二人で充実した夜を過ごして迎えた朝は、当然ながら甘く蕩けきったものだった。ホテルの朝食バイキングもヒカルは元気に食べ、時折アキラ 
に世話を焼かれながら、心ゆくまで楽しんだ。
 
 しかも本日の天気は爽やかな快晴で、絶好の行楽日和である。ヒカルとアキラは駅の改札口を出た券売機付近で、社が来るのを今か今かと
 
待ち侘びていた。尤も、わくわくしながら待っていたのはヒカルで、アキラは少し眠そうに欠伸を噛み殺していたが。
 
「おまえスゲー眠そうだな。昨夜はりきり過ぎたんじゃねぇの?」
 
「違う!アトラクションに備えて酔い止め薬を飲んでおいただけだ。キミの方こそ大丈夫なのか?」
 
 頬をほんのりと上気させて力一杯否定したアキラだったが、すぐ我に返って心配そうにヒカルを見やった。
 
 そんなアキラとは対照的に、ヒカルはにやにやと品の悪い笑みを浮かべる。
 
「心配ご無用、オレは至って元気だぜ?昨夜はプロ試験本戦を連勝街道驀進中って感じだったかな〜。この調子でオレの誕生日にはしっかり
 
合格決めろよ?せめて初段には上がれよな」
 
「……精進させて頂くよ」
 
 大真面目な顔でアキラは頷いた。初めての夜を迎えた朝に、ヒカルから囲碁初心者並の下手くそさだったと酷評され、かなりのショックを味わ
 
ったのは記憶に新しい。何せまだ一ヶ月経っていないのだ。そこからせっせと精進して、やっとここまで辿り着いたのである。
 
 勤勉で努力家のアキラは文献を調べ、生真面目にヒカルだけを相手にしながらコツコツと勉強を重ねてきた。
 
 ヒカルの誕生日の夜にはプロ試験に合格して初段になり、その暁には更に切磋琢磨してタイトルホルダー、いずれは八大タイトル完全制覇を
 
目指す所存だった。当然それはヒカル限定での話であるが。アキラはヒカル以外の相手とする気なんてさらさらないのだ。
 
「ところでさ〜、おまえお子様かよ?今時テーマパークのアトラクションごときで酔い止めなんか飲まねぇぞ」
 
 呆れたような口ぶりのヒカルに、アキラは憮然と答える。
 
「仕方ないだろう?ボクは遊園地の類には殆どいったことがないんだ。芦原さんが慣れないなら飲んだ方がいいって忠告してくれたし、その忠
 
告を実践しているだけだよ」
 
「けど、おまえって乗物酔いなんかしねぇじゃんか」
 
 新幹線や飛行機などの移動で、アキラが酔ったことは一度もない。
 
 北斗杯以降、二人一括りで扱われることが多くなり、ヒカルはアキラと一緒にイベントに参加して移動する機会が頻繁にあるものの、バスだろ
 
うが飛行機だろうが、いつもアキラは平然としている。むしろヒカルの方が、飛行機の乱気流で酔ったことがあるほどだ。
 
「芦原さんの話だと、普通の乗物は平気で強い人でも、アトラクションでは酔う人が意外と多いらしいよ」
 
「ふーん…そんなもんかなぁ?」
 
「一応用心のためだよ。備えあれば憂いなしって言うだろう?」
 
 小首を傾げてどことなく納得できないまでも、取り敢えず頷くヒカルを、アキラは瞳を細めて見詰めながら手を添える。
 
 その手に懐くように頬を摺り寄せ、うっとりとヒカルは微笑んだ。二人の発する甘やかな気配に、空気までもが仄かに色を変えている。
 
 アキラとヒカルは周囲の視線を集めていることにも気付かずに、暢気に喋りながら自分達の世界を形成させていた。彼らは揃って顔立ちが
 
整っているのもあるが、独特の雰囲気があって妙に目立つのである。
 
 社は改札を出る前からヒカルとアキラの存在に気付いていたものの、周囲を気にしないマイペースな彼らは完全に視線など無視だった。
 
 社としては、こんな二人の間に入るだけで些か辟易する。
 
「よう、おまっとうさん」
 
 何だか熱々の恋人同士のデートに割り込むようで声をかけるのも気が引けたが、一応自分が招待者であると言い聞かせて、思いきって話し
 
かけた。入場チケットを持っているのは社であり、あくらでも二人は『お客さん』なのだから、立場上は負けていないのだ。
 
「ああ…おはよう、社。さっきから進藤が待ちくたびれているよ」
 
 本日は中々にご機嫌麗しい王子様は、遅刻してきた社を責めるでもなく、にこりと美しいプリンススマイルを披露してくれた。
 
(気色悪っ!!)
 
