Implication(封神演技)Implication(封神演技)Implication(封神演技)Implication(封神演技)Implication(封神演技)Implication(封神演技)   花束を君にB-ver.U花束を君にB-ver.U花束を君にB-ver.U花束を君にB-ver.U花束を君にB-ver.U
 崑崙商店街は現在バレンタインセールの真っ只中である。やはり一番の売れ筋商品は菓子屋のチョコレートで、次は洋菓子店の 
チョコレートケーキとなっている。
 
 ここの商店街は別名美形商店街としても名高い。というのも、殆どの店の店主や看板娘(息子)が美男美女と揃っているからだ。
 
殆どの店との言葉通りに全部が全部そうではなく、過去は美形であった人もいる訳だが……。
 
 黄天化は商店街の一角を担う、スポーツ用品店の高校生アルバイトだ。店主は美形商店街の名に恥じぬ若く格好良い人で、天化
 
も看板店員として活躍している。さすがに今の季節はバレンタイン商戦とは関係のなさそうなスポーツ関連商品だが、それでもバレン
 
タインスキーだとかで、冬物に関しては中々の売れ行きだった。ある種のデートスポットともなっているリゾートスキー場などで、14日
 
を過ごす男女も以外に多いらしい。何はともあれ、自分がバイトをしている店が換算としているよりは遥かにマシではある。
 
 天化は人だかりが出来ている洋菓子店の前を通り過ぎ、スポーツ用品店の裏口の扉をくぐった。急いで来る時は表から入るのがも
 
っぱらだが、今日のように時間に余裕があるときは裏口から入るのが常である。
 
 『菓子メーカーの口車に乗せられて馬鹿騒ぎなんかしてられるか』と、天化の恋人はこういった行事に関して非常に冷徹だ。基本的
 
にクリスマス、バレンタインデー等その他諸々の行事が彼は好きではなく、『仏教徒なら仏教徒らしく4月8日に潅仏会でもしてろ』と煙
 
草を燻らせて言う。しかし、本人がそれをしていた記憶が天化にはとんと無い。
 
 自分の事を棚に上げるこの恋人が、天化がバイトをするスポーツ用品店『青峰スポーツの』店長だったりする。その上天化の柔道と
 
剣道の師範で、家までもが隣同士なのだ。
 
「お?早いじゃないか」
 
 店に入るとほぼ同時に、足をカウンターの内側にある荷物入れに乗せて、パイプ椅子の背凭れに背中を預けた男がだるそうに声を
 
かけてきた。客に見せられないようなガラの悪い態度をしたこの男こそが、天化の恋人であり師範であり雇主でもある清虚道徳だ。
 
 今日はトレーナーとジーパンというラフな格好に店のロゴ入りエプロンを身につけて、いかにも『暇でございます』という風情で雑誌を
 
眺めていた。日によっては売れ筋商品のスノボウェアを着込み、バンダナに厚手の手袋までして、見ているだけで暑苦しくなるいでた
 
ちをすることもある。しかし道徳は暖房の効いた店内でそんな格好をしていても、汗一つかくことがないから不思議だ。
 
 なにはともあれ、本日は一般的な姿なので、見るだけで鬱陶しいと敬遠しなくて済みそうである。
 
 鞄を置きに近付いても、道徳が足を下ろす気配は全くない。いつ客が来るかどうか分からない状況で、平然とこんな真似ができる道
 
徳に半ば呆れつつ感心してしまう。このかったるそうな態度が、客が来ると一瞬にして爽やかな営業スマイルを振り撒く店長に様変わ
 
りするのだから、客商売とは中々に恐ろしいものである。
 
「コーチ、行儀悪いし足どけた方がいいさね」
 
「やだね面倒臭い。俺はこうする方が楽なんだよ」
 
 一応注意してみても、これ以上何か言ったところで彼の行動が改まる訳がないのだから、天化は口を噤むことにした。内心肩を竦め
 
てカウンターの下に鞄を置き、諦め気分で道徳とお揃いのエプロンを身につける。
 
 どうも彼のこの大きい態度は、母親からきたものらしい。そして道徳の母は少なくとも彼の百万倍は偉そうなのだ。むしろ道徳はまだ
 
可愛い方である。何せ彼の母は旧家の名門出身で、人間は自分に命令される為に生まれてきたと思っているフシすらある。彼女と自
 
