アキラにとってはほんの少しも楽しくなかったビデオは、そのまま二人に押し付けられてしまい、どう処分すべきか随分と頭を
悩ませたものだ。結局、緒方の車に乗る機会があった時に、ダッシュボードに勝手に返品しておいた。その後あのビデオがどう
なったのかは知らない。緒方のことだから、捨てるなり何なりしているだろう。
数多く居る恋人の一人にそんな物を見られたところで、焦るような可愛げのある性格の男でもない。それこそ適当にあしらって
いるに違いない。いい加減見合いでもして、さっさと落ち着けばいいのだ。人の恋路を詮索して遊んでいる暇があるのなら。
何だって自分の周囲にはこうも野次馬というか出歯亀が多いのだろう。頭が痛くなってきそうだ。
それはともかくとして、あの時はビデオの他にアヤシゲな本まで渡されたが、内容も読まずに燃えるゴミの日に廃棄した。
見ず知らずの他人がしているものを観て、何が楽しいのかさっぱり分からない。しかしそれをきっかけにしたように、ヒカルとソ
ウイウコトをしている夢を見てしまい、罪悪感でヒカルとまともに眼も合わせられなかった経験がある。
自分の気持ちを素直に受け入れてしまえば、ヒカルをただのライバルや友人としてだけでなく、そういう行為をすることも含め
た恋愛の対象として見ているのだと、納得するに至ったのだが。
「おまえが観たことがあるAVって…男同士のとかいわねぇよな?」
「まさか!そんな事あるはずないだろう」
アキラはいかにも嫌そうに顔を歪めて否定する。確かに、ヒカルも男同士がしているビデオなんて見たくはない。アキラが観た
のが普通の男女ので良かったと思うが、冷静に考えてみれば一般的に男同士がしているビデオなんぞ見せないだろう。
「そりゃそうだよな。オレだったら気持ち悪くて観てらんねぇよ…」
想像するだけでげんなりする。男優同士がしているのを観るなんてぞっとしない。
今こうしてアキラと触れ合ってはいるが、それとこれとは別だ。アキラだから何の抵抗もなく平気だが、これが別の男だったら
とてもではないが気色悪くて耐えられないに違いない。
ヒカルの言葉に、アキラも深く頷く。アキラもヒカルと同様に、相手がヒカルだから身体も心も求めるのであって、他の男にそん
な反応をする筈がない。大体からしてアキラもヒカルも、男が好きなわけではないのだから。
「同感だね。でもボクが観たのは、普通の男女の他に女性同士のもあったよ」
「バカ正直に逐一報告すんな!バカ塔矢!」
同意しつつ余計なことを喋る間抜けな男の頭をはたくと、ムッとしたように眉を寄せてアキラは口を開いた。
「なっ………!」
「あのな、ビデオだって気持ち悪いのに、おまえオレの触って気色悪くねぇのかよ?」
だがヒカルは反駁しかけたアキラを素早く遮って、更に問いを重ねてきた。
「愚問だね。そんな事考えたこともないな。ボクはキミが男だから好きなのではなくて、キミが進藤ヒカルという存在だから欲しい
んだ。性別なんて微塵も関係ない。とにかく……続きをしてもいいか?」
今度は反対にアキラに訊かれてしまい、ヒカルは頬を赤らめて眼を逸らす。
「つ、続きって……マジかよ……」
「ボクはキミが欲しい…ダメか?……嫌ならこれ以上はしないから」
真剣なアキラの眼には、迷いなど欠片もない。彼は本当にヒカルだけを見つめているのだ。それが彼の黒い瞳から伝わってく
る。そんなアキラの熱にあてられたように、ヒカルは顔を熟れたトマトのごとく真っ赤にして、聞き取りにくい小さな囁きで答えた。
「う…………イ、イヤじゃねぇよ…」
一生懸命勇気を振り絞り、照れ臭さと羞恥でどこかに隠れてしまいたくなる自分を押し留めての言葉だった。
「本当に?」
「ああ」
「続きしてもいいの?」
「ああ!」
「最後までして構わないのか?」
「しつこいっ!何度も訊くなっ!!」
ヒカルは声を荒げてアキラの頭を手のひらで勢いよく叩くと、自ら唇を合わせて挑むような眼で睨み付ける。人が折角覚悟を
