ACTW  水曜日(WEDNESDAY)

 高速を下りて田舎道ばかりを選んで走ってはいても、中規模の都市の傍を通ることにはなる。
 昨日も一昨日も、深夜近くまで車を停めずに先に進み続けた。
 今夜も、日付が変わってからも停まらずにいる。空は真っ暗でどんよりと曇り、月も星も見えない。雨音がフロントガラスを叩き、ワイパーが揺れ動いて雫を
弾いている。路面は濡れて、ヘッドライトの明かりに反射して光っていた。
 バックミラーで確認すると、ヒカルは子猫の彩の喉を撫で、茶色い毛並を撫でてやっている。心なしか微笑んでいるようだった。
 隣を見ると、アキラが窓に頭を凭せかけて眠っている。
 さすがにくたびれたのだろう。夕方の一件では、アキラだけでなく社も精神的に随分疲れた。深夜を回っているのでもう日付が変わり、昨日のことになるが、
起きたままだとあまり実感がわかない。夕方からずっと、交代しておいて良かったと思う。こうして眠っていれば、僅かなりとも休まる。
 アキラはヒカルの世話と運転で疲れきっているだけに、これ以上負担をかけるわけにいかない。
 川辺で見た光景は社にも相当ショックだったが、ヒカルには特に衝撃が強かったようだ。ただでさえ精神状態が不安定だった時に、あれを見てしまったのは、
ヒカルにとって最悪な事態だ。あの一件が決定打となり、ヒカルは社が同じ空間に居ても、傍に居ても全く気づかなくなってしまった。
 そしてより一層、アキラに依存するようになっている。食事も、寝ることも、アキラの指示なしには何もできない。
 唯一自分の意思でしていることは、彩の世話だけだった。
 昨日子猫の名前を『彩』と名づけたことで、これまで以上に愛着がわいたらしく、何くれとなく構って大事にしている。
 彩もまたヒカルによく懐いており、今では最初に拾った社よりも、ヒカルの傍に居ることのほうが多い。
 社にしてみれば、彩を保護することで、ヒカルの精神が少しでも安定するなら万々歳だ。むしろその方がいい。
 ヒカルが彩の世話を自らの意思で行い、立ち直るきっかけを自分自身で探ろうとしているからこそ、ヒカルが無条件に信頼を寄せているアキラの存在は必要
なのである。今のヒカルにとっては、彩とアキラだけが拠り所なのかもしれない。
 最初の惨劇から数日経つが、自分達が手に入れている情報は皆無だ。ラジオは相変わらず使っても意味はなく、出会う人々から得られる情報はとても少な
い。誰もが逃げてきた難民で、襲ってきた銀色の機械の恐ろしさや、上空を飛ぶ戦闘機の持つ破壊力を話すだけだ。
 聞かされる話の殆どが、人類の技術が侵略者に遠く及ばないことを示唆し、暗澹たる気分を増幅させる。
 自衛隊と駐留の米軍が戦闘機械に挑み、殲滅させられたと聞かされたのは昨日すれ違った難民からだ。電子機器を復旧させ、戦車や様々な武器で戦いを
挑んでもなす術もなかったという。他の国でも、軍隊はあっても役に立っていないに違いない。
 現存するどんな強力な兵器を使っても、奴らの持つ強固なシールドを破壊することはできず、核兵器もまた核そのものを無効化されてしまったそうだ。そして
歯向かった人類に対しての報復は凄惨を極めた。結果的に、自衛隊も米軍も統制を失って逃げ出したという。
 話だけで聞いたものではあるが、信憑性は高い。社もアキラも機械の恐ろしさや侵略者の残虐性なら骨身に染みている。
