土が下から吐き出されて地上に降り注ぎ、銀色の金属が底に見えた。それは狭い穴をこじ開けてゆっくりと全体像を人々の前に晒す。
地面の中から現れたのは、円盤状の頭の下に三本の足を持った巨大な物体だった。すっぽりと大きな布を被せれば、即席のてるてる坊主ができそうな、
そんな奇妙な形をしている。
すぐ近くにある四階建てのファッションビルと同じ高さのそれは、陥没の中心に巨人が身を起こすようにのっそりと立ち上がった。
そこに居た多くの市民や警官と一緒に、アキラも唖然となって蛸の出来損ないを思わせる物体を見上げる。拡声器を持った警官も、声一つ出せずに口
をあんぐりと開けたまま硬直していた。だがしかし、奇妙な物体――恐らく何かの機械だろう――は、人々の驚きを余所に行動を開始した。
たった一歩で陥没地帯を抜けて道路に立つと、更に大きく見えた。傍のビルよりも頭の部分の高さが突き出ている。
アキラはそれから眼を離さないまま、一歩、二歩と後退する。何をしようとしているのか分からなかったが、ただひどく嫌な予感がした。
子供であっても勝負師ならではの勘で、敏感に敵意を読み取った。人々も同様のものを感じたのか、遅まきながら後退りを始める。
奇妙な機械は逃げの姿勢を見せた獲物を威嚇するように、サイレン音を笛のように長く鳴らしながら青白い光を放った。
瞬間、光の照射線上にあったビルや建物が次々に爆発炎上し、派手な音を立てながら倒壊して潰れていく。
現実離れした光景を眼にした誰もが棒立ちとなった一瞬後、我先にと逃げ惑い始めた。
この銀色の機械が明確な敵意を持っていると理解したのである。そんな一般市民に向かっても、青白い光は容赦なく襲いかかる。
僅かでも光に触れた部分は一瞬で真っ白に染まり、灰が飛び散るように粉々に砕けた。身体を貫かれれば、中心から何も残さずに灰になってしまう。
血は一滴も出ないが恐ろしい威力の熱線だった。
人体は一瞬にして灰と化すのに、服は燃え尽きる速さに追いつけずに、抜け殻のように地面に次々と落ちていく。
戦闘機械は窪地を出て歩きながら、青白い熱線を無差別に照射する。
四方に放たれた光線によって街は瓦礫の山を築き、恐怖の入り混じった混乱は急速に広がり始めた。
アキラ自身信じられないような事態に、一瞬固まって動けなくなったが、すぐ我に返った。
咄嗟にヒカルの居るホテルの方角に眼を向け、躊躇なく駆け出す。
一度だけ後ろを振り返ると、少し離れた場所からもう一体の機械が地面から現れ、先に地上に出た機械と同様に攻撃を開始していた。
逃げるアキラを追いかけるように、熱線は周囲を飛び交う。
アキラのすぐ真横を走っていた男性が光を浴びて、悲鳴すら上げずに灰となって燃え尽き、真後ろを走っていた女性も同じ運命を辿った。
周囲の人々が熱線を浴びて消え、アキラはそのすぐ傍を走っていた。
恐怖に顔を歪め、真っ白な粉になって飛び散った人間の衣服が、無残に空を舞っていたかと思うと、重力に従って行く手に降り注ぐ。
今まで感じたことがないほど、すぐ間近に『死』が迫っている。
背中にはびっしょりと冷汗をかき、手足は緊張で冷えきり、胃が締め付けられるように苦しくて鳥肌が立った。
それなのに妙に現実感がなく、恐怖と驚きにパニックを起こしそうになりながらも、どこかに冷静な自分がいた。
自分にその熱線が当たらなかったことに安堵し、また同時にどうやって逃げるのか算段しているのだ。しかし考えたところで逃げようもなく、どうにもなら
ないのも事実であった。立ち止まっていると格好の標的になってしまう。とにかく走るしかなかった。
囲碁ばかりをしていてあまり体力がなさそうに見えるアキラだが、実のところ足はかなり速い。人を追い抜いてアキラは駆けた。
逃げ惑う群集の内、一人、また一人、或いは数人や数十人単位の人々が熱線で消え去る中、足を叱咤して走り続ける。
