T 電話は災難の始まり
見上げる空は澄んで高く、秋特有の羊雲が群をなしてゆったりと泳いでいる。暑さの中にも涼やかさを含んだ風が頬を時折撫でた。
風の悪戯で頬に当たる髪を払う仕草をみせる隣に立つ少年を見上げて、進藤ヒカルは輝くような笑顔を浮かべる。
その期待に満ちた笑みのまま、彼は周囲をきょろきょろと窺った。
こんな仕草を見せるのは、何度目になるのか分からない。待ち人は未だに姿を見せる気配はなく、周囲のざわめきだけが時間の流れを示す
ように通り過ぎていく。予定ではそろそろ関西在住の社清春が来る手筈になっているのだが、さっきから一向に現れない。
すぐ傍で表情を変えずに立ち尽くす少年――塔矢アキラにうるさく急かされて予定の時間より早めに到着しているからとはいえ、ヒカルはいい
加減待ちくたびれ始めていた。時計を見ると、社の来る時間までまだ十分近くあった。
中に入るのが待ち遠しいこともあり待つ一分一秒が長く感じられる。
それもその筈。今日はヒカルがとても楽しみにしている、関西随一のテーマパークを探訪する日であったから。
この小旅行のきっかけは、北斗杯で共に戦って以来、友人付き合いをするようになった社からかかってきた一本の電話だった。
「USJ?」
『おうよ。親父の会社がUSJと取引しとるみたいで、特別優待チケットが手に入ったんや。ようさんあるし、塔矢も誘って一緒に行かへんか?前み
たいに三人でこっちで合宿するのもおもろいで?』
「行きてぇ!前からUSJって一回行きたかったんだよ!………そういやあいつと遊園地系統って行ったことねぇんだっけ。この機会に引きずり回
してみるのも面白そうだな」
電話口で一人笑うヒカルの声を聞きながら、社は北斗杯以降ライバル兼友人付き合いをするようになった、塔矢アキラに多少なりとも同情を寄
せる。きっと彼のことだ、囲碁ばかりで遊園地など行ったこともないに違いあるまい。ヒカルはその点、遊園地やテーマパークは大好きで、遊び
回っているクチだろう。元気一杯なヒカルにあちこち連れ回される塔矢アキラという図は、傍観者として観察する分には面白いかもしれない。
だが三人で一緒に行けば、ヒカルとアキラに社が振り回される可能性もある。
(下手したら、こいつらのラブラブデートに付き合うことにもなりかねへんねんなぁ……)
それはちょっと……というよりもかなりイヤかもしれない。ヒカルとアキラの関係は、周囲の者達にとってはいまや暗黙の了解事項のようになっ
ている。下手に突いて噛みつかれたい輩などいる筈がない。
北斗杯からの付き合いで、社も二人の間柄については薄々気付いていた。だからといって、彼らを毛嫌いすることもない。
むしろ納まるところに納まってくれて良かったとすら思う。
中々落ち着かない関係に、あの二人から何気なく八つ当たりされた経験もあるだけに、一安心というところである。
くっついたらくっついたで、アキラに電話をしたら無自覚惚気を散々聞かされて辟易したこともあり、どっちもどっちだが。
今回のテーマパークでも二人に当てられそうで嫌な予感がする。誘ってしまったからには仕方がない。今更止めるとは言えないのだ。
ここは振り回されつつ適当に受け流すしかないだろう。一々気にしていたらこっちの身がもたない。何事もほどほどが一番なのである。
関西人としてツッコミどころは外さずにしっかり入れるつもりだが。何せこの二人は揃って『天然オレ様体質』なのだ。生半可に相手をしていては
ノックアウトされてしまう。北斗杯で数日を共に過ごし、その後も交流を続けて鍛えられているお陰で、社にはかなり免疫ができている。
そうでなければ、USJ行きに誘ったりする筈がない。ヒカルに電話をしたのは、テーマパークが好きなのは彼だと思ったからだ。別の用件だとア
キラに電話をすることも意外と多い。関東方面に行く機会ができると、大抵三人で合宿のノリで碁三昧だ。