 朝一番から社の腕には鳥肌が立ち、背中には冷汗が流れる。社が遅刻したら、怒鳴らないまでも小言と嫌味をさりげなくも鋭くグサリと突き
 
刺してくるだけに、何のお言葉もないのはかえって怖い。それくらい、今朝のアキラの上機嫌ぶりは不気味だった。
 
「なあ、なあ、早く乗ろうぜ!オレ絶対にクモ男行きてぇ!」
 
 爽やかな朝の空気の中で、一人極寒地獄の寒さに凍える社の気など知らず、ヒカルは既にアトラクションに心が向いている。
 
 挨拶もそこそこに社の腕を掴み、瞳をきらきらと輝かせて強請る様子からして、何に乗るかも決めて準備万端整っているようだ。
 
 メインアトラクション全制覇を狙っているかもしれない。因みにクモ男とはかの有名なアメリカンヒーロー、スパイダ○マンのことである。
 
 決して怪奇蜘蛛男といったホラー系統の映画やドラマではない。二次創作のためこの点の表現はご了承頂きたい。
 
「あーもう!分かったがな。ほな行こか」
 
 ヒカルが腕を掴んだだけでアキラに睨まれて生きた心地がしない。
 
 こんなところで冷凍ビームや破壊光線を浴びせられて、折角の休日と楽しいUSJ探訪を台無しにするわけにいかないのだ。
 
 それにいくら愛らしくても、男と腕を組んで歩いても嬉しくない。どうせなら可愛い女の子をエスコートする方が、楽しく過ごせるに決まってい
 
る。進藤ヒカルと手を繋いでUSJを満喫する役は、謹んで塔矢アキラ殿下にお譲りさせて頂く。
 
 自分としてもヒカルのお守りなんて真っ平御免なのだから。
 
 社は素早く腕をヒカルから回収し、ヒカルの手をアキラに押し付けてゲートに向かって歩き出そうとした。
 
 三人揃って踵を返して改札口に背を向けかけたところで、ヒカルは見知った顔を眼の端で捉え、思わずもう一度回れ右をする。
 
 見間違いではなく、改札から出て来たのは元院生仲間で今はプロになっている、伊角慎一郎と和谷義高の二人だった。
 
「あれ?和谷に伊角さん……なんでここに居るの?」
 
 立ち止まったヒカルを訝しんだアキラと社が振り返ると、彼は眼を丸くして改札機を通ったばかりの二人に声をかけていた。アキラも思わぬ
 
人物の登場に驚きを隠せずに眼を瞠り、彼らと面識のない社は困惑気味に首を傾げる。伊角と和谷も思いがけない弟分の登場に面食らって
 
いる様子だった。だがすぐに和谷は驚きから立ち直ると、にやりと笑みを浮かべる。
 
「ご挨拶だなぁ……進藤。いきなりそれかよ」
 
「だって、和谷と伊角さんと会うなんて思わなかったもん」
 
 拗ねたように頬を膨らませるヒカルを、和谷は呆れ顔で見やった。
 
「オレ達だっておまえらと鉢合わせするなんて、予想外だってーの」
 
「まあまあ和谷。ここで会ったのも何かの縁じゃないか」
 
 伊角は和谷を宥めつつ、さりげなくヒカル達と挨拶をかわす。この辺りはさすがに年長者だけあり、如才ない。
 
「お二人はどうして関西に?」
 
「オレと和谷は明日関西総本部のイベントに参加する予定なんだよ。折角ここまで来るんだから、どうせならUSJに行こうってことになってね。
 
一日早めに現地入りしたんだ」
 
 アキラの質問は至極尤もで、簡潔に伊角は事情を説明した。
 
「そういえば、緒方さんと芦原さんもそのイベントに行くみたいです」
 
 兄弟子二人からも明日のことを聞かされていたのをアキラも思い出し、納得したように頷く。
 