決めたというのに、こんな風に確認されると折角の勇気が萎えてしまいそうになるではないか。
そんな想いも篭もった眼で睨んだにも関わらず、アキラはほんの少しも堪えていないらしい。彼は叩かれた頭を押さえながら
も幸せそうに微かに笑って、ヒカルに応えて口付けてきた。
(――ったく…嬉しそうな顔しやがって……)
自分だけに見せるアキラの極上の笑顔に、ヒカルは照れ臭さを誤魔化すように内心苦笑う。世間一般では大人びた落ち着い
た少年だと思われているアキラも、こういう時は普通の少年と変わらないらしい。
だがヒカルは、そんなアキラが嫌なわけではない。むしろ年相応の姿に安堵すら覚えた。これでもし、アキラが慣れていて余
裕をかましていたりしたら腹が立つ。同じ歳なのに生意気この上ないというものだ。
即刻、遠慮もへったくれもなく殴って蹴り飛ばして布団で簀巻きにし、自分は別の部屋で寝ることを決めていたに違いない。
頭を十分冷やして、その後の態度如何によっては、今後の対応も考えることにしただろう。
今のアキラの真摯さに対するなら、それぐらいの差はヒカルはつける。ヒカルと同じように初めてで余裕もなく、ぎこちなく求め
てくるアキラだから応えたいと思うのだから。
「んぅ……はぁ…」
貪るような深いキスに、身体が痺れてきてヒカルは少しずつ四肢の力を抜いてこわばりを解く。
アキラも初めてだと言っていたが、意外とキスは上手いかもしれない。それとも、今日何度もしたから慣れてきたのだろうか。
本当はそんな事はどうでも良かったが、思考を他にしておかないとこの続きの行為に構えてしまいそうだった。
アキラの手が下肢に伸ばされて、ヒカルは今度は何も言わずにぎゅっと瞳を閉じる。さらりとした黒髪に縋るように指先を埋め
た。ついさっきまでぼんやりとしていた意識が急にはっきりとして、無意識に身体が強張った。これから訪れるであろう、未知の
感覚を思うと不安で胸が一杯になる。
それよりも何よりも、男に触れてアキラの想いが冷めたりしないだろうかと、そんな考えも過ぎった。
まるでヒカルの怯えを見越したように、そっと口付けが瞼に落とされる。優しく、触れるだけの柔らかな口付けだった。ヒカルの
不安を少しでも拭おうとするように、唇や頬、額、首筋に幾度も触れては離れていく。
その温もりに、凍えそうになっていた心に熱が戻る。身体にも温かさが感じられるようになった。詰めていた息をゆっくりと吐く
と、アキラの手が頬に触れる。髪を撫でる指先が、緊張で微かに震えているのに、ヒカルは気がついた。
その指からアキラの躊躇が伝わってくる。今更のようだが、アキラも初めてで自分自身を持て余し、不安で一杯なのだろう。
少し考えてみれば、アキラの行動の端々にそれは現れていた。
アキラもヒカルと同じように、初めての行為に緊張と不安でどうすればいいのか分からないのだ。ヒカルは何だか可笑しくなっ
て小さく笑うと、アキラに羽根のように軽いキスをする。それと殆ど同時に、震える指先が下肢に触れた。
「……あ」
身体を走った感覚は、ぞくりとするような快感だった。思わず小さな声が漏れて、首筋まで朱に染めて顔を逸らす。
一方のアキラも、ヒカルのひどく緊張した面持ちに少し触れただけで、慌てて一旦手を離した。だがほんの僅かな接触に、吐
息とともに零れた声が耳に入り、こっそりヒカルを窺う。ヒカルは恥ずかしそうに顔を背けているが、首筋は赤い。
(も…もしかして……)
緊張と小さな期待に胸を高鳴らせながら、今度はもう少し触れてみることにする。掌で包み込み、ゆるゆると動かすと、はっき
りとヒカルの唇から甘い声が零れた。
「…うぁ!…あ…は」
ヒカルを見詰めると、色白な肌はほんのりと桜色に染まり、砂色の瞳は潤みだしている。アキラの与える快楽に、ヒカルが感じ
ている証が目の前にあった。それが堪らないほど嬉しい。もっとヒカルの乱れる姿が見たくて、手管は一気に大胆になった。
