囲碁戦隊棋士レンジャー第三話U囲碁戦隊棋士レンジャー第三話U囲碁戦隊棋士レンジャー第三話U囲碁戦隊棋士レンジャー第三話U囲碁戦隊棋士レンジャー第三話U   囲碁戦隊棋士レンジャー第三話W囲碁戦隊棋士レンジャー第三話W囲碁戦隊棋士レンジャー第三話W囲碁戦隊棋士レンジャー第三話W囲碁戦隊棋士レンジャー第三話W
「では、リーダーも決まったことですし、初舞台にそろそろ参ってもよろしいでしょうか?総司令」 
 緒方は明子に、とんでもなく突拍子のない台詞を吐いて、お伺いをたてる。
 
(いや〜!何?初舞台って!?)
 
(歌って踊る囲碁戦隊!?嫌過ぎ!)
 
(お願い!碁だけで勘弁して!!)
 
(こういう時は初対局だろ!?)
 
(誰か何とかしてー!)
 
 それぞれにツッコミと懇願を内心行いながら、彼らは冷汗を流して戦々恐々としていた。
 
 衣装が衣装だけに、本当に舞台に立たされる危険性がありそうで、考えるだに恐ろしい。
 
『そうね。じゃあ囲碁戦隊棋士レンジャー、出動よ』
 
 少女のように可愛らしい笑顔で、明子は若手棋士達にとってまさに、死刑宣告に等しい言葉を発する。
 
 余りにもあっさりと告げられてしまい、全員が咄嗟に動けずにいるところに緒方が更に追い討ちをかけてきた。
 
「よし!行くぞ。着いてきたまえ」
 
 ショッキングピンクの羽根をつけたまま緒方に先頭に立たれて歩かれてしまうと、もう着いていかざるを得ない。芦原、冴木に
 
続いて、本日付で実戦部隊のリーダーに据えられた門脇、副リーダーの伊角の後に和谷、本田、越智、社、アキラ、ヒカルが
 
ぞろぞろと連れ立って歩いていく。
 
 その足取りは非常に重く、まるでこれから死刑台に上るかのようだ。このまま逃げられるものなら逃げてしまいたい。それは
 
この場に居る全員の本心からの思いであった。ただ悲しいかな、この衣装では悪目立ちして逃げたくても逃げられないのだが。
 
 エレベーターに乗り込み一気に棋院の一角まで出ると、再びいつも対局場に向かうエレベーターに乗る。その為の移動の際、
 
棋院に見学に来ていた人々から向けられる奇異の視線に晒され、彼らは泣きたくなった。しかしこの格好で外に出ないで済ん
 
だだけ良かったと、僅かな希望に縋ってホッとする。何とも哀れである。
 
 会場は、意外にも近くて棋院の大ホールだった。新入段免状授与式などが行われるこの場所で、こんな馬鹿みたいな企画
 
をするのかと思うと頭が痛くなってくる。
 
 先頭の緒方に続いて入ってくる彼らの姿に、会場から感嘆の溜息が零れていることに全員気付いていなかった。煌びやか
 
な衣装に身を包む若手の美形棋士の姿は、これだけでも充分に見応えがある。しかし、自分達のこれから先に降りかかるで
 
あろう災難にどうやって立ち向かって心の平安を保つか、それを考えるだけで精一杯で誰にもそんな余裕は有りはしない。
 
 門脇は渋いこげ茶色の衣装に赤茶色のマントだ。彼は自分の服を最初見た時は相当なショックを受けたが、すぐに越智の
 
服を目撃し、自分はまだマシだと一人で小さな幸せに浸ることができた。
 
 門脇に引き合いにされてしまった越智は、緒方の羽根に負けず劣らないショッキングピンクの衣装に桃色のマントである。
 
 確かにこの強烈な色合いなら門脇が自分はマシだと思うのも頷ける。越智がこの衣装を眺めた瞬間、トイレに引きこもっ
 