 単なる噂で片付けられるものではない。その中には確かな事実の裏付けがある。最初に現れた戦闘機械の持つ力、天候をも操り電子機器類を無効化させた
技術は、高い科学力に裏打ちされているのだから。しかし情報として知りたいのは、そんな話ではなかった。
 奴らは一体どこからきたのか。侵略者を倒すことはできるのか。
 この二点だけである。
 人類の行く末や地球の未来なんて、正直どうでもいい。自分達が生き残ることが、最優先なのだから。
 生き残るためには奴らを倒さねばならないのは当り前だが、有効な手段があるようには見うけられない。だが侵略者がどこから来たのか分かれば、倒すため
に何らかの手がかりになるかもしれない。恐らくは地球上の生物ではないだろう。SF小説やハリウッド映画で派手なアクションや演出をまじえて作られるフィク
ションの異星人が、現実に侵略しに来ているなんて、何とも滑稽な話だ。
 映画ではただの娯楽としてみることができても、実際にその立場に立ってみると楽しいことなんて一つとしてない。
 ただ恐ろしく、辛くて苦しいだけだ。毎日生きていることに安堵して、今日一日を生き延びることができるように努力する。
 そんな生活には人間性など、あるだけ無駄なのかもしれない。
 侵略者の目的については、わざわざ考えるまでもなかった。目的によっては対処の仕方も変わってくるだろうが、最初から敵対姿勢をあそこまで打ち出される
と、明確すぎてわざわざ聞くまでもない。ただ地球の生物を滅ぼしたいだけではないだろう。
 地球そのものを潰したいのなら、大きな隕石を一つ落とせばいい。
 もし地球の環境が欲しいのなら、生物だけを殺す兵器を作り出せば簡単だ。そうすれば人類も他の生物も瞬きほどで絶滅する。
 彼らの技術なら、惑星を粉々に吹き飛ばす隕石を落としたり、生物を死滅させる兵器を作り出すくらいあっさりとできるはずだ。
 しかし、侵略者はそうしなかった。文字通り、侵略するのが目的なのだから。
 住み心地がよさそうな地球の環境になるべく影響を与えず、地球上にのさばっている知的生命の戦闘意欲を削ぐ。一斉に攻撃することで他の種族との連携を
絶ち、孤立感を深めることでより効率よく侵略を行った。奴らが人類や他の生物を一気に殺さなかったのは、他にも利用価値があるとふんでいるに他ならない。
 殺すことはいつでもできるという、圧倒的優位に立っている侵略者の、余裕な思考がそこかしこに見え隠れしているようだった。
 どんな映画や小説でも、最後は人類が異星人の弱点を見つけて滅ぼす。フィクションの世界は都合がよく、何でも有りだから。
 しかし現実はそう簡単にはいかない。人間はなすすべもなく逃げ惑い、兵器の前にあっさりと命を奪われる。例えどこかで誰かが戦っていたとしても、ほぼ間違
いなく殺されているだろう。暗い考えは頭を振って打ち消し、ハンドルを握る手に力を込める。
 道をひた走りながら、今夜眠れそうな場所を社は探していた。夜通し走り続けるのはさすがに疲れる。できればどこかでゆっくりと休み、眠りたかった。
 雨は益々激しくなり、ワイパーの運動も忙しなくなっている。
 そんな中、ふと視界の端に人影が動いた。星や月明かりのない暗さと、彼ら自身の着ている服が黒っぽいこともあり、まるで気づかなかったが、よく見ると何人
も道を歩いていた。社が知る限り、これまでで一番難民の数が多いように思えた。
(……これ…まずいんとちゃうか?)