「今回のイベントは緒方先生がメインだしね」
 
 二冠のタイトルホルダーである緒方が今回のイベントのメインであり、客寄せパンダということだ。伊角や和谷といった若手はあくまでも添え
 
物で、主役を引き立てる存在に過ぎない。肩を竦めて話す割には伊角には少しも僻む調子はなく、笑みをまじえたおどけた仕草から滲み出て
 
くるのは気楽さだった。暢気に笑って話す伊角の横で、和谷も同意して頷いている。
 
 メインだとスポンサーだとかにあれこれ気を回して疲れてしまいそうだが、刺身のつまの立場はのんびり外野気分でいられるのだ。
 
「なあ、進藤。この人ら友達なん?」
 
 話が一段落したところで肩を突いてきた社に小声で話しかけられ、ヒカルは彼の存在をすっかり無視していたことに気付いて慌てた。
 
「ゴメン社。伊角さんと和谷はオレの元院生仲間なんだ。和谷はオレと同期で、伊角さんは今年からプロになってさー。和谷とは北斗杯の予選
 
で会ってるから知ってるよな?」
 
 ヒカルは明るく謝ると、早速社に伊角と和谷を紹介する。確かに元気そうな印象のある少年のことは北斗杯の予選で見知っているが、実際に
 
対局もしていないので話す機会もなかった。
 
 北斗杯の会場にも来ていたそうだが、自分のことで手一杯だった社は、会っていたとしても気付いていなかったに違いない。関西から関東に
 
行くこともそうないし、行くにしても会うのは大抵ヒカルとアキラだけになる。
 
 それに社がプロになってからまだ半年に満たず、北斗杯が終わってからでも四ヶ月程しか経っていない。
 
 関東方面でそうそう知り合いや友人ができるはずもなかった。実質的には、和谷と伊角と社は、それぞれが初対面も同然である。しかしお互い
 
に院生だったと聞いただけで何となく親近感がわく。所属は違えど、同じ立場でいたからだろう。ヒカルの紹介によると、和谷は一つ年上の十七
 
歳、伊角は四つ年上の二十歳とのことだ。
 
 腕白そうで明るい雰囲気がヒカルと似ている和谷は、自分よりも背が少し低いこともあって、てっきり同い歳だと思っていたから年上だと聞いて
 
少し驚いた社だった。伊角は落ち着いて真面目そうな好青年という感じで、二人とも彼にとっては好印象を持てる人物である。
 
「んで、和谷…さんと伊角さんはもうスタジオパスは買わはったん?」
 
「いいや、まだだけど?これから買いに行こうと思ってるんだ」
 
「おまえなぁ…伊角さんは普通に呼んだくせに、オレの時だけ微妙にあけてさん付けにしただろ?」
 
「あっ!バレてもうた?なんか年上みたいに思えへんで、つい……」
 
 呼び方にすかさず笑みを浮かべてツッコミを入れた和谷に、社も少しも悪びれずに飄々と頭を掻いてみせる。
 
「いいんだよ、和谷は和谷で。オレが許すから」
 
「勝手におまえが許すな、進藤。年上なんだから敬えよ」
 
 手をひらひらさせて断りなく許可したヒカルの頭を小突き、和谷は屈託なく笑いながら腕を組んでふんぞり返った。
 
「それよりも、スタジオパスのことを聞いていたんじゃないのか?社」
 
 脱線しがちな彼らの軌道を修正するように、アキラがタイミングを見計らって間に入って、話を元に戻す。アキラからのさりげない口添えに社
 
はぽんと手を打ち、懐から五枚のスタジオパスを取り出した。
 