社にとってヒカルとアキラは数少ない同年代の碁打仲間であるし、文句を言い合いながらも二人とは不思議と馬が合う。夫婦漫才コンビぶりは
見ていて飽きないし、付き合ってみると面白い連中なのだ。
『けどなぁ…優待券は期間限定で九月末までやねん。調節できるか?』
「へーき、へーき!まだ八月だし手合課の人に頼んでみるよ。できたら平日がいいけど、おまえは?」
『丁度九月十九日は創立記念日で平日やねん。その日はどうや?』
「オッケー!塔矢に相談してみる」
『ええ返事まっとるで』
「うん!サンキュー、社。じゃあな」
社との電話を終えたヒカルは早速今度はアキラに連絡しようとうきうきしながら受話器をとり、約束をとりつけたのだった。
そして九月。ヒカルはアキラと一緒に手合のために関西に訪れ、その翌日にUSJに行けるように手合課に調節をして貰っていた。
こういった交渉はアキラが得意で、ついでとばかりに東京に帰ってからも二日ほど休めるようにちゃっかりと休暇をもぎ取っている。
彼に言わせてみれば、折角のヒカルの誕生日に二人きりで過ごせなければ意味がないとのことだった。本人のヒカルにとってはどこで過ごそう
と同じなのだが、アキラは意外とマメな性格をしているらしい。尤もそれはヒカル限定の話である。USJから帰ったらヒカルの誕生日も一緒に過ご
そうと、アキラは手合課の人が泣きそうになっているのに、強行に話を推し進めて休暇を手にしたのだ。
王子様とアキラのことを形容する人は多いが、そういう人種は往々にして優しく上品な笑顔でありながら押しが強くて強引なのである。
手合の後に学校帰りの社と会って食事をし、ホテルに戻ってからはUSJの予定を立てつつ三人で碁を打っていた。明日に備えて社が家に帰っ
てしまうと、室内は修学旅行気分から落ち着いて静かになる。
アキラが風呂から上がると、部屋はすっかり静まり返っていた。
社と散々騒いだだけでなく、今日の手合の疲れもあってか、ヒカルは四肢をベッドに伸ばしてうとうとしている。
時刻は既に夜の十時を過ぎているが都会の夜はまだまだこれからなのか、大きな窓から見えるイルミネーションの光が消えることはない。
アキラはカーテンを引いて点滅する光を遮り、ベッドサイドの明かりだけを残して他の照明は全て消した。先に休んだらいいと促しても、今日の
検討をしてから寝るとヒカルは言い張ってきかなかったのだが、風呂に入ってリラックスしたのもあったのだろう。
眠気に勝てずに寝てしまったらしい。ヒカルはもう夢の世界に旅立っており、今から起こして検討をするのも可哀想だ。それに、明日は彼がとて
も楽しみにしているテーマパークに行くことになっている、ここ最近仕事詰めであったし、ゆっくりと休ませて好きなだけ遊ばせてやりたかった。
薄暗い部屋の中で髪についた水滴をタオルで拭いながら、仄かなオレンジ色の光に照らされて、健やかな寝息を立てるヒカルを見下ろして微か
な笑みを口元に浮かべる。粗方拭き終わって湿り気をおびたタオルを肩にかけると、ヒカルが蹴り飛ばした布団をそっと持ち上げた。
「進藤、寝るならちゃんと布団を被らないと風邪をひくぞ」
「…う………うぅん…やだ」
殆ど聞こえないようなささやきを零しながら掛布を肩口にかけたものの、ヒカルはアキラが持つ布団から逃れるように身体をベッドの端に寄せて、
海老のように丸くなる。
「………進藤……」
アキラは困ったように嘆息すると、ベッドを回ってヒカルの傍に屈み、もう一度繰り返そうとした。だがそれを止めるように腕を掴まれる。思わず顔
を向けると、寝惚け眼のヒカルがか細い声で口を開いた。
「検討する……」
「眠いんだろう?検討なら新幹線の中でもできるし、帰ってからしてもいい。明日に備えて今日は休もう」
