レイジングを乗り終えると程よく空腹感もあり、丁度昼食を食べるのに最適な時間帯になっていた。
昨日と同じ轍をふまないようにするためにも、今日はしっかりと昼食を食べなければならない。何よりも、栄養を補給しなければ折角のアトラクションも楽しめない
ではないか。そしてここではやはり、ネズミーリゾート通に尋ねるのが一番だ。
「なあ、伊角さん。昼飯どうするの?」
ヒカルの問いかけに、伊角は大きく頷いてみせた。その姿に、少年達は思わず期待の篭もった眼差しを向ける。
シーやランドに居る彼は、何だか妙に頼りがいのある男に見えてくるから不思議だ。ただし、決して普段が頼りないわけではない。
優しいお兄さんのイメージが強過ぎることもあり、優柔不断そうに見えるだけで、意外と伊角は決断力もあるのだ。
「よし!シーに来たからには名物のギョ○ザドッグを食べないとな!これはここの鉄則みたいなものなんだ」
何気におかしな約束事が入っていたようだが、それは聞かなかったフリをして、聞きなれない単語に揃って顔を見合わせる。
「ギョウザド○グ?」
思わず和谷は件の食品の名をもう一度反芻した。
「何それ?」
ヒカルは何度も瞳を瞬いて、不思議そうに小首を傾げる。
「大阪で言うところのたこ焼きみたいなもんか?」
眉を顰めて一人呟く社だが、どうも例えがずれている感がある。
「それがここの名物なんですか?」
このおかしな造語を聞いて、アキラは伊角に尋ねた。ネズミーリゾート初体験の四人からすると何とも奇妙な言葉である。
何故に餃子とホットドッグを掛け合わせたような名前なのだろうか。
その合体バージョンを差しているのだとすると、果たしてどんな食品なのか、食べたいような食べたくないような、複雑な気分だ。
「食べてみれば分かるさ。ここからカルデラ湖まで歩いていこう」
伊角の案内で行った先では、これまた長蛇の列ができている。ここでは大抵は並ばなければならないと分かっていても、些かうんざりしてくる四人だった。
「オレと和谷が並ぶから、皆はベンチで座って待っててくれ」
長々とした列に伊角と和谷が並び、ヒカル達は洞窟の中にあるベンチに腰をかける。ベンチはそこかしこにあり、お茶などを片手に簡単な軽食を食べている人が多く
見かけられた。このパークでは持ち歩きできるホットドッグなどの軽食が、ワゴンを利用して様々な場所で販売している。
贅沢を言わずに少し探せば、それなりに腹を満たすものには困らない。
三人が座ってしばらくすると、飲物とギョウ○ドッグを持った伊角と和谷が歩いてくる姿が見えた。
「ほら、これがギ○ウザドッグだ。結構大きいから食べ応えもあるぞ」
伊角の差し出した食物は、確かに長さもあって意外と大きい。見た目は細長い形をした豚マンのようだ。
社と和谷は初めて見た食品をしげしげと眺め、怖々一口食べてみる。ヒカルはというと躊躇もなく早速齧り付き、嬉しそうに眼を細めた。
「……うん!結構いけるぜ。塔矢も食ってみろよ」
ファストフードに行きなれているヒカルのように齧り付くのは、どうもアキラとしては抵抗があるのだが、勧められた通りに食べてみた。
具の味はシュウマイと餃子の中間のような感じだが、皮はほんのりと甘くて肉マンと似ている。少し味付けは濃くて脂身の濃厚さもあるものの、こういった場所で食べる
には丁度いいかもしれない。想像したよりも味は悪くない。ただ、ここ以外では食べたいとは思わないが。
「どう?塔矢」
「思った以上においしいよ」
悪戯っぽい顔で覗き込んでくるヒカルに、アキラはもう一口食べて微笑んだ。どんどん食べていきながら、ヒカルは満足げに頬を緩める。
「オレはこういうの好きだぜ」
「キミはラーメンとか結構こってりしたのとか平気だものね。キムチとかもラーメン屋さんでよく食べているし」
頷いてアキラは苦笑を零した。ヒカルは本当に、甘いものも辛いものも何でも食べる。我侭な性格の割には好き嫌いも少ない。
