君の笑顔を見たいからT君の笑顔を見たいからT君の笑顔を見たいからT君の笑顔を見たいからT君の笑顔を見たいからT   君の笑顔を見たいからV君の笑顔を見たいからV君の笑顔を見たいからV君の笑顔を見たいからV君の笑顔を見たいからV
 こいつが相手なら例えもめても勝てるな……と輝照は心の中でにやりとほくそ笑んだ。如何にも若造という見かけ 
の割には偉そうな態度も癪に触る。むしろ揉めた方が好都合かもかもしれない。そうすれば弟子共々叩きのめして、
 
性根を直してやれるだろう。
 
 この思考からみても、眼前に立つ人物が崑崙十二仙の清虚道徳真君だと、輝照が知らずにいることは明らかだ。
 
 しかし、気づかなくとて無理はなかろう。道徳は滅多に公の場に姿を現さず、他の十二仙と違って洞府で宴を開い
 
たりもしない。青峰山に住む仙人の大部分が、道徳の仙号は知っていても、顔までは知らないのが現状である。
 
 まともに顔と仙号とが結びつくものなどごく僅かだ。大抵の者は、道端で彼に挨拶をされても、『近くに住む仙人』程
 
度の認識しか持っていない。青峰山では、清虚道徳真君は実は透明仙人だとか、或いは、そんな仙号を持つ仙人は
 
いないとすら噂される程である。
 
 事実、道徳と輝照とが会うのは千年ぶりである。しかも、ちらりと挨拶を交わしただけでは、覚えている筈もない。
 
 輝照の勝手な判断による予想とは裏腹に、道徳は猫科の肉食獣のような攻撃力と敏捷さを併せ持ち、見かけでは
 
想像できないほど引き締まった強靭な体躯をしているのだ。その上温和そうな表情の下には相当にきつい性格も隠
 
れていると、知人達の間では有名な話である。さすがは猫かぶり数千年のキャリアといえる。
 
 そんな事とは露知らず、輝照は道徳のことを完全に侮っていた。
 
 柔らかそうなウェーブのかかった長い髪を後ろに払い、偉そうにふんぞり返る。道徳と天化を順繰りに見下すように、
 
方眉を吊り上げた尊大な態度でじろじろと見た。
 
「ふむ、あんた、弟子の躾がなってないな。私の泉で無断で遊び惚けていただけでなく、注意したら口答えする有様だ。
 
一体どういった教育をしているんだね!?弟子が弟子なら師匠も師匠だな〜」
 
 なめられたままの嫌みったらしい口調で言われたにも関わらず、道徳は全く動じる事はない。反対に落ち着き払った
 
風情で、反論の口火をきろうとした直前、天化が横合いから凄まじい勢いでまくしたてた。
 
「うっせい!あの泉はみんなのもんさ!てめぇだけのもんじゃねぇ!」
 
 自分に対してだけの言葉ならともかく、道徳に対しての侮辱は何人たりとも許す訳にはいかない。自身の信条に従っ
 
て、道徳の前に出て言い返す天化の行動は少年なりに当然だった。
 
「あんだとクソガキが!!」
 
 怒りもあらわに大人気なく言い返す輝照を、天化は怯むことなく鋭い目付きで睨み返す。師匠の制止の声も耳に入ら
 
ず、腰に手を当てて更にたたみかける。
 
「お前なんかが師父を馬鹿にするな!師父はすっげー強いし、格好いいんだぞ!オッサンとは月とすっぽんさ!」
 
 それは何か違うと、少しどころかかなり論点が逸れている気がする道徳だが、自分を擁護して言ってくれたので嬉しく
 
て堪らない。弟子に庇われても何とも思わず、反対に喜ぶ師は情けないとは考えないのだろうか。
 
 天化は師匠への侮辱を言い返すだけで許すつもりはなく、怒りに任せて輝照に飛びかかった。咄嗟に止めようとした
 
道徳の手は空を掴んだだけで、身軽な少年は捕まえようと伸ばされた、輝照の腕をも掻い潜って地面を蹴る。道徳で
 
