ACTV  火曜日(TUESDAY)


 朝を迎えるとほっとするのは何故なのだろう。
 
 夜寝ているうちに、命を奪われずに済んだと思うからだろうか。
 
 アキラは包まっていた毛布の中から顔を出し、建物の影から覗く朝日に瞳を細めた。昨日の昼にあんな出来事があったからか、眠っても見るのは悪夢ばかりで、
 
余り寝たという気がしない。
 
 胸元に顔を埋めるようにして眠るヒカルの寝顔を見詰めながら、日の光に照らされて金色に輝く前髪をそっと梳いた。
 
 ヒカルの心はあの機械が現れた日以来、ひどく不安定になっている。
 
 普段の勝気で負けず嫌いな、無鉄砲ともいえる行動はなりを潜め、アキラに幼子のようにくっついて離れようとしなくなった。
 
 自分が一瞬でも傍から離れると、泣き出しそうになって追いかけてくる。保護者を見失った迷子のように。
 
 密閉された空間であるから少なくとも車に乗っている間は、アキラがそこに居ると分かるので、極端に反応することはない。
 
 だがアキラが外に出ると、ヒカルは慌てて彼の後を追う。そして手を握ったまま離そうとしない。
 
 いつものヒカルなら、社がすぐ傍にいるのにアキラと手を繋ぐなんて絶対にしないことだ。しかしこの二日で、ヒカルは社の存在をあまり認識できなくなり、アキラしか
 
殆ど眼に入らないようになっている。
 
 それでも一応は、社が傍に居ると分かってはいるようだった。社が話しかけると反応するし、子猫を構ったりもしている。
 
 ヒカルの精神が極端に均衡を失っていないのは、アキラがすぐ傍に居るからだ。ヒカルと碁を打つことで心を通わせ、また肉体的にも肌を重ねることで心に触れたア
 
キラだからこそ、狂気に向かわない。アキラもヒカルの状態を理解し、手を繋いで体温を分かち合い存在を示してみせることで、ヒカルに安心を与えていた。
 
 それに、そうすることでアキラも自分自身の心を安定させることができた。ヒカルの存在自体が、折れそうなアキラの心を支えていた。
 
 勿論、ただ互いが傍に居るだけが全てでもなかった。社が傍に居ることが二人にとっても、また社にとっても必要なことであったから。
 
 共に戦った経験のあるライバルが居るからこそ、自分を見失わずに済んでいる。また、子猫を拾ったことも大きかった。アニマルセラピーという治療があるように、動物
 
の存在が彼らの心を和ませていた。子猫は意外と賢くて、自分を保護してくれた三人から離れずに、車に乗っている間も大人しくしている。
 
 また無闇矢鱈に鳴いて餌を請求することもなく、さりげなく擦り寄って愛らしい仕草でねだった。
 
 ヒカルは子猫を殊の外気に入り、アキラが車を運転している間も、それ以外の時もずっと膝の上に抱いている。
 
 これまでの疲れもあってアキラがぼんやりしているうちに、朝日の眩しさに社とヒカルも眼を覚ました。
 
 ささやかな朝食を食べながら、現在地を地図で確認すると兵庫県付近らしかった。今日のうちに関西地方を抜ければ、上手くいけば北陸や中部地方まで進むことがで
 
きるだろう。急ぐことはないとは思っても、やはり生まれ故郷である東京に帰りたい。例えどんな惨状であったとしても、この眼で見たかった。
 
 その日はひどく穏やかな天気だった。
 
 田舎道に入ると、壊れた建物はそんなに目に付くこともなく、植えられたばかりの稲が満々と湛えた水の中で長閑に風に揺れている。
 
 時折休憩をしながら、人や車の通らない高速道路をひた走り、東へ、東へと進んでいった。遅い昼食をとった後も、変わることはない。
 
 高速道路は途中で寸断されている部分も多く、特に都市部付近になると殆どが崩れて機能していなかった。それでも恐らく、普通に車を走らせているよりも進み方は
 
早いだろう。渋滞もなければ、信号で待たされることもない。
 
 対向車もなく、人の姿もあまり見かけない。
 
 まるで、この日本で生き残っているのはアキラとヒカルと社の三人だけではないかと錯覚しそうになるほどだった。
 
 アキラも社もヒカルの為にも残酷な現場は見せたくない。彼ら自身もまた、そんな場所を見たくはなかった。そういった配慮から、ヒカルの精神状態も鑑みて、敢えて
 
