CoolCoolCoolCoolCool   君の笑顔を見たいからU君の笑顔を見たいからU君の笑顔を見たいからU君の笑顔を見たいからU君の笑顔を見たいからU
 清虚道徳真君は弟子の天化の笑顔が何よりも好きである。本当に可愛くて可愛くて堪らない。その笑顔の為ならどんな事 
でもするし、何でもしてやりたいと思う。何物にも変えられない、愛しい存在だから。
 
 故に、もう帰ってくるであろう少年の、『気』が不安定で怒りを孕んだものだと、何事かと思うのである。
 
「だ〜!むっかつくさ〜!!」
 
 扉を乱暴に開けて部屋に入ってきた、弟子の黄天化の第一声に道徳は鍋をかき混ぜる手を止めて振り返った。
 
「……これ…」帰ったらまず『ただいま』だろう?天化」
 
 溜息と共に少年をもっともらしく諌めながら、手早く火を消す。こういう律儀なところに立派な主夫根性が窺えるようだ。
 
 天化はどことなくむっとしたように、大きなタンコブのできた頭をさすって、不満げに唇を尖らせた。入口で突っ立ったまま後
 
手に手を結んで、爪先で床をトントンと叩きながら、上目遣いに道徳を睨んでくる。
 
 道徳は大仰に嘆息すると、首を左右に振ってから天化を手招いた。ほとほと自分の甘さに呆れてしまう。天化はもう12歳な
 
のだから、いい加減、こうやって甘やかす事も止めた方がいいと分かってはいるのだが……。
 
 なのに、パタパタと走って腕の中に飛び込んできた少年の小さな身体を抱き締めると、そんな考えはどこかに行ってしまう
 
のには困りものだ。もう一度嘆かわしげに息を吐き、道徳は天化の柔らかい頬にお帰りの接吻を落とした。天化が四歳の頃
 
初めてここに来てから、天化の両親に倣って常に行っている、挨拶代わりの口付けである。
 
「お帰り、天化」
 
「へへへ〜ただいまさ、師父」
 
 お返しの接吻をし、タンコブも気にせずにすりすりと頭を道徳の胸にすり寄せて、しっかりしがみつく。
 
「――で、一体何をそんなに怒っていたんだい?」
 
 椅子に腰掛けて天化を横抱きに抱え直すと、瘤に触らないように気をつけて、『痛いの痛いの飛んでいけ〜』をしてやった。
 
 俺っちそんな子供じゃねぇさ、と機嫌を損ねた素振りをしながらも、天化はどこか嬉しそうだ。
 
 とにかく何でもいいから、道徳に構ってもらえると嬉しいらしい。
 
「山の中腹にイヤミな仙人がいるの、師父知ってるさ?」
 
 膝の上に当然のように座り、顔を覗き込んで尋ねてくる少年道士をを見下ろして、道徳は顎に手を添えて少し考える。
 
 山の中腹に住む仙人は結構沢山居るが、その中で誰が『イヤミな仙人』という表現に該当してくるのか…。自分の山に住む
 
者のことなど、道徳は元から大して覚える方ではない。この点は崑崙十二仙になっても少しも変わらないようだ。
 
「………う〜ん、輝照殿のこと……かな?」
 
 やっと思い当たりそうな人物までたどり着く事には成功したが、彼の声にはどうも自信はみられない。
 
「そう!そいつ!確かそんな名前だったさ!」
 
 道徳の頼りなげな様子をまるで打ち消すように、天化は大きく何度も頷いた。
 
「こらこら、目上の仙人に向かって『そいつ』は失礼じゃないか?まあ、今は追い置いておいてもいいけどねぇ」
 
「それも大概さね…師父……」
 
 弟子に呆れられた顔をされても一向に頓着せず、『気にしない気にしない』と手をひらひら振って、道徳は続きを促す。この
 
態度からして弟子の見本になりそうもない師匠だが、天化は彼を反面教師にしている部分もあるので平然としていた。
 
「つまり、お前の頭にできた瘤は彼が?」
 
「そうなんさ!俺っちみたいないたいけな子供を大人気なくぶん殴ったさ!ちょっと近所の泉で遊んでたからって……!しか
 
も、泉は皆のものだってのに、まるで自分のもんみたいに言うんだぜ!?」
 
「……それは確かに問題だな。…でも彼にも何か理由があるかも知れないよ、大人は意味もなく子供に手を上げないしね」
 
 自分でいたいけな子供とまで言うか、とはつっこまずに同意を示して頷き、後でとって付けたようにフォローを加える。
 
「そんなの知らないさ。こっちが訊きたいぐらいだもん。俺っちは泉に来る動物と遊んでただけなのに……」
 
 頬を膨らませて呟く天化を宥めるように優しく額に口づけて、はたと気がついた。パチンと指を鳴らし、道徳は合点がいった
 
様子で一人で納得する。
 