甘いケーキも喜んで食べるし、辛い料理も平気で口にするのだ。しかも、細い身体で随分とよく食べる。
アキラには十分な量だったが、ヒカルはまだ物足りなさそうにしていた。
「さてと、腹ごなしも終わったし、次は何に乗ろうか?ここなら二万マイルかアースが近いけど?」
全員が落ち着いた頃合を見計らって、伊角が提案する。
「オレはアースに乗りてぇ」
「二万マイルにしようぜ」
ヒカルが挙手して言うと、横合いから和谷が負けじと主張した。
「じゃあ、まずアースの様子を見てから、二万マイルのファストパスをとるかスタンバイするかどうか決めよう」
二人の間で見えない火花が散る前に、素早く伊角が間に割り込む。さすがに長男だけあって伊角はそつがない。弟分の仲裁をしたり、喧嘩を未然に防ぐテクニックは
中々のものだ。伊角の意見に納得した彼らは短い休憩時間を終えて、火山の下を通ってアースのファストパス発券場所まで来たが、様子がおかしい。
ファストパスが発券されておらず、待ち時間も表示されていないのだ。当然、誰もスタンバイすらしていない。嫌な予感を覚えながら、伊角はキャストに声をかけた。
「すみません…アースのファストパス発券はしてないんですか?」
女性キャストは、すぐに深々と頭を垂れる。
「申し訳ございません!只今アースはシステムトラブルが発生しておりまして……復旧時間も未定でございます」
「……そうですか。わかりました、ありがとう」
キャストに礼を言った伊角は、所在無げに待つ四人のところに戻って、キャストの話した内容をそのまま説明した。
「えーっ!?じゃあアース乗れないの?」
「どうもシステムトラブルらしいんだ。そういえば、これってちょっとシステムトラブルが多いアトラクションだったんだよ。もっと早めに乗っておけば良かったな……ごめん進藤」
申し訳なさそうに項垂れて謝ってくる伊角に、ヒカルは膨れっ面をすぐに戻して慌てて手を横に振った。
「いいよ!伊角さんのせいじゃないもん!また今度乗ればいいんだし、次の楽しみができたくらいじゃんか」
ヒカルの言葉に、伊角もすぐに笑顔を取り戻す。
「そうだな、また皆で一緒に来た時に乗ろう」
それにヒカルも頷いて、彼らの雰囲気はすぐに明るく変わった。こんなところで全員の雰囲気を悪くするのは、仲違いの元になる。
「おまえにしては上手く言ったなー」
その空気を更に軽くするように、くしゃくしゃとヒカルの髪を和谷が掻き混ぜる。河合にされた時と同じくヒカルは唇を尖らせた。
「オレだっていつまでもガキじゃねぇやい!」
そうやってムキになるところが子供っぽさの所以なのだが、本人には全く自覚がないらしい。
アキラに宥めるように菓子を与えられ、頭を撫でられただけですぐに機嫌をよくして懐いている姿など、何とも現金である。こんな鳥頭だから、ひよこ頭と言われるのだ。
(ひよこ並に餌付けされとんなや)
思わずツッコミを入れずにはいられない、社だった。とはいえ、ひよこは大人になったら鶏になる。この鶏という生物も、中々どうして結構凶暴なのだ。
社が小学生の時飼育係で世話をしていたのが鶏だったので、その怖さは骨身に染みて理解している。散々突きまわされ、糞のついた足で威力満点の跳び蹴りを食らわ
された苦い思い出には、涙が出そうだ。社は鶏を相手に連戦連敗し続け、一度も勝った試しがない。
ひよこは今が可愛くても、将来鶏になることを見据えてそれなりに考えておかねばならないのだ。特に進藤ヒカルという少年の場合は、愛らしいひよこ皮の下には獰猛な
虎の子が隠れている。大人になったら鶏の凶暴さを加えた獰猛な虎になること請け合いだ。
始末が悪いことに見た目が可愛いので、誰にも本性は知られまい。
既にその片鱗は垣間見せている。棋士としてヒカルの今後に期待を寄せると同時に、自分の将来にちょっぴり不安を覚える社だった。
「今度来る時は必ず!アースに乗るぞ。じゃあ、二万マイルに行こうか。これは結構ほのぼのしたアトラクションだぞ」