 この先は確か一本道のはずだ。広めの道路がしばらく真っ直ぐに続いていく。地図に描いていない脇道があるのなら別だが、アキラと社が目指す場所へ行く
には、この道を通るしかない。車を前に進めるに従って、人は徐々に増えていく。歩道だけでなく車道にも難民は溢れ始めていた。
「おい!塔矢起きぃ!」
 社に揺り起こされ、アキラは不満そうに眉を顰めながら眼を開けた。
 そんなアキラの覚醒を促すように、社はクラクションを鳴らして、車道を歩く難民を脇に退けながら、スピードを落として走っていく。
 ヒカルはクラクションの音に驚いて身を硬くし、彩とディバックを抱き締めるようにして外をきょろきょろと見やった。
 アキラは完全に眼を覚まし、緊張した顔つきで周りを見まわす。社が車のスピードを緩めると、途端に難民が周囲に集まりだした。
「乗せてくれ!」
「お願いよ、この子だけでも…」
「頼む、金ならいくらでも出す!」
 窓を叩き、ドアに縋りついて、外の様子が見えなくなるほどの人数に取り囲まれ、否応もなくスピードは落ちていく。死と隣りあわせの恐怖を経験した人々の
必死の形相は凄まじく、ヒカルを怯えさせるのに十分だった。幼子のように震えているヒカルに注意を払いながら、アキラは慎重に声をかける。
「進藤、窓の鍵は閉まっているな?」
「…うん」
「なら構わない。ボクがいいというまで、絶対に開けるなよ」
 こくりとヒカルが頷くと、アキラは社に向き直った。
「社、これ以上スピードは落とすな。一人でも中に入れたら、大挙して押し寄せてくるぞ」
「わかっとる」
 社には、アキラの感じている危機感が嫌というほど分かっていた。
 周りを走って窓を叩き、時には乱暴にもので殴ってくる多くの人々は、一歩でも遠く、一瞬でも早くこの地を逃れたくて仕方がないのだ。
 しかし、アキラと社としては、罵声を浴びせられ、懇願されても、車の窓や扉を開けるわけにはいかない。
 開けたら最後、自分達は車外に引きずり出されるだろう。その後はどんな目に遭わされるか分からない。車という足を欲しがる人々の混乱に乗じて逃げられ
ればいいが、下手をすると暴行され、命の危険に晒される可能性が高い。だから何があっても開けるわけにはいかなかった。
 少なくとも車にいる間は、自分達の命は保障されている。
 そして今更、元来た道を戻ることもできない。多くの人々に取り囲まれている中では、前へ走らせるのも困難な状況だった。二人が最も避けたいと思っていた
のが、パニックを起こして逃げようとしている多くの群衆の只中である。それなのにこんな所に来てしまった。道の選択を誤ったとしかいいようがない。
「塔矢、この先はどないなっとんねん?」
「陸橋がある。そこを渡りきるまではずっと一本道だ」
 アキラは地図を確認して手短に答えると、後部座席を振り返って、ヒカルに渡してディバックにしまわせる。
 車を奪われた時に備えて、地図を確保するためだった。
「まずいやんか」
「ああ」
 まさに最悪の事態だった。こんな場所でもしもあの機械に襲われたりしたら、ひとたまりもない。それに、この先はどんどん難民の数が増える。どうあっても車
で前に進められるとは思えなかった。むしろ車はここで乗り捨てた方がいいかもしれない。
 刻一刻と増えていく人々の多さに、アキラも社も警戒と緊張を強めている。二人の空気を読み取ったのか、ヒカルも顔を強張らせていた。
 じりじりと気が遠くなるような時間の中でも着実に車は進み、陸橋の入口付近にまできていた。陸橋の下には線路と道路が通っており、まだ低い位置からなら、
何とか降りることができそうな高さだった。車を運転する社にとってはまさに苦行だった。眼の前を人が横切り、停めようとするので、そういった難民を避けるだけ
でも苦労する。それだけでなく屋根に乗ろうとする輩までいては、対処のしようもない。
 ハンドルをきって何とか人を避けているが、もう限界に近かった。難民の数が多すぎて、遅かれ早かれ立ち往生するだろう。
 そんな中、一人の女性が道の真ん中にふらふらと飛び出してきた。
 女性を避けようとして慌ててハンドルを回した社は、歩道に車を乗り上げてしまう。途端に、難民が車に押し寄せてきた。