群集の怒号と悲鳴が入り混じり、建物が倒壊する音の中には、あの機械が動く度に立てる地響きが地面を通して伝わってくる。
背後を振り返る余裕はなかった――というよりも、振り返りたくなかった。振り返れば殺される人を眼にすることになる。
横を向いても同様に誰かが熱線で焼き殺されているだろう。
そして『文明』が容赦なく叩き壊されていく様を、自らの眼で確かめることになったに違いない。
だからこそ正面を向いているしかない。凄惨な現場を見たくなければ、正気を保つためには、周りに眼を向けてはいけない。
本当は直面した『死』に足が縮み上がり、竦んで動けなくなってしまいそうだった。怖くて、怖くて、仕方なかった。
どれだけ冷静に見えようが、大人顔負けの精神力を持っていようが、アキラはまだ十六歳の子供である。恐怖を感じないはずがなかった。
いっぱしの大人でも、何もできずに泣き叫び無力になるというのに。
アキラを奮い立たせて支えていたのは、ホテルに残してきたヒカルだった。彼のことが気がかりであると同時に、こんな場所で死なせるわけにはいかな
いという、一種の使命感が拠り所でもあった。
アキラは角を曲がり、方々に向かって散り散りに逃げ惑う群衆の中から離れてホテルへの道をひたすら走った。
幸いにも今のところ、戦闘機械はホテルの方向に向かって来ていない。だがいつ方向転換をしてこっちに来るのか分からないのだ。
ヒカルを連れて逃げるなら今しかない。あんなものに立ち向かうなんてまさに自殺行為だ。とにかく、一歩でも遠くアレから離れなければ。
僅か二百メートルほどの距離がこれほど長く感じたことはなかった。
ホテルの扉を壊すような勢いで入ってきたアキラを見て、社は勿論のこと、ヒカルも驚きに眼を見開いて立ち上がる。
アキラは美しい黒髪を乱れさせ、切れ長の瞳を殺気すら感じるほどギラギラと輝かせながら、大股に近づいてきた。何があったのか分からないが上等
なスーツには白い粉がついて、薄汚れていた。
アキラは肩で息をし、額にはうっすらと汗をかいて髪が張り付いて、まさに『鬼気迫る』という言葉をそのままにしたように見えた。
それだけでただ事ではないと十分察することができたが、ホテルに居て事態が飲み込めていない二人には、アキラの姿は一種異様だった。
「…とうや…?」
ヒカルが不安そうに声をかけてくるのに、安心させたくて形ばかりに口角を吊り上げたが、ただ頬が僅かに引きつる程度にしかならない。
「どないしたんや?」
社も何が何だか分からずに問うが、答えの代わりに無言で荷物を渡され、アキラも自分の荷物を掴み、ヒカルにもディバッグを渡した。
「時間がない。地下駐車場に下りて動く車を探すから手伝ってくれ」
ヒカルと社は言葉の意味を飲み込めずにぽかんとする。
動く車を探してどうするつもりだろうか?まさかとは思うが、その車を拝借してとんずらするなんて、アキラには有り得ない行為だ。
あの品行方正で真面目なアキラが、そんな事をするはずがない。服の汚れも気になって訊きたいのに、静かな拒否で口に出せなかった。
「車って……おまえ何するつもりなん?」
「質問に答えている時間がないんだ、早く行こう」
アキラはどこかイライラした様子で時間がないと繰り返すだけで、明確な答えは返さずに階段を駆け下りて地下駐車場に向かう。
二人は顔を見合わせて互いに肩を竦めると、一緒に階段を下りた。
宿泊客の車の殆どが既に出払い、明日は平日ではチェックインしている客も少ないのか、駐車場にある車の数も少なくまばらだった。
調べる数が少ないのは助かるが、同時にその分だけ動く車を引き当てる確率も低くなるということにもなりかねない。
だが、今はそんな余計な心配をしている場合ではなかった。
「二人とも鍵のついている車を探して、動くかどうか調べてくれ」
