COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)   囲碁戦隊棋士レンジャー第三話U囲碁戦隊棋士レンジャー第三話U囲碁戦隊棋士レンジャー第三話U囲碁戦隊棋士レンジャー第三話U囲碁戦隊棋士レンジャー第三話U
 自動ドアが開くと、そこは異世界だった。 
 囲碁界の期待の若手棋士8名は、その場で固まって茫然とする。あまりの光景に、誰一人声が出ない。
 
 ただひたすら、彼らが思ったこと。それは『逃げたい!』或いは『帰りたい!』だった。
 
 囲碁戦隊棋士レンジャーの作戦司令室は、いつもの殺風景な会議室とは違い、ひどく煌びやかな印象を受けた。
 
 貧血を起こしてぐらりと身体が傾ぎ、有りもしない箪笥の角で頭をぶつけたようなショックと一緒に。
 
 関係はないが、箪笥の角で頭をぶつけるとかなり痛いことを追記しておこう。
 
(何…?コレ…)
 
(悪い冗談だと思いたい…)
 
(…ヅカ?)
 
(うわ…キッツー)
 
(どないな趣味やねん……)
 
(…似合ってないし)
 
(見てるだけで眼に染みてくるような…)
 
(……強烈過ぎる〜)
 
 ヒカル、アキラ、伊角、和谷、社、越智、門脇、本田の平隊員全員がひくひくと頬を震わせて唖然としている中、彼らの眼の
 
前に居る人物は平然と胸を反らして立っている。その人物の格好と、脇を固める二人の衣装が、この異世界を作り出してい
 
る大いなる要因だった。彼らの眼の前で堂々と立っている(もといアヤシゲなポーズを決めている)のは、緒方十段・碁聖こ
 
と『囲碁戦隊棋士レンジャー副司令』の緒方である。
 
 いつもの緒方の服装なら、彼らは固まることもなかっただろう。白スーツでも確かに浮いているのだが、まだ常識の範疇に
 
は入る。だがこの格好の前では、白スーツですら普通の服にしか見えない。それだけインパクトのある服装なのである。
 
 緒方達三人の着ている衣装……それはオーケストラの指揮者が着るような燕尾服と似た印象のものだった。いや、オーケ
 
ストラの指揮者というよりも、某歌劇団が演じる『ベルバラ』の衣装に近いかもしれない。
 
 下がシャープなスラックスになっているのが多少違うが。
 
 一番近い表現は、『ベルバラ』と『コンダクター』の服を足した感じ、である。指揮者の服に超ド派手な装飾を加えたような…、
 
ともいえる。どちらにしろ、彼らにとってこれは由々しき事態だった。それだけは変わらない。
 
 緒方の服は白を基調とした燕尾服とスラックスで、それにキラキラしい金糸銀糸の刺繍を施している。光沢のあるドレスシ
 
ャツの色も白で統一され、全体的に基調が白になっているだけに刺繍の派手さには嫌でも眼を引かれる。
 
 その上燕尾服の肩には金色の房のついたマントの留金がつき、より一層時代がかった印象を受けた。
 
 ただここで注意しなければならないのは、マントの留金はついているのにマントがないという点である。その代わりに、彼の
 
持つイメージとはとんでもなくかけ離れたものを着けていた。
 
 それは即ち、ショッキングピンクの大きな羽根である。眼に痛いぐらいに蛍光ピンクの羽根がだ。しかも一枚や二枚ではな
 
く、さながら孔雀が羽根を広げたように背中全体にふわふわと存在している。
 
 まるでショッキングピンクの後光が差しているようにすら見えた。
 
((((((((うわぁ……奈落…))))))))
 
