このTreasureシリーズは初めてのパラレルものとして書いた話で、自分なりに愛着があります。
 私自身がインディ・ジョ◎ンズやトゥ◎ムレイダーなどの冒険活劇ものが大好きで、そういった作品のパロディ要素も濃いですね。
 当初から五作品の設定と大まかな話の流れは考えていましたが、足掛け何年もかかって書いたこともあって、色々と話によって矛盾点もあり、反省も多いですが(笑)。
 五部作で区切りをつけた話ですが、ネタとしては他にもまだあるので、機会があったらまた書きたいシリーズです。
 これは神の御業と言うのか、それとも悪魔の仕業と呼ぶべきなのか、判然としない。少なくとも、人智が及ばない力が働いたことだけは確実だった。
 聖杯の雫を口にしたということは、アキラは理解していたのだ。あの最後の言葉の意味を。だからこそ、ヒカルの躊躇を強引に押し切って、二度口にした。
 ヒカルが一人でその道を選ぶと分かっていたから、同じ業を背負うことを選択したのである。
 どんな重荷でも、一人で背負うよりも二人ならば少しは軽くなるのだから。
「……バカだ…おまえ……」
「抜け駆けして、ボクをおいてきぼりにしようなんてするからだ。それに、キミがボクの立場でも同じことをしただろう?」
 だからお相子だよ、と続けながらアキラはヒカルを抱き締める。片腕にヒカルを抱えたまま、持っていた聖杯を座間に向かって無造作に投げ寄越した。
 座間はアキラの状態が眼に見える形で回復した事実に驚きながらも、興奮を隠しきれない様子で聖杯を受け止める。ヒカルに支えられながらアキラが立
ち上がると、彼らはぐるりと囲んでくる銃口を睨み据えた。
 四人をここで殺すつもりでいることは、この状態でも明らかだ。思った通りの展開である。すんなり逃がしてくれるつもりもなく、最初から命を奪うつもりで
いることは分かりきっていた。元から助かるとは緒方も倉田も考えていないが、最後まで諦め悪く抵抗するつもりでいる。
 しかし悲しいかな、どんなに抵抗したくても武器がない。
 四人の武器は捕まえられた時点で、当然の如く全て奪い取られていた。彼らは全くの丸腰なのである。
「聖杯の力は不老不死だけでなく、超人的な力も手に入るという伝説は眉唾ものだと思っていたが………まさか本当にここまでに力があるとはな。届けて
くれてありがとうよ。感謝の礼を受け取ってくれ」
 勝利を祝うように成敗を掲げて傾け、同時に用のなくなった邪魔者を始末するように部下に合図した。
 聖杯の力を手に入れる存在を、自分だけにするために。しかし、彼は真の力の意味を知らない。
「謹んで辞退させて頂きます」
 慇懃無礼を絵に描いたように断りの文句を告げたアキラは、血色もすっかりよくなり、ほぼ傷も回復しているようだった。いつもの嫌味な減らず口がしっ
かり戻っている。
「やなこった」
 無礼千万で傍若無人な一言で座間の言葉を斬り捨てたのはヒカルだった。ヒカルに同意するように、緒方と倉田も深く頷く。
「おい、おっさん。試練の時に聞いたんだ。その聖杯は星のマークから外に出すなよ?」
 ヒカルはわざと関係のない話をしながら、第一の試練のある奥にちらりと目線を送った。
 ちょっとした仕草であったのに、座間を含めた日本軍の兵士などその場にいた殆ど全員が、無意識に同じ方向に眼を向けてしまう。人間の本能に巧みに
訴えかける余所見は、無防備な一瞬の隙を作り出した。少年の意図を理解していた三人が、この機会を利用しないわけがない。
 機を逃さず彼らは間髪入れずに動いた。
 ヒカルは真横にいた兵士の腰から拳銃を抜き取り、アキラは眼の前に掲げられた散弾銃を掴んでそのまま投げ飛ばす。
 倉田と緒方も同時に間近にいた兵士を殴り倒した。
 座間が出し抜かれたことに気付いて振り向いた瞬間、ヒカルの奪った銃が火を噴いた。薬莢が床に落ちていくのと同じように、座間の手にあったはずの
聖杯も弧を描いて宙を飛ぶ。その場に入り乱れたドイツ軍、日本軍の兵士全員の視線が聖杯に注がれ、行方を追う先で、次々に銃声がこだました。
 その度に小さなお猪口のような聖杯は弾かれ、彼らの手の届かない場所へ飛ばされていく。
