ACTU 月曜日(MONDAY)
アキラは夜になるまで、車を走らせ続けた。
すっかり暗くなって視界が悪くなってきたことに気づくと、やっと車を停めるだけの気分の余裕ができて道端に寄せた。
闇雲に走らせたこともあり、場所がどこなのかもわからない。深夜に近い時間帯の上に停電していては、真っ暗で何も見えなかった。
障害物があって安全な場所にするという知恵も働かないほど、全員が現実離れした出来事に疲れきっていて、限界が近かったのだろう。
精神的にも緊張を強いられ続け、言葉を話すのも億劫だった。とにかく休息したい一心でいた。そしてその休息とは眠りである。
人は眠ることで、精神の安定や体力の回復を効率よく行う。
育ち盛りで食欲旺盛な年頃であるはずなのに、誰もが空腹を訴えずに、黙々とリムジンの中からひざ掛けや毛布を探し出して後ろへ移る。
こんな時は無意識にしろ防衛本能が働くのか、なるべく離れないように固まって行動することを彼らは選択していた。
リムジンは基本的に広く作られているので、後部座席は運転席側のソファと向かい合うようになっている。そこが一般車との大きな違いだ。
それに座席も広くて寝るのに不自由はしない。
社は運転席側のソファに毛布に包まって横になり、ここでようやく息をつけたように、小さな声で話しかけてきた。
「……おやすみ、お二人さん」
それにアキラとヒカルも後部座席を倒しながら応える。
「うん、おやすみ」
「おやすみ、社」
寝転がりかけて、アキラは自分がネクタイを締めたままでいることに気づいて苦笑を零した。シャツのボタンを外して少し胸元を寛げ、ネクタイも緩めてしまう。
アキラが毛布を被って身を横たえると、すぐにヒカルが同じ毛布に潜り込んできた。自らアキラの胸に頭を押し付け、身体をくっつける。間近に他人の気配が
ある時に、ヒカルがこんな行動をするのは初めてだった。この行動だけで、ヒカルがどれだけ怯え、恐怖を感じていたのかアキラは悟った。
ただでさえヒカルは『死』というものに対して敏感なところがある。
アキラが少し居なくなることでも過敏に反応し、ひどく嫌がるだけでなく、彼の心の繊細な部分を剥き出しにする危うさがあった。ヒカルは身近な人が亡くなっ
た経験があるのか、とにかく親しい人が傍に居なくなることを恐れ、『死』を厭う。
無言のままぎゅっとしがみついてくるヒカルの頭を安心させるように撫でながら、アキラは仄かな安堵を感じて息を吐いた。ヒカルの体温と鼓動がひどく愛しく
て、彼の『生』をアキラに感じさせてくれて、じんわりと胸の奥が熱くなって涙が零れそうだった。
先のことを考えるとここで泣くわけにはいかなかったから、腕の力を強めて誤魔化したけれど、本当は苦しくて仕方なかった。
胸の苦しさはまるで溺れていると錯覚しそうな感覚で、救いを求めるように毛布の中を探ってヒカルの手を掴まえる。
溺れるものはわらをも掴むという言葉は、真に救いを求める気持ちを本来は表しているのかもしれない。
握り返してきたヒカルの手の温もりに、やっと息ができた気がした。
胸のつかえがとれると、眠気が急速に押し寄せてくる。アキラはそれに逆らわずに瞼を閉じた。今日という日が夢であったことを、どこかで願いながら。
それから毎晩、ヒカルとアキラは手を握り合って眠った。
いつ何が起こるか分からない不安のために眠れないかと思ったが、慣れない運転や精神の疲労もあって考えた以上によく寝たらしい。
夢も見ないでぐっすりと朝まで寝入っていた。三人が本当にゆっくりと眠れたのは、この夜だけであったけれど。
翌朝、昇ってきた太陽の光に起こされるようにして眼を覚まし、まず眼に入った光景が荒れ果てた現状だった。
太陽が昇り始め、生きて朝を迎えた喜びも、眼の前にある現実の前では些細な出来事でしかなかった。
彼らが目覚めてまず見たものは、戦闘機械が出てきたと思しき大穴と、不自然に欠けた山の姿だったのだから。
