「地上の星」シリーズのアキラとヒカルのお初話でした。
この話はサイト連載「夏祭り」のアキヒカ主体バージョンであるオフ本「Butterfly」に載せた「明日への扉」の直後になります。これの翌日というかその朝になるのが「勝利を呼ぶ者」ですね。色々と繋がりのある話になっています。
オフ本ではこの話にお風呂に入るシーンとかを書き加えて、「Romance」という本で出しています。別シリーズのお初話も入ったお初本です(苦笑)。
とにかくこの話は初々しい感じを主体におきました。裏頁としてはヌルイ内容かもしれませんが、一応そういうシーンが入る話は裏頁ということでご了承下さい。
話のタイトルはサティ作曲のシャンソン「Je Te Veux」からです。
「Je Te Veux」はフランス語で「あなたが欲しい」という意味になります。
ワルツ調の可愛らしい曲で歌詞が中々に私のアキラ→ヒカルへのラブコールというイメージにあっていたので、タイトルに選びました。名曲もこんな扱いかい…。
因みに出だしは「金色の天使、陶酔の果実、瞳の魔力よ。ボクにその身を任せて。キミが欲しいんだ。きっとキミはボクのものになる……」抜粋ですがこんな感じ。
ああもう分かった、ごちそうさん。という中々にこっぱずかしい内容の歌詞ですので、興味をお持ちになった方は是非一度聴いてみて下さい。結構面白いですよ。
アキラの手が、顔を隠すように上げていた腕をやんわりと掴む。胸がひどく早鐘を打ち、ヒカルは小さく唾を飲み込んだ。
ゆっくりと退けられたが、どんな表情をすればいいのか分からなくて、眼を逸らした。
「その…あんな事をされて気持ち悪かった?」
ヒカルの態度に、アキラはどことなく意気消沈したように微かに瞳を揺らして、困惑したように尋ねる。ただ恥ずかしくて、戸惑い
の余り顔を逸らしてしまっただけなのに、ヒカルの曖昧な仕草がアキラを不安にさせたようだった。
「ち…違っ……そんなんじゃねぇよ。ちょっと……びっくりしただけだ」
そう、嫌だったわけではない。ましてや気持ち悪かったわけでもない。アキラにそんな行為をされて、ひどく驚いてしまったのだ。
心がついていってくれないほどに、信じられなくて驚いたのだ。いつもいつも、ヒカルはアキラには驚かされてばかりいる。
「……本当に大丈夫?」
ヒカルは慌てて言葉を紡いだが、アキラはまだ心配そうに見詰めてくる。
「うん…平気…」
どきどきしながら首に腕を回して引き寄せ、触れるだけの口付けをすると、アキラは驚いたように瞳を瞠った。ヒカルも自分から
キスするなんて恥ずかしくて堪らなかったが、はっきりと意思表示をしてアキラの懸念を取り除いてやりたかった。続きを考えると
不安がないわけでもないし、怖くないわけでもない。それでも、自分の気持ちには偽りなどないのだから。
この先は一歩も引く気はない。その決意を伝えるように、ヒカルは口付けをしたのだ。
アキラはうっすらと微笑むと、ヒカルの目元に唇を寄せた。目尻に溜まった涙を舐めとり、忙しない呼吸を繰り返すヒカルに啄ば
むように口付けてくる。柔らかな接触にうっとりと瞳を閉じると、甘い囁きが耳を打った。
「好きだよ、進藤……本当にキミだけが好きだ」
アキラの声に頷きながら、背中に回した腕に力を込める。それで多少は心が軽くなったのか、アキラが小さく安堵の吐息を吐い
たのに耳元を擽られ、くすぐったさに首を竦めた。耳たぶに歯を立てられると、背筋にぞくりと何かが走って身体が震える。
ヒカルの想いを尊重するようにそれ以上アキラはヒカルに尋ねず、再び指を肌の上を滑らせた。
「あ…はぁ……」
唇が、指が、様々な場所に触れていた。全身を余すところなく触れてくるそれは、ひどく優しくて甘い。これ以上熱くなることはない