伊角の後について行くと、間歇泉の傍に下り階段があり、そこがどうやらアトラクションの入口らしい。海底を探索するというアトラクションなので、入口も海に近くなっている。
待ち時間は一時間ほどで、食後の休憩も兼ねて彼らはスタンバイ列に並ぶことにし、とりとめもない話をしながら順番を待った。
さて五人がまったりと休憩をしていた頃、緒方二冠はインディでクリスタルスカルの怒りを買って、激しい横揺れ体験の真っ最中だった。
ネズミーシーでは疲れるばかりで、緒方は殆ど息つく暇もない。それもその筈、彼にとっては非常に不幸な事実がある。
ランドよりもシーの方が一応大人向けに作られていることもあり、絶叫系アトラクションは全般的にハードなものが多いのだ。
おとなしめのアトラクションは勿論、ショーなどもたくさんあるのだが、残念ながら今回の芦原はそういったほのぼの系統よりも、絶叫系に乗りたい気分だった。
それもあって、乗るアトラクションの殆どが激しい大人向けだ。緒方が今回ネズミーシーでまともに楽しんで乗れたアトラクションは、これから五人が乗ろうとしている二万
マイルくらいだろう。本日二度目のレイジングの後で緒方はこれに乗って密かに心癒されていたのだが、今度はヒカルが好むタイプのインディである。
遊園地の絶叫系を楽しめる人には、インディもレイジングもさしてきついアトラクションではないものの、苦手な人にとっては面白い体験ではない。
しかも一日二回の三百六十度回転は緒方には辛すぎた。
最悪なリトライのレイジングのあとに芦原に対して散々ごねて、やっと緒方は心休まる一時を味わうことができたのだった。
その後にインディでは、本人的には余り救われていないが。
ヒカルはご満悦だったインディも、緒方にとっては少しも満足できるものではなかった。むしろ、二度と乗りたくない。レイジングも二度と乗るものか!と心底思ったのだが、
ここでまた言葉巧みに芦原に誘導され、もう一度乗ってしまった緒方二冠だった。この認識には緒方の被害妄想が入っているのは言わずもがなだ。
負けず嫌いは時には自身を滅ぼすものだと、彼は身をもって体験したのだが、その学習が今後に生かされるかどうかは本人次第だろう。
「さあ!次はストームに乗りますよー」
インディで友達でもないのにアミーゴ呼ばわりされた不機嫌な緒方を引き連れ、相変わらず眼に痛い蛍光緑帽子を被ったままの芦原は、次のアトラクションに向かうべく
ずんずん歩く。ここまで色々と乗れてしまう兄弟子を見ていることもあり、芦原には緒方は絶叫系が大の苦手という意識はなかった。
何のかんの言いながら付き合うのだから、照れて隠しているだけで、実は絶叫系好きだという大変な誤解までしている。
芦原が夢の国にまた来る時には、連れてきてあげようと、緒方にとっては非常に迷惑な親切心までもが芽生えていた。
ネズミーリゾート内の芦原は、まさしく緒方以上に強かった。因みに、芦原はネズミーリゾートでは殆ど案内図を開いていない。
念の為に持ってはいるものの、彼にとって地図は無用の長物に等しかった。見なくてもいいくらい、知り尽くしている。
何年もここに勤めているキャストのように、迷うことがない。自分の庭も同然だ。
この点伊角も似たようなものである。ネズミーシーはまだ三回しか来ていないこともあって時折地図を開くものの、ランドでは殆ど見ることもなく友人達の先導役を買って
出ていた。大変な通ぶりを発揮する芦原に緒方が嫌みったらしく『棋士を辞めてここのキャストになったらどうだ?』と語りたくなるのも頷ける。
尤も、彼の言葉に対して、芦原は平然とこのようにのたもうたが。
『バカなこと言わないで下さいよ、緒方さん。ここのキャストになっったら、皆が遊んでいる日にお仕事を眼一杯しなきゃ駄目なんですよ?いくらオレでもそんなのお断りです。
ここは遊びに来るからこそ楽しいんですからね。棋士は自由業だし、その気になったら平日の昼間から来られますから~。いやぁ、棋士になれて良かったです!』