リムジンを停めていたのは雑木林の脇道で、穴は道を隔てた向こう側にできており、そして抉れて山肌をむき出しにしているこじんまりとした山が、朝もやの
中でぼんやりと浮かんでいた。イベントが終わった翌日の今日は、本来ならばそれぞれの家に戻っていた予定である。
自宅で起きて、社は学校に行く準備をしただろうし、ヒカルとアキラは棋院に顔を出しに行っていただろう。
それが、まるで普段と違う月曜の朝を迎えていた。家族と食卓を囲むこともなければ、目覚めたのも泊まっていたホテルから盗ってきたリムジンの中である。
幸いにも気温が高くなってきているからこそ毛布を被っただけで眠れたが、冬ならば凍死してもおかしくない。季節的にも初夏という時期だったのは、まだ彼
らにとっては救いだったといえるだろう。
五月の爽やかな空気とは裏腹に、車内は先行きの不安もあって、曇り空のようにどんよりとしていた。
寝惚け眼を擦りながら外に出ると、朝の空気は変わらずに彼らを迎えてくれた。東京とは違って周囲にあるのが田畑や林だからか、土の匂いが少し混ざっ
ていてどこか懐かしい感じがする。尤も、さほど遠くない場所に大きな穴ができていて、巨人が遊び半分に壊したような山があっては、どこか興醒めだった。
ほんのりと冷たい風を頬に感じながら、ぼんやりと途方にくれたように彼らは朝日に照らされる光景を茫然と眺めていた。
社は瞳を細め、アキラは溜息を吐き、ヒカルはアキラの手を握って。
だがそれでも、直に触れる朝の感触は覚醒を促した。まず目覚めたのは、昨夜から空っぽの状態でいる胃だった。
三人揃って盛大になった腹の虫に、アキラは苦笑を零す。
「何か食べないか?多分中につまみ程度のものはあると思うけど」
「そうやな、ここでボケーっと突っ立っててもしゃあないわ」
嘆息まじりに社も頷き、取り敢えずはリムジンに戻って食料の物色を始めた。こういったことを一番率先してやりそうなヒカルは、何故だかアキラにくっつい
たままで何もしようとしない。
借りてきた猫のように大人しい様子に社は微かな違和感を覚えたが、それよりも空腹感に意識が向いてすぐに思考から離れてしまった。
リムジンの中にあったのは、ナッツ類などのつまみ系統の袋が幾つかと、五百ミリリットルのミネラルウォーターが六本と三百ミリリットルのミネラルウォーター
が四本、それから酒類が数本だった。
つまみ系統の食料では、三人で食べると一日ももたない。全員が育ち盛りであるし、何よりも入っている量が少なかった。
それでもないよりはマシであったし、少なくとも飲み水をある程度は確保できたのが一番有り難かった。
イベントでホテルに泊まっただけの状態で飛び出してきたのだから、当然ながら非常用持ち出し袋など持っていない。こんな事になるなんて考えもしなかった。
しかし、自分達の状況は比較的マシな方なのであろうことは、社にも理解できていた。何故なら、三人共生き残っている。
あの機械に襲われて多くの人が死んだだろうことは想像に難くなく、生き残った人々は廃墟を彷徨って肉親や食料を探さねばならない。
少なくとも今は、社達は食料については心配をしなくていい。肉親のことは勿論気がかりだし、探しに行きたいと思っている。
けれど、遠く離れた九州では焦ったところでどうにもならない。それにヒカルもアキラも、状況的には同じで変わらないのだ。
一番の救いは、仲間が居るから孤独ではないことである。自分が一人でこんなところに居たとしたら、きっと途方にくれて何もできずにぼんやりしていただろう。
アキラとヒカルが傍に居るからこそ、何とか耐えていられるのだ。
物色した食べ物は、缶詰やナッツが大半で、比較的食べやすそうなのはリッツくらいだった。朝食に食べるにはあまり相応しくない内容でも、腹に入れるしか
ない。だが正直、身体は空腹を訴えていても、精神的にはあまり食べたい気分ではなかった。
胃の中に水を使って流し込みはしたが、食事だけで三百ミリリットルのペットボトルが半分以下に減っている。
