今回の話のテーマは、ヒカルのヤキモチでした(笑)。
 「日向」でアキラのヤキモチを書いたので、今度の話ではヒカルにヤキモチをやいて貰いたいな〜っと思いまして。アキラと比較してみると、ヒカルのヤキモチなんて可愛らしいものですが(笑)。
 それから他に書きたかったのは、無自覚ラブラブバカップル(笑)。
 シチュエーションはかなりベタかしらん?
 本当はこの話はもう少し長くする予定で書き始めたんですが、後に続くシリアス話との兼ね合いから、短くすることに致しました。
 可愛く明るい感じの話になったらいいな、と思って書いたのですが、いかがでしたでしょうか?戸惑いながらも、ちょっとずつ距離が狭まっているように書けていたらいいんですが。
 バレンタイン系のネタはこの話と「女王様の下賜品」以外にも実はまだあるので、またのんびり書いていきたいと思います。
雪の華T雪の華T雪の華T雪の華T雪の華T   COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)COOL(ヒカルの碁)
 アキラは約束の時間よりも15分ほど早めに着いたものの、公園のベンチにぐったりと腰掛けて重い溜息を吐く。 
 今日は指導碁の相手に昼食にも誘われて無碍に断ることもできずにお相伴に与り、その帰りに棋院に寄ったまではまだ許容
 
範囲だった。棋院でついでとばかりに取材を受けることになり、あれこれ訊かれてしまったのにはさすがに閉口してしまった。
 
 愛想良く笑い続けるのにも、いい加減疲れる。しかも、棋院では余計なものもたっぷり渡され、ここまで来る道程はその重い荷
 
物に辟易した。中身だけでなく、それにのせられている想いも加わっているので、より一層重いのかもしれない。
 
 結婚式の引出物を入れるような大きな紙袋が二つ。それをベンチの隅に追いやって大きな溜息をつく。
 
 綺麗にラッピングされたプレゼント包装の箱が、その紙袋にはぎっちりと詰まっていた。先日あったバレンタインデーのチョコの
 
山である。昨日の棋院からの電話は、書類を取りに来て欲しいというものだったのだが、渡されたのは書類だけでなくアキラ宛に
 
届いたチョコとプレゼントの山ももれなく付いてきた。
 
 さすがに敵もさる者。バレンタインデーのチョコを取りに来て欲しいと言うと、アキラはさりげに断って、皆さんで食べて下さいと
 
告げるに決まっている。そこで、書類を取りにきて欲しいと頼み、ついでに持って帰らせるという作戦に出たのであった。
 
 そういうわけで、今回は罠に見事に嵌ってアキラは重いバレンタインデーのチョコの山を持って帰る羽目に陥っている。帰りに
 
行洋の経営する碁会所に寄って、チョコレートは馴染みの客に分けて貰うように市河に頼み、プレゼントの類は寄付して貰うよう
 
に手配するつもりではあるのだが。
 
 客商売であるから、気持ちは有り難いとは思っても、運ぶだけで余計な疲労が積み重なっていくのは正直頂けない。
 
 いくらアキラがそこそこ鍛えているといっても、こんな重い荷物を持ち歩くのは疲れてしまう。知り合いの合気道の道場に時折
 
通ったりして、体力を培い精神を磨き、健康管理に気を使うのは棋士として当然のことだ。とはいえ、囲碁ばかりでは鈍ってしまう
 
身体を鍛えるのに必要なだけで、毎日通っているわけでもなかった。
 
 考えてみれば、学校に行っている間は体育の時間もあるので多少は身体を動かす時間はあるが、学校を卒業してプロ一本に
 
絞るとなると、今後はどこかスポーツジムにでも通うようにした方がいいのかもしれない。
 
 囲碁を打つのには精神力は欠かせない大切な要素である。同時にそれを支えるのに、体力が必要になる場合も多々ある。
 
 地方に出向くと疲れるし、そういった疲労を素早く回復させるのには、やはり身体をそこそこ鍛錬するのは必要だろう。
 
 級も段もとる気はないが、もう少し通う日を増やしてみようかと、アキラはぼんやりと夕焼けの空を見上げながら考えた。
 

「思いっきし打ったしさぁ、ちったぁ満足?」
 
――ちったぁ満足!
 
