君の笑顔を見たいからU君の笑顔を見たいからU君の笑顔を見たいからU君の笑顔を見たいからU君の笑顔を見たいからU   君の笑顔を見たいからW君の笑顔を見たいからW君の笑顔を見たいからW君の笑顔を見たいからW君の笑顔を見たいからW
「とにかく、弟子が失礼をしたお詫びに、誰が見ても禿があるなんて分からない髪形にコーディネートさせて下さい」 
 道徳はにっこり笑って、ずずいっと輝照に近づいて申し出た。愛想のいい笑いとは裏腹な奇妙な威圧感に押され、輝照はなん
 
となくひいてしまう。しかし、禿を気づかせない髪形とは一体どういうものか、とてつもなく彼には興味があった。
 
 この悪魔の誘惑は、輝照にとっては堪え難い魅力的なものである。何か魂胆があるかもしれないという心の声と、何でもいい
 
から長年の禿づきあいと別れたい、という希望とが心中で激しくぶつかりあった。
 
「……本当に、本当に…そんな事ができるのか……?」
 
 輝照の心の動揺をそのままにしたような問いとは反対に、いかにも道徳は自信たっぷりな態度で頷いてみせる。驚きの視線と
 
どこか期待の籠もった声には、輝照の『おいおい本当にできんのかよ』という思いが満ちていた。
 
「お任せ下さい!腕には自信がありますから!」
 
 満面の笑顔の道徳に背中を豪快にバンと叩かれ、咳き込みながら輝照は必死に頭の中で思考を巡らせた。
 
(うう〜む、どうしよう…。この申し出は余りにも魅力的だが、何か解せぬものもあるしなぁ。……いや、しかし………)
 
 先刻きっぱりと言い切った道徳は、まるでプロ中のプロのような貫禄があった。ここまで自信に満ちていると試したくなるのが人
 
情である。しばらく散々悩み迷っていた輝照だったが、背に腹は変えられぬと判断したのか、二人を門の奥へ通すこにした。
 
 もう少し疑ってかかってもよかったのではなかろうか。これでは悪魔と小鬼を招き入れたようなものだ。
 
 天化は輝照の後姿を見ながら気づかれないよう注意して、こそこそと道徳に耳打ちした。
 
「師父、なんか企んでるさね」
 
「べっつに〜?奴は禿を相当気にしているから、そこにつけ込んでやろうだなんて、これ〜っぽちも考えてないよ」
 
 フッフッフッフッフ…と喉の奥で邪悪な笑いを零し、しれっとした顔でうそぶく師匠の姿は、面白い悪戯を思いついた悪ガキその
 
ものだ。これで仙人とは情けなくて涙を誘われる…というのが真っ当な反応だが、生憎と天化は違った。
 
(……そういうことかい。あーた悪魔さね………)
 
 何をしようとしているかは天化にすら想像はつかないが、悪辣なことをしようとしている点だけは確かである。
 
 分かっていても、止める気の無い天化も立派な共犯者といえるだろう。その上、天化は道徳のこの非道理な性格が嫌いではな
 
い。すでに道徳が好きで好きで堪らない少年にとっては、むしろこれがなければ魅力的でないとすら思っている。どうしようもなく
 
最悪な趣味なのだが、『あばたもえくぼ』とはよくぞ言ったものだ。
 

 奥の間へ通された道徳と天化は、鋏み、櫛、鏡などを輝照に取りに行かせたのをいいことに、室内を好奇心旺盛に物色した。
 
 いくら余所の洞府に余り行ったことがないからといっても、いい大人のすることではない。天化も一言注意すればよいものの、
 
一緒になって遊ぶあたり、似たもの同士である。それ以前に師匠がちゃんと手本を示すべきだが。
 
 二人の探検の結果、見つけたものは、薬丹、書物、宝貝などの仙人の住まいなら当然あるべきごく普通のものばかりだった。
 
ただ一般と違う点をあげるとするならば、それらは全て髪に関するものばかりであったことだ。毛生え薬や、髪を増やす宝貝、髪
 
を強くする方法を記した本などなど、これでもかというほどに、髪の毛関連のもので埋め尽くされている。
 
 この徹底した収集ぶりに、道徳も天化も妙に納得してしまった。
 
(……これだからてっぺんハゲになるんさ)
 
(神経質な奴だな、これなら禿げるのも当り前か……)
 