今後のことを考えると、水不足は深刻な問題だった。アキラも同様のことを考えているのか、ペットボトルを見詰める眉は顰められ、難しい顔をしている。
「どこかで、水を手に入れへんかったらあかんな」
ぽつりと呟いた社にアキラは頷きながらも、表情は複雑だった。
「そうだな…でも実際は難しいんじゃないか?山の中なら湧き水もあるかもしれないけれど、ちょっと都会に出たらそんな場所はなくなる。水道も断水してるに違
いないし、浄水場も機能してないだろう」
形の良い顎に指を添えながら紡ぐ言葉は確かに的を射ていた。
こんな時でも冷静な判断力を失わないアキラを社は感心しつつも、もう少し楽観的に捉えられるように言って欲しいと思う。
かといって水がなければ生きていけないのが生物である。
アキラのことだ、現実を客観的に捉えているだけでなく、それを元にして現状を打破する解決策を考えているに違いない。
「とにかく、山に入ったら空いたボトルに湧き水を入れて、コンビニやスーパー、スポーツ用品店を見かけたら片っ端から中に入っていくしかないな。今ならそん
なに略奪されてないだろうし」
「品行方正と評判の塔矢アキラ先生の台詞とは思われへんな」
「ボクは生きたいからね。そのためなら綺麗事を言う気はないよ」
社の揶揄するような口調に、アキラは気負うでもなく真剣に答えた。
それだけに、彼の本音と強い決意が滲み出ている。
「ところで、キミはこれからどうするの?」
唐突な問いかけに、社は口に当てていたペットボトルを下ろして、アキラをまじまじと見直した。
「どないするって……おまえらと一緒に居るに決まってるやんか」
「そうじゃなくて…ボクの両親は台北に出かけているけど、進藤の両親は東京に居るから、取り敢えず東京に向かうつもりでいる。キミのご両親は大阪だろう?
ボク達と東京に行ってもいいのか?」
「ああ…そういや言ってへんかったな。オレの親父とおふくろ、同窓会で東京へ行ってんねん。この騒ぎや、どうせ足止め喰らって大阪へも戻れてへんやろし、
オレも一緒に東京へ行くわ」
「そうか、じゃあこのまま関東方面へ向かうことにしよう」
第一波の攻撃で東京がどうなったのかもまるで分からない状況ではあったが、身内の安全を確かめるためには、当然の選択だろう。
意見を一致させると、アキラは早速車のダッシュボードを探って地図を出してきた。発行年月日を確認すると、どうやら最新版らしい。
地図と比較しながら目印になりそうなものを探し出し、大体の位置を把握すると、給油のためにガソリンスタンドに寄ることを決める。
だがまずは、休息しがてら、荷物の整理を行わなければならない。
もしもの時には車は乗り捨てる可能性もある。荷物は少なくして、一つに纏めて管理した方がいいからだ。
「進藤のディバッグに纏めたらええんちゃうか?あれやったらすぐ背中に背負えるし、結構ぎょうさん入るやろ」
後部座席に三人で集まって、それぞれの荷物とリムジンに入っていた物品を広げると、開口一番社がヒカルのディバッグを指差した。
「ボクもそう思っていたところだ。進藤、貸してくれないか?」
ヒカルは頷いてディバッグをアキラに手渡すと、一旦全員の荷物を出して必要なものとそうでないものを分ける。
元々が一泊のイベントであったこともあり、着替えは下着類くらいだ。社はスーツ以外の着替えは今着ている服だけで、アキラは替えの服はカッターシャツ
程度だった。ヒカルはもう一着替えの上着と下着などがあったので、アキラのカッターシャツと一緒に膝掛けで包む。
ペットボトルを入れやすいように、底にあった携帯用のマグネット碁盤を社が取り出すと、唐突にヒカルが反応した。
「何すんだよ!これは絶対に持っていくんだからな」
碁盤を掴んで険しい顔で睨むヒカルを眺めて、社はぽかんとする。
自分とて碁打なのだから、携帯用とはいえ碁盤を疎かにする気はない。ただ入れやすいように出しただけだ。それなのに、ヒカルの反応はまるで社が大切な