「今回こいつらと使おう思てた優待券、全部で五枚あるんや。オレらが三枚使うてもまだ二枚あるし、あんたらが使ったらええんやないかと思
 
てな。こういうのは大勢の方がおもろいやんか」
 
「えっ!?もしかしてタダ券?」
 
「社ぉ〜!おまえいいヤツだなぁ」
 
 伊角と和谷は眼を輝かせて、渡された券を嬉しそうに眺める。低段の棋士にしてみると、テーマパークに入る料金だってバカにならない。それ
 
に加えて家族や友人への土産、食事も入ると一日で一回分の手合料を使ってしまうのも同然である。
 
 チケット代だけでもタダになれば、随分と助かるのだ。
 
 全員で一緒に入場を済ませると、早速案内地図とアトラクションリストを広げてヒカルと和谷は真剣な顔をして覗き込む。
 
 そんな二人の横では、アキラと伊角がのんびり世間話に花を咲かせて井戸端会議の様相を呈していた。アキラは当然かもしれないが、伊角
 
もこういったテーマパークには余り興味がないらしい。
 
 尤も伊角はUSJに余り関心がないだけで、さる場所に関しては自分の家のように知り尽くしているが。
 
 後に彼らは、その場所での伊角の豹変振りに度肝を抜かれることになるのだが……今語るべきことではない。
 
 社にとってUSJは今回が三度目になるので、アトラクションを回って見たいというほどでもなかった。かといって、案内をできるほど詳しく知り
 
尽くしているわけでもない。アトラクションの種類や内容を参考程度に話せるくらいだ。それでも今回初めて来る四人にとっては十分である。
 
「まずどっから行く?オレはダチと殆ど回ってるから何でもええで」
 
 ホスト役の社が暢気に四人に尋ねると、地図から顔を上げたヒカルと和谷は口々に喧しく、自分が行きたいアトラクションを言い始めた。
 
「オレ、クモ男行きたいっ!」
 
「T2だよっ!T2!!」
 
「はいはい、わかった、わかった。エリアが同じだから空いている方に乗ればいいから、二人とも。とりあえず行こうか」
 
 ヒカルと和谷がわいわい騒ぐ横でアキラは我関せずという態度を通し、伊角は主張を通そうとして挙手する二人を宥めに回った。
 
 じゃれ合いめいた口喧嘩を始める前に譲歩案を提示してみせると、二人はすぐに納得してころりと機嫌を直してはしゃぎ始める。
 
 これでは院生の頃としていることが少しも変わらない気がした。むしろ、今回は人数が更に二人も増えているだけに余計大変かもしれない。
 
 アキラはテーマパークに興味が余りないから手間はさしてかからないとしても、社のノリはヒカルと和谷に近いのだ。
 
 これでは修学旅行生の引率役の先生みたいなものである。内心大きな溜息をついて、伊角は地図を片手に四人を先導するように目的のアト
 
ラクションのエリアに向かう。この時点で彼は重大なことに気づいていなかった。
 
 社が纏め役をさりげなく伊角に押し付けてしまっていたことを。
 

 和谷が行きたがっていたT2は次回の上映まで間があるので、まずはヒカルオススメのクモ男に行くことにする。
 
 夏休みも終わって久しい平日の昼間でもあり、待ち時間も殆どなくアトラクションにはスムーズに入れた。
 
「へえぇぇー…クモ男ってアニメなんだ」
 
「オレ、映画と同じだと思ってたぜ」
 
 決めるまでは散々うるさかったヒカルと和谷も、中に入ってしまえば興味津々で周囲をきょろきょろ見回す。壁に置かれた面白そうな小道具
 