アキラが手近なところから車を覗き込み、キーがついていないかどうか探っている様子を見て、社もヒカルも信じられずに瞳を瞠る。
「オイ…ホンマに車盗むつもりかいな」
「マジかよ……おまえどっかに頭ぶつけたんじゃねぇの?」
信じられないといった様子でいる社とヒカルは、事態が切迫していると知らないこともあり、言葉には緊張感が全くない。
だからこそ、事実を見てしまったアキラの苛立ちは頂点に達した。
「いいから早くしろっ!」
普段の冷静さをかなぐり捨て、どこかヒステリックな感のある怒鳴り声に、二人とも唖然として硬直する。いまだかつて、アキラがこんな風に取り乱して
喚く姿を見たことがなかった。
「…すまない、怒鳴ってしまって。とにかく今は協力してくれないか」
ヒカルと社の戸惑った視線と表情に、アキラは努めて冷静さを取り戻そうとするように息を吸い込むと、できるだけ平坦な声を出して再度頼んだ。
それでも語尾は震えて掠れていたが。
この時初めて、アキラの顔色が青ざめていることに社とヒカルは気付いた。元々色白なので分かりにくいが、殆ど蒼白といっていい。
まるで何かに追い立てられ、切羽詰っている様子には緊迫感が滲み、普段冷静沈着なアキラらしくない焦りようだった。
病人のような顔色のアキラを見て、二人はそれ以上どうこう言う気にならなかった。というよりも、下手に逆らう方が危険な気がした。
二人ともまだ釈然としない顔つきのままであったものの、アキラに言われた通りに一台一台車を覗き込み、無用心な車はイグニッションキーを回して動
くかどうかを確かめていく。
殆どの車にキーはないが、それでも何台かはつけっぱなしで鍵もかかっていなかった。しかしエンジンがかかるものは見当たらない。
社はホテルが要人を迎えるのに使っているらしい小型のリムジンを見つけて中を覗き込む。
担当の運転手が外すのを忘れたのか、キーはつけたままだった。
鍵もかかっていないので中に入り込み、試しに回してみると、エンジンが微かな唸り声を上げて回転する。
「塔矢!この車動くみたいやで」
別の車を探っていたアキラが弾かれたように顔を上げ、社の元へ物凄い勢いで走ってきた。普段の冷静さも育ちの良さを感じさせる落ち着いた雰囲気も
かなぐり捨てた必死な様子に、社は面食らうばかりだ。
半ば社を押しのけるようにようにして、アキラは運転席を覗く。幸いにもガソリンは満タンで、ついさっき整備が終わったばかりのようだった。リムジンだけ
あって車体も頑丈に造られているし、運転に不慣れなアキラが多少ぶつけても、走ることができるだろう。
アキラは運転席から顔を出すと、背後を振り返ってヒカルを呼んだ。
「進藤、早く乗って。社、キミもだ」
ヒカルの為に後部座席の扉を開け、乗り込んだのを確認すると自分も運転席に座ってシートベルトをしっかりと締める。
「なあ…ホンマに車かっぱらうんか?」
「ああ」
社の疑念に満ちた問いに、アキラは平然と即答し、頷き返した。
後部座席のヒカルもアキラに問うような視線をむけているが、取り敢えずはシートベルトをしている。
「おまえ…運転したことあるん?」
「あるわけない。緒方さんに冗談半分に教えて貰ったことはあるけど、どれがアクセルでブレーキかという程度のことしか知らないよ。とにかくシートベルト
はしておいた方がいい」
「塔矢、ホテルの人に怒られない?」
ヒカルはさっきからのアキラの行動の真意が読み取れずに、どことなく的外れなことを訊いてきた。それにアキラは苦笑を零す。
何故だか、今のヒカルの言葉でささくれ立った心が少し癒された。
「非常事態だからね、きっと許してくれるよ」
さっきとは違った笑みをヒカルに向けて答えると、アキラは覚束ない知識を総動員しながらステアリングを握る。アクセルを慎重に踏み込むと、車体は
停められた場所から前に進み始めた。