 窓や扉に多くの手と顔が張り付き、時には金属バッドのようなものが叩きつけられる。リムジンという車だけあってガラスは頑丈な強化ガラスが使われているらしく、
さすがにその程度では割れない。それでも人々の執念のなせる業なのか、運転席側の窓ガラスが破られ、社の身体が車外に引きずり出された。
「社!」
 慌ててアキラが足を掴んだが、群集の力には全く歯が立たずに少年は外に放り出され、代わりに見知らぬ数人の男が強引に中に入ろうとする。我先に入ろうと
するお陰で、狭い入口では争いが起こっている。
 社を群衆の中から救い出そうとアキラが車外に飛び出すと同時に、幾つもの銃声がこだました。
 日本では聞きなれない拳銃の音に、誰もが驚いて動きを止める。
 そこだけが時間を止めたように人々は立ち尽くし、雨だけが時の流れを現すように地面を叩いて、アキラの服を濡らしていった。
「この車は俺が貰う」
 空に銃を撃って群集の動きを止めた男が、アキラに銃口を向けて低い声で断言する。銃の構え方も、動きの澱みなさも、かなり手馴れている雰囲気だ。恐らく専門
の訓練を受けた者だろう。男は私服だったが、恐らく警察官や自衛官といった銃などに触れる機会のある職業についているに違いない。
 本来市民を護る立場である者が、自分の命のために一般市民を、しかも子供を脅しているのだ。
 アキラはふつふつとわいてきた怒りに、男の顔を睨み据えた。
「車は差し上げます。でもボクの友人には危害を加えないで頂きたい」
 言葉遣いは丁寧ではあったが、鋭い眼光にはありありと威嚇の光が輝いている。子供のもつものとはとても思えなかった。
 男が無言のまま顎をしゃくると、群集の中から突き飛ばされるように社が道路に投げ出される。ほんの数秒のことであったというのに、既に頬は腫れ、唇の端は
切れて血が流れていた。よろめきながら社はアキラの隣に立ち上がり、唇を甲で拭う。
 社を確認した男は銃口をアキラに向けたまま、早く立ち去れと無言のまま促してきた。だがアキラはそれに首を横に振る。
「彼も外に出させて下さい」
 男がアキラのさした方向を見やると、後部座席に少年が座っていた。恐らく彼らと同年代なのだろう。ひどく怯えている。
 しかし怯えているのは男も同じだった。いつ奴らがくるかどうか分からない状況で、ここに居るなんて冗談ではない。相手が子供だろうが妊婦だろうが、自分の命
の前では一片の価値も有りはしなかった。車に乗るためならどんなことでもする。乗ればこの場にいる全員を轢いてでも脱出するつもりだった。
 眼の前の少年が、後部座席の少年を連れ出す時間すら惜しい。
「うるさい、早く行け!」
 この瞬間、眼の前の子供の雰囲気が一変した。
 つい先ほどまではただ少しばかり大人なれしているだけだと思ったのに、眼つきが途端に険しくなり、醸し出す気配が厳しさのある威厳から半ば殺気が含まれた
物騒なものに変化する。この要求を呑まずに下手な真似をすれば、自分がお前を殺してやると、子供とは思えない威圧感がひしひしと伝わってきた。
 思わず男はたじろき、半歩ほど後ろに下がって少年を見やる。
「ボクにとって大切なかけがえのない人なんです。お願いします」
 頭も下げている。態度も殊勝だ。彼の声は真摯でそして真剣だった。
 だが明らかに子供は男を脅していた。立場としては自分が不利であると分かっているはずなのに、命がけで交渉してきている。
 恐らく男が『否』と答えれば、彼は間違いなく自分の命を投げ出してでも、後部座席に居る少年を車外に出そうとするだろう。
 生半可な覚悟ではなかった。男の半分程度しか人生経験を積んでいないはずの、子供の持つものではない。
 自分自身も命のやり取りを経験しているのに、そんなものが粉々に砕かれそうな気概が、細い身体から滲み出てきている。
 鬼気迫るという言葉通りに瞳は炯々と輝き、男を睨みつけてくる。あの機械を前にした時と同じくらいの心理的重圧に冷汗が流れた。
 男には少年が荒れ狂う天候を引き起こす竜の化身のように見えた。伝説の神獣の前には、たかだか人間などちっぽけな存在に過ぎない。
 少年の放つプレッシャーに、男は結局負けた。思わず頭を縦に振っていた。たかが子供に押しきられるのは悔しかったが、本能が逆らうことを拒否したのである。