「それだ!あいつは確か子供嫌いの上に大の動物嫌いなんだ。きっと目に付く所に嫌いなものが二つもあったからだよ」
 
 輝照という仙人は随分昔に、動物がうろうろしているのが鬱陶しくて迷惑だと、ここまで文句を言いに来たことがあった。道徳
 
は話を聞くのが面倒で、たまたま遊びに来ていた玉鼎に相手を頼んだことがある。山の主として最低な行動といえよう。
 
「だからって、俺っちの頭をどつくこたねぇさ!」
 
「少しやり過ぎの感があることは確かだな。ふーむ……とにかく明日まで我慢しなさい。私が直接話してこよう」
 
 中々怒りが収まらない天化の背中をぽんぽんと叩き、道徳は考えをまとめる様に形の良い顎の線を撫でた。優しく言い諭し
 
てくる師匠を見詰め、天化は幼子のように小首を傾げると、道徳の顔を窺う。
 
「じゃあ、我慢していい子にするから、今晩一緒に寝てもいいさ?」
 
 一瞬道徳は眼を丸くしたが、すぐに苦笑して愛弟子の頭をゆるゆると撫でてやる。いかにも満足そうに道徳の首に腕を回し
 
て、天化は少しでも我侭を通らせようとするかのように、身体をぴたりと密着させた。
 
「……はいはい、構わないよ。どうせ三日に一度は私の布団に潜り込んでくるんだしね」
 
 道徳は降参とばかりに天を仰いで天化に笑いかける。
 
「師父大好きさ!」
 
 歓声をあげて抱きついてくる少年の頬にもう一度触れるだけの口付けを行うと、そっと膝から下ろした。
 
「お腹が空いたろう。夕食の支度をするから手伝ってくれるね、天化」
 
 道徳は立ち上がって再び料理の準備にかかりながら、足元に子猫のようにまとわり付く天化に優しく微笑みかける。
 
「うん!手伝うさ!」
 
 返事は、ついさっきまで機嫌が悪かったのが嘘のような晴れやかな笑顔と声だった。
 

 翌日、二人は昨夜話していた青峰山の中腹へと向かった。
 
 道徳は肩に天化を乗せて、急な斜面を平坦な道でも歩くように危なげなく進んで行く。常に鍛錬を欠かさない彼にしてみれ
 
ば、片側の肩に乗る天化の体重など羽のようなものであった。
 
 座ったまま足をぶらぶらさせて、周囲を興味津々で見回し、あっちに行きたいこっちに行きたいと、髪を引っ張って促す弟子
 
を宥めすかしながらである為か、道徳の歩調はいつもより遅い。やはりと言おうか、目的地に着くのも少し遅くなってしまった。
 
「ここがあいつの家なんさ?」
 
 洞門の前で天化をおろし、道徳はそうだよ、と頷いてみせる。
 
「うちんとこよりも狭くて窮屈そうさね…。金持ってねぇんかな?」
 
 自分が住む道徳の洞府にある屋敷は広々としているが、目の前にある家はこじんまりとしている。元々天化は広い屋敷に
 
住み慣れているので、洞府は暮らしやすくて快適に思えるのだが、反対に小さな家に対しては狭くて窮屈な印象をうけるよう
 
だった。尤も、仙人にとっては金の有無も暮らしやすさもどうでもいいことではあるが。
 
 こういった事から、道徳は人間時代、金持ちかそこそこ身分の高い豪族の出だったのではないかと、天化は予想を立てて
 
いた。彼も人の事をとやかく言える立場ではないのだが、我侭で子供っぽい師匠なので、絶対そうだとすら思い込んでいる。
 
 何せ喧嘩になると同レベル(以下)の言い争いを展開する為、修行以外では師匠として敬うことは難しかったりする。
 
 道徳自身が、修行以外の時間は天化を対等の個人として相手をしている点もあるのだが、まだ幼い少年にはそこまで理解
 
できてはいないのだろう。
 
「まあ、確かにうちの洞府は広いことは広いよ。太乙に言わせてみると、仙道にあるまじき贅沢品が多くて無駄に広いスペース
 
をとり過ぎてるんだそうだ。別に私の家なんだから、何を置こうが広かろうが構わないと思うけどねぇ…」
 
 少し拗ねたような口調で呟く師匠の腰に腕を絡めて、天化は頭を押し付けて仰ぎ見た。
 
 普通では分かり難いのだが、天化がそうすると意外なほど道徳の身体は細い。しかしそれと同時に、スポーツ仙人の名に恥
 
じぬ精悍な肉体も浮き彫りになり、しなやかで敏捷そうな印象をも醸し出された。
 
「なあ師父、あいつに会ったら文句を言うつもりなんさ?」
 
「まさか!いくら私でもそんな事はしないよ。昨日世話になった弟子の御礼をするぐらいだ」
 
 悪びれた風もなく、身振りで否定する道徳だが、言っている内容は同じようなものだ。天化はあえて突っ込むのは止めてお
 
き、黙っておく事にする。自分の頭を殴った仙人を、わざわざ庇い立てするほどお人よしな性格をしているわけではない。道徳
 