と思っていた体温が、更に上がっていく。吐息が乱れて四肢から力が抜けていった。アキラの指が熱をもった自身に絡められる。
動かされる度にさっき感じた快楽を思い出したように身体が跳ねた。濡れた音が耳をつく。同時に自分の声だとは思えないほど
鼻にかかったねだるような吐息が聞こえてくる。
「……ん…ふぁ…ぁ」
抑えたいと思うのに、声を抑えることができなかった。手はアキラの背中から離せないままに力が抜け、同様に唇も閉じられな
い。瞬きをしているのかどうかも分からないまま、ぼんやりと開けた瞳には、綺麗な木目の天井が見えた。
アキラの赤い舌を視界の端に捉えたかと想思うと、口付けられる。アキラの吐息も少し乱れ、間近で見たその顔はほんのりと
紅潮していた。色白の首筋にはうっすらとかいた汗で後れ毛がはり付き、熱っぽく潤んだ瞳がどことなく色っぽい。アキラがヒカル
を求めているのが、こうして触れ合っていると有りのままに伝わってくるようだった。
完全に力が抜け切った、身体の奥まった場所を濡れた何かに撫でられる。ヒカルはそれが何か分からないままに小さく吐息を
零した。瞬間、内部を押し開くように突き入れられ、異物感に息を呑む。 中を探っているのがアキラの指だということは、すぐに分
かった。碁石を持つ彼の指に自分のそんな場所を探られるのはどうしようもないほどの羞恥を煽られる。
泣きたくなるほど恥ずかしくて、どこかに隠れてしまいたい。だが、ヒカルが感じたのは恥ずかしさと異物感だけではない。
「…う……」
その行為で、ヒカルはこの先を予想することもできた。というよりも、いくら性の知識に疎いヒカルでもここまでされて予想できない
わけがない。女性のように受け入れる器官を持たない男同士の場合は、する時はここを使うのだろう。
こういった行為では、初めての時は女の子ですら痛みを感じるらしい。それが男同士だとどうなるのか、考えたくはない。少々不
本意だが、これまでが気持ちよかっただけに痛いのは余計に嫌だった。それだけに『痛み』という名の恐怖を感ずにはいられない。
覚悟はできていても、怖いものは怖いのだ。ヒカルは未知の恐怖と戦いながら、内を蹂躙する動きから少しでも意識を逸らそう
と、胸元に顔を埋めるアキラの髪の一房を指で弄ぶ。さらさらとした直毛は擦り抜けて、捕まえるのが難しい。多少硬めで、滑らか
で触り心地のいい、艶のある綺麗な髪だ。男の持つものだとは思えない。女性でもここまで見事な黒髪はそうそう居ないだろう。
意識を逸らしている間に、ヒカルの身体も徐々に慣れてきたのか、異物感は随分と薄れてきた。だが反対に別の感覚がせり上が
ってくる。どこかむず痒いような、それでいて熱い奇妙な感覚だった。
気づかないうちに指が増えて内部で蠢き、ヒカルは微かに息を漏らす。内側からはじれったい熱さが侵食しはじめ、触れられもし
ていない自身から雫が零れ落ちた。それの助けを借りるように指が奥まったところまで入り込む。
ゆるゆると抜き差しを繰り返される度に淫猥な濡れた音が響いた。恥ずかしくて聞いていたくなくて、耳を塞いでしまいたいと思っ
た時、奥まった箇所で少し指が曲げられた。
「…………っ!」
瞬間、声も出せずに背筋を反らす。身体に雷撃を受けたように激しい感覚が走りぬけ、呼応するように雫が止めどめもなく流れ
落ちた。自分でも何が起こったのか分からないのに、余韻で足の震えが止まらない。乱れた呼吸がひどく甘ったるかった。
アキラは指で探りながらヒカルの様子を少しでも見逃すまいとするように、つぶさに観察していた。最初は異物感に苦しげに寄せ
られていた眉も、今ではまるで違うように見える。一時は青白かった頬は赤みを取り戻し、微かに吐息も聞こえてくるようになった。