都市部を避け、車を走らせるのは田舎道などにしていたのも幸いしていた。
 
 少なくとも三人は、各地で起こっているパニックに直接的に遭遇しなくて済んでいたのだから。
 
 確かにその判断は正しかったが、いつまでも使える手法とはいえなかった。道は幾つもあるが、いずれ都市部に集中するものである。
 
 特に主要な幹線道路は、必ずといっていいほど大都市を通る。
 
 都市部を避けて迂回路をとっていても、限界はいつかやってくるだろう。それでも彼らが避けて通りたいのには理由があった。
 
 多少大きめの都市になると人間の数が増えるだけに、群集心理というものが働く。たった一人の行動が引き金となって、伝染病のように多くの市民に恐怖や混乱が
 
伝わり、善悪の区別なく争いが勃発する。
 
 近年でも近代都市と言われる世界有数の街で、群集心理の混乱から集団の略奪や放火が続き、多大な被害を招いたこともあるのだ。
 
 今の状況はその時よりもずっと悪い。正体不明の敵から侵略され、命の危険に晒されているのである。恐怖が群集に更なるパニックを引き起こすのは当然だ。
 
 略奪や逃げ場を求める人々の争いが起き、そこにあの機械が現れて更に地獄を作るなど当り前になるだろう。
 
 昼の休憩をしながら、アキラと社は地図を睨んでその問題を考えていた。中部や関東方面に近づくにつれ、それなりに大きな都市も増えてくるから、どうしても避けて
 
通れなくなるからだ。しかし、都市部に近づくのはあまりにも危険だった。
 
 第一に、侵略者がそこに居る危険性がある。第二に、パニックを起こして移動する難民が増える。
 
 他にも幾つか考えられるが、彼らが重点をおいたのはその二点だった。侵略者の手から逃れるのも容易ではないが、人間同士の争いも決して無視できる問題では
 
ない。特に追い詰められて恐怖に混乱している人間ほど厄介なものはない。善悪の判断がつかず、どんな手段をとってでも助かろうとする。
 
 理性的な考えをせずに、暴力的な手段や行動をとる。
 
 そしてその場合、標的となるのは女性や老人、子供のような弱者だ。
 
 アキラとヒカル、社の場合は十六歳という年齢であっても、十分に子供の範疇に入る。いくら成長して背が伸びてきているといっても、体格的には大人の男にはまだ
 
及ばない。若さと体力があっても、腕力や筋力おいては成長途中なのだ。
 
 しかも三人が三人とも行動できるのならいざしらず、ヒカルは精神状態も不安定で、幼児退行の傾向が出ている節もある。
 
 アキラの言葉にしか反応しないし、彼が傍に居ないと何もできない。普段の彼からは想像もできないほど、今のヒカルは危ういのだ。
 
 地図と睨めっこをしてなるべく都市部の中心を通らず、近くても横を掠めるような道を探すのは容易ではないが、そうするしかなかった。
 
 本来なら助け合うべき者同士なのに、それができないのは、人間の持つエゴと群集心理への警戒であったのかもしれない。
 
 とはいえ、アキラと社の判断は確かに正しいものだった。大人が居ない状況でありながら、冷静に現状を分析していたといえるだろう。
 
 最初の一日目と二日目で避難民は着実に増え、少しでも安全な場所を求めて彼らは各地に散らばり始めていた。だからといって、当初の一日目に行動を起こすこ
 
とができたのは極僅かだ。大抵の人々はすぐに逃げるだけの機動力がなく、壊れた家屋や建物の影に隠れ、侵略者が別の土地に移るのを息を潜めて待っていたの
 
だから。迂闊に動くわけにはいかなかったのである。
 
 戦闘機械が他の地域に進むと、人々は一斉に逃げ出し、戻ってくると動かずに息を潜める。それを繰り返す彼らは、まるで『達磨さんが転んだ』という子供の遊びを
 
命懸けでしているようだった。そんな一般市民をも、侵略者達は見つけると容赦なく薙ぎ払う。
 
 噂が噂を呼び、はっきりとした確証も掴めないまま、機械の攻撃の恐怖に追い立てられるようにして始まった大都市からの人々の大移動のピークは、丁度この三日
 
