9月
トゥルルルル…トゥルルルル…。
『はい、塔矢でございます』
「こんばんは、津川ですが。アキラ君いらっしゃいますか?」
『あら、津川君。ごめんなさい、アキラさん今指導碁に行っているの。後でお電話するように言っておくわね』
「そんな…大した用事じゃありませんので、学校で会った時にでも話しますから」
『そう?……あら、ちょうど帰ってきたみたいね。アキラさん、お電話よ、津川君から』
『…はい。……津川、どうかした?』
「浴衣の君とどこまでいったか聞こうと思ってさ。最近、おまえ学校来ないから」
『……キミね…』
「まあ、まあ、ちょっとぐらいいいじゃんかー」
『その声は中村だね?』
「オレら近所だもん」
「大抵どっちかの家で勉強したりだべったりしてるぜ」
『ふーん…そう。じゃあ、おやすみ』
プツッ。ツーツーツー……。
「あの野郎…誤魔化しやがったな〜」
「さすがに一筋縄じゃいかないねぇ」
10月
『はい、すみません、お母さん。………もしもし、津川?』
「そう、オレだよ、親友の津川君。いつもの定時報告よろしく!」
「中村君でーす!オレも横で聞いてるから。ほれほれ、浴衣の君との進展具合はどうよ?」
『……切るよ』
「あああ!ごめんなさい、ごめんなさい!」
「教えて下さい、塔矢君」
『聞いたところでつまらないよ。プロ試験が終わるまで会わないことになってるから』
ガチャン!
「うっわ!機嫌わっる〜」
「いくら会えないからって、オレ達に八つ当たりするなよな〜……」
11月
「なあ、浴衣の君はプロ試験に合格したのか?」
『したよ』
「そうか、じゃあ春から塔矢と同じプロになるんだ……」
『ああ、そうだな』
「――ってことは、デートし放題じゃん!」
『はぁ?デート?』
「いいよな、塔矢には浴衣の君がいて」
「なぁ、なぁ、今度オレらに会わせてよ♪」
『断る!』
12月
「この季節はいいよな。なんといっても行事の目白押しだぜ。おまえ誕生日デートしたのかよ?」
『デ、デートなんてしないよ。先月…たまたま会って話したけど』
「先月?オレらに報告なかったじゃん!」
「さては電話の後にこっそり会いやがったな?」
『だから、たまたま会ったんだ!……それに別に話す必要なんてないだろう?』
「必要あるんだよ!」
「オレらが知りたいんだから!」
『…あの…キミ達…?』
「過ぎた事は仕方ない、今度からちゃんと報告しろよ、塔矢」
「そうだぞ。で?11月以降は会ったりしたの?」
『…はああ…人のことなんてどうだっていいだろう……』
「おい…電話口で溜息つくなよな」
「失礼だぞ〜、塔矢君」
「おまえの事が放っておけないから訊くんだよ」
「さっさと正直に答えたまえよ、キミ」
「誕生日はまあよしとしようじゃないか。で?クリスマスはどうすんの?やっぱこういう時はさ、絶対デートするよな?」
『何でデートなんて……大体からしてその日は手合だから無理だよ』
「…塔矢…それはどうかと思うぞ」
「せめて季節行事と誕生日を一緒に過ごすのは、基本中の基本だと思う……」
「おまえさぁ…そんなんじゃふられるぞ」
『えぇっ!?ふ、ふられるって…で、でも無理なものは無理なんだし…』
「まあ、次からは何とかしろよ(ププッ!ふられるって言葉に過剰反応して気にしてやんの!告白もしてねーくせに)」
「そうそう、プレゼントとか用意してさ(今すげー危機感に動揺してんな。付き合ってなくても両想いだから仕方ねぇけどさ)」
『プ、プレゼント…!?』
「あの子だってプロ試験合格したんだったら、塔矢が忙しいってことぐらい分かってんだろ。今年は無理だって納得してるさ」
「来年はちゃんとすればいいじゃん。まず年末か新年に会いなよ。…じゃな、おやすみ」
プツ!ツーツー。
「あいつさー、あそこまで動揺するんだったらさっさとコクればいいのにな。そう思わねぇ?中村」
「だよな〜。両想いでもさ…言わなきゃわかんないんだし。頭いいくせにバカだな、塔矢は」
「あの囲碁バカ、いつ頃告白すると思う?」
「告白って段階ですらないでしょ。…てか、あそこまできててまだ自覚してねぇんだぜ?」
「あ〜もう!ダメダメだなあいつは」
「全くだよ。せめて自分の気持ちに気付いて貰わないと、進むものも進まないぜ」