それに先刻何気なく触れた箇所で、顕著なほどヒカルから反応が返ってきたのに、アキラは内心ひどく驚きながらも喜びを感じ
ずにいられない。ヒカルには痛みではなく快楽を感じて貰いたいと思うからこそ、あの姿はアキラに大きな自信をくれた。
アキラがそこを探るように触れてくる度に身体が震える。わけのわからない感覚が怖くて止めて欲しいのに、止めて欲しくない。
もっとされたいとも思ってしまう。痛みではない、全く別の感覚に心がついていかない。恐怖を感じていたのに、今では別の何か
に捉われてしまっていた。それが快楽だと、ヒカルは分からないままに溺れていく。
「ぁ……あん、も…やぁ……」
身体が熱い。溶けてしまいそうだ。頭の中も滅茶苦茶で真っ白に蕩ける。ただ分かるのは、これを与えているのがアキラだという
ことだけだった。こんな感覚は知らない。熱くて変だと思うのにひどく気持ちがいい。それでいて何かが物足りなくてもどかしく、も
っと深く強いものが欲しいと身体が訴える。アキラとの一体感を望んでいる。
肌が桜色に染まり、瞳を潤ませて甘い息をつくヒカルの姿は堪らないほど扇情的だった。時折堪えきれないように頭を振ると、
金色の前髪が月明かりに照らされて輝く。しっとりと汗をかいた肌がアキラにはひどく馴染んで愛しさが募る。自分なりに慣らし
たといっても、ヒカルにかかる負担は大きいだろう。それが分かっているのに、早くヒカルと一つになりたくて堪らない。我慢がき
かなくなってしまうほど、求める気持ちが強すぎて抑えることができない。
アキラは逸る気持ちを抑えに抑えていたが、とうとう堪えきれずに身体を割り込ませた。
指をゆるりと引き抜くと、ヒカルの身体が名残惜しげに震え、彼と視線が絡み合う。
ヒカルが覚悟を決めているのが伝わってきた。アキラを受け入れることを、ヒカルは無言のままに承知している。
アキラが何を望んでいるのか、この先に何があるのか、いくら性の知識が浅薄なヒカルとて同じ男なのだから察せられない筈
がなかった。一時は消えていた恐怖が再び擡げ始めているのも気づいていたが、意思を固めて瞼を伏せる。
ヒカルが砂色の瞳を閉じたのを合図に、口付けを交し合いながらアキラは内部に自身を推し進めた。
「………ん…い……ぅ」
アキラの口腔にヒカルの苦痛の声が吸い込まれ、アキラもまた拒むような締め付けに口唇を合わせたまま苦しげに呻く。
初めての痛みに顔を歪めるヒカルと同様に、アキラも眉を顰めていた。互いに痛みを与えた行為に、二人は息を詰める。
正面から同性に組み敷かれ、身体を開かされるという行為に、ヒカルの男としての矜持が悲鳴を上げていた。同様に、尊
厳も自尊心も粉々に砕かれたような屈辱すらも感じる。それなのにとても不思議だった。同じ男にこんな事をされているの
に少しも嫌ではなく、喜びすら感じているだなんて。
プライドも矜持も粉々になっているというのに、自然と涙が零れるほどの感動と喜びが胸を満たした。痛みだけではない涙
が頬を伝って、こめかみを流れ落ちる。
そんなヒカルをあやすようにアキラの唇が、頬に、こめかみに、次々に何度も落とされる。アキラは勘がいい。ヒカルがど
んな想いで自分を受け入れたのか、十分察していた。同性だからこそ分かるのだ。そうまでして想ってくれていることこそ
が、何物にも変えられない幸福であることも。
アキラを受け入れたことを後悔などしていない。相手がアキラだからこそ、この行為も赦せるのだ。別にこれでヒカルが男
でなくなったわけではないし、アキラに対しての想いも変わらない。いや、むしろ強くなっている。
ヒカルは詰めていた息をゆっくりと吐き出して身体の力を抜き、砂色の瞳を開いた。
間近にアキラの整った顔があった。心配げに見詰める漆黒の瞳と見交わしあい、ヒカルはうっすらと微笑んでそっと頬に
