以前にUPした『花束を君に(Boy Version)』の対になるもので、バレンタインデーから1ヵ月後のホワイトデーでの道徳のお返し話です。ただし天化の性別を変えるという悪辣ぶり(笑)。
この話も01年3月に出した「Change The World」の中に載っています。1年以上経過してからUPするという素晴らしい遅さ(笑)。
これにも男天化版と共通して『花束を肩に乗せる道徳』が私の趣味で入ってます(オイ)。
私にとってはこの二本が初めての季節ものネタでした。
設定としては、この話の少し後ぐらいに「月と太陽」が入ります。
温かな腕の中というのは、どうしてこうも安心できるのだろう。広くないベッドでも、こうやって寄り添っていられることが幸せで
堪らない。パジャマ越しに伝わる熱が気持ちよくて、より一層身を寄せた。
ぴったりと道徳の身体にくっついて、彼の匂いに包まれる時間が天化は一番好きだ。肌を重ねて互いの熱を感じるのも勿論
嫌いではない。でもこうして同じベッドで朝を迎え、静かな時間を過ごすのもいい。
道徳は起きているのだろうが、天化の好きにさせてくれている。いつも自分のことをからかったりして遊ぶくせに、優しいときは
とことんまで優しくて、甘やかしてくれるのだ。
「……コーチ…起きてるさ?」
天化はもしも道徳が寝ていた時のことを考えて、小さな声で呼びかける。
「起きてる」
道徳の声は予想以上にしっかりしていて、彼が天化よりもずっと早く起きていた事を暗に示しているようだった。
胸元に頬をすり寄せ、頭をぐりぐりと押し付けた。自分の我侭を通らせたい時、天化は大抵こうする。
「俺っちお腹すいたさ〜」
道徳は笑いながら天化の髪をくしゃりと撫で、額と額を付き合わせる。そして音を立てて唇にキスをした。
「……洋食なら卵料理一品とコンソメスープ、パンとサラダ。和食なら出汁巻き卵か茶碗蒸し、味噌汁、お浸しと漬物、おにぎり
各種。さあどっち?」
「………両方食べたい」
食い気たっぷりの答えが天化の性格を現しているようで面白い。実際、この小さな身体のどこに入るのかと不思議なぐらい、
彼女はよく食べる。両方とも作れば必ず平らげるだろう。しかも食べた分だけ消費するから一向に太る気配もないし、世の女性
からすれば羨ましいを通り越して妬ましいに違いない。
「両方も作ってられるか。俺は和食派だから和食決定」
「コーチのチーズオムレツも捨て難いけど、お手製おにぎりも食べたいから和食でいいさ」
ホクホク顔の天化には、勝手に和食に決められた不満は少しも無かった。それよりも、空腹を満たす方が遥かに優先事項な
のだろう。朝食のメニューを決めてしまうと、二人して仲良くベッドを下り、道徳はパジャマにどてらを、天化はカーディガンを羽織
って食堂へと向かった。
朝食の上に昨日製作されたホワイトチョコレートケーキを食べ、天化はすっかり満足した様子で食後のお茶を楽しんでいた。本
当はもう一つぐらい食べたいのだが、太ると困るので我慢する。
後ろで食器を洗うたびに鳴る陶器の触れ合う堅い音を聞きながら、大きな欠伸をした。昨夜はそれ程早く寝なかったし(むしろ
遅かった)、どうにもこうにもぼんやりしてしまう。頭がぼーっとして、霞がかったような感じだ。
睡魔に勝てずにうつらうつらし始めたところで、玄関の呼び鈴が鳴り響き、びっくりして眼をしばたかせる。
道徳が洗い物の手を止めて横を通り過ぎ、電話越しの簡単なやりとりの後すぐに玄関に行ってしまった。どうやら新聞の勧誘
だとか、怪しげな宗教団体の訪問ではなかったらしい。
ストーブの前で気持ちよさげに寝転がっている猫を見ているとまた眠くなってくる。眠気覚ましにお茶を飲みながら見るとはなし
に入口を眺めていると、道徳が赤い薔薇の花束を方に乗せて戻ってきた。
パジャマにどてらという姿だというのに、それが様になっているところが不思議だと天化は思う。今日はホワイトデーでもあるし、
たぶん自分に渡してくれるつもりだのだろうとは予想はついた。しかし薔薇は余り道徳らしくない。バレンタインデーの時に渡された
ひまわりは、好きな花で嬉しかったし、何というか彼にも合っていた。
ケーキを作ってくれたんだから、気を使わなくていいのにとも思ったが、道徳から渡してもらえるものは何でも嬉しいので、天化
は大人しく椅子に座って彼が戻ってくるのを待った。
道徳は基本的に赤い薔薇の花束なんて渡す柄ではない。自分にはそんなものは似合わないと考えているし、何よりも照れが
勝ってしまう。どこかの気障男じゃあるまいに、恥ずかしくて本心としてはこんなものは御免被りたい。
もうちょっとムードのある時に渡したかったが、今この機会を逃すと白黒をつけられない気がする。
急ぎすぎだという自覚もあるが、これ以上先を越されるのは嫌なのだ。実のところ意識しないところで天化に先手を取られても
いる。だからこそ早くしておきたい。