 嬉しそうに答える佐為に、ヒカルも楽しげに微笑んだ。ここ最近塞ぎがちだった佐為が、こんな風に笑顔を見せてくれるのは、と
 
ても嬉しかった。ヒカルにとって佐為は何よりも身近で、口にはださねど大切な存在だから。
 
 ヒカルは佐為と歩きながら、アキラと待ち合わせている公園に向かった。御器曽とかいうプロとの手合と諍いのお陰で、少し出る
 
のが遅くなってしまったが、時間的には丁度になりそうな感じである。最近は少しずつ日が長くなってきているとはいえ、暗くなるの
 
は早い。それに心なしか、空もだんだん曇り始め、気温も低くなってきているようだ。この寒空の下、アキラを余り待たせるわけに
 
はいかない。ヒカルは足早に公園に入ると、噴水から少し離れた並木の傍に腰をかけたアキラを見つけ、口元を綻ばせた。
 
 アキラはヒカルに気付いた様子もなく、ぼんやりと空を見上げている。暗くなり始めた空は、早く帰るように促しているみたいに思
 
えて、ヒカルは少し面白くなかった。だって来たばかりだ。アキラともっと一緒に居たいのに。
 
 ふとそんな気持ちが過ぎり、ヒカルは不思議だった。何故そんな風に自分が感じるのかがよく分からないのだ。
 
 アキラと夏祭りに行った頃くらいから、どうも変な感じなのである。アキラのことをこれまで以上に意識している自分がいる。碁とい
 
うよりも、もっと別の何かなのだが……それが何かさっぱり理解ができない。勿論アキラの碁が気になるのは当然だ。けれど違う部
 
分で彼に意識が傾いている。しかし分からなければ分からないでいいや、というのがヒカルの拘らない性格を現しているところだ。
 
 気になるがいつか答えが出るだろうと、あっさり受け入れてしまえるのは、佐為を受け入れた魂の大らかさ故か大雑把なのか。
 
 どちらにしろ、ヒカルは自分の中から自然に出てくるであろう答えを、既に受け入れる準備ができていた。ヒカルは佐為を後に従え
 
てアキラの傍に行くと、気配を感じたのか、アキラが顔を上げてこちらを見た。
 
 そしてにっこりと微笑んでヒカルを呼ぶ。その声が何だかくすぐったくて気持ちいい。
 
「進藤」
 
「塔矢、悪ぃ待たせたな」
 
 すぐにアキラの横に腰を下ろすと、彼はそんなに待っていないと首を横に振った。その彼の横には目立つ紙袋があった。
 
「なぁ…そこにある荷物……おまえの?」
 
 邪魔そうにベンチの端に置いてある大きな紙袋を二つ眺めて、ヒカルがアキラに怪訝そうに尋ねる。アキラはちらりと紙袋を一瞥
 
し、どことなく溜息混じりに頷いた。
 
「そうだよ…凄く重くて、持ってくるのも大変だった」
 
「ふーん。何かプレゼントみたいだな」
 
「ああ……そんな感じかな。バレンタインデーに棋院に届いた分を、今日事務局から頂いたんだ」
 
 さして貰ったことを気にした風もなく、さらりと有りのままにアキラは告げた。実際、こんな物にアキラは興味はない。もしも欲しい
 
と思うとしたら、それはただ一人からだ。何の気なしに考えたことなのに、何故だかその相手にヒカルを思い浮かべてしまい、アキ
 
ラは表面的には表情は変えずにいても、内心非常に焦っていた。
 
「へぇぇ〜」
 
 一方のヒカルは感心したように頷いたものの、心にもやもやとした何かが広がってきて眉を顰める。どういうわけか、アキラ宛に
 
届いたこのチョコレートやプレゼントの山を見ると、苛々が募りだす。アキラのことを誰かが想っていると考えるのが、何故だか妙
 
に気に食わない。アキラを横から掠め取られるような、そんな不安も感じる。
 
「進藤……どうかした?」
 
 ヒカルがいつもより無口で元気がない様子に、アキラは少し心配になって顔を覗き込んだ。この寒い季節では、余り長時間話す
 
わけにはいかない。ヒカルの体調が悪くならないように、早々に切り上げた方がいいのだろう。
 
「別に、何でもねぇよ」
 
 ぶっきらぼうに答えたヒカルを、思わずまじまじと見詰めてしまう。声が怒っているように聞こえるのは、恐らく気のせいではある
 