触れる。安心させるように撫でると、僅かに汗ばんだ肌はしっとりとして柔らかかった。頬にかかった黒髪を指先で払って、
首に腕を回し引き寄せる。息を弾ませて首筋に顔を埋めるアキラも、応えるように強く抱擁してきた。ヒカルはそれにほっと
息をつき、背中を子供にするようにぽんぽんと叩いてやる。
「…進藤………好き…」
「うん」
囁く声に頷くと、抱きしめる腕に力が増した。
「大好き……」
「ああ」
耳に直接吹き込むように伝えられる言葉は、幼子のように直接的で拙い。だからこそ嘘や誤魔化しのないアキラの真摯な
想いが胸に響く。アキラの話す言葉の一つ一つに頷き返し、背中と頭を撫でると、彼はとても綺麗に微笑んで柔らかく口付
けてきた。まるで誓いの接吻をするように。
もしかしたらこの笑顔にほだされてしまったのかもしれない。誰にも向けられない、自分にだけに与えられる、素晴らしい
特別。こんな極上の笑みを見せられてしまったら、ヒカルにだって太刀打ちできない。
(そのうちのつもりだったけど……今夜は特別に言ってやるよ)
「塔矢、…………」
聞こえるかどうかという小さな声で、ヒカルは内緒話でもするようにアキラの耳元にこっそりと伝える。刹那、アキラの頬と
いわず項までもが真っ赤に塗り変わり、顔を上げてまじまじと見詰めてきた。
「し、進藤……」
肘をついた体勢のまま、口元を押さえて声も出せないほどうろたえている、純情で不器用な少年に笑いかける。瞳を交錯
させて背に添えていた腕に力を込めると、アキラは心底幸せそうに微笑み、力強くヒカルを抱き返した。互いの腕の温かさ
と触れ合った肌から直接的に伝わる鼓動に、二人は瞳を閉じる。しばらくそのまま、抱き合った体温の心地よさに存在を確
かめ合っていた。
「…とう、や……」
もう大丈夫だと囁くと、アキラは心配そうにヒカルを見下ろしてくる。自分だって辛いくせに、こういうところでやせ我慢をす
るところは相変わらずだ。遠慮するなと言うように悪戯っぽく笑ってアキラの額を小突き、身体を引き寄せて促す。
「ゴメン…少し…動く」
耳元に囁くアキラの声にはもう余裕などなかった。ゆっくりながらも抽送される内部の感覚に逆らわず、ヒカルは瞳を閉
じる。強張りそうになる身体の力を精一杯抜いて、アキラに身を任せているのが一番楽だった。
痛みが全くないわけでもなく、異物感が消えないわけでもない。だが、決して性急でない動きは、ヒカルに対する労わりと
慈しみに満ちている。同じ男であるアキラにとってはもどかしいかもしれない。それでも彼がヒカルを一番に優先していると、
これだけでも十分に伝わってきていた。ヒカルを大切に想うからこそ、決して無理はしてこないということが。
初めての行為は、ヒカルにとってもアキラにとっても、拙くとてもぎこちない。慣れないからこそ、二人は互いを理解し求め
るように緩やかに肌を重ね、高めあっていった。
覚束ないながらも徐々に慣れてくるに従って、熱い吐息と濡れた音が月明かりに照らされた畳に落ちていく。
受け入れた衝撃に最初は怯えたように縮こまっていた身体も、少しずつ解れて力が抜けていった。アキラの指に探られた
部分が擦られる毎に熱が上がる。汗が噴き出し、呼吸が全力疾走をした後のように乱れる。
「ひぁっ!」
指でも届かない敏感な箇所を突然貫かれ、自分でも信じられないような高い声が喉から迸った。一気に体温が上昇し、
肌には鮮やかな赤みが増す。余分な力が抜けて、自然と強張りも解けた。身体が快楽を追い求め始める。
アキラの腰に無意識に足を絡め、ヒカルは初めて知る悦楽に匂い立つような甘い喘ぎを零した。
ヒカルの反応に引きずられるように、アキラが腰を進める動きも合わせて変化していった。熱く締め付けられ、どちらに