おまえはここに来たくて棋士になったのか?と、緒方は内心大いに呆れながら、社のように心でツッコミを入れずにはいられなかった。
ここまでくると、嫌味を言葉にする気力もわいてこない。
喫煙スペースで煙草を吸って一時の休息を手に入れていた緒方は、この会話の後二度目のレイジングの餌食と相成ったのだった。
ネズミー通な仲間と一緒に来たお陰で何かにつけて助かり、大満足のヒカル達と、ネズミー通と来たばかりに最悪だった緒方とは、明らかな明暗の差が描き出されている。
今後この差が、益々開いていくのは間違いない。
二万マイルを出て上を見上げると、だんだん日も傾いてきており、空の青さの中に赤い雲が混じり始めていた。
「さて…そろそろお土産の物色をした方がいいんじゃないかな?夕方になってくると結構混んでくるから」
「ホンマ?そしたらオレ土産見たいんやけど」
伊角の言葉に社はすぐに反応する。一番遠方から来ているだけに、彼はそれなりに土産なども買わねばならない。母親が意外とネズミーキャラクターが好きなので、今後の
為に懐柔策も兼ねて何か持って帰っておきたいところだ。ヒカル達は東京住まいでもあり、敢えて土産は必要ないともいえる。
元院生三人で、院生仲間に何かを購入するとか、四人で棋院の事務局用に菓子なりを用意したり、自宅用に多少買う程度だろう。
それならばそんなに気合を入れて物色しなくていい。彼らは恐怖ホテルに乗るまでの空き時間を利用して、土産店巡りをすることにした。空き時間といっても二時間程度なので、
土産物を選ぶのに、決して長い時間とは言えない。様々なグッズやアイテムがある広い店舗が幾つも立ち並んでいることもあり、むしろ二時間では短すぎる程である。
ぬいぐるみやハンドタオル、衣類など、種類も豊富で実に多い。食料品だけでも、煎餅からチョコレートやクッキーなどの菓子類から、マカロニなどの乾物までもがある。
選ぶだけでも困りそうな品揃えの豊富さだ。東京組の四人は棋院の事務局や師匠への土産など、家族や院生仲間用のものをさっさと決めたが、社はそうはいかない。
荷物の中に入るかどうかも考えて選ぶだけに、時間もかかる。東京組は荷物をある程度互いに分散させられるが、社は一人で全てを持って帰らなければならないのだ。かとい
って宅配便を使って送るほど、多く買い込むわけでもない。中途半端で自分でもどう買うべきか困ってしまう。
菓子類は缶に入っているものも多いのでこれがまた嵩張るし、小さいものは小さいもので見栄えも悪く、割高でどうも気に入らない。
買うからには、それなりに量も入っていなければどうも気が済まないのだ。こういったところにも関西人根性が出てしまう社だった。
ああでもない、こうでもない、と頭を悩ませる社の傍では、すっかり土産選びに飽きたヒカルが、アキラを連れ回してうろうろしている。
「これなんておまえに似合うんじゃねぇ?」
横目でちらりと二人の様子を窺うと、ヒカルはネズミ耳のついた派手なとんがり帽子をアキラに被せて笑い転げていた。魔女が被るようなとんがり帽子は、クリスマス仕様なのか
星の柄にラメが入って、先にも同じタイプの房もついている。似合う似合わない以前の問題で、奇異な光景にしか見えない。
ミスマッチな姿に社はふき出したいのを堪えながら、土産を物色しつつ彼らの天然夫婦漫才を好奇心もあって眺めていた。さっさと離れておいた方が無難だと理性の声はするも
のの、二人の動向にちょっとした野次馬根性がかき立てられないと言えば嘘になる。
社が窺っている視線の先では、ヒカルの行動にアキラの額には見事な縦皺が刻まれたが、ここでは彼に対して「ふざけるなっ!」とは怒鳴らずに、無言のまま帽子を脱いでいる。
彼の学習も無駄ではなく、それなりに忍耐力もついてきたらしい。
「じゃあ、キミにはこれがぴったりだね」
アキラが逆襲のためにヒカルに被せたのはひよこ顔の帽子である。
(ひよこ頭にひよこの帽子被せてどないすんねん!)