目に入った頃だった。各地へと向かう人々の群れは、都市の道から溢れるほどに膨れ上がり、人数が増えるに従って混乱にも拍車がかかる。
 
 深夜に入ると更に範囲は広がりをみせていた。都市から逃げ延びた多くの市民が、田舎の親戚や故郷を目指しての移動を始める。
 
 恐怖に追い立てられ、人間性を失いつつある群衆が。
 
 アキラと社が前日に見かけたフリスビー型の新たな存在は、最初に都市への先制攻撃を行う役割を担い、残党を一掃する役割があの蛸の出来損ないのような機械
 
だったのである。二人の判断は確かに優れていたものの、混乱と惨事の現場の広がりは、想像の範疇を超えるスピードで行われていた。
 
 恐怖に駆られた人間の行動力ほど、迅速なものはない。
 
 三人はそんな事など露知らず、人家の少ない田舎を選んで進みつつ、着実にパニックの現場に向かって近づいていたのである。
 
 ある意味、侵略者よりも凶悪な存在の元へと。
 

 休憩を挟んで進むうちに、太陽は少し傾きつつあった。
 
 アキラはすっかりハンドルやギア捌きにも慣れてしまった車を、順調に運転している。助手席では社が眠り、後部座席ではヒカルが子猫を胸に抱いて幼子のように
 
眠っていた。どこかの牧場の傍なのか、広々とした野原と森の間を突っ切る道が前方に見える。
 
 いかにもこういった場所に相応しく、舗装されていないようで、土や石がむき出しになっていた。
 
 大きめの川に架かった橋を渡ってその道に入ると、途端に車が大きくバウンドした。どうやら大きな石に乗り上げたらしい。
 
 車の揺れに驚いたのか、社が跳ね起き、子猫も眼を開けて周りを見回している。しかしヒカルは小さく身じろきしただけで、起きる気配もなく眠っていた。対して社は、
 
むき出しの石のお陰でガタガタと揺れ動く車に、すっかり眼が覚めてしまった。
 
 席で大きく伸びをすると、ずっと不自然な体勢で寝ていたのか身体の節々が痛む。欠伸を一つして、社は隣で無表情な顔で運転を続けているアキラに声をかけた。
 
「塔矢、ちょっと休憩せぇへんか?」
 
「そうだな…少しここで休もう」
 
 丁度アキラも運転に疲れを感じてきている。社を起こして交代したいと考えていたところだった。
 
 アキラは道から少し逸らして野原に停めると、車を降りた。後部座席では、ヒカルが子猫のように丸まって眠っている。
 
 子猫は前足と後足を立てて身体を思いっきり伸ばすと、身軽に後部座席から社の居る助手席に飛び移った。恐らく二人が外に出て行くと、気配で察したのだろう。
 
 ずっと車の中にいるのは、人間も動物も同じくらい窮屈だ。
 
 社は子猫にリードをつけて野原に放してやり、水を飲んで空を見上げた。こうしていると、昨日や一昨日のことが夢のように思える。
 
 平和な光景だ。暖かな光が世界に満ち、草原を渡る風は爽やかで、森の奥からは川のせせらぎが聞こえてくる。
 
 三人で気晴らしがてら、こんな長閑な所に遊びにきたというのなら良かったのに、実際の自分達は逃亡者のようなものだった。
 
 逃げて、逃げて、やっとここまで辿り着いた。そしてこの先にはあの時のように危険な場所へ進んでいくこともあるだろう。
 
 適当なところでほとぼりが冷めるまで身を潜めるにしても、情報が何も入ってこなければ、それはそれで身動きのしようがない。
 
 社は今のこの状況を作り出した侵略者に一矢報いたい気持ちが強くあった。ヒカルの心を壊し、自分達の家族を危険に晒し、多くの人々の命を奪った冷徹な存在に
 
何かしらの報復をしたかった。しかし、アレに立ち向かっていくなど自殺行為だというのも、社は分かっていた。無謀な戦いを挑むことを勇気とは言わない。
 
 それに家族の安否も気になる。東京に行った両親がどうなったのか、息子として社は知る義務もあるし、権利もある。そして何よりも、知りたかった。
 
 例え二度と会えないのだと分かっても、何も知らないまま中途半端な状態でい続ける方が辛いこともあるのだから。
 
 戦いたい気持ちと家族が気になる気持ちがないまぜになって、本当はいてもたってもいられないほどだったが、彼と同じ立場で傍にいるアキラとヒカルの気持ちを考
 
