君の笑顔を見たいからV君の笑顔を見たいからV君の笑顔を見たいからV君の笑顔を見たいからV君の笑顔を見たいからV   君の笑顔を見たいかX君の笑顔を見たいかX君の笑顔を見たいかX君の笑顔を見たいかX君の笑顔を見たいかX
 張り付いたかのような、このとてつもなく長い沈黙を破ったのは、天化である。 
「ぶふっ!ひゃはははは……」
 
 吹きだした笑いはしんと静まり返った室内にこだました。それを合図にしたかのごとく、道徳もまた笑い出す。
 
「プププ…クックク…」
 
「だはははは!もう駄目さ!我慢できね〜!!殿さ!殿っ!!」
 
「アハハハハハ!禿殿っ!!ハマリ過ぎっ!!自分の才能が怖いー!」
 
 天化は床を叩いて爆笑し、道徳は壁に爪を立てて涙を流してゲラゲラ笑う。
 
 ぷるぷると身体を小刻みに震わせて、輝照はゆらりと立ち上がった。怒りで朱色に染まった顔を夜叉のように歪め、笑い続け
 
る師弟を殺気を込めた眼で睨みつけた。
 
「うぬら…予に対する数々の所業、無礼千万!只では済まさぬっ!成敗してくれるわっ!!」
 
 ところが、今の二人には激怒する姿ですら笑いを誘うものでしかない。完全にツボにはまっているようだ。
 
「ぎゃははははっ!茹タコに丁髷はえてるさっ!!」
 
「お殿言葉で怒ってる〜!似合い過ぎだって、禿殿!」
 
 腹ばいになって笑い転げる天化と道徳の姿に、輝照の怒りは沸点へと達した。
 
「前髪まで剃りおってー!!こぉ〜のぉ〜バカ師弟!そこになおれいぃっ!手討ちに致す!!」
 
 怒髪天をついた輝照は毘沙門天のような憤怒の形相で、道徳に向かって火球を繰り出した。しかし輝照にとっては腹立たし
 
いことに、ひょいっとあっさり道徳は攻撃を避けると、天化を小脇に抱えて走り出す。幾つもの火球を飛ばしまくるが、道徳達に
 
はかすりもしなければ、小さな焦げ跡すらつくりもしない。
 
 代わりにj壁や柱に当たって爆発し、次々に内部が破壊されていく。家が倒壊するのも時間の問題だろう。
 
 それにしても、怒っているのに何故かお殿言葉になってしまうとは面白い。意外と輝照はノリやすい性格でもあるらしい。だか
 
らこそ、道徳がこんな悪ふざけを思いついたのであろうが。
 
「おおっ!!殿、御乱心!殿中でござる、殿中でござる!」
 
 輝照にあわせて時代がかった口調でおちょくる道徳も道徳だった。その上、抱えられたままの天化が、輝照の怒りを助長す
 
るように振り向いて舌を出してあかんべぇをし、尻を叩いて鬼さんこちらとまでするのだから、怒らない筈がない。
 
 怒りでより一層攻撃を激しくしたのはいいものの、冷静さを無くした分、狙いは外れやすくなった。加えて素晴らしい反射神経
 
を持つ道徳が、全てをことごとくかわしてしまう。それに苛ついて攻撃をすればまた外れる、といった具合に堂々巡りの悪循環
 
である。自らの手で住まいを破壊しているという現状にすら、輝照は気づく余裕はなくなっていた。
 
 崩れ落ちる天井や壁、粉々に砕け散っていく家具を眺めて、天化は抱えられたまま道徳を見上げて尋ねた。
 
「家が壊れてもいいんかね?」
 
「いいんだろ」
 
 落ちてくる建材や攻撃を器用に避けながら道徳はごく端的に言い切る。人の洞府がどうなろうと彼には関係ないらしい。逆上
 
して見境がなくなるほど激怒していると、気づいてやって欲しいものだ。
 
「ええい!狼藉者めぇっ!神妙にせぇい!!」
 
 道徳達を追い掛け回して術を使ううちに洞府はものの見事に跡形もなくなり、あるのは瓦礫の山ばかり。晴れ渡った青い空
 
にぽっかりと浮かぶ雲から覗く日光が、憐れな惨状を見せ付けるように照らし出していた。だが輝照はそんな事に構ってなど
 
いられなかった。目下のところ、無防備な背を見せて眼前で立ち止まったふてぶてしい男を倒す事しか考えられないのだ。
 
 道徳は逃げ回るのを止め、不遜な笑みを口元に湛えて輝照に向き直る。抱えていた天化を下ろして、ごく自然に背後に庇っ
 
た。その少年は道徳の腰の辺りから顔を覗かせ、人を食った笑みを浮かべていた。まさに虎の威をかる狐ならぬ黒豹である。
 
「ふっふっふっ…予を馬鹿にした罪を悔いるがよいわ!若造め!」
 
 逃げるのを止めたことを諦めととったのか、戦ってもいないのに勝利を確信する輝照を眺め、道徳は肩を竦めた。相手を激
 
発させないように、つとめて小さな声で一人ごちる。
 
「やれやれ……たかだか二、三千年程度しか生きていないひよっ子に若造呼ばわりされるとはねぇ……。勝てる戦闘ほど面
 
白くはないんだが、天化に術を見せて勉強させるには丁度いい機会かもな」
 
「師父、大丈夫さ?」
 
