Implication(封神演技)Implication(封神演技)Implication(封神演技)Implication(封神演技)Implication(封神演技)Implication(封神演技)   犬も喰えないU犬も喰えないU犬も喰えないU犬も喰えないU犬も喰えないU
「師父のバカ!出てけー!!」 
「ここは私の洞府だぞ!?そんな理不尽な台詞があるかっ!」
 
「うるさい!!もう〜〜〜顔も見たくねぇさっ!出てけったらっ!!」
 
「ああ!分かったよっ!出て行けばいいんだろうが、この頑固弟子!!」
 
「へんっ!!どこへで行きやがれ!!大バカ師匠ー!!」
 
 洞門の前に立ってさえ聞こえてくるいかにも夫婦喧嘩な言葉の応酬(子供の言い争いの域を出ていないが)の後、青峰山紫陽洞
 
の主人である清虚道徳真君が小さな風呂敷包みを持って真横を大股に通り過ぎていった。
 
 挨拶すらしないとは彼には非常に珍しいことで、青峰山の師弟と胸中の友人と自他共に自負している太乙真人眼を丸くする。
 
日頃弟子に下僕扱いされているものだから、とうとう切れたかな?などと他人事にしては強烈な考えをするあたり12仙だ。
 
 これが女なら泣きながら出て行くのだろうが、道徳はそんな可愛いらしい存在ではない。むしろ置いていかれた天化の方が立
 
場的には厳しい筈だ。何せ料理も洗濯も掃除も全て道徳が切り盛りしている。自分の身の回りの洗濯や掃除ぐらいは天化もする
 
が、12仙の中でも屈指の広さを誇る、この広大な洞府の敷地全てとなると道徳以外に出来る者はいないのだ。
 
 特に料理がからきし駄目な天化は、道徳が居ない間食生活にかなり不自由するだろう。まだ道士の天化には、食事が必要なの
 
だ。人の洞府の心配をするよりも、昼食をたかりにきたのに有り付けなくなってしまったことのほうが太乙には重大だった。
 
 折角お腹をすかせて来たというのに、これで何も食べられなかったら眼も当てられない。しかしまあ、考えようによっては空
 
腹を我慢してでも楽しめる、格好のネタを見つけたとも言える。食事のことはそれはそれで置いておいて、封神計画も終わって
 
事件らしい事件も無かったし、久々の娯楽と暇つぶしになりそうだ。
 
 一筋縄ではいかない師匠よりも、まずは中に入って弟子の様子を窺うのが常道である。太乙はニヤリと人の悪い笑みを浮べて、
 
呼び鈴すら鳴らさずに門の中へと入った。
 
 洞門から続く石畳の道を庭(というより林)を縦断するようにしばらく歩くと、大きな屋敷がある。屋敷に沿って道なりに進め
 
ば見慣れたテラスに行き着いた。そこには倒れた椅子が一脚と、料理が盛られた皿が並ぶ円卓が鎮座していた。
 
 丁度昼食を食べるところで勃発したらしく、料理は手付かずのまま残っている。椅子は引っ繰り返しても、卓を倒さない心掛
 
けは中々立派である。
 
 一つ残った椅子に座り、卓に肘をついて天化は太乙の存在にも気付かない様子でむすっとしたままお茶を啜っていた。
 
「どうしたの〜?天化君。なんか凄い騒ぎだったけど。珍しいよね、君達が喧嘩なんてさ」
 
 倒れた椅子を元通りに戻して、太乙は椅子に腰を下ろしながらのほほんと尋ねる。半分以上好奇心と興味本位だと分かるよう
 
な、本の少しも心配げではない口調だ。彼の喋り方はいつもこうなので、天化は一々気にしない。
 
 何よりも、天化は他人に八つ当たりをするような少年ではないので、喧嘩直後に訪れても邪険に扱ったりはしないのだ。むし
 
ろこれ幸いとばかりに愚痴を零し、喧嘩の原因から何から何まで教えてくれる。
 
「メシが冷めちまうから、太乙さんも食うさ」
 