えると、自分を抑えられた。三人で居るからこそ、自分達は支えあっていられる。
 
 アキラはこんな時は意外と頼りになるのだと、社は今更のように知って驚いてもいる。彼の冷静な対応に何度救われたか分からない。
 
 ヒカルと彼の関係も、以前から薄々気づいていたが、今では確信していた。だからといって、二人の関係を嫌悪する気はない。
 
 これまでヒカルはアキラとの関係を匂わせようとしなかった。むしろアキラが構ってくると、照れ隠しに邪険な扱いをすることも少なくなく、今のように素直に受け入れ
 
たりしない。アキラもまた、ヒカルをさりげなく甘やかしたり、ちょっとした仕草で彼の想いが伝わってくることはあったが、ここまであからさまであったこともなかった。
 
 二人の関係に自分が確信を持って気づいたのも当然で、アキラもヒカルもまるで隠そうとしていないのだ。アキラは口には出さずとも、行動で明らかに示している。
 
 当然、社を牽制しているわけではない。ヒカルの精神は半ば現実と遊離しており、社がそこに居ると理解できていないことがままある。
 
 社のことをヒカルはわざと無視しているわけではなく、傍に社がいるのだと分からないほど、心の安定を欠いているのである。
 
 ヒカルはどうやら、アキラと二人きりだと、彼しか頼れないのだと、或いはアキラしか傍に居て欲しくないと、無意識に感じているらしい。
 
 今のヒカルの現実への窓口はアキラが殆どを占めており、彼が傍に居ることでかろうじて完全に精神を崩壊させずに済んでいる。
 
 アキラはそんなヒカルを慮り、最優先にして行動している。だからこそ彼は社に遠慮せずに、ヒカルが求めてくるとそれに応える。ヒカルから求められなくても、自ら積
 
極的にヒカルを抱き締め、子供にするようにスキンシップをはかる。
 
 額に口付けを落としたり、髪を撫でたり、膝に載せて抱き締めたりと、様々な方法でヒカルと触れ合い安心を与えていくことで。
 
 そういったアキラの努力もあり、昨日に比べて多少だがヒカルは落ち着きつつあった。
 
 アキラは膝をついて、後部座席で眠るヒカルの手を取って指先に口付けると、頬を寄せて瞳を閉じている。その姿を見ているだけで、いかにアキラにとってヒカルが大
 
事なのか分かるというものだ。こんな時だからこそ、彼らに幸せになって欲しいと思う。
 
 アキラにとってもヒカルにとっても、互いに大切な守るべき存在が居るからこそ、自分を支えていられるのだから。
 
 しばらくアキラはヒカルの前髪を指先で掬い、撫でていたものの、やがてゆっくりと立ち上がってリムジンから出てきた。
 
 思わず眼を眇める。少し暗めの場所から明るい太陽の光の下にやってくると、瞳はひどく眩しさを感じた。水を一口飲んで周囲を見回し、時計で時間を確認する。
 
 もう二時を大分過ぎて三時近い。
 
 背中をリムジンに預けて座る社を見下ろして、アキラは口を開いた。
 
「少し周りを見てくるよ。車の傍に居てくれ」
 
 社が頷いてみせると、軽く手を挙げただけで返事の代わりにし、森に向かってしっかりとした足取りで歩いていく。
 
 ペットボトルを手にしていることからみて、恐らく川の水が飲み水にできるかどうか確認に行ったのだろう。
 
 昨夜スポーツ用品店で手に入れた靴は、随分と歩き易そうだった。トレッキングシューズのようなタイプの靴は彼のスーツとはかなりアンバランスな印象だが、動き易さ
 
や使い勝手の良さではスーツ用の革靴とは段違いだ。彼が当初履いていた靴を捨てた判断は正しい。いざという時、あんな靴では歩くのにも走るのにも適さない。
 
 長距離を歩いたり、険しい場所を通る時は少しでも動き易くて足に負担がかからない靴が相応しいのだ。
 
 アキラの後姿をみて、社は今更ながら彼が当初に着ていたスーツのままでいることに気づいた。汚れているようには見えないが、ずっと着たままでいるからか、くたびれ
 
た印象になっている。その点は社もヒカルも同じだった。三人とも着の身着のままで着替えもしていない、風呂にだって入っていない。
 