 二人とも感嘆するよりも呆れ返って、もの言いたげに見詰め合う。互いに今何を思っているのかは一目瞭然だった。
 
 眼は口ほどにものを言う。あの河童禿頭の作った毛生え薬や宝貝では、かなり信憑性にかけてアヤシイことこの上ない。説得
 
力がないも甚だしいということである。効果があって効くなら、今頃輝照はふさふさ頭だ。
 
「……では、早速やってもらおうか」
 
 戻ってきた輝照に声をかけられ、二人は慌てて居住まいを正して愛想笑いを浮かべた。相手が気にしている事を考えている最
 
中に、当の本人が現れたら、誰もが取り繕った笑みで誤魔化す。こればっかりは古今東西何処も同じなのだ。
 
「………?どうした?早くしろ」
 
 彼らの妙な笑顔に全く気づかなかった輝照は、櫛などの道具一式を手渡してふんぞり返る。
 
 愛想笑いを貼り付けたままの道徳に促され、髪よけのシートをマントよろしく羽織って椅子に尊大な態度で腰を下ろした。あいも
 
変わらず威張り散らしているが、気分は美容室に来たお客さんのようなもので、すっかり乗り気になっている。
 
 道徳は手馴れた様子で輝照の髪に鋏を入れた。躊躇のない見事な鋏使いに加え、理容師並になめらかな動きからして、道徳が
 
輝照に自信ありげに振舞っていたのも頷けるというものだ。それも当然で、彼は天化の髪もいつも切ってやっているのである。
 
「師父!がんばるさ!」
 
 後ろで応援してくる天化に、余裕の笑みを湛えて道徳は振り返った。
 
「任せなさい、天化。私は伊達に、TVチャ○ピオンの美容師選手権で優勝してないよ?」
 
「???えぇー!?そんなのに出たことあったっけ?」
 
 驚いて眼を瞠る天化に、チッチッチッと舌を鳴らして指をふり、茶目っ気たっぷりな仕草で片目を瞑って、微笑んでみせる。
 
「だ・か・ら、優勝してないって言っただろう?」
 
「あっ!そっかー!な〜るほど〜」
 
 ぽんと手を打ち、こりゃ一本取られたさ、と頭をかいて天化は声を立てて笑った。
 
 一方、師弟漫才のお陰で待ち惚けを食らわされている気分になった輝照は、笑いあう二人を横目で睨みながら苛々を募らせる。
 
床屋で客を放ったらかしにしてお喋りをする店員に対するように、座ったままの姿勢で彼は道徳に大声で怒鳴りつけた。
 
「さっさとせんかい!己はっ!!」
 
 身体を覆う髪よけ様のシートが怒気でふわりと浮いた程の剣幕である。どうもこの輝照という仙人は、かなり短気で怒りっぽく、
 
ムキになりやすい性格のようだ。
 
 髪よけ様のシートで身体をおおったままでは、偉ぶって椅子に座っている割には間抜けな姿だったりする。しかし幸いと言おうか
 
なんと言おうか、本人は全く気づいていない。
 
 道徳は輝照の怒鳴り声にも手元を一瞬足りとも狂わせず、
 
「はいはい。お客さん、あんまり怒ると余計禿げますよー?」
 
 と、床屋の店員のような言い方で、いかにも人のよさそうな爽やかな笑顔を振りまいて強烈な一言を返した。
 
「…………!」
 
 これには輝照も堪らず黙り込み、二の句も告げずに口を噤んでしまう。
 
 そんな輝照の様子に、天化は思わず吹きだして声を潜めて小さく笑った。そして道徳はというと、獲物が大人しくなった好機を
 
逃さず、善人面で悪の所業を行ったのであった。
 

 作業を終えると、道徳は輝照の眼前に姿見をどっしりと置いた。
 
「…………!?」
 
 鏡に映った自分の姿に声すら無くして唖然となったまま、輝照は椅子の上で石化したように固まっていた。
 
 彼が驚嘆の余り動けなくなっているのも当然だった。何せ鏡に映っている髪形は、時代劇に出てくる殿様そのものなのである。
 
 前髪を落とした額から頭頂部はつるりと輝き、後頭部からは髷が高々と天に向かって結わえられていた。
 
 後は大名装束を着て扇子でも持てば、立派なお殿様の出来上がりである。BGMに鼓と三味線、背景には松や鷲の描かれた金
 
屏風や、富士山の描かれた襖があれば完璧だ。この場に無いのが実に残念で勿体無い。
 
 道徳の自信満々な態度は伊達ではなく、その言葉以上のものであった。
 
 呆気にとられて茫然となっている仙人を無視して、道徳は上機嫌でいけしゃあしゃあと口上を述べる。
 
「これで貴方を『禿』という人はいません。『殿』と皆呼ぶことでしょう」
 
 長い、長い沈黙がその場を支配した。空気がまるで、音を伝えることを拒否しているかのようだった。
 
 道徳は仕事を問題なくこなし、期待以上の出来栄えに満足気に微笑み、輝照はただ、ただ、惚けたように鏡を見入り、天化は口
 
元を両手で覆って、何かを必死になって耐えていた。