1月
「どうだ、新年には会ったか?」
『新年には会ってないよ。新初段シリーズを見に行ったけど…』
「それだけ?」
『……うん。会えるような雰囲気でもなかったし』
「それって………(救いようがないぐらいダメダメだ〜!)」
「……虚しいな……(どうしようもなさ過ぎる。一言声ぐらいかけろよな…)」
2月
「んで?今度は浴衣の君とはちゃんと会った?」
『この間会ったけど…少し話しただけ。寒い中で立ち話もなんだったし』
「喫茶店とかで話すぐらいの機転きかせろよ…バカ」
「朴念仁!」
3月
「浴衣の君の初手合の相手は誰?」
『……知らない(ホントはボクだけど)』
「なんでー、つまんねーの」
「塔矢とだったら面白いのにな。これぞ宿命って感じ?」
『………』
4月
「塔矢、お父さん大丈夫か?」
「大変だったな……」
『うん、でももう退院したから…』
「浴衣の君もお見舞いにきてた?」
『ああ…来たみたいだ』
「会ってないのか?」
『…会ったよ、すれ違いみたいなものだったけど』
「ふーん…(この雰囲気は無理に聞き出さない方がいいな)」
「……そっかぁ…(下手に聞いて機嫌損ねたくねぇし…)」
5月
「塔矢、他校におしかけたんだって?」
「図書館で言い争ってたって聞いたけど、マジ?」
『キミ達には関係のない話だから構わないでくれ。ボク達の問題だ。じゃあ切るから』
ブツ!ツーツーツー。
「…ひぇぇぇ〜!こわ〜」
「しばらくそっとしといた方がいいかも…」
6月
「あの子と…何かあったのか?全然話さないけど」
『話したくても話せない。碁をやめると一方的に告げて、一度も会ってくれないから』
「それでかよ…塔矢が最近機嫌が悪いのって」
「……ってか、むちゃ怖いし」
『別に怒ってるわけじゃない…ただ心配なだけだ……』
7月
「あのさ、浴衣の君は元気になった?塔矢スゲー心配してたろ?」
『なったようだよ、この間手合に出て…勝っていた』
「あ〜良かった」
「塔矢はあの子の存在如何で機嫌が左右されるから、扱いが難しくて困るんだよな〜」
『……そんな事はない』
「「大有りだっつーの!」」
8月
「今年は夏祭り来なかっただろ、塔矢」
「オレ達行ったのに〜」
『手合があって無理だったんだ』
「浴衣の君も?」
『そうだよ』
「キミ達…それでは余りにも淡白過ぎだと、オレらは思うね」
「進展しねぇぞ、永遠に。たまにはさ、どっかに一緒に行くとか、してみたらどうよ?」
『……前向きに検討してみるよ。…じゃあ、おやすみ』
プツン!ツーツー。
「……さっきの台詞聞いた?」
「聞いたぜ、ばっちりとな!」
「どうやら自分でも自覚したみたいな感じ?……これでやっと次の段階の告白!長い道程だったな〜、津川」
「浴衣の君の写真(後姿だけど)をオレ達が初めて見てから一年……」
「囲碁バカ塔矢とあの子が出会って約3年……」
「塔矢もやっと自分の気持ちに気付いたか…って遅すぎだーっ!」
「落ち着けって、津川。卓袱台をひっくり返すのはやめろ、頑固親父かね、キミは」
「ちっ!一体いつ頃自覚したんだろうな?その瞬間を拝めなかったのは残念だと思わねぇか」
「そりゃー、オレだって残念に決まってるさ」
「去るものは追わずって感じの塔矢が、浴衣の君は追っかけ回してたってのに…悔しいぜ」
「あいつは昔からそうだよな。自分が興味のある相手は眼中に入れるけど、他は完全無視だし」
「その塔矢が、あの子以外の相手に惚れる可能性は今後あると思うか?中村」
「無い無い!ってか有り得ねぇ〜。あの様子だと一生執着するね。浴衣の君には気の毒な話だけどさ」
「さてどうだか…案外タイプの違った似た者同士だったら、くっつけとかないとこっちが被害被って迷惑だぜ」
「そういやそうか…現に会えないだけで塔矢は八つ当たりしてくるし。浴衣の君も実物見るまで油断できねぇな」
「一度会ってみたいけど、ちょっと怖い感じもするな…。浴衣姿のイメージだと大和撫子だけど、全然違う気がする…」
「塔矢って囲碁界じゃ『龍』って言われてるんだよなぁ?あいつがあんだけ気にするんだったら実力も同等だと思うし…」
「…龍に対抗できる対等の存在ねぇ……?」
「想像つかねぇな……」