 せいぜい山に車を進めた時、小川で交代しながら身体を洗う程度だ。
 
 それでもまだ身綺麗にしている方だろう。殆どの人々はそんな事すらできずにいる。或いはするまでもなく殺されている。
 
 こうして生きていられるだけでも、十分恵まれている方だ。
 
 社としても、こんな状況でシャワーを浴びたいとか、風呂に入りたいとか、美味しい食事がしたいなどと贅沢を言う気はない。
 
 むしろそんな自分勝手で我侭なことを口にする者が傍にいたら、そのエゴイストぶりにうんざりしていたことだろう。
 
 年端もいかない子供ならともかく、大人なら許し難いと感じる筈だ。その点、ヒカルはワガママを言わない変わりに自分の意志で何かをしようとしなくなっている。
 
 アキラが傍に居て、こうしろああしろと指示を出さない限り、水すらも飲もうとしない。アキラが「水を飲んで」と言わなければヒカルは水を飲まない。
 
 喉の渇きは覚えているはずなのに、アキラに促して貰わないと、水を飲もうと思わないらしい。それでも、社の言葉に反応して食事をしたり、猫を抱きたがったりすること
 
もあるから、まだマシだ。つまり、自分でどうにかしようとする気持ちをヒカルは心のどこかで持っている。立ち直ろうと必死に努力して足掻いているのだ。
 
 社とアキラは、そんな彼を後押ししなければならない。
 
 そうすれば、この先ヒカルの心は少しずつ安定して、普段の明るい少年に戻ってくれるに違いない。そう信じたかった。
 
 ヒカルの繊細な心根の中でも最も弱い部分に、何か強い衝撃を与えられないことを、アキラも社も心から願っている。
 
 森に入ったアキラの姿が見えなくなってしばらくすると、リムジンの後部座席が開いてヒカルが眼を擦りながら降りてきた。
 
 周りを落ち着かなげに見回している。アキラの姿を探しているのだろう。そんな姿を見ていると、迷子が保護者を探しているようだ。
 
 そしてこんな時、決まって社のことをヒカルは認知できない。
 
 社は一瞬、ひどくもの悲しい気持ちになった。北斗杯で一緒に戦ったやんちゃな少年が、何故こんな目に遭わねばならないのか。
 対局の時には鋭く輝く瞳も、今はひどく弱々しい光になっている。目頭が不意に熱くなり、社は慌てて目元を拭った。
「進藤、塔矢やったらあっちや。おまえは留守番しとれ」
 努めて明るい声を出して、ヒカルの肩に手を置いて車に戻そうとする。だがヒカルはそれを無視し、森に向かって一目散に駆け出した。
 
 社については認識できていないにも関わらず、厄介にもアキラが森に行ったことだけは分かったらしい。
 
「こら!待たんかい!」
 
 慌てて社も追いかけようとしたが、子猫のリードを持っていたことを思い出し、足を止めた。このままでは子猫を引きずって傷つけてしまう。社は長めにしていたリードを
 
慎重に短く手繰り寄せた。茶色い毛並が傍まで戻って抱き上げた時には、ヒカルは森に入るところだった。
 
 今のヒカルを一人で行動させるのは、色々な意味で危険と隣り合わせになるだけに、焦りも一入である。
 
 自分達以外に誰か居て、その相手が危険な人物だと今のヒカルでは太刀打ちできない。何よりも危ないのは、あのおかしな機械が姿を現した場合だ。それだけでヒカル
 
に十分ショックを与える。何せアレが人を殺す現場を、ヒカルは見てしまっているのだから。尤も、下手に遭遇すれば社もアキラも命はないが。
 
 舌打ちを零して車のキーを引き抜いた。こうしておけば、少なくとも車はすぐには盗めない。
 
 子猫を小脇に抱えて、社はヒカルの後を追って駆け出した。
 


                                                        7DAYS ACT2 月曜日(後編)7DAYS ACT2 月曜日(後編)7DAYS ACT2 月曜日(後編)7DAYS ACT2 月曜日(後編)7DAYS ACT2 月曜日(後編)   7DAYS ACT3 火曜日(後編)7DAYS ACT3 火曜日(後編)7DAYS ACT3 火曜日(後編)7DAYS ACT3 火曜日(後編)7DAYS ACT3 火曜日(後編)