て現実逃避を行いたいと心底思ったのも仕方がない。
 
 本田は蛍光オレンジの衣装に濃いオレンジ色のマントという出で立ちだ。彼はすっかり諦め、心で滝のような涙を流してい
 
た。ある意味、本田が一番彼らの中で現実を受け入れるのは早かったのは確かである。
 
 伊角は深い海のような青の衣装に、同系色の快晴の空を思わせるマントだった。和谷は新緑の緑の服に遠浅の海のような
 
エメラルドグリーンのマント。社は炎のような真っ赤な服に真紅のマントだ。
 
 秘密戦隊定番の色ではあるものの、衣装が衣装だけにやたらに派手だ。
 
 三人とも、まだまともな色だからマシだと、自分自身に必死に言い聞かせていたのが哀れで涙を誘う。
 
 何せ全員の衣装の肩には金色の房のついた留金はバッチリついているし、衣装にもド派手な刺繍が施されている。その上、
 
マントはこれでもか!という程の艶やかな光沢を放っていた。サテンで滑らかな光沢があるだけでなく軽やかな作りで、歩く
 
度に翻るのだから、着ている者にしてみれば堪ったものではない。
 
 自分達は何かのアニメの騎士か?と尋ねたくなるほど動きに添って軽やかにマントが舞うのだ。
 
 騎士じゃなくて棋士なのに……とオヤジギャグだか駄洒落だか微妙な線の思考を巡らせているのを知っても、笑ってはいけ
 
ない。どんなにバカ臭くても、彼ら自身は至極真面目に御大層に悩んでいるのである。
 
 とはいえ、彼ら6人の扱いはまだまだマシな方だった。
 
 一番強烈なのはアキラとヒカルである。恐らくこの中でベストデザイン賞をとれるに違いない、物凄い派手さだったのだ。
 
 根本的に黒と黄色は目立つ色というのもあるが、それに加えて製作者の趣味と嗜好がた〜っぷりと注がれているのが、最
 
たる理由だろう。二人にとっては迷惑この上ないのだが。
 
 アキラの衣装は生地が黒であるだけに、精緻に施された金糸銀糸の刺繍は目立つし、金色のマントの留金がまた妙には
 
まっている。極めつけはマントで、輝くように艶やかな漆黒のマントは時によっては銀色の光彩を放って豪華この上ない。
 
 アキラの髪型と相俟って、今の彼の姿は本当に王子様もかくやというほど似合ってしっくりときている。
 
 彼の貴公子然とした外見に惑わされる女性Fanなら卒倒しかねないような、見事なまでの王子様ぶりだ。さすがは囲碁界
 
のプリンス、素晴らしいハマリ具合である。
 
 ただ余りにも衣装が派手なので、悪目立ちしている面は否めないが。
 
 ヒカルもまた、アキラとは違った意味でキラキラしい。
 
 黄色という根本から目立つ色に加えて、それに負けない色で刺繍もまた施されている。基調としている黄色も安っぽさは全
 
く無く、元から光沢のある豪華な素材だ。それに見事な刺繍がされているのだから、まさに光彩陸離の一語に尽きる。
 
 マントはヒカルの動きに添って翻り、光の加減で黄金色にも煌いて実に豪華絢爛だ。
 
 衣装を身に纏ったヒカルは前髪の色とも揃って意外にも似合い、何とも綺麗で眼を奪われずにはいられない。
 
(……なんて綺麗なんだ!進藤っ!嗚呼、何てことだ!カメラさえ持っていれば撮って永久保存するのに!)
 
 悔しさにアキラは歯噛みしていた。今日に限ってカメラを持ってこなかっただなんて、間抜け過ぎて涙も出ない。
 
(だが次回がある。次こそキミのその美しい姿をフィルムに残してみせるよっ!進藤!)
 