 彼ら全員がこんな感想を抱いたとしても、誰が責められようか。
 
 どういうわけだか、道○堀のグ○コのマークのようなポーズで彼らを出迎えた今の緒方の姿は、まさにそれだった。
 
 その彼の後ろには芦原と冴木が控えている。ポーズは決めてはいないが、衣装は似たようなものだ。二人は色の濃淡を変
 
えた臙脂色の、精緻な刺繍を施した燕尾服を身につけていた。濃い色を着ているのは芦原で、薄い色は冴木になっている。
 
 彼らにとって唯一の救いと言える点は、背中に着けているのが羽根ではなくマントであるということのみだった。ただマントに
 
艶があって波打つように輝いているのが微妙だが。どっちにしても着たい衣装ではない。
 
「いやだ…もうお家に帰る〜!」
 
「パパ、ママ、おじいちゃん…助けて!」
 
「Help!Me!Help!Me!」
 
「い、嫌過ぎる〜!」
 
「変態の仲間入りなんてしたくない!」
 
「ぎゃっ!冗談やないで!」
 
「趣味悪!」
 
「やめてくれ〜!」
 
 本田、越智、門脇、ヒカル、アキラ、社、和谷、伊角の若手棋士8名は、自動ドアから中に入ってこれらのものを視界に収め
 
てきっかり10秒後、訓練された軍隊も脱帽する程揃った動きで回れ右を行い、口々に叫んで全員が出口に向かって殺到した。
 
 彼らが必死になって逃げようとしたのも無理はなかろう。だが悲しいかな、自動ドアは今回もビクともしない。
 
「「「「「「「「「閉じ込めるなんて、正義の味方のすることか!?」」」」」」」」」
 
「馬鹿を言うな。ちゃんと任務が終わったら開くんだ、別に閉じ込められたわけじゃない」
 
 振り返って異口同音に喚く平隊員の剣幕もなんのその、緒方はふっと鼻で笑ってあしらう。
 
「おまえ達の制服もそれぞれの机に用意してある。さっさとロッカールームで着替えてこい。オレ達幹部が着てるんだ、おまえ
 
らも当然着るんだよ。着なかったら永遠にここから出られないと思え」
 
 『自棄』と書いて『ヤケ』と読む。仁王立ちをして告げた緒方の眼は本気である。というよりも、彼も衣装を着なければ出て行
 
けないクチなのであろう。つまり全員が生贄なのだ。
 
 緒方の言葉から得た衝撃の事実、この衣装が『囲碁戦隊棋士レンジャー特別仕様制服』であることに、彼らは冷汗を背中
 
に滝のように流して恐怖すら覚える。つまり、今後彼らは棋士レンジャーとして活動するたびにこのアヤシゲなキラキラした
 
衣装を着なければならないということだ。
 
 以前に緒方が言っていた『棋士レンジャー専用戦闘コスチューム』とは即ち、この絢爛豪華な衣装を指し示しているのに他
 
ならない。これならまだ猫耳セーラー服の方が良かった…こともないのが微妙だ。
 
 この際どっちがマシであるかどうかは別として、どっちみち既に逃げ道はないという点だけは確実である。
 
『棋士レンジャーかくなら皆で赤っ恥』
 
『堕ちるなら、地獄に奈落に一蓮托生』
 
『囲碁戦隊、捨て鉢やけくそ恥さらし』
 
 などといった、有りもしない標語というか川柳の出来損ないが、彼らの脳裏に過ぎったかどうかは定かではない。
 
 決めたくもない覚悟を決めて、自分達の机の上に置いてある立派な衣装ケースを恐る恐る開けた瞬間、彼らはまるでメデュ
 
ーサに睨まれたかのごとく石化した。大きく瞳を見開き、叫び出したい気持ちを必死に抑えながらたっぷり三分は固まった後、
 
ふるふると震えつつ緒方を見ると、さっさと着ろとばかに頷かれてしまう。
 
(これを着るのか!?今から?)
 
 冗談ではない。何が楽しゅうてどこぞの歌劇団の男役のような衣装を着なければならないのだ。それも派手さ100倍増しの
 
衣装である。よく見ると、燕尾服には同系色のマントまでもが御丁寧についている。
 
 羽根でないだけマシかもしれないが、全然救いにならない。
 
 大体からして、地味に囲碁を打つだけなのに何でこんなキラキラしい煌びやかな衣装を着る必要があるのだ。
 
(意味ないし!)
 