 聖杯が床に落ちる寸前、回り込んだ倉田の手が掬い取り、回り込んだ緒方へと放り投げた。受け止めた緒方も間髪入れずにアキラに投げる。銃弾で撃た
れたにも関わらず、傷一つない聖杯の状態に感嘆しながら、今度は倉田に投げ戻した。
 兵士達が聖杯を追って右往左往する中、座間は復讐心に眼を滾らせてヒカルを執拗に追い回していた。
 弾を撃ち切ってしまえば、生意気な子供にもう武器はない。すばしっこく腕を摺り抜け、逃げるヒカルを第一の試練に向かう階段まで追い詰める。座間が一
歩進むたびに、ヒカルは階段を一段上がって距離をとった。
 酷薄に笑う座間には一つの算段があった。アキラのように肉弾戦が得意でないヒカルでは、座間を投げ飛ばしたりするにしても体重差があり過ぎて殆ど
ダメージを与えられない。しかも今のヒカルは弾を撃ち尽くし、丸腰同然だった。
 試練の罠は一定時間経つか、反対側から戻ってくるとリセットされ、再び侵入者を拒むように動き出す仕組みになっている。ヒカルが階段を上りきって一歩
奥に入れば、第一の試練が作動する。座間に注意を払ったままでは、振り上げられた死神の鎌をヒカルは避けきれない。
 座間が行っていることは、それらを全て踏まえての行動である。
 銃弾をヒカルの足元に撃ち込み、銃で牽制しながら階段を上がるように仕向け、座間は残虐な笑みを浮かべて近付いていく。そして座間の思い描いた通り、
第一の試練にヒカルは足を踏み入れた。
 その瞬間、仕掛けが動いてヒカルの命を奪うと、座間は信じて疑っていなかった。だがしかし、どういうわけか罠は作動せずに沈黙している。予想に反した
状況に束の間動きを止めた座間に向かって、ヒカルは階段を飛び降りて体当たりした。
 だが座間の巨体はヒカルの体重を易々と受け入れ、一歩後方に後退しただけで踏み止まる。
 ヒカルとてただ体当たりだけに留めておかず、素早く足払いをかけた。
 二人は取っ組み合うようにして階段を転げ落ちる。しかしさすがに接近戦ともなると体格差は歴然で、座間は巨体に相応しい腕力でヒカルを完全に圧倒した。
 元々あった実力差だけでなく、老人の言葉通り、第一の選択をして聖杯の力を手に入れた座間は驚異的な怪力になっていた。いくらヒカルが男として小柄で
あっても、片手で持ち上げられるようなことはない。
 なのにまるで猫の仔のように首根っこを掴んで軽がると掴み上げ、平然と乱暴に投げ飛ばした。まるでゴミ屑を捨てるような無造作な仕草である。石畳の床に
強かに叩きつけられたヒカルは、痛みに立ち上がれずに小さく呻いた。
 青い星のすぐ傍に倒れたヒカルの背中を起き上がる前に軍靴で踏みつけ、銃をつきつける。
 周囲を見回して、都合よく聖杯を手にしているアキラを目にすると、大声で恫喝した。
「おい、小僧!こいつを殺されたくなかったら、聖杯を寄越せ」
 緒方と倉田は、座間の足元にいるヒカルを見つけると、抵抗をやめて渋々手を上げた。アキラは無言のまま、座間の傍まで歩いていく。やっと手が届くかどう
かというところで足を止め、握っていた手を開いた。小さな聖杯が白い手の中にある。
 ヒカルを無理矢理引き摺り起こし、こめかみに銃を押し当てたまま、油断なくアキラの手から聖杯を奪い取った。
 座間は自分を睨みつけてくるヒカルの視線を感じて、小さく顔を歪めた。身の程も弁えず、反抗的な態度を崩さないこの生意気な子供にはお仕置きがどうやら
必要らしい。自分の大切な人間が殺されるところを今度こそ見れば、多少は反省するだろう。
 座間は冷酷な笑いを浮かべると、標的を瞬時にヒカルから眼の前のアキラへと変え、銃の引き金を容赦なく引いた。元から人を殺すことに躊躇など一切覚え
ない座間だ。距離にして一メートル弱の獲物など、外す余地はない。
 座間の行動は、ヒカルの悲痛な悲鳴とアキラの苦痛の呻きをこの場に響かせ、哀れな愁嘆場を作り出すはずだった――しかし。
 俄かには信じ難いことに、座間の眼の前にいたアキラが、素早く銃弾を避けたのである。たて続けに撃った全てを、アキラは僅かな動作で避けて近付いてく
るのだ。彼にはたまの軌道も何もかもが見えているように。