 決意を新たに燃える塔矢アキラであった。相も変わらずしつこく徹底的なヒカルマニアでい続けるその根性と愛情は、感心
 
すべきかそれとも呆れるべきなのか、何とも微妙なところだ。
 
 この様子からみても、彼は年老いても一生ヒカルだけに愛を貫くに違いあるまい。
 

 会場の舞台には解説用の大盤と、盤の近くに椅子が一つ、そして特別席と思しきものが用意されていた。
 
 特別席には北斗杯の時と同じように椅子と碁盤が一組用意されている。
 
 そして舞台から少し離れた場所に、八組の対局用の椅子と碁盤があった。どうやらここで自分達は秘密結社と戦うらしい。
 
 ただ対局するだけなら誰も文句は言わないが、ド派手な衣装を着てアヤシゲな秘密結社と戦うという点で、皆嫌になって
 
いるのだ。だがしかし、会場の雰囲気はそうではない。立ち見まで出ているほどの大変な盛況ぶりだ。
 
 どういうわけか、若いおねーさんの姿も多い。男としてはこれはちょっぴり嬉しい事実である。
 
 恐らくこの囲碁戦隊棋士レンジャーのイベントは、棋院側が相当に力を入れて宣伝したのだろう。迷惑この上ないが。しかも
 
これが第一回目のイベントというかショーである。客の入りが多いのも頷ける。
 
 対局前から疲れた足取りでホール中央に作られた赤絨毯の花道を歩き、彼らはそれぞれの名前のプレートが置かれた各机
 
に散らばり、席についた。それに伴い、芦原がマイクを持って壇上の中央に足を進める。
 
「レディースアーンドジェントルメン!」
 
 余りにも素晴らしい兄弟子のジャパニーズイングリッシュに、語学堪能なアキラのこめかみがぴくりと震えたが、誰もそんな行
 
動には気付いていなかった。小さな声で完璧な英語を綴って訂正していたことも。
 
「本日は『囲碁戦隊棋士レンジャー対秘密結社IAS』の初対決にお越し下さり、ありがとうございます!それではこれより、緒方
 
副司令より今回のルールについての説明があります。この点をふまえた上で、お楽しみ下さい。では、緒方副司令どうぞ!」
 
 芦原に紹介された緒方は、相変わらずショッキングピンクの羽根をつけた派手な姿のままで、中央に立った。この姿には誰も
 
が引きそうだったが、会場では敢えて無視の空気が流れている。
 
 人は余りにも凄い光景を眼にすると、無自覚のまま意識外に放り出す傾向にあるのだ。
 
 緒方の説明のよると、基本的な囲碁ルールは変わらず、原則としてどの対戦においてもコミは五目半の互戦で行う、とのこと。
 
ただし、時間や置石などのハンデは、戦いのテーマによっては変更されたり付け加えられる可能性がある。
 
 一度のイベントでのステージクリアの条件は、棋士レンジャーの内誰か一人がボスを倒し、黒子との団体戦に勝利すること。
 
 相手のボスは高段棋士やタイトルホルダーなどの格上棋士になる為、特別措置として勝つまで何度でも挑戦はできる。
 
 だが八人の棋士レンジャーは敵の用意した三下黒子怪人を倒さないと、特別席で行うボス戦には辿り着けない。
 
 三下を倒した者から順番にボスに挑み、負けると再度別の黒子怪人と戦い、勝てば再挑戦、負けると今回は失格になりボスへ
 
の挑戦権は無くなる。ただし、一度目に三下黒子と戦う時は、例え負けても失格にならず勝つまで挑戦できる。だが仲間の一人
 
がボスを倒した時点で、その対局の結果如何に関わらず、ボスとは戦えない。
 
 八人全員が失格した場合は、囲碁戦隊棋士レンジャーの負けとなり、次回も同じボス敵と戦うことになる。
 
 これが囲碁戦隊棋士レンジャーのイベントにおける基本的な対局の流れになっている。
 
 因みにボスのランクやイベントによっては、緒方副司令が対局に参加するが、これはあくまでも特例措置である為、滅多にな
 
い。今回は三下黒子怪人との対局の持ち時間は45分。ボス戦では倍の90分が与えられる。コミは五目半の互戦である。
 
 緒方はこれらの説明を終えるとマイクを芦原に渡し、再び元の席に戻った。
 
「ではまず黒子碁怪人に登場願いましょう!」
 
 芦原の底抜けに明るい声と共に、八人の黒子が舞台裏から現れる。
 
 その姿に、彼らは心の内で魂からの雄叫びを上げずにはいられなかった。
 
(ずるい!何でこいつらは顔が隠れてるんだよ!)
 