や絵を見ては、互いに指を差して話し合った。
 
「なあ、塔矢ってクモ男の映画とか観たことあるん?」
 
「あるよ。進藤と一緒に観に行ったし」
 
 あっさりと頷いたアキラを、伊角も和谷も社も意外そうに見やる。彼はどう考えても、エンターティメント映画を観そうに思えなかったからであ
 
る。せいぜい映画を観ても、小難しいドキュメンタリーや正統的で格調高そうなもので、ハリウ○ドの特撮技術を駆使したアクション巨編は全然
 
縁がなさそうなのだ。ヒカルと一緒に居ることが多いからか、映画に行くのもワガママし放題のヒカルの趣味に合わせているのだろう。
 
(進藤のヤツ…塔矢を振り回してなきゃいいんだけどな)
 
 元気でやんちゃなヒカルは、ある意味歩く傍若無人と同義語にも思われる少年だ。一部では女王様と崇められもしているのである。
 
 ヒカルに合わせてアキラの柄が悪くなっただとか、他の棋士に言われたりしないかと、伊角は少し心配している。尤も、ヒカルの明るく屈託の
 
ない性格のお陰で高段棋士(特にタイトルホルダー)には無条件で可愛がられているから、心配ないかもしれないが。
 
(あー……やっぱり進藤と塔矢ってそうなのか…)
 
 一方和谷は、密かに気付いていた事実に裏付けをしっかりと与えられてしまい、達観したような溜息をひっそりとついた。
 
「へぇ〜意外やな。もしかして他の映画も観たことあるんか?」
 
 社はさして気にした風もなく、アキラに質問を重ねている。北斗杯時に既に何となく分かったので、彼には今更どうでもいいのだ。
 
「テレビで放映されているのもあるしアトラクションの元になっている映画は殆ど観ているよ。お母さんなんて、M・J・フォ○クスの大ファンなんだ」
 
 他の三人からすると意外な事実である。アキラはテレビを観る方ではないが、映画は実は嫌いではない。
 
 母親の明子が特に映画好きなこともあり、よく一緒に連れて行って貰ったし、行洋も映画世代で好きらしい。リバイバルでテレビ放映されている
 
映画も、家族揃って暢気に喋りながら観たりもしている。囲碁一辺倒だと思われがちな塔矢家であるが、重厚な日本家屋の中は意外にもおっと
 
りとした家庭なのだ。だがフューチャーや、ドラフト、T2など、アキラの世代では少し分かりにくい映画もあったので、これらはレンタルで借り、ヒカ
 
ルと一緒に観て予習している。テーマパークのアトラクションとはいえども、話の背景となる映画を知らなければ楽しさは半減するからだ。
 
 アキラはこういった面でも非常に勉強熱心な少年であった。
 
「お母さんは進藤がM・J・フォ○クスの若い頃に似てるからって、この間なんて真似をさせようとしたくらいだしね……」
 
 思い出して途方に暮れたような、困ったような溜息を吐くアキラの横で、ヒカルも頬を掻いて苦笑を零す。
 
「あははは……あれはさすがに困ったよな〜」
 
 先日ヒカルが塔矢邸に訪れた時、中国から一時帰国していた明子と丁度鉢合わせしたのだ。Gジャンを着込んでいたヒカルを見た明子は大喜
 
びして、大好きな俳優であるM・J・フォ○クスの真似をして欲しいと、頼み込む一幕があったのである。
 
 明子はおっとりとした大人しげなお嬢様的な外見とは裏腹に、意外にもミーハーなのだ。
 
(よ……予想外だ……)
 