宝物を捨てようとしたと思っているかのようだ。
こんな状況下でなければ、社はすぐにヒカルの様子が常とは違うと気づいただろう。だがしかし、彼もまた非常事態でいつものように飄々とした余裕を持って
いたわけではない。ヒカルの行動の真の意味を理解できずに、眦を吊り上げた。
思わず口を開きかけた社を制したのは、素早く二人の間に割り込んできたアキラだった。
「進藤、社が碁盤をどうこうするはずないだろう?ほら、もう入れるから。今度のことが落ち着いたらまた一緒に打とう?」
穏やかな声でヒカルを諭しながら、碁盤を手に持つ。
「……オレの宝物なんだ。何百局も打った…おまえともあいつとも」
「うん、そうだね。分かっているよ」
小さな声でおずおずと言うヒカルの頭を撫でてやり、携帯用の碁盤を一番底に入れると、目線で社を促した。
社はこれみよがしに溜息をつくと、食料と水を次々に放り込む。
アキラはヒカルを連れて座席の端に座り、小さな子供にするように背中をゆっくりと何度も擦った。
「おまえともしょっちゅうアレで打ってる」
「…うん、打ったよね。ここに来るまで新幹線の中で」
「…碁が打てなくなるなんて嫌だ……」
「大丈夫だよ。きっとすぐ打てるようになるから」
ぎゅっと自分の首に腕を回してしがみ付いてくるヒカルは泣き出しそうで、アキラはひたすら宥め続ける。ヒカルにとって、この碁盤は大切な思い出と幸福な
現実を繋ぐ大切な拠り所なのだ。
「おい、大体できたで」
声をかけてきた社を振り返ると、取り敢えず外に出しておいた粗方の物品はディバッグに詰め込まれていた。だが元々の量が少なかったこともあり、ディバ
ッグは余り膨らんでいないようだった。ヒカルはアキラにしがみ付いたままで、社の声にも反応しない。
アキラは微かな違和感を覚えてヒカルを密かに見やった。ヒカルは細い身体をくっつけて、今は少し安堵したように頭を擦り付けている。
(まさか…社が居ると理解できていない……?)
背筋に冷たい汗が伝った。この考えが当たっていると思いたくない。ただヒカルが拗ねて、社をわざと無視したのだと考えたかった。
けれどもしも……ヒカルが社を認識できていないのだとしたら?
眼の前の現実に耐え切れず、アキラしか認識できないほど、ヒカルの繊細で危うい心に過負荷がかかっているとしたら?
ヒカルの精神状態は安定さを著しく欠いて、壊れる寸前にある可能性もあると否定できない。アキラは不安を感じながらも、敢えてその考えを否定した。
大丈夫だ。きっとヒカルはわざと社を無視したのだ。きっとただの我侭に過ぎない。
あの無視の仕方はヒカルらしくないが、すぐに元の明るく元気なヒカルに戻ってくれる。
一方の社もヒカルの態度を怪訝に感じたものの、さして気にしなかった。彼との付き合いでその傍若無人な性格はよく知っている。
社とて碁打であるのだから、例え携帯用の碁盤であっても捨てる気など毛頭ないのに、ヒカルの態度は実に自分勝手極まりない。
苛立たしさはあったが、ヒカルの我侭はいつものことだ。
どうせ拗ねているのだろうと、社は大して大事には捉えず、軽く肩を竦めて残りの荷物の整理に取りかかる。だが社は大事なことを見落としていた。
ヒカルは我侭で傍若無人ではあるが、無視をするにしても態度が違うということだった。拗ねてわざとらしくぷいっと横を向くことはあっても、今回のように完全
に無視することなどない。聞こえないフリをすることはあっても、相手の存在そのものを無視するようなことは絶対にしないのだ。
アキラはそれに気づきながらも無理に否定したが、向き合わなければならない時は既に迫っていた。
アキラにとってその出来事は、取れない棘のような小さなしこりとなって胸に残り続けた。
車の運転には社もすぐに慣れた。車を走らせる場所は、ぶつけても心配がないような瓦礫ばかりが眼について気楽だったのもある。