すら予想できなかった動きでは彼に対処できる筈もない。次の瞬間には頭にへばりつかれ、一人でジタバタする輝照
 
の間抜けな姿があった。
 
 どのみち天化を止めるつもりは道徳には無かったので、伸ばした手は輝照の動きを牽制するカモフラージュである。
 
殴りかかるかと心配したが、勢い余って頭にしがみ付いてしまったらしい。さすがの道徳もこれは想像できず、吹き出し
 
かけた。しかしすぐに顔を引き締め、天化と輝照に注意を向ける。
 
 十二歳とはいえ天化の身体はまだまだ子供の域を出ていない為、小柄で体重も軽く、大した重さはない。多少の訓練
 
を積んだ仙人ならば、天化の華奢な身体など難なく引き剥がしてしまう。輝照も当然のように天化の服を掴むと、小さな
 
抵抗も無視してあっさり外し、怒鳴り声と共に勢いよく少年を投げ飛ばした。
 
「ええい放さんか!このボケガキが!」
 
 素早く道徳が回り込んで抱きとめたお陰では堅い大地に叩きつけられなくて済んだものの、一瞬でも遅れれば大怪我
 
をしていたかもしれない。弟子への無体による濃い怒りに、金色の光がその瞳に閃いた道徳が睨みつけようとした刹那、
 
空気は硬直した。
 
 天化を抱えた姿勢のまま道徳は茫然と黒瞳を瞠り、天化は口をあんぐりと開けて手に持ったものと、輝照とを交互に視
 
線を移す。二人とも鳩が豆鉄砲を食らったような唖然とした表情で、ある部分に眼を釘付けにしていた。
 
 石像のように完璧に固まっている師弟の様子と、ぽかんとした顔付きから送られる痛いほどの視線に、輝照はひどく嫌
 
な予感にかられる。じっくりと二人の様子を観察して、彼は恐ろしい現実を目の当たりにしたのである。
 
(はうあ!あのガキが持っているものは……!?まっ…まさか………!!)
 
 天化の手の中にある真っ黒な毛玉をくいいるように見詰め、輝照の顔は途端に青ざめる。そういえば先ほどから妙に
 
太陽が暑いと感じていたのだ。恐れと焦りからやってくる焦燥感から、ペシペシと頭を叩いて探ってみると、つるりとした
 
感触が手にあった。仄かに熱くなっているのが更に腹立たしくて、驚愕よりも理不尽な怒りがふつふつと湧き起こる。
 
 輝照は二人に爛々と輝く眼を向けると、さっきよりも横柄な態度で問い質した。
 
「おいっ!お前達!何か隠しているだろう!?」
 
 茫然とした表情のまま、まるで人形のようにギクシャクとした動きで、道徳と天化は同時に首を振った。さすがは師弟で
 
息はぴったりである。天化は道徳につつかれ、さりげない動きで毛玉を背後に隠し、首を横に振ったのだがもろばれだ。
 
「いいや!ずぅぅぅえぇぇーったいに隠している筈だ!」
 
 びしりと指した指先は、ぴたりと天化の背後を示していた。しかし、彼らは諦め悪く再び首を横に振る。ある一箇所を瞬
 
きもせずに凝視したままでは、不自然に過ぎるというものだ。
 
「では、お前達の心を読んでやる!!」
 
 師弟との沈黙に耐え切れずに叫ぶと真言を唱え始める。程なく弟子と師匠の心の声が耳に入ってきた。ただ輝照にとっ
 
ては不幸なことに、普段以上に恐ろしくクリアーかつ鮮明に聞こえたのである。
 
 実は密かに道徳が術を強めていたりしたのだった。
 
 弟子の心  ちょ…ちょ……長髪なのにてっぺんだけ毛が生えてねぇ!!つるっぱげさ!てっぺんハゲさね!
 
 師匠の心  うっわ〜ピッカピカのツルツル……。禿をヅラで隠してたのか。ニックネームは河童がぴったりだな!!
 
