「プロ試験合格の基準は、オレが全く痛みを感じないことっ!肝にしっかり銘じとけ!!」
 
「そんなの横暴だ!ボクは絶対に認めないぞ!甚だ不本意だが、百万歩譲って立場を逆にしたっていい!」
 
「オレに男を抱く趣味はねぇ!!例え相手が塔矢、おまえでもだっ!!!」
 
 感服したくなるほど堂々と、こちらの立場と言い分を無視する自分勝手な台詞を言い放たれ、アキラは一気に脱力する。
 
「進藤…キミね……」
 
「オレはおまえを抱く気はないし、おまえ以外に抱かれもしない。…だったら他に選択の余地はねぇよな?塔矢」
 
 胸倉を掴んだまま触れんばかりの傍でヒカルはアキラを挑戦的に見上げると、不意に僅かな距離を無にしてほんのりと温もりの
 
残った唇に不敵な笑みを刻んだ。それは問いかけというよりも拒否権のない判決といえる。
 
 対局を髣髴させるような鋭さを持ったヒカルの笑顔は、虎の苛烈さと華麗さを合わせ持っていて、とてつもなく綺麗で魅惑的だ。
 
 それに魅入られてしまいそうになり、アキラは必死に自分を踏み止まらせる。
 
「つまりキミの要求は、ボクが努力して少しでも技術を向上させるということだな」
 
 負けた悔しさに歯噛みしながらも、アキラはとうとうヒカルの要求を呑んで自らの敗北を認めたのだった。
 
 対局には勝利をしても、進藤ヒカルという生涯のライバル兼伴侶には完敗したアキラである。
 
 勉強方法については、負けを受け入れた時点で既にアキラの中で決まっていた。アキラはヒカル以外の相手とするつもりはない
 
から、とにかくまず文献などの資料を読み漁って知識を増やすしかない。耳年増になるのは正直嫌だが、下手なままでいてヒカル
 
が離れていくことを考えれば、大した問題ではなかった。
 
「そういうこと。来週…いや来月までにせいぜい頑張りな」
 
 勝利者のヒカルは、アキラが了承した事に満足したように、鷹揚に頷いてみせる。
 
「でも…ボクの勉強の成果を試す為にはキミにも協力してもらわないといけないんだけど、それは分かっているよね?」
 
 アキラはヒカル以外の相手と行為をする気はないのだから、判断をしてもらうにも実験に付き合ってもらうにも、ヒカル自身を相手
 
にして試すしかない。ヒカルの反応を見ながら、自分で研究していくしか方法がないのだ。
 
 この点には、ヒカルも文句を言わずに納得して頷いた。
 
「分かってるって。オレも鬼じゃないから、痛くなくなりさえすりゃいいよ。それ以上の高望みはしねぇからさ、せめて初段だな。別に段
 
位を上げてタイトルとれなんて言わねぇし」
 
 元から快感を得たいという欲求の少ないヒカルは、何気に血も涙もない台詞を言っていたが、本人は全く意識していなかった。痛く
 
なかったらそれでいいという思いをそのままに、口に乗せている。聞かされた相手のことなど、これっぽっちも考えていない。そういっ
 
た欲望が極端に薄いヒカルならではの言葉だったのだが、アキラにしてみると堪ったものではなかった。
 
(それは……ボクに初段以上の技術の向上は望めないと言っているのか!?そういう意味か?進藤!)
 
 溜息を吐いて首を振るヒカルの態度とひどい言い様に、何が何でも将来はタイトルを獲ってやる、と背後に炎の壁を背負って心に
 
誓うアキラであった。そんな事でタイトルを奪取するよりも、囲碁でまずとれ大馬鹿者、と冷静な人なら突っ込むところだが、今のア
 
キラは全く聞く耳を持ってはいないのだった。
 

 一ヵ月後、アキラがプロ試験を通って段位を獲得できたかどうかは、勝ちを呼び寄せた真の勝利者のみぞ知る。
 

                                                          2004.2.1