 全員が心中で裏手ツッコミを入れるのも、当り前である。
 
「当初の案ではマリー・アントワネット風というのもあったそうだ。何ならそっちにするか?」
 
 衣装を持ったまま動かずにいる八名に、緒方は止めとばかりに恐ろしい台詞を口にする。この派手さに加えて女装なんて、
 
最悪だ。考えただけで悶絶ものの恥ずかしさに、若手棋士全員が無言のまま衣装ケースを持って、のろのろとロッカールー
 
ムに消えたのだった。どんなに絢爛豪華でド派手な衣装でも、女装させられるよりは遥かにマシであった。
 

「「「「「「「「はあ〜……」」」」」」」」
 
 もれなく8名の溜息が揃って狭いロッカールームにこだます。それぞれのネームプレートの貼られたロッカーの前で、彼ら
 
は衣装を持ったまま茫然と佇んでいた。見れば見るほど着る気を無くす服である。一体誰がこんな制服を考えたのかは知ら
 
ないが、趣味の悪さに涙すら覚えてしまう。
 
 別に某歌劇団に文句を言うつもりも、いちゃもんをつけたいわけでもない。こういった衣装は華やかな舞台であるからこそ
 
映えるのであり、床の間のある和室で座布団に座って碁を打つ姿に土台似合う筈がない。というよりも似合ったらかなり怖い。
 
 はっきりきっぱり不釣合いなのだ。棋士がこんな衣装を着て碁を打つ姿自体、既に『変』である。お笑い路線なのはよ〜く肝
 
に銘じていたが、耽美的で華やかな宮廷文化との融合まで謀っていたとは驚きを通り越して溜息しか出ない。
 
 この姿で人前で碁を打つなんて最悪の一語に尽きる。それに戦闘服が用意されたということは、紛れもなく本日は初任務が
 
あるということだ。初任務とは即ち『敵』の秘密結社と碁で戦うことである。
 
 地味な碁を、ド派手な衣装を着て。
 
 敵のコスチュームだとかについては、もう考えたくない。会った時に好きなだけツッコミを入れればそれでいい。とにかく眼の
 
前の衣装を着る気力を奮い立たせるのが一番の重要事項と言えた。
 
 着たくない。紛れもなく本心である。だがしかし、着なければ絶対にここからは出られない。例え出られたとしても、その時に
 
は自分達の棋士生命は終わりを告げている可能性が非常に高い。今後碁界で生きていくならば、この局面を乗り越えて一歩
 
を踏み出さねばならないのだ。
 
 たかだか派手な衣装を着るだけなのに、そこまで御大層に覚悟を決めなくてもいいものだが、これまでの経験に基づいて、
 
彼らが悲壮で高潔な覚悟を自らに課すのは、仕方がないことなのかもしれない。
 
「う…うううう〜」
 
「泣かないでよ本田さん。うっとうしい」
 
「皆も気が滅入るじゃないか、これぐらいどうってことないって」
 
 衣装をハンガーにかけてとうとう泣き出してしまった本田を越智は眉を顰めて見やり、伊角はわざと軽い口調で諭してやる。
 
 半分は自分自身に言い聞かせているのかもしれない。
 
「ち…違うんだ……。衣装を着るのは確かに嫌だけど、これを着た自分の姿を想像するといたたまれなくて……」
 
「「「「「「あ…ぅ………」」」」」」
 
 彼らは思わず返す言葉を失ってしまう。確かに本田にこの衣装は凄く似合いそうにない。かなり浮くのは間違いなしだ。元気
 
付けるように言葉を探すものの、何一つ思い浮かばなかった。
 
「進藤や塔矢や社、和谷や伊角さんはいいよ、顔もいいから衣装も映えるし。門脇さんも顔は派手系だから、まだマシだろうさ。
 
けどオレや越智なんて地味系じゃないか。着たらかなり変に見えるよ」
 
 越智も自分自身でそう考えていただけに、本田の台詞に否やはない。ないのだが…一緒くたに考えられているのが気に食わ
 
なかった。本田の言う通りだとばかりに自分に視線が集まるのもかなり嫌である。真実だけに余計に腹が立つ。自分を追い詰
 
めるだけになるので、否定の台詞も吐けないのが辛いところだった。
 
「けどさ、結局着なきゃならないんだし」
 
「今更どうしようもないさ」
 
 和谷がさばさばと笑ってみせると、門脇も肩を竦めて年長者らしく諦めのポーズをして、本田の背中を叩いてやる。
 
「ホンマ、いい加減着替えへんかったら緒方先生が切れるかもしれへんしな」
 
 意を決したように自分の衣装を広げて、社も乾いた笑いを浮かべながら頷く。
 
 彼の言葉にお追従のように笑ってみせて、彼らは諦めの溜息を吐いて衣装に手を伸ばした。