 座間のように超人的な力はなくても、聖杯の力で通常の人間より運動能力や反射速度が多少上がっているお陰で、元から体術に長けているアキラは、弾道
を引金を引くタイミングと角度を計算して瞬時にさけることができたのだ。
 思わず座間は盛大な舌打ちをする。少し考えれば分かることだった。アキラもヒカルも、聖杯の雫を飲んでいる。力を手に入れたのは座間だけではないのだ。
 ところが奇妙な点もあった。先ほどヒカルと直接戦ってみて理解したことだが、二人は座間ほど強力な能力は得ていないようなのだ。ヒカルの抵抗する腕力は、
座間の想像以上に弱い。もしも彼らに自分と同等の力があったなら、恐らくヒカルは座間の腕から逃れられた筈だ。
 何故そんな差が生じているのか不明だったが、理由を調べている暇はない。彼らにかまけている時間も勿体ない。いくら座間の力が上であっても、聖杯の力
を持つ者同士の戦いで二対一は圧倒的に不利である。
 座間の決断は早かった。人質としていたヒカルをアキラに向かって勢いよく突き飛ばすと、彼は咄嗟に少年の身体を抱きとめる。しかし勢いを殺しきれずに、
二人は一緒にもんどりうって倒れた。
 強化された能力差を生かしたす機を逃さず、踵を返して走り始める。
 聖杯さえあれば不死身の上に超人で構成された軍隊を作れる。これを使えば日本どころか世界を支配することすら可能だ。
 聖杯は誰にも渡さない。これがあれば自分は世界の全てを手に入れられる。
 暗い欲望を胸に抱いた座間は、青い星から外に向かって一歩踏み出した――刹那、大地が大きく鳴動し、地響きが床から突き上げてきた。
 突然の地震に思わず足元を捉われ、座間は膝をついて激しい揺れをやり過ごそうとした。何とか身体を支えようと手をついた座間の手の中から、聖杯がゆっくり
と転がり出る。咄嗟に手を伸ばしたが、聖杯は動く岩盤の上を右に左に転がって掴むことすらできない。
 アキラとヒカルが激震をものともせずに立ち上がり、座間に迫ろうとした時、まるであるべき場所から聖杯を持ち出す罪人を罰するように、青い星を中心に大地
が裂けた。同時に、星に填められていた魔鏡が乾いた音を立てて、暗い裂け目の奥へと輝きながら落ちていく。
 床に割れ目ができた瞬間、傍にいたヒカルも危うく引きずり込まれかけたが、アキラの腕がしっかりとヒカルの手首を掴んで何とか事無きを得ていた。ほっと一息
を吐いて対岸に眼をやると、同じく裂目に落ちたらしい座間が必死に縁にしがみ付きながら、足元にかろうじて留まっている聖杯に手を伸ばしている。
 この期に及んで、座間はまだ聖杯への欲望を捨てきれないのだ。
 ヒカルもまた、安定感の悪い状態でありつつも、対岸にある聖杯に手を伸ばした。
 聖杯の護人に返すために。
「進藤!聖杯は諦めるんだ。ここはもうもたない。早く上がれ!」
 そんなヒカルの手首を力強く掴み、アキラは割れ目の縁に伏したまま重さに耐えるように眉を顰めて声をかける。いくらヒカルが小柄だからといっても、そうそう
いつまでも腕の力だけで支えていられない。けれどヒカルは、頑是無い子供のように何度も首を横に振った。
「けど塔矢……オレ、爺ちゃんに言ったんだ。ちゃんと返すって」
「キミの気持ちは分かるよ。でもね進藤、本当にその人はそれを望んでいるのか?」
 苦しい体勢のまま諭すようにゆっくり話すアキラと、今にも聖杯に手をかけそうな座間とを視線を何度も交互に動かし、ヒカルはもの言いたげに唇を戦慄かせる。
 けれど、混乱する想いを口にすることはできなかった。
 確かに、あの老人はヒカルに聖杯を返すようにとは言わなかった。ただ印の外に持ち出すなと注意しただけだ。では、老人の真の望みは一体何なのだろう。
 もう一度ヒカルは振り返った。座間の指先が聖杯に触れようとしている。小さな杯は、意志の突起の上で不安定に揺れており、僅かな振動で今にも真っ暗な裂目
に落ちてしまいそうだった。
 返したい。けれど返したとして、座間のような欲望を持った者が再び現れたらどうなるだろう。阻止できればいいが、放っておいたらより良い結果を得られるとは思
えなかった。ヒカルとアキラは他に選択の余地がなかったとはいえ、成り行き上でも宿命を受け入れる覚悟はしていた。