主導権があるのか分からないような強い快感に追い込まれてしまいそうになる。初めてなのに、自分に抑えがきかないほ
どヒカルに溺れている自覚があった。二度と手放せないと、改めて思わずにいられないほど。
ヒカルの快楽を引き出すように、同時に自分の快楽を追うように、アキラは夢中になってヒカルを揺さぶり続ける。
最初は痛みしかなかったはずなのに、アキラに貫かれる度に別の感覚が内から広がった。堪えきれない嬌声が溢れて
部屋にこだましているのに、気にする余裕もない。ただ彼と一つになっている部分が熱くて、底なしのようにアキラが欲しく
て堪らなくなる。もっと抱きしめて、もっと求めて、もっと愛して欲しいと、身体が、心が、彼だけに向かっていく。
その想いのままにヒカルはアキラに腕を回してすがり付いた。アキラもまたヒカルを抱きしめてくる。
指を絡めあい、唇を何度も重ね、名を幾度となく呼びあった。果てなく互いを求めあうままに。
雀の鳴く声が窓から漏れ聞こえてくる。目覚めを促すような響きを持つ優しい音は、ともすれば眠りの中に誘われそうだ
った。柔らかな肌と心地よい温もりが、まどろみの中で幸福に浸らせてくれる。
アキラは半覚醒のまま愛しく大切な存在を抱き締め、再び寝入ろうとした瞬間、瞳を見開いて腕の感触を確かめる。
寝起きで半分寝ぼけていたからか、アキラには最初何が何だか分からなかった。
滑らかな素肌はすべすべとして、手に程よく馴染んだ。視線を少し下げると、金色の前髪が朝日に反射して輝き、眩
しい程だった。自分の腕の中で健やかな寝息を立てる人物は、紛れもなく『進藤ヒカル』その人である。
途端に、昨夜の記憶が鮮やかによみがえった。今更ながら心臓が激しく脈打ち始める。
熱くなった頬に手を当て、アキラはうっとりと息を吐いた。
昨夜のヒカルの愛らしさと艶やかさときたら、まさに筆舌に尽くしがたいほどに絶品であった。今後もヒカルとあんな
風に触れ合うことができるなら、アキラは万国一の幸せ者である。囲碁だけでなくヒカルと共に過ごせるだけでいいと思
っていたのに、全てを手に入れることができるだなんて、なんという幸福だろう。
ヒカルの寝顔を覗き込むと、すうすうと微かな寝息が首筋を擽った。思わず頬を摺り寄せたくなる可愛らしさである。
アキラはヒカルをきゅっと抱き締め、幸せ一杯の吐息を満足げに吐く。
「うー……ん」
愛しさの余りヒカルの髪や頬に口付けを落としていると、ヒカルはむずがるように瞼を震わせ、寝返りをうって背中を
向けてしまう。折角の寝顔が見れなくなってしまったアキラとしては残念だったが、疲れている相手を起こすのも忍び
ない。今度は眠りの邪魔をしないように、慎重に背後から抱き締める。
程なく規則正しい寝息が耳に入り、ヒカルがすっかり熟睡していることが伝わってきた。
白い首筋に鬱血した後を見つけると、ヒカルの艶やかな姿が思い出されてついつい頬が緩んでしまう。
意識が覚醒しても離れがたくて、自分が残した赤い所有印にもう一度唇を寄せる。ヒカルの爪が擦り減った指先を愛し
げに撫でながら、ふと引っ掛かりを覚えて眉間に皺を刻んだ。何か大切なことを忘れている気がする。
縦皺を深くしてしばらく考えた末に、碁石を掴むヒカルの指先の感触から、やっと導き出された答えは『囲碁』だった。
静かな部屋に響く、刻一刻と時を進める秒針の音がやけに大きく聞こえる。本気で、心底見たくないと思ったが、アキラは
壁にかけてある昔懐かしい趣の時計へと、視線を恐る恐る向けた。
ヒカルを抱き締めたまま冷汗を背中に流して硬直し、時計の針が示す時間に、より一層顔色が青褪める。
奈落の底に突き落とされたような衝撃を湛えた呟きが、太陽の光で満たされた明るい室内に殊更虚しく反響した。
「て……手合…………」
2003.9.15/2005.5.15