関西人の性で、ついつい裏手ツッコミを入れたくなる社だった。
「おまえなぁ…こんな帽子似合うわけねぇだろ」
苦虫を噛み潰したような声で文句を言い、むくれるヒカルから帽子をとってやったアキラは、にこりと綺麗に笑って耳元に低く囁く。
「キミには似合って可愛いのに」
確かにヒカルに似合って、実に愛らしかったのは事実だ。しかしそれを被っていたのがヒカルであるという時点で、社としては可愛さよりも、将来を想像して何ともいたたまれない
気分になる。何せひよこは鶏になるのだ。そしてひよこ皮の下に子虎を隠しているヒカルの場合は、東洋の百獣の王の虎である。
考えようによっては、愛らしいだけでなく何気に怖い光景だ。しかし、そんな社の気持ちなどヒカルとアキラは知ったことではなく、棋院の竜虎は甘い空気を醸し出している。
アキラの言葉にヒカルは照れ臭そうに胸を小突いていた。
「……バカ…」
ほんのりと頬を赤らめてアキラを上目遣いに睨むが少しも迫力はなく、むしろ甘えているようにしか見えない。
(もう…ええ加減に堪忍して……)
昨日に引き続いて、社は大量の砂を土産物店で吐く破目に陥った。こんな事なら、好奇心に蓋をして離れた方が良かったに違いない。
アキラの見せた美しい微笑は本人には無自覚でも、ヒカルに対しては非常に効果がある。こういうところがアキラの天然さだ。
鋭い時は鋭いくせに、変に鈍くて天然さんな部分がある。あの笑顔を見たヒカルがこれ以上怒ったり拗ねたりしないと、本能の部分で理解した上での、無意識の計算が奴にはある
に違いない。無自覚面食いのヒカルは、アキラの極上の笑顔も大好きなのだ。何せアキラは、ヒカル好みの和風美形の典型の一人でもある。
対局中の力強い眼差しをした真剣な顔も、怒った顔も、笑顔も、悲しむ顔も、ヒカルはどの表情でも見惚れるほどに好きだ。
アキラの喜怒哀楽を見せる顔の全てが、ヒカルは大好きだと言える。その中でもヒカルが思わずうっとりと見惚れてしまうような、特上級の笑顔などは相当な威力があった。
時と場合によって表情は様々で異なるものの、極上の顔を見せた時の効果は絶大である。それだけアキラの美貌には力があるのだ。
美しい笑顔を見せれば、どれだけ不機嫌であったとしても、一瞬で機嫌が直る。反対に怒る場合でも似たような効果があって、それ以上拗ねて自分の殻に閉じこもらなくなり、後で
機嫌がとりやすい。美形というのは、様々な面において得である。ヒカルはかなりアキラの顔を気に入っているらしいと、いかに鈍いアキラでも気付くほど露骨で分かりやすいのだ。
傍から見ている社には、より一層ヒカルの性癖は見ていて分かり易いのだが、理解することはできない。
確かにアキラが美形であることは、社も認める。
だがどれだけ綺麗でも、アキラは男だ。一見すると女顔で身体の線も細いけれど、彼は正真正銘男性で、かなり男らしい性格でもある。ヒカルもまた、とても可愛くて綺麗な少年
だが、あくまで男だ。身体つきも細くて華奢な感もあるが、性別は列記とした男で、しかも中々男気もある江戸っ子堅気な人物だ。
二人ともが大変に見目良い美少年であるのは間違いない。だが、社の感覚では例え物凄い美人でも男は御免だった。特にそれがヒカルとアキラだなんて、冗談ではない。