アキラは宥めるように金色の髪を梳いて優しく額に口付け、子供をあやすように布団の上から叩いてやる。
先月の夏祭りにヒカルに想いを告白し、一気に一線を越えてしまったアキラにすると、湯上り石鹸の香りを身に纏って、とろりとした砂色の瞳で見
上げてくるヒカルの姿はかなり目に毒だった。
ホテル備え付けの浴衣の合わせ目から覗く白い肌、微かに開いた桜色の唇から零れる甘い吐息、赤い舌。
寝かせてやりたいと思うのに、身体が火照って欲しくなってしまう。本心としてはいつもヒカルを感じていたい。
だが、こんな風に眠そうにしているヒカルをどうこうするのはやはり卑怯だとも思う。
アキラにとってヒカルはとても大切で大事にしたい相手なのだから。
夏祭りの夜にヒカルと想いが通じ、肌を重ねるようになってから、まだ一ヶ月にも満たない。当初よりは遥かにマシになったとはいえ、アキラなり
に努力していても、同性同士ではどうしても受身のヒカルに負担をかけてしまう。実際、期待をしていなかったわけではない。
ヒカルと同室でホテルに泊まることが決まると、アキラとしては彼と甘い時間を過ごせるかもしれない、とつい考えてしまうのだ。
しかし翌日の予定や、ヒカルの身体のことを考えるならそうはいかないとは分かっている。自分にも盛んに言い聞かせてもいた。
社が居る間は三人で対局をしたり、検討をしたりして何かと騒がしいだけでなく、碁によって世界を共有できる満足感で一杯になる。
けれどこうして二人きりになって彼の魅力に触れると、碁だけでなくヒカルを求めたくなるのだ。アキラはヒカルに向かおうとする自分の心を押さえ
つけるように、湿った黒髪を乱暴にかき上げ、対照的に掴まれた腕は優しく剥がして布団の中にしまう。
「塔矢……?」
「おやすみ、進藤」
唇に羽根のような軽いキスを一つ落とし、アキラは自分のベッドに向かおうとした。その背中にヒカルが怪訝そうに声をかけた。
「………しねぇの?」
「検討は明日の帰りにでもすればいいよ」
振り返らないまま微苦笑を声に滲ませて答えるアキラを、ヒカルは益々訝しげに見上げる。彼の眼はもう半分寝惚けた眼ではなかった。
アキラの手を感じているうちにいつのまにか意識が眠りから離れ、すっかり眼は覚めていた。
「なあ、今からしようぜ」
「明日はキミが楽しみにしているテーマパークに行くんだぞ?もう休んだ方がいい。それに早く寝ないと検討以外のこともするよ?」
かなり本気の混じった声には鬱屈した苛立たしさも篭もっている。
「そうだな……ほどほどなら付き合ってやってもいいぜ」
ヒカルはアキラの様子に悪戯っぽい笑みを零しながら、袖を摘んで甘えるように何度か引っ張った。そんな相手に対して、アキラは一瞬何を言わ
れたのか分からずぽかんとした。あっさりとヒカルが了承しただけでなく、誘うような仕草を見せたことが俄かに信じられない。
「……え?………あのぅ…進藤?」
一応はできるようにちゃっかり用意してきたが、ヒカルからの許可を得られたら得られたで、意味を理解すると途端に焦りだす。
瞳の輝きこそ変わらずとも、行動は挙動不審そのものでおろおろしだして見下ろしてくるアキラを見上げ、ヒカルはふき出したいのを必死に堪えね
ばならなかった。アキラはこんなところが天然で、世間ずれしていなくていい。
日常生活などで彼は意外と天然なボケをかますことがある。碁ではどんなに奇抜な手を打たれようとも、冷静に対処するというのに。
さっきのように飢えた肉食獣みたいな眼で見られたら、いくら鈍いヒカルですら気付く。アキラが自分を欲しがっていることに。
アキラの瞳は言葉よりも何よりも雄弁である。下手な誤魔化しなど全く通用しない、真実の心の鏡そのものだ。
相手の心を写し、同時に自分自身の心を映し出すように。中々触れてこようとしないアキラを挑発気味にヒカルは見上げた。
「おまえさぁ……オレが欲しくねぇの?」