ステアリングを回して車を広い場所に移動させる際に二台ほど擦ってしまい、ヒカルと社は息を呑んだが、アキラは平然としたものだ。擦った車の持ち主
は、きっとほどなく車のことを気にする余裕もなくなると分かりきっている。誰でも、自分の命と物とを天秤にかければ、自分の命を優先するのだから。
アキラとしては、一刻も早くこの場から脱出するのが最優先事項だった。
ぐずぐずしてこのホテルが壊されるようなことになったら、生き埋めにもなりかねない。
出口に向かって前進させる際にも柱にぶつかりそうになったのにはヒヤリとしたものの、多少は運転のコツが分かってきた。
無免許運転をすることになるなんて今朝までは考えもしなかったが、アレから少しでも早く離れて避難するには、車を使うしかない。
自転車でも構わないが、それでは遅すぎるし、すぐには手に入らない。使えるのならば車を使った方が早くてしかも安全だ。
アキラの運転では半分自殺行為でどっちもどっちかもしれないけれど、手っ取り早く三人一度に行動できる乗物はこれしかない。
地下駐車場から外に出ると、一ブロック先で起こった出来事が嘘のように、逃げ惑う人々の姿は見えなかった。ホテルの警備員がぼんやりと出口付近
で突っ立っている。恐らくここにはまだ、あの恐ろしい戦闘機械が姿を現していないのだろう。それならば一刻も早く安全な場所へ避難しなければ。
いや、今この地上に安全な場所などどこにもないのかもしれない。
あのニュースの様子だと、東京や大阪でも戦闘機械が姿を現しているに違いない。下手をすれば全世界で。
果たして、アキラの考えは的を射ていた。
この日、この時、全世界であの蛸の出来損ないを思わせる巨大な機械が一斉に蜂起し、進軍を開始していたのである。
アキラは警備員の横をゆっくりと通って道路にリムジンを出すと、周囲を素早く見回した。まだあの機械の姿は見えない。
内心ほっとしながら、多少コツを掴んだといっても決して上手とはいえない覚束ない運転で、リムジンの方向を切り替える。
いつもと違った拙い動きに警備員は不審を抱いたのだろう。道路と平行になった車に近づいて運転席を覗き込み、ぽかんとした。
リムジンの運転席に座っているのは馴染みの運転手ではなく、まだ子供だった。それもホテルに宿泊していた将来有望なプロ棋士だ。
中を覗くと、二人の少年棋士が助手席と後部座席に座っている。何故彼らが勝手にホテルの車を乗り回しているのかわからなかったが、とにかくやめ
させなければと、大人の分別と責任感で窓ガラスを叩く。
「ちょっとキミ達、降りなさ―――」
警備員は皆まで言うことはできなかった。永遠に。
彼は自分の身に何が起こったかすら分からずに、絶命した。
ヒカルと社はそれを見た瞬間、一体何故警備員の姿が一瞬にして消えてしまったのか理解できなかった。青白い光が見えたような気もしたが、それが
恐ろしい殺人光線だと分からなかったのである。
ただイリュージョンのように突然消えた事実が、手品ではなく不吉な現象だと直感し、言いようのない確かな恐怖を覚えただけだった。
アキラ自身は窓を警備員が叩いたのにちらりと眼を向けただけで、すぐに注意はバックミラーとサイドミラーに移っていた。
そこには彼が今最も警戒している物体が映っていたのだから。
警備員の末路を見ることなくステアリングを握ったまま背後を振り返ると、あの戦闘機械の姿が見えた。不気味な予感を感じながら、運転席のアキラに
つられたように背後を振り返ったヒカルと社は、ビルを壊して進む物体に息を呑んだ。それが白っぽい光を発すると、建物が次々に壊れて瓦礫になる。
警備員を襲った光がそうなのだと、二人は中々認められなかった。
「何……?アレ…」
「塔矢…アレ何なん?」
顔を強張らせて尋ねてくるヒカルと社に、車を走らせ始めたアキラは正面を向いたまま無愛想に答える。
「知らないよ。少なくとも友好的な相手じゃない」