 どうやら食事をしながら話してくれるらしい。太乙は大喜びで大皿に盛られた料理に箸を伸ばして、早速食べ始めた。いつも
 
のことながら道徳の料理はとても美味しい。彼はこれ目当てにここに遊びに来ているようなものだ。
 
 しばし食物を咀嚼する音と食器の触れ合う硬質の音のみが場を支配していたが、不意にその沈黙を破って天化が口を開いた。
 
「……師父が悪いのさ。俺っちは悪くねぇさ」
 
「ふむふむ。じゃあ何で道徳が悪いの?」
 
 太乙は喋るものも大好きな反面、聞き上手な一面も持っている。聞き役に徹する時は相手の心情を推し量り、巧みに話を引き
 
出して、自分も十分楽しむ。
 
「師父の奴、俺っちが大事に取っておいたバンダナを捨てちまったのさっ!!」
 
 声と同時にザクッ!と箸がキャベツに突き刺さり、太乙はそれだけで天化の怒りの深さを感じた。
 
 これは下手に怒らせないほうが得策である。この少年は怒り心頭に達すると、師匠と同じく何をするのか想像もつかない怖さ
 
を持っている。尤も、太乙の経験ではその師匠が怒った姿ほど恐ろしいものはないと思っているが。
 
 剣呑さを孕んだ絶対零度の空気を身に纏い、冷徹な瞳を金色に輝かせる姿を眼にしたら、もう逃げるより他に道はない。その
 
前に逃げることができるかどうかが疑問なのだが。
 
 太乙は嫌なことを思い出しかけている自分を慌てて現実に引き戻し、天化の話に再び意識を向けた。天化は太乙が聞いていよ
 
うといまいと全く気にしていなかったようで、構わず続けている。
 
「俺っちにとってあのバンダナは本当に大切なものだってのに……許せねぇ!!」
 
「そんな大事なものだったら、ちゃんとしまってるよね?捨てられるってことは外に出してたの?」
 
 絶妙なタイミングでの太乙の相槌に、天化は大きく身を乗り出した。
 
「そうなんさ!しまいっぱなしだとカビとか生えそうで、いい天気だし虫干ししたのさ。そんで取りに行ったら……」
 
「道徳が既に捨てた後だったと」
 
 後を引き継いだ太乙に向かって、天化は我が意を得たりとばかりに何度も頷く。一旦落ち着きかかっていたが、話をすると再
 
び思い出して怒りがふつふつと芽生えてきたらしい。物凄い勢いで食事を掻き込み始める。やけ食いという言葉がぴったりはま
 
る壮絶な食事風景に、太乙ですら食べ過ぎで気分が悪くなりそうなした。
 
「ね、ねぇ天化君。問題のバンダナはどうしてそんなに大事なの?」
 
 天化の手がピタリと止まった。先程までの勢いが嘘のようになりを潜め、頬杖をついて箸で春巻きをつんつんとつついて、言
 
い難そうに瞳を泳がせる。
 
 いつもならすぐに受け答えをするこの少年がこうも躊躇するのは珍しい。こうなると是非とも理由を知りたいものだ。
 
「………笑わねぇさ?」
 
 上目遣いに見上げてくる天化の瞳に、太乙は大きく頷いてみせると、卓越しに顔を覗き込んで御機嫌伺いをしながら促した。
 
「絶対に笑わないから教えてよ〜」
 
 天化は春巻きを一口食べてしばらく考え込みつつ噛み砕いていたが、やがて茶で一気に流し込んでから話し始めた。
 
「あのバンダナは……コーチが修行中に初めて俺っちにくれたものなんさ。ケガをしないよううにって衝撃緩衝の術までかけて
 
くれて……。修行以外では色んなものを師父から貰ったけど、あれは初めて修行中にくれたのさ」
 
「そっかー。初めて修行中に貰えたら、そりゃあ嬉しいよねぇ」
 
 しみじみと共感の意を示す太乙に、天化は更に力強く大きく頭を縦に振る。
 
「ホント、マジで嬉しかったさ!しかも修行中だぜ?コーチは修行となると鬼みてぇに厳しい人だし…。あんな風に術をかけて、
 