「欲しいに決まっている!」
思わずきっぱりと言い切ってしまい、アキラは頬を微かに赤らめる。そんな彼の様子にヒカルは満足げに笑った。誘いかけるように。
ヒカルの表情と仕草から了承の意は汲み取れるものの、本当にいいのだろうかとも内心思う。自分の性格上、気持ちの通じ合った相手とすぐ傍
で寝食を共にしながら何もせずに済ます筈がないと踏んで、周到にも用意してきた品を荷物から取り出したものの、それでも躊躇した。
無理に手を出すことはなかったとしても、同意を得られれば確実にコトを推し進めていくのがアキラだ。だが同時に、ヒカルを大切に思うが故に二
の足を踏んで、動けなくなることもある。今が丁度その状態に当て嵌まるだろう。
ヒカルの枕元に取り敢えず腰かけたものの、どうしたものかと迷っていると、腕が伸びて胸倉を掴まれ、強引に引き寄せられた。
「―――ったく…うだうだしてねぇでこいよ」
息が触れ合いそうなほど傍にヒカルの整った顔が近付き、跳ね上がる鼓動に頬がほんのりと赤く染まる。激しく脈打つ鼓動にアキラは無意識に
息を止めながら、愛しい少年の姿に魅入られた。
さらさらとした黒髪に撫でられるくすぐったさにどこか安堵しながら、そっとヒカルは硬直しているアキラに口付ける。
しっとりとした柔らかな唇はすぐには開かなかった。だがヒカルが舌先でノックするように触れると、一瞬の躊躇の後、深く合わさってくる。湿った音
を立てて絡み合う舌にうっとりと瞳を閉じ、伸し掛かる体重に逆らわずにシーツに横たわった。
アキラがベッドサイドの明かりを落とし、性急に浴衣を脱がしにかかってくる。これだけで彼がどれだけ自分を抑えていたのか分かる。
アキラはヒカルに愛情を強く持つが故に、変なところで気を使いすぎて空回りしていることがままあるようだ。大抵は自然にかみ合って互いに意識
せずとも心地良い空気を保てるのに、時折アキラは無理に我慢しようとしたり、ヒカルを大事にしたがって必要のない遠慮をしようとする。
囲碁の手合で打ち合うだけでも互いの距離がゼロになることがあるから、ヒカルはアキラのことを本人以上に理解できる時もあるのだ。
手合だけでなく、肌を重ねるようになってより分かるようになった。
アキラはヒカルを本当に大切にしていて、何よりも深い愛情を注いでくる。佐為がヒカルに注いでくれたものとはまた違う、深い愛を。
それは静かに凪いだ海のように穏やかかと思うと、嵐のように激しい時もあり、炎のような苛烈さで熱く滾ることもある。
アキラの優しさと穏やかさ、激しい気性をそのままに反映したような愛情だ。彼という人間を囲碁と同じく分かりやすく現わしている。
綺麗で真っ直ぐで、嘘をつけない純粋なアキラ。ヒカルはそんな彼の愛情を一身に受けられる。
誰も彼からこれほどの想いを向けられることはない。自分にだけ許される特権だ。ヒカルだけのものなのだ。
他の誰にもアキラの心は奪われない。唯一の相手であるアキラを自分から手離す気もさらさらない。
その為なら、アキラが欲しいといえばいくらではこの身を捧げる。彼が望むだけ、いくらでも。
ヒカルとて、アキラに応えたくないわけではないのだから。彼に負けないだけの想いがヒカルにはある。こんな事で負けず嫌いを発揮しても仕方な
いが、負けていられない。深いアキラの愛情に応え、満足させられるのはヒカルだけ。そしてヒカルを満たしてくれるのも唯一アキラだけなのだ。
お互いがそれぞれにとって、なくてはならない存在なのである。
ヒカルはアキラの浴衣を肩から引き下ろし、意外に広い胸に顔を埋める。仄かな石鹸の香りに混じって、アキラの匂いがした。
少年の持つ微かな体臭は不思議とヒカルを安堵させてくれる。一緒にいるのだと、共にこうして居られるのだと、直に触れ合って体温を分かち合う
ことで感じられる。肌を重ねる行為は、ただ快楽だけを追うのではない。互いがそこに居ると、触れることで確かめ合っている。