 覚悟のない者が、聖杯に触れるなどおこがましいのかもしれない。
 座間が更に身体を伸ばして、指先だけで触れる。その瞬間、一際大きな揺れが起きた。聖杯は座間の手を拒むように一度岩の上で大きく跳ね、奈落の底へと吸
い込まれるようにして落ちていく。そして座間もまた、手掛かりだった縁の岩が崩れ、聖杯の後を追うように真逆様に転落していった。
 二人は聖杯に取り付かれた哀れな男の末路を、憐憫とも同情ともとれぬ複雑な表情で見送ることとなった。
 地震が続く中、洞窟内に立てられた巨大な柱が倒壊し、石像が次々と倒れ、天井からは岩が降ってくる。逃げ惑う兵士達の悲鳴と怒号が交錯し、土煙が舞い上
がる。神殿は今や、人の干渉を完全に拒否しているようだった。
 聖杯と座間が消え去った奈落を見つめるヒカルの手首を引き上げながら、アキラは優しく告げた。
「……聖杯は人間が持っていいものじゃない。その人も分かっているから、ずっとここで護ってきたんだろう。無くなってしまって良かったんだ」
 今にも泣きだしそうな顔をしたヒカルだったが、こくりと小さく頷き返すと、自らも手を伸ばしてアキラの腕をしっかりと掴む。アキラは両手でヒカルを引っ張り上げ、
緒方と倉田の姿を探した。
 二人は出口の傍から、ヒカルとアキラを呼んでいた。あの混乱の最中、丁度出口に程近い場所にいた彼らは、運良く裂目を逃れられたらしい。呼ぶ声に応えて
先に行くように手振りで促したが、彼らは降り注ぐ小石をものともせずに近付いてくる。
「早くこっちに飛んでこいよ!今ならまだ大丈夫だ」
「もうすぐ出口も塞がる。二人とも早くしろ」
 対岸の崖から呼んでくる倉田と緒方に頷き、更に幅を広げた裂目を二人は助走なしに跳躍した。
 危なげない仕草で上手く着地したヒカルとアキラの肩を軽く叩いて、彼らはすぐに出口に向かって走り出す。アキラも後を追おうとしたが、ヒカルが奥を振り返って
じっと見つめているのに気付いて足を止めた。
 一人の老爺が第一の試練のある階段の上に立ち、ゆっくりと手を振っている。
 永い時を過ごした深い眼光を湛える老人は、もの言いたげに唇を震わせるヒカルに、全て分かっていると知らせるように笑って頷いてみせた。
 そして徐に、ヒカルに向かって手に持っていた包みを投げ渡した。相当な距離があったにも関わらず、落ちる石に軌道を変えられることなく、ヒカルの手にそれは
すんなりと吸い込まれるように落ちてきた。受け止めた包みをしっかりと抱え、ヒカルが老人に応えて手を振る横で、アキラも軽く会釈する。
 老人が最後にもう一度大きく手を振ると、二人は一つ頷いて振り返らずに出口へと走って行った。
 彼らが外に出るのを見計らったように、走り出たと同時に、石柱が倒れて入口が塞がれる。刳り貫かれた山も見る間に潰れ、振り返るとそこには砂礫と岩が類な
す不毛の地へと変わっていた。
 気がつけば地震も納まっていて、一陣の風によって運ばれてくるのは砂塵だけである。
「やれやれ…やっと終わったか……」
「さすがに今回はハードだったなぁ……」
 ヒカルとアキラが中に入ってきた時は夜だったが、もう明け方近くになっているらしい。
 少しずつ明るくなってくる空を見上げて呟いた緒方は疲れたように腰を下ろし、倉田は見る影もなくなった神殿遺跡を見返しながら懐を探った。煙草を取り出して
緒方に差し出し、自分も口に咥えてライターで火を点ける。
「そういえば、ここまでは何で来たんだ?」
「あ、そうだ。おまえらここまでどうやって来たんだよ」
 煙草の煙から逃れるように風上に立つ少年達に、大人二人は疲れを癒す一服を満足気に味わいながら、息ぴったりのタイミングで暢気に話しかけた。
「社の船に乗せてもらって、ここまではバイクです。あっちの岩場に隠してありますけど……」
 アキラが指を差した先には、確かに岩場があった。倉田は腕を組んで少し考えると、ゆっくりと立ち上がって繋がれていた二頭の馬を引っ張ってくる。
「じゃあ、馬はおまえらがのったら。オレのれないし、緒方先生も馬は苦手だしさ」
 白いスーツについた埃を払って、緒方も同意を示して頷く。ただでさえ疲れているのに、騎乗し難い馬にのってこれ以上体力を消耗したくはなかった。