「友好的な相手やないて……ムチャ殺意むき出しやん」
今更のように、あの警備員が熱線に殺されたのだと自覚した社は、現実感を覚えられないまま指摘した。青白い光線が人と文明を破滅に追いやるのだと
分かっても、脳が少しも理解してくれない。まるで、映画の中の出来事を見ているようだった。
しかしヒカルは現状を認め始めると、俄かに怯えだしているのが、社にもすぐ感じとることができた。それに追い討ちをかけるように、あの機械は熱線を無
差別に繰り出して破壊行為を繰り返している。光は三人が乗る車の背後にまで迫り、路上から動けなくなった他の車を爆発炎上させ、逃げ惑う人々を真っ白
な灰へ変えて消し去っていく。次々に展開していくその恐ろしい光景に、ヒカルの唇からは押し殺した悲鳴が漏れていた。
「見るんじゃない、進藤!危ないから伏せていろっ!」
鋭く響いたアキラの声にビクリと身を竦ませると、涙を大きな瞳に湛えたまま、ヒカルは大人しく後部座席で頭を抱えて蹲る。
三人の中で最も感受性の強いヒカルにとって、残酷な現実が押し寄せてきているのである。アキラの言葉はある意味正しい選択だった。
社もまた、人間と他の物体を容赦なく薙ぎ払う凄まじい威力を持った、敵意と殺意に満ちた攻撃の恐怖に声をなくしていた。
アキラは間近で戦闘機械が出てくる姿も、建物を次々に破壊していく様子も、人々を熱線で殺す惨劇も最初に嫌というほど目撃した。
この時点では臨界点を超えて、逆に冷静さを取り戻してすらいた。
尤も、それはあくまでも一時的なものであったし、アキラとて恐怖を感じていないはずがなかった。
しかしここで自分がパニックを起こせば、残る二人に伝染して収集がつかなくなると本能で理解してもいた。車を運転して二人の命を預かっているという事
実も、アキラの責任感を刺激していた。
これらの要素が複合的に重なり、アキラは何とか判断力を失わずに済んでいたのである。そうでなければ正気を失っていたかもしれない。
とにかく今は、一刻も早くこの場から離れること、あの戦闘機械の攻撃範囲外へ脱出すること、三人で生き残ること、それが重要だった。
「こっちに向かってきていないな?」
「ああ……別の方角へ歩いていっとるで」
前を向いて注意深く運転するアキラの質問に、社は後ろを振り返って頷いた。機械はホテルの方角には来ないで、直角に進んでいる。
上手くいけばこのまま離れることができるかもしれない。
立ち往生している車の横を擦り抜け、ビルよりも高い物体が移動する様を見て驚く人々を尻目に、アキラの運転する車は徐々に加速していく。そうしなけれ
ば、いつ方向を変えてこちらに向かってくるか分かったものではない。
目前の恐怖に一種の強迫観念も加わっていたとはいえ、誰にも絶対に安全だから大丈夫と言いきれる状況ではなかった。
とにかくアキラは必死だった。一刻も早く機械から離れたくて。
自分勝手と言われようと、自分本位だと詰られても構わなかった。
とにかく生き残る方法があるのならば、そうするしかないと、逸早くアキラは悟っていたのだから。
どこへ行くか分からなくとも、当面の危機はこれで回避できる。
随分と距離が離れると、ヒカルも不安げに後ろを見ていた。あの奇妙な物体が怪獣映画のように街を次々に破壊しながら進む姿は、とにかく恐ろしかった。
徐々に遠くなる街を何度も振り返りながら、三人は当てのない、先行きの不透明な苦難の旅路に出発することとなったのである。
しかしそれは確かに、彼らの前にある現実だった。
突如として訪れた危難は、三人だけではない、多くの命の前に振り下ろされようとしている死神の鎌そのものであった。
後の記録では最初の奇襲攻撃を受けた一日目の被害だけで、全人類の十分の一が死滅したとされている。この日が、生き残った人類が後に『死の七日間』
と呼ぶ恐怖と地獄の日々の幕開けだった。