じっと自分を見つめる天化の視線を痛く感じながら、道徳は花束とある物を持ってゆっくりと近づいた。
一歩歩くごとに心臓が激しく脈打ち、今すぐこの場から逃げ出したくなる。どんな大会に出ても感じなかった緊張感が、一人の
少女を前にしただけでそら恐ろしいほどに差し迫ってきた。
天化と目線を合わせるためにかがみこんで、棘が刺さったりしないように気を使ってそっと渡す。
「ホワイトでーということで……その………あの……気持ちだけ…………」
御中元か御歳暮を渡すような台詞に少女は眼を丸くする。傍目から見ても道徳がカチコチに緊張している事が分かり、取りあ
えず花束を受け取って例を言いながら、天化は不思議そうに首を傾げた。
たかだかバレンタインデーのお返しを渡すだけで、何故これほど堅くなるのかさっぱりわからない。
天化の鈍さは友人の蝉玉も頭を抱えている強者ぶりである。薔薇の花束を渡されただけでピンと来る筈もなかった。
言葉ではどうしても言えず、道徳は薔薇の花で隠すようにして、昨日の届け物を天化の指に嵌めた。
その感触に気づいて、天化は手を上げて『それ』を見た。薬指にはシンプルだが綺麗な指輪がぴったりと収まっている。しばらく
じっと指輪を眺め、緊張の面持ちをしたままの道徳へと瞳を移した。
「コーチ……ホワイトデーのプレゼントは嬉しいけどさ……。俺っちが指輪って全然好きじゃねぇって知ってるのに、何で今更指輪
なんて渡すのさ?」
道徳の真意など全く理解していない天化の様子に、身体がぐらりと傾ぐ、テーブルの角に頭をぶつけた痛みも気にならないぐら
い、道徳は動揺していた。例えるなら心中に吹雪と台風が同時に到来するような感じである。
(この方法なら確実だと言った奴ら……全員殴ってやる)
一体誰に聞いたのかは知らないが、八つ当たりをされる相手はいい迷惑に違いない。未だ落ち着きを取り戻してはいないもの
のしっかりと決意だけはして、道徳は天化の真正面から睨むように見据える。
変化球勝負などという回りくどい手を使った自分の浅はかさを心中で笑い飛ばし、やはり男は直球勝負!と完全に開き直った。
大一番で開き直れることにこそ道徳の強さの秘密でもある。
コホンと一つ咳払いをして、天化の手を取って互いを見えるようにし、確認を取るように語りかける。
「ホワイトデーは男からの愛の告白。赤い薔薇の花言葉は『愛してる』、薬指には指輪だぞ。……分かったか?」
緊張を孕んだ声、真剣な表情、薔薇の花束、指輪とが天化の脳裏を駆け巡り、一つの答えを導き出した。
気づかれないぐらいに小さく吹き出し、変なところで不器用な恋人にこれ以上にないほど幸せな笑顔を向ける。
「プロポーズならはっきりそう言えばいいのに、回りくどい手なんてらしくねぇさ」
そういえば、欧米では男性がプロポーズをする時、よくホワイトデーにすると聞いたことがあった。
「………俺は俺なりに考えたんだよっ!!あ〜恥ずかしい!もう二度とこんな事はしないからな!」
顔を赤く染めて勢いよく立ち上がり、わざと眼を逸らす道徳へ、天化も頬を上気させながら言葉を返した。
「今更はずかしがったって遅いさね。ベッドの中じゃ『愛してる』なんて台詞は耳タコなんだし」
「別にいいだろ。ああいう時でないと俺は言えないタチなんでね」
「折角のプロポーズだってのに、パジャマにどてらっちゅーカッコだし」
「……くそっ………ほっとけ。格好なんて気にする余裕は無かったんだ」
「それに気も早いさ……俺っちまだ高校生さね」
「悪かったな。どうせ俺はせっかちだよ」
自分だって初めてした翌朝に(無意識に)プロポーズをしてきただろうが、と心の中で言い返したが声には出さずにおいた。先手
を取られたなんて格好悪いこと、わざわざ本人にばらしたくなどない。
いじけて拗ねた子供そのままの感じで、椅子にどっかりと腰を下ろして足を組む。こういう素っ気無い口調でぶっきらぼうな態度
を取るのは、道徳の照れ隠しだと天化もよくわかっていた。そう、道徳が天化を理解しているように。
後ろから首に腕を回して身体を密着させ、小さくてもしっかりと聞き取れる声で、耳元に囁きを吹き入れる。
「……でも凄く嬉しいさ」
目線だけでこちらをちらりと見やった道徳の顔を覗き込み、にっこりと笑いかけてやる。そうして道徳の着ているどてらを掴んで
みせ、重要な機密を教えるようにわざとしかめっ面を作った。
「俺っち前から思ってたんだけど、コーチにこのどてらって似合ってねぇさ」
昨日太乙に指摘されたときは図星を差されて腹が立ったが、天化だと何故かそうは感じない。僅かに視線を自分の着ているど
てらに向け、天化へと戻して小さく頷いてみせる。
「………俺もそう思う……」
間近にある道徳の唇に自分のそれを押しつけ、天化は決定打を放った。
変化球でも直球でも何でも、受け止めてしまえば答えは一つなのだから。
「んじゃ今度俺っちが選んであげるさね。………これからもず〜っとコーチと一緒に居るんだしさ」
2001.3.1/2002.5.9