まい。ヒカルは表情が豊かなので、ちょっとした感情もすぐに表れて分かりやすい。この顔は拗ねて怒っている顔だ。しかしそれ
 
にしても、アキラはヒカルを怒らせるようなことをしただろうか……考えたが心当たりはなかった。
 
 会ってすぐの時はとても上機嫌でいたのに、秋の空のように今ではまるでご機嫌が麗しくない。強いて上げるなら、バレンタイン
 
デーの荷物の話題からのような気がするが…それが何故かアキラには理解できずにいる。彼もこういった恋愛の機微という面に
 
おいてはヒカルと同等の鈍感さであった。
 
「何だよ?」
 
 まじまじとヒカルの顔を見詰めていると、不機嫌そうな砂色の眼に睨みつけられ、内心奇妙に思いながらも疑問を口にする。
 
「…進藤…その……怒ってる?」
 
「あぁ!?何のことだよ」
 
 不良さながらにガンを飛ばしてくる隣の少年を眺めやり、気付かれないようにそっと息を吐く。理由は不明だが、とにかく機嫌が
 
甚だしく悪いのは間違いなかった。怒っているじゃないか、と内心ツッコミを入れながらも、敢えて口にはしない。そんな事をすれ
 
ばヒカルが益々いきり立って食ってかかり、八つ当たりされるのが眼に見えて分かるからだ。
 
 我侭で幼い女王様のご機嫌をさりげなくとるのが、王子様の役目であり醍醐味なのだろうが、生憎と今のアキラにはヒカルの機
 
嫌をとるだけの材料もなければ、互いの付き合いも不足しがちである。もう少しヒカルと過ごして経験を積めばなんとでもなったの
 
かもしれないが、アキラはヒカルを取り成すこともできずに戸惑うばかりだった。
 
 ヒカルとてアキラを睨みたくて睨んだのではない。しかしどうにも苛々もムカムカも募ってくる。アキラが悪いわけでもないのに、
 
彼に怒鳴り散らして八つ当たりしたくなるのだ。何に対して怒っているのか自分でも分からないまま。
 
――おやまあ。…ヒカルったらヤキモチをやいてるんですね、可愛らしい。塔矢はまだ気付いてないみたいですけど
 
 佐為は二人の様子を穏やかに笑いながら見詰めた。あの鈍感なヒカルがヤキモチを妬いているとは意外で、少し驚きではある
 
が、無自覚ながらも少しずつアキラを意識している現われともとれて、微笑ましい。多分自覚が無いから余計に、アキラが見知ら
 
ぬ他人に想いを寄せられていることが気に入らないのだ。
 
 ヒカルが人並みに嫉妬をする心を持っている様子に、佐為は内心とても安堵した。どうにもこうにもヒカルはこういう面ではかな
 
り鈍い上に大らかに過ぎるところがある。例え自分の想いを自覚しても、果たして悋気を持つだけ心も成長できるだろうかと不安
 
だったのだ。佐為が傍にいるお陰か、ヒカルはどうも恋愛においての成長が著しく発達が遅れている感がある。
 
 それに伴い身体の方も第二次性徴の訪れがないように思えた。背などは伸び始めているが、性的な部分での兆候が全くみられ
 
ない。佐為の居た時代だと、ヒカルやアキラの年代で既に子供を儲けている者も居たというのに。勿論、現代とは時代がまるで違
 
う。だがそれを考慮に入れても、遅過ぎるのだ。ヒカルはこの歳になっても、性において肉体的な変化も起こったことがない。
 
 四六時中傍に居るからこそ、佐為はヒカルの性的に未発達な部分に一種の危機感すら感じることもあった。神はヒカルを愛する
 
故に、人間の根源的な欲望を与えず、無垢なまま高みへ目指させるつもりではないか、と。
 
 純粋で無垢であるが故に、どこまでも残酷になる最強の棋士として。神の一手を極める為に。
 
 幸いにも、この点に関しては佐為の畏れは杞憂に終わっていた。ヒカルにその兆候がほんの少しだが表れたらしいので。
 
 ここ最近身体がヘンに熱くなる時がたまにあるが病気ではないのかと、ついさっき道すがら相談され、佐為はホッとしつつ大丈夫
 
だと答えたばかりだからだ。かといって、変化をまともにきたしたこともない状態では油断は禁物であるが。
 
「……なあ…そのチョコとかどうすんの?」
 