まるで竜巻が襲った後のように、多くの建物がなぎ倒されていた。車内の沈黙に耐え切れずにラジオをつけても何も報道されておらず、雨とも砂嵐ともいえる
音声が流れてくるだけで、今の状況はおろか、あの機械の正体も分からずじまいだった。
アキラの胸には、ずっと小さな針のような不安がある。朝のやりとりが、中々頭から離れない。
好奇心旺盛なヒカルが車の運転をしたがらないのも、その心の不安定さを垣間見せているような気がしてならなかった。
普段のヒカルなら、こんな状況になっても場を明るくしてくれただろう。車の運転をしたがったり、他意のない我侭を言ったりして、二人の気持ちを軽くしてくれ
るはずだ。だが、あの日からヒカルは急に無口になり、殆ど喋らずに窓の外ばかりを見ている。時折怯えたように瞳を揺らしながら。
何故かは分からないが、ヒカルは『死』というものに過敏に反応する傾向がある。誰かが居なくなること、傍から消えることが『死』と直結し、永遠の別れと繋
がることを恐れるように。そういった意味では、ヒカルにとって今の状況は最悪といえる。
ヒカルの心が今回の出来事で極端に不安定になっている可能性は否定できなかった。最初の時点で、繊細な彼の心に大きな負荷がかかっていることに、
何故自分は気づいてやれなかったのだろう。
きっと大丈夫だと自分に言い聞かせても、アキラは不安だった。どんな事があってもヒカルの心は全て壊れないと思いたい。
一時的に心を閉ざしてしまったとしても、芯は強い少年なのだから。彼は自らの力で乗り越え、明るいヒカルに戻ってくれる筈だ。
むしろそうあって欲しいと、アキラは心から願っていた。
道路地図を頼りに進みながら、途中で略奪され捨てられたガソリンスタンドで勝手に給油し、替えとなる燃料もポリタンクにたっぷりと補充して、アキラと社は
走り続けた。ヒカルはただ窓の外をぼんやりと見ているだけで何も話さない。彼らは殆ど会話を交わすこともなく、ただ黙々と先を進んだ。
無免許といえども、長い間運転していればコツは掴める。二人ともいつの間にかすっかり車を操ることに慣れてしまっていた。
田舎道を走り抜けると、避難をしたのか高速の料金所もすっかり無人になり、壊されていた。まともに運転できる車の数が極端に少ないこともあるからかもし
れないが、とにかく動く車は見なかった。
高速に入ってから時折避難民らしき人々は見かけたものの、誰もが一様に顔つきは暗く、車は全て乗り捨てられ、放置されていた。
しかしそういった車は道の端に寄せられていた。恐らく災害救助のために、僅かに機能している公共機関が移動させたのだろう。
取り敢えずは九州地方から出て、本州に入ったことを確認しながら、車を走らせる。幸いにも昨日以来あの機械は見なかった。あれがもしもどこかに居たら、
それこそ一目散に逃げなければならない。何度目になるのか分からない休憩をして、アキラは社の代わりに運転席に乗り込んで車を走らせた。
先を急ぐ旅というわけではなかったが、まるで何かに追い立てられるように、二人は車を前へ前へと進めていた。
いつアレが出てくるか分からない、恐怖をどこかで感じながら。
高速を下りた先は、瓦礫の山になった廃墟の街路だった。そこがどこの町でどんな名前をしていたのかも、何一つ分からないほど破壊され尽くしている。
取り敢えず町外れに向かって車を走らせ、迂回して先に進んだ。
「……おるかな…?」
「さあね」
社が何を言いたいのかアキラにも分かり、曖昧に首を左右に振る。あまり不吉なことは考えたくなかった。
しかしそれでもなるべく音を立てないように車のスピードを落としてゆっくりと走り、話す時もひそひそ声にしていた。
ひっそりとした廃墟の街は、忘れられたような印象を受ける。
まるで生きている人間が誰も居ないと主張しているようで、壊れた建物や崩れた家屋からは生の息吹というものが感じられなかった。
それだけに、まるで墓場のような陰鬱な印象を受ける。