友人やライバルの距離と付き合いならいいが、恋人など最悪である。百万歩譲って例え性別が女になっていたとしても、絶対にお付き合いしたくない。ヒカルとアキラという時点で
言語道断、大却下だ。何せ、ゴジラとキングギドラを相手に、普通のただの一般人が付き合うようなものである。
怪獣を相手にできるまともな感覚の人間が居るわけがない。一瞬で踏み潰されて、おしまいになるのは間違いないだろう。
しかもこの二人は扱いようによっては物凄く凶暴で凶悪だ。大人しくしていてくれれば無害だろうが、一旦牙を剥いて暴れだしたら、どんなことになるのか想像するだけでも恐ろしい。
韓国在住のモスラに相手をさせるにしたって、あいつは焚き付けるだけ焚き付けて、さっさと飛んで逃げてしまう。二人が暴れだしたら、社は亀のようにひたすら頭を引っ込めて耐え
忍ぶのみだ。一層のことガメラにでもなって、飛んで逃げたいくらいである。
悪役怪獣は怪獣同士で大人しくくっついてくれているほうが、世のため人のため、世界平和のためであるに違いない。あばたもえくぼ、蓼食う虫も好き好き、割れ鍋に綴じ蓋、昔の人
はあれこれと良い言葉を作って下さったものである。
この二人が納まるところに納まってくれて、誰よりもほっとしているのは直接的にしろ間接的にしろ、被害を被った周囲の人々だろう。
付き合いの短い社ですら胸を撫で下ろしたのだから。
ただ、くっついたらくっついたで、傍迷惑であるのは変わらない。だが単体でいる時よりも、一つに固めた方が被害者の数が少なくなるのは確実だ。ならば無理に引き離して被害を
拡大させなくてもいい。多くの人々の判断は、この際非常に正しいと言わざるを得ない。
無自覚にいちゃついて下さるのは、こちらの神経が磨り減るのでやめて貰いたいのだけれど。
社は二人からそそくさと距離をおいて心の平安を取り戻すことに成功すると、再び土産の選別作業にとりかかった。何だかあの二人の傍に居たお陰か、いい加減に土産のことなど
どうでもよくなってしまい、深く考えるのもばからしくなっていた。土産は所詮土産なのであり、気を使うだけ無駄な気もする。
社は半ば投げやりな気分で、手近な菓子を買い物籠に放り込んだ。一番無難な菓子類ではあるものの、これはこれで軽くても大きいので持ち歩くのも少し大変になる。
母親用にはぬいぐるみやその他のグッズ類、院生仲間に渡す分なども買い込んだので、社の荷物は一気に膨れ上がった。明日これを持って帰らねばならないのかと思うと、多少
辟易するが仕方がない。お菓子やぬいぐるみなどのグッズで一杯になった買い物籠を持って、社は精算を済ませるべくレジに並んだ。
土産物店でも並ばなければならないのは、ここの特徴かもしれない。
伊角と和谷も土産物選びを終えて、すっかり冷やかし客となって店内を色々と物色していた。菓子や衣服だけでも色々あるが、他にもおもちゃの類も充実していて、伊角にとっては
土産すら楽しめる。弟達の分も買い求めて満足し、買物袋をぶら下げて店内を歩き回るが、夕方になるに従って徐々に混み合い始めていた。
(そろそろ出て、恐怖ホテルに行った方がいいかな)
時計を確かめると、もうすぐ恐怖ホテルに入れる時間だった。ファストパスは十七時過ぎになれば使用可能なので、これから店を出て荷物を一旦ロッカーに預けてから移動すれば、