 ヒカルの声に、佐為は没頭していた思考から不意に現実に立ち返る。横を見ると、ヒカルは相変わらず不満そうに頬を膨らませた
 
まま、ベンチの端にある紙袋を睨むように見詰めながら尋ねていた。
 
「どうって…チョコは碁会所で配ってもらうつもりだし、プレゼントは寄付する予定だよ」
 
「おまえは?」
 
「は?」
 
「だから、おまえは食ったりとかしねぇのかよ」
 
 間の抜けた返事をしたアキラを剣呑な目線で射抜き、ヒカルは再度確認している。まるで夫の浮気現場を押さえた妻の尋問のよう
 
だ、と佐為は思ったが、何も言わずに見守っていた。元から口だしできる雰囲気ではない。夫婦喧嘩は犬も食わないというように。
 
「食べもしないし、プレゼントも一切受け取らないよ」
 
 アキラには意味の分からない質問だったが、さも当然という口調できっぱりと言い切る。それにヒカルはまだ胡乱げな眼をしていた
 
ものの、一応は溜飲を下げる素振りを見せ始めた。
 
「……そうなの?」
 
「ああ」
 
「…じゃあ、いいや」
 
 力強くアキラが頷くと、ヒカルはやっと納得したのか、眼の険もとれていつもの愛嬌のある笑顔に戻る。それと同時にヒカルは盛大
 
にくしゃみをした。ヒカルはこの季節にしては薄着だったので、寒いのは無理からないことだと思うのだが、さっきまでの様子を見て
 
いると妙に可愛らしくて、アキラの口元は自然に綻んで笑ってしまう。
 
 それに頬をぷくりと膨らませると、ヒカルは鼻をぐずぐずいわせて擦り、横で笑いだしたアキラと佐為を睨みつけた。くしゃみをして
 
何が可笑しいと文句を言ってやりたいところだが、さっきまでの自分の態度を考えると、確かに笑われてもしかたない。しかし笑われ
 
たら笑われたで、腹立たしいのが人間心理のおかしなところだ。
 
「うぅ寒っ!塔矢、おまえのコートあったかそうだな」
 
 むくれてわざとらしくコートを見やるヒカルに、アキラは苦笑を零した。確かにこのコートはカシミア製で温いのだが。
 
 しかも中に着込んでいるのはスーツで、どちらかというた今日は厚着なのでそんなに寒さも苦にならない。
 
「貸そうか?」
 
 閉じていたコートのボタンを外しながら尋ねると、意外なことにヒカルは即座に首を横に振った。
 
「いらねー」
 
 絶対に着ると言い出すと思っていたのに、予想外の返事にアキラは瞳を丸くする。もしかして、まだ拗ねているのだろうか。それで
 
意地をはって着ないのかもしれない。自慢ではないが、アキラのコートは結構大きくて、その気になれば二人で包まることもできる
 
のだ。大人が相手では無理だが、ヒカルもアキラも体格的には大柄ではないから、充分いける。
 
 ヒカルが寒い思いをしているのに、コートを貸すのはアキラとしては当然だったが、当のヒカルがいらないというのに無理矢理着
 
せるわけにもいかず、アキラはどうすべきか一瞬躊躇した。
 
 その躊躇を知ってか知らずか、ヒカルは無言のままいきなり立ち上がって正面に回ると、アキラのコートを広げる。この奇異な行
 
動には佐為にも意味が分からず、彼は不思議そうに首を傾げていた。もっと訳が分からないのはアキラである。何をしているのか
 
さっぱり分からず、茫然とされるがままになっていると、不意に暖かな感触とまろやかな重みが太股に広がった。
 
 ヒカルはあろうことか、アキラの膝の上にちょこんと座り、広げたコートに包まって暖をとったのである。
 
「へへ〜あったかー!このコート肌触り最高じゃん!」
 
 すりすりとカシミアのコートに頬をすり寄せ、ヒカルは御満悦に笑っていた。勿論、二人の驚愕など完全無視である。
 
 これにはアキラも度肝を抜かれていた。現実を受け入れきれずに唖然としながら、彼は無意識に唾を嚥下する。膝の上に広がる
 
柔らかで瑞々しい弾力はそれはそれは素晴らしく、ヒカルの体温と相俟って何とも言えない幸福をもたらしてくれる。眼の前にある
 
髪から微かに甘い香りすら漂ってきて鼻腔を擽り、アキラをくらくらさせるのに充分だった。
 
「し…」
 