 黒子碁怪人はその名の通り、全員覆面で顔が隠されていた。自分達は皆顔もばっちり出ていてバレバレなのに、どうして敵側
 
は顔も姿も隠されているのだ。不公平だ、異議申し立てを行いたい。
 
 だがここでそんな事を言ったところで、誰一人として聞く耳をもっちゃくれやしない。彼らは経験上理解していた。
 
 その為、不満は全て目下の敵への敵愾心として向けられていたのである。まるでこれまでの鬱憤を晴らすかの如く、自称正
 
義の味方の人々は非常に情け容赦なく対局する気満々だった。三下黒子の方々に幸あれ。
 
 黒子の殆どが五段以下の棋士で、彼らは覆面の下から華々しい衣装に身を包んだ八人の棋士の姿に驚愕し、心底正義の
 
味方にならなくて良かったと胸を撫で下ろしていた。八人の棋士は良くも悪くも目立ち、棋力も高いので低段棋士達からやっか
 
みの対象になったりもするのだが、こればかりは同情してしまう。
 
 今ほど悪役として選ばれたことに神に感謝せずにはいられなかった。顔を出さずに済むだけでも、遥かにいい。
 
 彼らは顔は出ているは、囲碁をするのに何故この衣装!?というような超派手な姿になっているのだ。
 
 でもまあ、きっと客受けはいいに違いあるまい。囲碁界の今後の発展の為、彼らには犠牲になって貰うしかないだろう。
 
 人間、何事も目立つよりも地味に生きるのが、災難から逃れ身を隠す極意であり己の保身に不可欠なのである。
 
 黒子が席に着き、いよいよ対局が始まるか?と会場の誰もが思っただろう。しかし芦原はここでまだ更に隠し玉を持っていた。
 
 彼は誇らしげに胸を反らし、マイクを持つ手の小指をピンと立てて、あいた腕で幕を差して全員の注目を促す。
 
「今回は第一回目ということもありますので、豪華にいきまっしょう!棋士レンジャー八名が戦う間、緒方副司令とボスに特別
 
対局をして頂きます!本日のボス碁怪人は『京のあやかし桑原』〜!!」
 
 芦原の指した垂れ幕から狩衣と烏帽子姿の桑原本因坊登場し、会場中に大きなどよめきと期待の歓声が起こる。
 
 タイトルホルダーが最初のボス戦に用意されるなんて思わないだろう。棋院の気合の入れ具合が分かるというものだ。
 
「ルールは棋士レンジャーの対局と同じく持ち時間は45分。短めではありますが、お楽しみ頂けるのは確実です。解説は不肖
 
私芦原と副隊長の冴木が勤めさせて頂きます」
 
 緒方と桑原が席に座り、先番を決める中、会場の盛り上がりは否応もなく高まる。
 
 確かにこれは凄い対局である。まさに第一回に相応しい、タイトルホルダー同士の夢の対局といえた。リーグ戦やタイトルを
 
かけたタイトル戦でしか見れないような一戦に、会場は興奮の坩堝であった。
 
 だがしかし、ある一角だけは盛り上がるどころか鳩が豆鉄砲を食らったように茫然とし、衝撃に硬直している。
 
 桑原が奇天烈な姿で登場した頃から、そこだけは完全に時間が止まっていた。彼ら全員、狩衣と烏帽子という桑原の平安チ
 
ックな衣装にツッコミを入れる余裕もなく、ただひたすら唖然としていた。
 
「では始めて下さい」
 
「お願いします」
 
 ノリノリで開始を告げる芦原の楽しそうな声も、対局相手の挨拶も聞こえず、ショックから立ち直れない。
 
(いくらなんでも、初っ端からタイトルホルダーはないんでないかい?)
 
(ボス戦だけ、新初段シリーズみたいにせめて逆コミにしてくれよ!)
 
 常識的な思考を何とか巡らせるのに成功した者もいたものの、その周辺全員がおどろ模様に彩られている点は変わらずだ。
 
(ひゃっひゃっひゃ!楽はさせてやらんぞ、小僧ども)
 
 京のあやかし桑原が心の声を聞いていたのかどうかは定かではないが、囲碁戦隊棋士レンジャーの六名の心の叫びは、会
 
場の人々は勿論誰にも伝わらずとも、以心伝心のように一文字一句違うことはなかった。
 
(……いきなりっ!?)
 
初のボス戦は本因坊位を持つタイトルホルダーですのよ?素敵でしょ?』 
 企画段階で総司令の明子夫人が司令の行洋に嬉しそうに語った一幕を知っても、きっと誰にも止められなかったに違いない。
 
 彼らの試練はこれからが本番である――合掌。