バンダナを巻いてもらえると思わなくてさ。なんちゅうか、俺っちってやっぱり大事にされてるんだなーって、改めてそゆこと
 
実感できた瞬間だったのさ」
 
 あの頃は余りにも厳しい修行に、道徳は本心では自分を地上に降ろしたいのではないか、と疑っていた程だった。
 
 確かに日頃は道徳は可愛がってくれたが、修行となると本当に厳しかった。幼いk度もには過酷な内容で、家に帰りたいとすら
 
思い始めた時、道徳のさりげない仕草と言葉で、いかに大切にされているか改めて実感できたのである。
 
 天化はあの出来事から、それまでの朧気な感覚を超えて道徳を意識し始めたのだ。
 
 つまり自らの想いの原点とも言える品を、それを与えた張本人が捨ててしまったことに、怒りと無意識的な不安を覚えたのだ
 
ろう。自分もあのバンダナのように捨てられてしまうのではないかという、漠然とした不安を。
 
「そりゃさ、小汚ねぇぼろ布に見えたかもしんねぇよ。けど!あれは俺っちにとっては宝物だったのにー!!」
 
 今度はやけ食いでは飽き足らず、自棄酒でも飲みかねない天化を太乙はのんびりと宥める。全然、全く、危機を危機とも思っ
 
ていないところが彼の凄いところだ。天化が自棄酒を飲む性格でないことも、例え飲んだとしても早々に酔っ払うほど弱いわけ
 
でもないと知っているのもあるが。
 
「まあまあ、道徳にはそこら辺の感覚が掴めない鈍いところがあるから仕方ないよ。いくら朴念仁の道徳でも、きっと天化君の
 
気持ちや不安に気が付くって」
 
「それなら俺っちも嬉しいけどさ……」
 
 どうもその考えは希望的観測に過ぎないような気がする。何せ道徳の鈍さは筋金入りなのである。そのくせ妙なところで、恐
 
ろしいほどに鋭い。何とも掴み難い人物なのだ。尤もそこが魅力的だと天化は感じているのだから仕方ない。
 
「人のことを薄情者呼ばわりしたくせに。自分の方がよっぽど薄情者さね!」
 
 瞳をキッと空に向けて天化は一人で怒鳴った。昔道徳と些細なことで喧嘩をした時、彼にそう言われたことがあるのだ。あの
 
時は自分が悪かったと自覚があるが、今度はやはり彼の方が悪いと天化は思っている。だから謝る気もない。
 
 それが太乙にも分かっているのか、したり顔で頷いていた。
 
「確かに道徳は他人に対して容赦ないところがあるからね。……あれ?そういや道徳はどこへ出て行ったんだろ?」
 
 さっき洞門ですれ違った道徳には、行き先など殆どない筈なのである。玉虚宮へ行く筈もないし、12仙では自分の所ぐらいし
 
か彼には行く宛がない。下手に玉鼎の所へ行ったりしたら、耳にタコができるぐらいお説教を食らう破目になるから行く訳がな
 
いし、他の12仙も反応こそ違えど、何かと暇潰しに構いたがる点では似たり寄ったりどんぐりの背比べだ。
 
 道徳はそういったことを一番嫌がる性質だから、どこへも行かないし、行けないのである。
 
 道士時代からの旧知の友人の彼でさえ首を捻って考えていると、天化は意外な答えを太乙に教えてくれた。
 
「多分俺っちの実家さ。師父は親父とも仲がいいから」
 
「…………!!」
 
 さすがの太乙も唖然として、その場に凝り固まる。
 
 どこの世界に弟子に洞府を叩き出されて、その弟子の実家に逃げ込む洞主が居るだろうか。
 
 いくら他の12仙の所へ行ったところで、多少同情されても所詮面白がられるのが関の山だと分かっていても、だからといって
 
弟子の実家は余りにも情けなさ過ぎる。
 
 顎を落としかねないぐらい驚愕し、声を失って呆れ果てている太乙を尻目に、少年は落ち着いてお茶を啜っていたのだった。