 アキラが口を開くより早く、ヒカルは彼のネクタイを引っ張って顔を覗き込み、唇が触れんばかりの距離で悪戯っぽく笑う。
 
「こうすりゃおまえも暖かいだろ?しばらく黙って椅子してろよ」
 
 ぽかんと大きく眼を見開き、人形のようにギクシャクと頷いたアキラのネクタイを離すと、ヒカルはさも当然とばかりにアキラの胸
 
に背中を預け、ぬくぬくとカシミアコートの感触を楽しんだ。
 
 肌の白いアキラの頬は今や鮮やかな薔薇色に染まり、鼓動は激しく胸を打つ。ヒカルが自分の膝の上にのって寛いでいるだな
 
んて、俄かには信じられない。ヒカルはというと、猫のようにごろごろと喉を鳴らして、すっかり満足の体である。
 
 これには佐為も呆れて口もきけなかった。よりにもよってこんな事をするとは思いもしなかったのである。恋人同士ならともかくと
 
して、お互いにまだ気持ちに気付いていないというのに、ここまですると信じられなかった。公園のベンチに座って、一つのコートに
 
包まって身を寄せ合っているだけでも凄いというのに、ヒカルはアキラの膝の上に平然と座って身体を密着させ、しかも肩に頭を預
 
けているのだ。ここまでされてしまうと、さすがの佐為も言葉がない。
 
 ヒカル自身としは深く考えての行動ではなく、ただ単にこうすれば暖かいと思ってしただけなのだが。傍目から見れば既に立派な
 
バカップルで、無自覚でここまでするとは将来的にはどうなるのか、誰もが想像するのもうんざりするに違いない。
 
 アキラはアキラで最初こそ驚いていたものの、少しして落ち着くと、ヒカルの代わりにコートの端を持つついでに、腕の中にしっか
 
りと彼を抱き込んでいる。どこから見ても熱々の恋人同士にしか見えないに違いない。
 
――ヒカルったら…もう…
 
 佐為がやっと言えたのはそれだけだった。これ以上とてもではないが口から何もついて出ない。
 
 そんな佐為に、ヒカルはアキラのコートで温もりながら、怪訝そうに小首を傾げてみせる。
 
(佐為?どうかしたか?)
 
――あ、いえ……塔矢は…
 
(?塔矢がどうかしたのか?)
 
 何気なく口からアキラのことがついて出たが、別に彼のことを話そうとしたわけではなかった。あくまでもたまたまだったのだが、そ
 
れにヒカルは反応して聞いてきて、佐為は誤魔化すように軽い口調で話した。
 
――塔矢は…ヒカルのことがとても好きなんですね
 
(うーん、そうなのかなぁ?オレはこいつのこと嫌いじゃねぇよ)
 
 佐為に応えると同時に、無意識にヒカルはアキラの首元に甘えるように頬をすり寄せる。
 
――ふふふ…好きなんでしょ?
 
(へ?あ…好き…は好きだけど…その……。もう!どうだっていいだろ!)
 
 ついこの間まではあっさりと『好き』だと言っていたのに、今日は妙に照れている。どうやらヒカルの中で少しずつだが想いが形にな
 
り始めているようだった。それに、佐為は優しく微笑んだ。彼の美しい面差しに浮かんだ慈しむような微笑に、ヒカルは照れ臭さや羞
 
恥も忘れて見惚れてしまう。ヒカルの大切な棋聖は、いつでもどんな時でも美しい。
 
「……雪だ…」
 
 柔らかな静寂の中でアキラの呟きは自然と空気の中に溶け込んでいた。
 
 ヒカルと佐為も顔を見上げて、上空からふわふわと落ちてくる天からの贈り物を見入る。
 
――綺麗ですね…
 
「綺麗だな」
 
「うん…」
 
 ヒカルだけでなく、まるで佐為の言葉も聞こえているように、アキラは頷いて上を見上げた。
 
 そっと手を出してヒカルは一片の雪を掌で受け止める。程なく融けてしまう雪の存在は、不思議と物悲しい気持ちにさせられた。
 
 そんなヒカルの手をアキラはすぐに握り締め、コートの中に大事そうにしまい込む。
 
 ゆっくりと穏やかに降る白い雪を、三人は時間を忘れたように見詰め続けた。まるで別れの時を惜しむように……。
 

                                                              2004.4.30