「……ぁ……く…ん」
アキラの唇がいつのまにか敏感な部分に寄せられ、ツキンとした痛みとともに甘い感覚が背筋を上ってきた。
「痕……目立つとこにつけんなよ…」
「……分かっている」
胸元から下腹に愛撫を移したアキラが、普段は見せないような男臭い笑みを湛えて頷いた。日頃の貴公子然とした取り澄ました姿とは想像も
つかないような、淫蕩な濡れた瞳には情欲が揺らめいている。こんな眼で見詰められるだけで、身体の奥が熱くなって疼きだす。
初めての夜、痛みだけでなく深い快楽をも拾い上げて覚え込んだ身体は、僅かな刺激だけでは少しも満足できない。もっと深く激しい悦楽を求
めて、無意識にアキラを誘いかけるように腰が揺れてしまう。
彼を少しでも受け入れやすいように足を開き、はしたなく快楽を欲しがって迎え入れようとする。
「…やっ!ダメ……あ…ぅ」
腰骨に軽く歯を立てたアキラは更に下へと移動して、ヒカル自身を口に含んで舌先で先端を転がした。途端に高い嬌声を放ち、頭を打ち振って
背を反らす彼の姿を捉えて堪能する。金色の前髪が仄かな明かりの中で反射してキラキラと輝いていた。
言葉では止めようと口走っていても、身体は正直にアキラを欲しがっている。恐らく自分でも声を押さえられないのだろう。
触れ合うようになって一ヶ月足らずとはいえ何度も肌を重ねている。それでもヒカルはどうしてもアキラにこの行為をされることに慣れられなかっ
た。清廉潔白なイメージのあるアキラが、形よく整った唇でヒカル自身を愛するなど、想像の範疇を超える出来事である。
そして彼にこんな事をされて感じる自分自身にも驚きを禁じえない。むしろそれだけでなく、触れられることに対して、背徳的な快楽を感じてしまう。
シーツを鷲掴んで声を堪えようとすると、まるで見越したように次々に刺激を与えられ、甘ったるい喘ぎが口をついて出た。
乱れた吐息の合間から、とめどめもなく細い嬌声が零れる。
羞恥と快楽に肌を上気させ、潤んだ瞳で自分を見上げるヒカルは実に扇情的だ。立ち上る色香に理性などすぐに流されてしまう。
ヒカルの下でくしゃくしゃになった浴衣を気にする余裕もなく、膝を割り開いて指先で奥まった場所に触れた。健気にも先走りで性別を違えたよう
に濡れそぼり、アキラを受け入れることを自ら知らせている。花開いてアキラの指をすんなりと呑み込み、吸い付くようにひくついていた。
「はぁ……く…ん」
解すように触れながら指を増やして動かすと、背中が大きく震える。すすり泣くような吐息を零し涙に煙る瞳がアキラだけを映していた。
この事実がもたらした満足感にアキラは微笑み、潤滑剤を取り出してそこを更に解した。本心では、自分達の間にどんな些細な存在も入れた
くない。だがヒカルの身体の負担を考えれば、仕方ないことだ。好きだからこそ、相手を思いやって行為をするのは当然である。
時間をかけて一つになると、しばらくは互いの呼吸が落ち着くまで抱き締めあい、口付けを幾度も繰り返し交わす。
後背からの体位もするが、ヒカルもアキラも正面から抱き合える方が好きだった。こうして触れ合う時間がとても愛しいから。
ゆったりと体温を確かめ合って、重なる肌から鼓動を感じて互いの存在に安堵し、同じ時を生きている事実に感謝し喜びを分かち合う。
静かに穏やかな時を心ゆくまで過ごすのもいいが、激しく熱く溶ける快楽も知っている。酩酊したように閉じていた瞳を開け、視線を絡ませたの
を合図に、互いに貪り尽くすように身体を動かし始めた。
どちらが攻めて主導権があるのか分からなくなうような、倒錯的な悦楽の波に一気に攫われていく。
抱き締めて、抱き締められて、口付けを交わして、蕩けるような快楽の中で互いの存在だけを感じる。
それは永遠にも思えるような、幸福な時間だった。