分の母親の賈氏が親友同士だなんて天化には未だに信じられない。
 
 道徳の実家は相当に裕福だが、女性が家督をつぐことになっている為、彼は高校時代から実家の資金援助も無いままに一人で暮ら
 
し、かなり苦しい生活も行っていた。だが20歳の時に母方の祖母から株券と配当を成人祝いとして与えられ、ほぼ同時に父方の祖父
 
からもこの用品店を譲り受けた。
 
 尤も成人祝いは名目で、成人と同時に相続権を放棄する代わりに貰ったものだったりするのだが。
 
 その配当金で店を改装した後、大学の途中から経営に乗り出したというのに黒字続き。学費もそれでしっかり賄って楽々卒業し、就職
 
の心配もまるで無しとは、この就職難の御時世に羨ましい限りである。
 
 道徳にしてみれば、これまでの生活が苦労続きだったので、現在の生活は当然とすら思っているのだが。
 
 天化が道徳と付き合うようになったのは、中学生の頃に師範として道徳がついたことがきっかけだった。最初は道徳に負けることが悔
 
しくて反発しか覚えなかったのが、気がつくと彼をコーチと呼んで慕うようになっていた。そのうち家庭教師としても来て貰い、思い切って
 
告白して恋人同士となってからもう3年になる。
 
 この3年の間、男同士ということもあってバレンタインデーにプレゼントなんてしたことはなかったが、今年は気分を変えてすることにし
 
ている。一応毎年チョコだけは渡しているものの、道徳はせいぜい2口程度食べるだけで、翌日には天化の好物のチョコレートケーキに
 
変身し、結局自分が食べることになってしまうのだ。
 
 道徳は甘いものが好きではないので、チョコを全部食べてくれるとは端から思ってはいない。しかしだからといって、渡した本人に加工
 
して食べさせることはないではないか。いくら道徳の作るチョコレートケーキが美味しくても、やはり納得できなかった。かといって赤の他
 
人にあげられるよりは遥かにマシかも知れない。
 
「なあコーチ、明日のバレンタインデーだけどさ……」
 
「ああ?菓子屋の陰謀日が何だって」
 
 いかにも興味のなさそうな道徳に、天化は溜息をつく。何もここまで露骨な態度に出なくてもいいのに……と内心泣きそうな気分になり
 
ながら、椅子に背を預けたままの道徳の顔を覗き込んだ。
 
「コーチの家に遊びに行ってもいいさ?入試で学校…休みだから」
 
 道徳は僅かに肩眉を上げて天化をまじまじと見詰めていたが、不意にニヤリと笑う。
 
「まさかとは思うけど『チョコと一緒に俺っちも食べて』とかいうんじゃないだろうな?」
 
「バ……バカ!そんなんじゃねぇさ!!」
 
「どっちにしろ俺は遠慮なく頂いちゃうけどな、天化のこと。お前って味わい深くて美味しいから」
 
 からかいを含んだ悪戯小僧そのものの笑顔に腹が立つが、ここで怒ると折角用意したプレゼントが水の泡だ。
 
「別に味わって貰わなくて結構さね!!とにかく、明日行くったら行くさ!」
 
「どうせだったら今日から泊まってけよ。俺から言っときゃお前んとこも安心だろ」
 
「……え………?」
 
 返事をする間もなく道徳は携帯を取って天化の自宅に電話をかけてしまう。程なく会話が始まり、道徳は椅子にふんぞり返った姿で言
 
っているとは思えない丁寧な口調で賈氏に泊める旨を伝え、あっさり了解を得た。道徳は天化の両親から信頼が厚く、二人の仲も完全
 
に公認状態だ。最近は家族全員に『一層のこと隣の家に住めば?』とからかわれる始末である。
 
 確かに道徳は仕事は真面目で優秀だし、人に誠意を見せるべき時はちゃんとする男だ。だがそれと同時に態度が大きくて不遜な所が
 
あって、悪戯好きで人をいいように玩具にしたがる性格の持ち主でもある。なんだってこんなろくでもない男のことがこんなに好きなのか、
 
甚だ疑問な天化だった。まあ、恋愛は惚れたものが負けだと言うし、好きなのは事実なのだから仕方がないことなのかも知れない。
 
 道徳も全く同じことを考えているのだとは、天化は少しも気がついていないけれど。
 
「もう!俺っちは明日バレンタインデーだし、ちょっと一緒に居たいと思っただけさね。泊めてもらわなくても結構さ。それにコーチは明日も
 