「…く……ん、ぁ…」
擦り上げるように手を動かされただけで、快楽になれていないヒカルは眉根を寄せて背を丸める。
何とか声を殺そうとするものの、それすらもできずに自分のものとは思えない甘ったるい息が零れてしまう。
快感をやり過ごしたくて無意識につま先をシーツに立てると、まるでねだっているように膝が広がり、アキラの頭を挟み込もうと
していた。自分のはしたない行動が恥ずかしくて、慌てて内股を閉じようとした瞬間、生温かい何かに自身が包まれる。
「あっ!やぁ……あん」
何が起こったのか、最初はさっぱり分からなかった。手で触れられるだけの感覚とは明らかに違ったものに腰が砕けてしまい
そうだった。足が震え、身体の温度が凄まじい勢いで上がる。声を抑えることもできなくなり、頭の中が真っ白に染まった。
温かい感触に撫でられ、擦られる度に濡れた音が耳につく。そこでヒカルは、自分が今アキラに何をされているのか、アキラが
何をしているのかを理解した。羞恥といたたまれなさに、逃げ出したくて堪らない。
身を起こしたくても足にも腰にも力が入らないから、アキラの頭を突っぱねて放そうとする。だがその手にも力が入らない。
ただアキラの髪に指を絡ませるだけで精一杯だった。しかし、その指から伝わる動きでアキラが何をしているのか想像してしま
い、余計に煽られて気恥ずかしい。
余りのことに耐え切れず、掌で顔を覆った。ヒカルも年頃の少年だからそこそこの知識はある。だが実際のところ自身を慰めた
ことすらない。佐為が傍に居たこともあるが、元から興味もなかったし囲碁三昧で過ごしてきたこともあって、こんな感覚は正直
生まれて初めて味わうようなものである。
それだけに、アキラに施されている行為はヒカルの意識の範疇から大きく外れていた。とても簡単には受け入れられない。
なのに、身体の熱はどんどん高まる。血流が一箇所に集まり、決壊の時が近づいているのが自分でも分かった。
いくらなんでも、これは勘弁して欲しい。アキラにこんな事されてしまっている上に、それをしでかすわけにはいかないのだ。
「ダメ…や……とう、や……」
熱い呼吸の中からアキラを留めようとしたが、彼は別な意味に解釈してしまったらしい。
「……うん…我慢しなくてもいいよ」
くぐもった声と同時に、先端を擽るようにまさぐられたかと思うと、促すように軽く歯を立てられる。
「や……やめ…くぅ!」
ヒカルは羞恥に瞼をきつく閉じて悲鳴を押し殺した。アキラの喉が鳴る音が耳に響き、内股を流れ伝う感触に頬が熱くなる。
よくもまあ、恥ずかしさに泣き出さなかったものだと、自分を褒めてやりたいほどに。
「な…何考えてんだよ…おまえ」
腕で眼を隠して、震える声で呟くだけで精一杯だった。自分と同性のアキラがそれを嚥下したという事実に、眩暈すら覚える。
「……嫌だった…?」
不安そうなアキラの声音に、顔を隠したまま頭を振る。嫌ではない。嫌だったら最初から彼とすることに同意したりしない。
ヒカルがいたたまれないのは、アキラがそれをしたということなのだ。彼が自分に、そういった生々しい行為をしたことに心がつ
いていかない。清廉潔白な印象で、性とは無関係に見えるアキラが、ヒカル自身を愛撫し欲望の証を嚥下したのだ。
どんなに好きでも、同性の男に対して易々とできる真似ではないだろう。自分の名を呼び、検討の際怒鳴りつけたり、一緒に
食事をしたり、笑ったりする彼の唇が、あの行為をしたのが堪らないのだ。
「…進藤?」
アキラがヒカルを呼ぶ。彼の普段通りの声を聞いてもヒカルは腕を外せずにいた。
とてもではないが、ヒカルにはアキラと同じことはできそうにない。いくら互いの想いを通じ合わせていても、こればっかりはそう
そうできない。将来的には考えないこともないが、今のヒカルには絶対に不可能なことだった。
同じ男なのである、躊躇なくできるアキラが凄過ぎるのだ。