「倉田さんと緒方先生はどうするの?」
「おまえらがのってきたバイクを借りる。一足先に社と落ち合って、出発準備を整えておくからな」
 倉田はヒカルに馬を預けると、緒方と連れ立ってバイクのある岩場に歩いていく。しばらく歩いてから、二人は思い出したように振り返った。
「そうそう、おまえら今後不便になったら、オレ達に言えよ。社にも話を通さないとダメだからな」
「オレと倉田君の跡は孫にでも任せる。ちゃんと面倒をみる心積もりでいろ」
 最初何の意味か分からなかったヒカルとアキラだったが、すぐに理解して小さく笑った。軽い言葉の裏に隠された思いやりが、ひどく嬉しい。この先の長い人生も、
気のいい人々と出会う限り、決して悪いものではないのかもしれなかった。
「先に行ってるから、早く来いよ」
 倉田はもう一度二人に声をかけると、緒方と並んで再び歩き出す。
「あいつらに不老不死なんて加えたら、まさに最強だな。神か悪魔か知らんが……酔狂な真似をしてくれる。まあ、世界征服を企むような馬鹿じゃないだけマシだが」
「確かに、だってあいつらお互いしか見てないし。けど周りは放っておいてくれないかもしれないなぁ…」
「全くだ。……馬鹿な奴らほど迂闊に手を出すのは世の常だしな。まあ、臥竜と寝虎を起こして、災難に遭っても自業自得ということだろう」
 懐から煙草を出して火をつける緒方に、倉田は感心したように笑って手を打った。
「臥竜と寝虎か………違いない!上手いっ!」
「我ながらいい表現だと思うね」
 それに応えて緒方もにやりと笑い、二人はこれからの未来にそれぞれに想いを馳せて空を見上げた。

 緒方と倉田の背中を見送ると鞍に跨り、アキラとヒカルは馬を進めた。
 馬は強欲な兵士が積んだ黄金や宝石類に加えて、少年の体重を受け止めているにも関わらず、危なげなくゆっくりと歩いていく。二人の少年は、後ろの積荷のこと
など気付きもせずにそのまま馬に任せていた。彼らが思いがけない戦利品に気がつくのは、社と合流してからの話である。
 上空は未だに星が瞬いて夜を色濃く残しているが、遠くに霞んで見える地平線は少しずつ明るくなってきている。死と再生を繰り返す地上の営みを映すようで、それ
は実に荘厳で美しい光景であった。
 アキラはすぐ隣で、欠伸を噛み殺しているヒカルを見やり、躊躇いがちに訊ねた。
「ねぇ進藤…ボクとずーっと一緒に生きていくことになるんだけど、後悔してない?」
「はあ?おまえとの腐れ縁がこれからも続くってことだろ?大した問題じゃねぇじゃん」
「先に言っておくけど、長すぎて人生なんて呼べない代物になっても、ボクはキミと離れるつもりはないよ」
 大真面目にきっぱりと言い切るアキラに向かって、ヒカルは屈託なく笑ってみせる。
「飽きるくらい生きるってのも、悪くはねぇだろ」
 横に並んだ馬を互いに寄せて一旦足を止めると、二人は同時に口を開いた。
「おまえとならな」
「キミとならね」
 同じ内容の言葉が妙に気恥ずかしく、くすぐったくて、顔を見合わせて笑いあう。
 どちらからともなく顔を寄せ、まるで誓いの口付けをかわすように唇を重ねた、
 地平線から新たな始まりの光を溢れさせる太陽が、アキラとヒカルを照らし出す。
 天がヒカルとアキラの前途を祝福するように。

 二人にとって、互いが何物にも代えられない、大切な世界で唯一の宝――。

                                                                   2004.3.12 脱稿/2008.10.19 改稿/2014.9.20 再改稿
















                                                                          Treasure11Treasure11Treasure11Treasure11Treasure11   COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)