恐怖ホテルに入るのに丁度いい時間になるだろう。だが伊角の計画も知らずに、和谷は店内にあるおもちゃなどをいじったりするのに夢中になっていた。ボタンを押すとキャラクターの
声がするものや音がずれたピアノなど、試供品を使ってみると面白い。
音に反応する蜂蜜好きの熊のおもちゃを見つけると、早速試供品として置かれた一匹の前で手を叩いて試してみる。
拍手の音に蜂蜜好きの熊がすぐに反応して、蜂蜜壺から出した上半身をゆらゆら揺らした。昔流行したダンシングフラワーの熊バージョンのようなものらしく、中々に愛くるしい。
当然熊は一匹だけではなく、試供品の傍にはちゃんと販売物が鎮座して、籠に所狭しと詰め込まれている。どうやら売れ筋商品らしい。その中の一体だけが何故か逆さに蜜壺の中
に入れられ、両足のみが外に飛び出していた。一匹だけが逆向きに入っているのもおかしいので、元通りにしてやりながら伊角は首を傾げる。
悪戯にしても、逆さに熊を入れている意味を理解できなかったのだ。
実はこの熊、ヒカルとアキラに社が見せた一発芸『犬神家の一族』の名残だった。熊を逆さに入れたのは有名なワンシーンからである。
映画やドラマを見ていなければ分からないネタだが、アキラとヒカルにはかなりうけて、社は関西人魂を満たしてご満悦だった。
「よーし、次はこっちでしてみるか!」
伊角の横では、和谷はさも嬉しそうに、今度は一山幾らのみかんと同じく籠に山盛りになっている熊に向かって手を叩いていた。やっていることは違えど、こういった遊びをしてしまう
のは、彼らならではかもしれない。そしてお約束通り、和谷の拍手にフラワーダンスと同様に熊は反応する。籠一杯に詰まったそれらは一斉にうごうごと動きだした。
「やだーっ!コレ、気持ち悪い」
いきなり何十匹もの蜂蜜好きな熊が蠢く姿を目撃した、カップルの女性が半ば悲鳴じみた声を上げる。確かに一匹や二匹くらいなら可愛くても、何十匹も集まって同時に動くと不気
味だった。女性と同じく和谷も一瞬固まり、ネズミーリゾート好きの伊角ですら気色悪さに硬直してしまったほどである。
まるでカバに似た妖精が主人公のアニメに登場した、ニョロニ○ロが大量にひしめき合って蠢いている姿を髣髴させた。
姿がオレンジめいた色合いの熊だけに、薄気味悪さも一入だ。これでは売れ筋商品も形無しといえる。
(うーん…今のはちょっとまずかったよな……)
乾いた笑いを口元に浮かべて、和谷も少しだけ反省した。まさかここまで気色悪い光景になるとは思わなかったのだ。
しかし起こってしまったことは仕方がない。取り敢えずはここを離れてしまえばさして問題はないのだ。いい加減この店にも飽きてきたし、そろそろ潮時だろう。
和谷は気持ちを切り替えるように、伊角を振り返る。
「人も多くなってきたし、そろそろ出ようぜ、伊角さん」
「そうだな、ファストパスの時間もあるし、皆を呼ぼうか」
店の外から携帯をかけようとした伊角だったが、それよりも早く、奥から大きめの荷物を抱えた社と一緒に、ヒカルとアキラも出てきた。
「じゃあ、これからお土産をロッカーに預けて、恐怖ホテルに行こう」
伊角の提案に誰も否やはなく、五人は荷物をロッカーにしまうことにして、いよいよ本日メインアトラクションの恐怖ホテルに向かった。