「ぬおぉぉぉぉぉー!言うなっ!黙ってろー!!」
 
 太陽に反射してテラテラと輝く、河童の皿のような禿を押さえて喚き散らす輝照に、天化と道徳は冷徹にツッコミを入
 
れた。嫌な師弟である。
 
「自分で覗いたくせに、なに言ってるさ」
 
「そうそう、いくら本当の事だからってねぇ」
 
 まさに鬼のような二人を怒りに満ちた瞳で睨みつけ、
 
「禿げてて何が悪い!!ド畜生ーっ!!」
 
 と叫んでから輝照は急に暗くなった。今更のように、自分自身の境遇に悲しみが押し寄せてきたらしい。
 
 地面に『の』の字を書いて落ち込む仙人の姿は、BGMに読経でも聞こえてきてしまいそうな程である。そこだけに闇の
 
スポットライトが当たっているようだ。
 
 子供ゆえの無邪気さからか、そこにすかさず天化は追い討ちをかけるように、情け容赦なくツッコミを入れる。
 
「自分で言って傷ついてたら世話ねぇさ。子供と動物が嫌いな理由は、毛がふさふさ生えてて、すっげぇ羨ましかったから
 
さね?ないものねだりはよくねぇっていつもコーチは言ってるかんな」
 
 この少年は時折血も涙もなくなるらしい。余りにも完璧に的を得た指摘はぐさりと心に突き刺さり、更に輝照の周囲は暗
 
転した。これは非常にハートブレイクな気分のようである。もしかしたら立ち直れないかもしれない。
 
 道徳は表面上だけは同情の視線を向け、服をつんつんと引っ張ってくる少年の頭を撫でてやる。一応窘めの言葉はか
 
けるが、注意や叱咤はしない。この道徳という男は、仙人名に反して相手の傷にねりワサビとカラシを加え、痛みを倍化
 
させて楽しむような奴である。勿論無抵抗で悪意のない相手にはそんな事はしないが、敵愾心と悪意のある相手に対し
 
ては情けという言葉はないのだ。
 
 実際、天化の頭を撫でるこの手はどう贔屓目にみても褒めている。本心はざまぁみろと舌を出しているに違いない。
 
「これこれ天化。
人の気にしていることをわざわざ指摘してはいけないよ?例えそれが真実で、紛れもなく逃れようもない、 
隠すことすらできない現実
であったとしても、口に出してはいけない。ヅラだのてっぺん禿だの、カツラだの、河童だとは 
決して言っては駄目なんだ。
本当の事ほど、相手の人を傷つけるのだからね?」 
 弟子よりも強烈で痛烈な皮肉を、わざわざ赤く色を変えて強調してまで、思いっきり言いまくっているのは己だ、道徳。
 
「はーい!師父ィ!」
 
 とっても元気なお返事の天化君ではあるが、筆者にはこの少年にも悪魔の尻尾が見え隠れしているように思える。将来
 
が非常に恐ろしい。しかし、小悪魔ちゃんというのはあくまでも可愛いので、天が許さなくても筆者は許すのであった。
 
 輝照は道徳の本性を薄々感じとり始めたのか、ガバッと立ち上がり、人格破綻者の十二仙を指差してけたたましく怒鳴る。
 
「貴様わざとだな!?ええ!?わざと言っているだろうっ!!」
 
 いくら喚かれても相手はどこ吹く風である。そよ風とすら感じていない。だが、人を指差すという失礼行為には、師弟の額
 
に怒りの青筋マークがピキッと浮かんだ。
 
「嫌ですねぇ…。そんな訳ありませんよ。ふふん」
 
 扇で口元を覆い、輝照の眼を盗んで底意地悪くニヤリと笑う姿は、完璧わざとに決まっている。火を見るよりも明らかだ。
 
スポーツマンシップという言葉はどこに消えてしまったのか、お尋ねしたいものだ。
 
 天化もよ〜く分かっていたが、ここは師匠に逆らわない事にした。中々賢明な判断である。さすが弟子。