 少し不安げな顔付きで服を掴んでくる天化に、道徳はにっこりと爽やかに微笑みかけた。ついさっき悪魔の計画を実行して
 
いた人物とは思えないような、素晴らしい笑顔である。
 
「全然平気。術を使った戦い方を見本で示して教授してあげるから、よーく見ておきなさい。この程度なら宝貝不要、術のみで
 
十二分だな。実践の機会があったら、今度は双方を効率よく使い分ける方法を教えてあげるからね」
 
 教授などといっても内容は傲岸不遜そのものだ。精悍な笑みを唇の端に湛える道徳は、小憎たらしいほど自信たっぷりで
 
ある。確かに十二仙と一介の仙人とでは力量の差は歴然としているが、教育上謙虚にお願いしたい。
 
「何をよそ見しておるっ!くらえぃっ!火炎竜!」
 
 二人が話をしている間に術を完成させたのだろう。巨大な火竜が師弟を呑み込まんとするかのように口を開けて接近してく
 
る。同時に炎の玉を身体からふるい落とし、天化と道徳に雨のように降り注がせる。
 
 普通ならば決壊も間にあわないはずだが、道徳は平然と片手を水平に上げ、真言すら唱えずに召還した。 彼ほどになる
 
と、逐一術を唱えなくても一向に構わない。結界すら身の危険を感じると、無意識に周囲へも張れるのだ。
 
「水竜!」
 
 途端に火竜の数倍は軽くあろうかという水の竜が現れ、火竜もろとも火の玉を消し去ってしまう。殆ど同時にもうもうと白い霧
 
が立ち込め、輝照の姿が見えなくなった。恐らく消火の際に発生した水蒸気が霧となったのだろう。
 
 天化は道徳の張った結界の中に居るため気がつかなかったが、これはかなりの熱を孕んでいる。
 
 無論、それを利用しない道徳でもない。続けて風を起こし、霧を払う目的も兼ねて輝照に向かって飛ばした。
 
「うわっちゃちゃちゃ!」
 
 高熱の水蒸気を見舞われて慌てて結界を張ったが、僅かに遅れて完全には防ぎきれなかったようだ。
 
 十二仙級でもない限り、大抵の仙人が術を使うには、気を高めて精神を集中させる為にも真言を唱えねばならない。その時
 
間がかかったから防御しきれなかったのだ。
 
(ぬうぅ〜コヤツ何者だ。見かけの割りにえらく強いではないか)
 
 水竜を消し、悠然と腕を組む道徳を見て、彼は自分が大変な思い違いをしていたことに今更ながら気づいた。
 
「殿!次はどんな攻撃でござるかな!?」
 
 呼びかけてくる道徳は、嫌味なまでに泰然とした体である。それも実力に裏づけされたものだと輝照にも分かるだけに、迂闊
 
に動くわけにもいかなかった。あの太鼓腹は見せかけれ、敏捷で身軽な動きからして、中身は恐ろしく鍛え上げていることは間
 
違いない。更に術の力も超一級だ。先刻まで目立たなかった筈が、今では端整な容姿までもが際立ち、雰囲気も脆弱な印象
 
よりも威圧感ある高位の仙人を髣髴させる。
 
 このままでは負けてしまう。勝てる勝負だとタカを括っていたが、相手は予想よりも遥かに強い。輝照は傲然たる笑みを浮か
 
べて、余裕綽々な男を油断なく見据えた。
 
 戦いが小康状態に落ち着くと、天化は碧い瞳をキラキラと輝かせて力一杯拳を握り、道徳を見上げた。
 
「カッコイイ、師父!すっげー強ぇさ!!」
 
「そ…そう?いやー照れるなぁ……。まあ、当然だけどね……フッ」
 
 弟子の尊敬の眼差しに照れながらも、髪をかきあげて白い歯を煌かせ、道徳は気障に笑ってみせる。まだたったの十二歳
 
の子供(しかも男)相手に格好をつけてバカみたいだ、冷静になれ、とは考えられないのであろうか。
 
 後の会話から判断しても、既に何を言っても無駄だ。恋につける薬は無し、愛を消す水もなしとはよく言ったものである。
 
「俺っち、大人になったら、絶対に師父の婿さんになるさ!」
 
「婿さんって……じゃあ私はお嫁さんかい?」
 
「師父も婿さんで、俺っちも婿さんさ」
 
「………?いや、それよりも天化、男同士じゃ結婚できないよ?」
 
「んなこた問題ねぇって。俺っち師父のこと大好き!」
 
「嬉しいなぁ。私も天化が大好きだし、愛しているよ」
 
 身体を甘えるようにくっつけて、背後から抱き締めてくる弟子の頭を撫でながら、道徳は穏やかな笑顔で頷いた。彼にとって
 
は天化はまだまだ幼い。意味をわかって言っているとはとても思えなかったので。本心を隠して応じるに留めただけだった。
 
 劣情こそ抱いていないものの、唯一無二の存在として天化を愛しているから。
 
 だが、道徳の思惑ほど、天化は幼いわけではなかった。きちんと意味を把握し、自らの気持ちを見詰めた上での、素直な感
 
情の表れで言った事なのである。
 
 師匠の背中に頬をすり寄せうっとりと瞳を閉じ、自分の気持ちに応えて貰えた満足感に天化は浸っていた。