店があるんだろ?」
 
 さっさと電話を切った道徳に、今更文句を言っても効果はないと分かっている。分かっていても口にしてしまうのは、もう天化の性分とし
 
か言いようがない。それでも今夜から道徳の傍に居られると思うと、やっぱり嬉しいことも事実なのだった。
 
「俺はプライベート優先主義だから、店ぐらい休んでもいいけど?金にも困ってないしな」
 
 平然と告げられた台詞は、金に困っている全国の人々の怒りを買うのに十二分である。
 
「とにかく仕事は仕事!休んじゃ駄目さ!そりゃ俺っちだってバレンタインデートってしてみてぇけど……」
 
 ビシリと言った後に続いた天化の憧れの篭もった小さな本音に、道徳は大仰な仕草で肩を竦め、思いきり馬鹿にしたように鼻で笑った。
 
「ばれんたいんでぇと!ハッ!……たくそこらのバカ女じゃあるまいし……アホくさ」
 
 道徳なら鼻で笑うに違いないと思っていたが、こうして実際に行動を目の当たりにするとやはりショックだった。いくらこういった行事関
 
係が嫌いな道徳でも、天化の気持ちを考えて、少しは気を使ってくれるかもしれないと期待した自分がバカみたいに思えてくる。
 
 本心としてはデートをしたいというのではない。折角のバレンタインデーだし、ほんのちょっぴりでいいからそういった気分を皆と同じよう
 
に味わいたかっただけなのだ。いつもならこれぐらいで泣く事なんてないのに、情けなくも眼が熱くなってくるのを止められそうにない。
 
 道徳は自分を睨みつける天化の瞳が微かに潤んでいるのに気がついて、バツが悪そうに頭を掻く。他の誰かに泣かれても平気だが、
 
道徳は天化の涙には滅法弱い。あの強情っぱりで気の強い天化がこんな風に涙を見せるとさすがに慌ててしまう。天化の気持ちも考え
 
ずに勝手なことを言ったのだと今更気がつき、ちょっと可哀想だったかな、と珍しく反省して思案した。
 
 幸いにも明後日は店の定休日だし、一緒にどこかに出掛けてもいい。14日は仕事があるが、早目に切り上げて天化を食事にでも誘え
 
ば一応バレンタインデートの範疇には入るだろう。
 
 大まかな計画を練ると道徳はカウンターから足を下ろし、天化の腰を引き寄せて機嫌取りに顔を覗き込む。
 
「……分かったからそんな眼で睨むなよ。お前の言う通り昼間は仕事で駄目だけど、その代わり夕食はどっかで一緒に食べることにしな
 
いか?昼間のデートの埋め合わせは明後日。このプランは如何かな?女王様?」
 
 照れ隠しにからかうような口調で尋ねながら、天化の手を取り甲にキスをする。途端に真っ赤になった少年の反応に笑みを浮かべ、返
 
答を促すように上目遣いに見上げてみる。
 
「お……俺っちは女じゃねぇから女王様なんて変さ!」
 
 首筋どころか手まで紅に染めた天化の的外れな言葉に吹き出しそうになりつつも、表面上は笑みを崩さない。
 
「俺はバレンタインディナーに誘ってんだぞ?返事を聞かせて欲しいねぇ」
 
 視線を絡ませたまま舌先でちろりと甲を舐めてやると、ビクリと指先が震える。それに気付かなかったフリをして、もう一度甲にキスをし
 
て顔をじっと見詰めてやった。
 
 天化は赤面したまま応えられずにいた。本当はすぐにでも頷きたいのにできない。ついさっき甲を舐める仕草をした道徳の事を思い出
 
すと、心臓が早鐘をうって声を出すどころではなくなってしまう。一瞬見えた赤い舌先とはまるで違った黒い瞳が、どこか挑むような挑発
 
的な色合いを持って自分を見詰めてきた。そんな先刻の道徳は格好良くきまっていたと同時に、扇情的で眼が離せない大人の色香を醸
 
し出していて、天化でなくても雰囲気に呑まれていたに違いない。
 
「………返事は?天化」
 
 いつのまに立ち上がったのか、耳元に低く囁かれて我に返る。どのみち返事をする必要もないくらい答えは簡単なのに、わざわざ訊い
 
てくるところが道徳の性格の悪さだ。
 
 とにかく今は、どんな喜びの言葉よりも行動で示したい。
 
 返事の代わりは、間近にある道徳の唇に伸び上がって自分のそれを押しつけることだった。