 伊角、和谷、社は棋院や北斗杯の会場で挨拶を交わした印象から、如何にも和風な良妻賢母というイメージが強いだけに、明子の思いがけ
 
ない一面に驚きを隠せない。
 
「それよりもさー。伊角さんと和谷もこの映画観たんだろ?スッゲーびっくりしなかった?変身しないんだぜ!?」
 
 歩きながら3Dサングラスを手にして、ヒカルは先を行く二人に尋ねると、横の社も加わって口々に喋り始めた。
 
「せや!それオレも思ってん!あれって中にコスチューム着て、わざわざ覆面被ってるんやろ?」
 
「そうそう!しかも自分でデザインしてるんだぜ!?」
 
「普通ヒーローっていえば変身するよな〜」
 
「あれじゃどう考えてもきぐるみじゃん」
 
 これが日本人と米国人との感覚の差なのか、変身ヒーローを観て育った世代の四人にしてみると、このアトラクションの元となったアメリカン
 
ヒーローの実写映画版を観た時の衝撃は、まさにカルチャーショックであったのだ。
 
「……そんなにおかしいものなのか?」
 
 変身ヒーローよりも囲碁に傾倒していたアキラには、どうも今ひとつ彼らのこだわりが理解できず首を傾げる。
 
「当り前だろっ!」
 
「変身ものは子供の憧れなんだ!」
 
「ヒーローといえば格好よく変身やっ!」
 
「それが男の美学ってもんだぜ!?」
 
 ヒカル、伊角、社、和谷に詰め寄らんばかりに熱く語られ、その迫力の凄まじさにアキラは頬を僅かに引き攣らせた。
 
「はあ……そうですか」
 
 よく分からないがそういうものなのだろう、自分も囲碁のことになるとついつい熱くなったりもしてしまうし。根本的なずれはあるものの、アキラは
 
素直に彼らに対して頷いた。四人はアキラがあっさり同意したことに気をよくして、満足気にヒーローものについて心ゆくまで語り合うのだった。
 
 そうこうしているうちに順番が回り、五人は早速ライドに乗り込む。前の席は年少組の三人に譲ってやり、年長者の伊角と和谷は後部座席に腰
 
を下ろした。そして早速お馴染みのアメリカンヒーローと悪役の戦いを眺め、ニューヨークの町を上へ下へ、右へ左へと飛び回る。
 
 実際はさして移動していないのだが、動いていると思うのだから映像技術は凄いものだ。途中で冷たい水がかかったり、温風を当てられてヒカ
 
ルと和谷ははしゃいだ声をあげ、伊角はくるくる回転する画像とライドの動きについていけず、少し気分が悪くなっていた。
 
 伊角はどうも、映像系にライドの揺れがくると弱いタイプらしい。
 
 アキラは映像技術の凄さや体感できる感覚に素直に驚いて楽しみ、社は既に二度目なので冷静なものだった。
 
「あ〜面白かった!もう一回のりてぇな!」
 
「そうだな!最後に時間があったら乗ろうぜ」
 
 ヒカルも和谷もすっかりご満悦で、ライドを降りて出口に向かう。その後ろを微かに顔色が青くなった伊角が続き、社とアキラが並んでついてい
 
く。アトラクションが終わる直前に写真を撮るシーンがあったので、どんな具合に撮れているのか出口付近で見てみると――。
 
(うわ〜……ビミョー)
 
 彼らは自分達の写真を見上げ、何とも言えない気分に陥った。3Dサングラスをかけているお陰で、まるで別人のような趣がある。
 
 しかも見分けが非常につきにくい。ヒカルは金髪の前髪、アキラは独特な切り揃えられた髪、社と和谷はつんつんとはねた髪質、伊角はオーソ
 
ドックスな髪型、あとは服装で何とか個別認識はできる。だが、妙に似合わないサングラスの存在がいただけなかった。
 
(これを記念に買う人って……いるのか?)
 
 東京から来た四人は、正直に心の中で疑問を抱いたのであった。
 

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