がそのつもりなら、天化がここで止めたところで無駄なのだ。
 
 いかにも人畜無害で軟弱そうな印象とは裏腹に、道徳は苛烈で冷酷な一面もまた持っている。普段は優しく温和な人だが、
 
一度害意を感じ取ると、穏やかな顔をしたままさりげなく痛烈な言葉を投げつけたり、取りようによっては皮肉とも聞こえる台詞
 
を気づかせずに話す。同時に、悪戯好きで茶目っ気に溢れた少年のような部分も持ち合わせているのだから不思議だ。
 
 今の道徳は、仙人をいびる面白いネタはないかと、ワクワクしながら探す悪童そのものである。
 
「奴の古傷を広げて、塩、胡椒、芥子、山葵、山椒を練り込み、剣で抉れるようなネタは転がってないかな……な〜んてね」
 
 クスクスと薄ら笑いを含んだ道徳の呟きが耳に入り、『それはお礼じゃなくて御礼参りさ』と天化は心でツッコミを入れた。余
 
りにも楽しそうな師匠の姿を眼にすると、犠牲になる仙人に対してさすがに同情を覚える。
 
 天化の頭を殴りさえしなければ、彼はそこそこ穏やかな日々を送れただろうが、よりにもよって清虚道徳心君の愛弟子に大
 
きな瘤をこさえたとあっては、お先真っ暗だ。身から出た錆だといえばそうなのだが……道徳の本性を知らなかったことが不
 
幸の始まりとしか表現しようがないだろう。尤も知っていれば、誰もこんな愚は犯すまい。
 
 猫かぶり仙人は、天化以外に見る者がいないことを幸いに、腹いせも込めて騒々しく呼び鈴を鳴らした。
 
「たのも〜!ごめんくださ〜い。おはようございますー」
 
 ガンガンと派手に戸を叩き、わざと大きな声で呼び続ける姿は実に楽しそうだ。天化はちょっぴり師匠が情けなくなってしま
 
った。まあ、当然ではある。天化でなければとうに見捨てているだろう。
 
 ピンポーン、ピンポーンと何度もけたたましく鳴り響く音は、第三者として聞いている天化ですら鬱陶しくなる。これでは中に
 
住む輝照という仙人は、余りの喧しさにさぞや苛々していることだろう。
 
 程なく門の内側の閂が外された音がして、件の仙人――輝照が扉を乱暴に開けて怒鳴り散らした。
 
「じゃかましいっ!!朝っぱら他人の家の門前で騒ぐなーっ!!」
 
 朝の空気にこだます怒声にも、道徳は眉一つ動かさなかった。泰然自若と言う言葉通り落ち着いた態度である。
 
 いや、むしろ獲物が現れてほくそ笑んですらいるようだった。
 
「おはようございます。昨日は弟子が失礼をしたとの事で……、師である私が御挨拶に伺いました」
 
 礼儀正しく丁寧な一礼をし、道徳は悪びれた風もなく声をかける。いかにも穏やかで爽やかな笑顔が、輝照とは実に対照
 
的だ。片や怒りで鳴き騒ぐ雄鶏、片や冷静に獲物の隙を窺い、急所を探り狙う、獰猛な牙と爪を隠す羊皮を被った虎。幼い
 
黒豹は沈黙して推移を見守っているようだが、いつでも臨戦態勢に入れるようにしている。
 
「き〜の〜う〜!?あっ!!そのガキは……!」
 
 一瞬何のことだろうと思いを巡らせた輝照だったが、道徳にぴったりとくっついている天化を認めて、すぐに理解した。自分
 
の(本当は誰のものでもない)泉で動物と遊んでいた、小生意気な子供である。
 
 鼻の辺りにある真一文字の傷が印象的で、少女のように整った人目をひく顔立ちなのに、口はとんでもなく悪い。今度会っ
 
たら、育てた奴のところにまで行って、面と向かって文句を一発かましてやろうと思っていたのだ。
 
 師匠自ら来るとは実に好都合である。
 
「はい、私の弟子です」
 
 頷いてにこやかに破願する道徳を、輝照は遠慮なく値踏みする目つきで、上から下まで眺め回した。
 
 顔立ちは整っているが、そんなに目立つものではない。服装は明らかに動きやすさのみを重視したダサダサの道服。服の
 
上からなので身体つきまでははっきりしないものの、何が入っているのか分からない膨らんだ腹からは、どう見てもこの服と
 
結びつく運動能力は窺えない。輝照よりは7歳は若いであろう外見は、23歳ごろという感じで、歳高に見ても25、6歳。
 
 見様によっては二十歳そこそこにすら見えるが、童顔の上に仙人では年齢の判別は難しい(今は余り関係ない)。
 
 背は仙人の中でも平均の範疇に入るか、少し低めで大柄な部類には入らないだろう。尤も、身長が全体的に高い仙人の
 
中では小柄でも、人間だと高い方である。いかにも柔弱でお気楽そうな雰囲気の男で、対して強くも無さそうだった。