 本気で殺気というものを感じた。子供であってもある意味自分以上の力を持つ存在だと本能が理解したからこそ、命の危険を知らせる信号に逆らわずに頷いた。
 そうすれば彼は自分の望みを叶えてこの場を立ち去ってくれる。恐らく男の感じた威圧感に、周囲の人間も気づいていたのだろう。
 普通なら子供が車外に出たら我先にと車に乗り込もうとするはずが、何もせずに彼らを遠巻きにしていた。
 男が頷くと同時に、少年は周りを一顧だにせずに後部座席のドアに近づき、窓を軽く数度叩く。
「進藤、開けて」
 窓越しにかける声は穏やかで、つい先ほどの殺気など微塵もない。
 中で泣きそうになりながら子猫を抱え、蹲っていた少年が弾かれたように顔を上げて扉を開けた。アキラが手を伸ばすと、無防備に身体を預けてしがみついてくる。
 ヒカルを抱き締めて車外に出し、ディバッグとボストンバックを社に預けると、すぐに三人はその場を離れた。
 男は三人が離れると安堵の溜息を吐き、乗り込んで車を進める。
 群衆もそれにつき従って移動を始めたが、アキラはヒカルを抱えたまま、人々を掻き分けて人通りの少ない場所まで歩いていく。
 そこにあの耳障りな音が響いた。アキラにも聞き覚えのある音が。
 その場に居る全員が動きを止め、サイレンとも汽笛ともいえる奇妙な重低音がした方向に顔を向ける。離れた小さな山から、数体の戦闘機械と円盤のような戦闘機
が近づきつつあった。この瞬間、群集はパニックに陥った。逃げ惑いながら、我先にこの先にある陸橋に向かって一気に移動を開始する。
 夜の闇を引き裂くように、青白い熱線が群集に放たれた。熱線はつい先程まで三人が乗っていた車を破壊し、周辺に居た人々を巻き添えにして爆発炎上する。
 それを見た社とアキラは、顔色を一気に青ざめさせて声もなく立ち尽くす。
 いくら車を奪われたからといっても、眼の前で人が殺されてショックを感じないはずがなかった。
 だがいつまでもそこでじっとしてはいられない。敵は着実にこちらに近づいてきている。容赦なく命を奪う光線を放ちながら。
 アキラはヒカルを抱えたまま、陸橋の端から下を通る道路に向かった。目指す場所は整備員用に備え付けられている階段である。
 パニックを起こしている人々を掻き分けての作業は困難を極めた。
 だがそんな彼らを更に追い詰めるように光線は群集を次々に貫き、容赦なく白い灰燼へと変えていく。そしてその開いたスペースに向かって、群集は殺到した。
 混乱の中、金持ちらしい老人が札束の入ったアタッシュケースを落とし、必死に拾い集めていた。だが群集は金には眼もくれずに札束を踏みつけ、老人をも蹴飛
ばして先へ進もうとする。泣いている子供も、はぐれた家族を探す人の声も呑まれていく。
 まさにそれは地獄絵図そのものだった。
 アキラはそのパニックの最中、陸橋を押し合いへし合いしながら渡っていく人々とは全く違う方向にヒカルを連れてゆく。
 やっと目的の階段までたどり着き、防護用フェンスを乗越えた。中から鍵を開けて彩を抱き締めているヒカルを招き入れ、続いて荷物を持っている社を手招く。
 三人が階段を降りていくと、別の脱出路を見いだした人々が後に続き、散り散りになって逃げていった。
 そうこうしている間にも、あの蛸の出来損ないのような機械は着実に近づいてきている。照射される熱線の犠牲になった人々の衣服が、夜風に舞って三人の元
にも降り注いだ。地響きのような揺れと共に、一体目が橋に近づき、容赦なく熱線を放つ。陸橋が悲鳴や怒号を飲み込んで倒壊した。地震が起きたかと思えるほ
どの激しい揺れの中では、痛ましい光景にすら眼に入れられる気力もなく蹲るしかない。三人は這うようにして前に進み、陸橋から離れて並木道に身を潜めた。
 そんな三人の真横を、巨大な機械の足が通り過ぎていく。
 嗚咽を漏らすヒカルの口元を押さえて、アキラは息を潜めた。
 一歩歩く度に並木と一緒に身体が揺れ、何体もの機械が三人の隠れる並木の横をふみ、足元に居る彼らに気づかずに通り過ぎていった。
 逃げる人々を追いかけるように、機械は前へ前へと歩いていく。その姿はまるで、死の宣告にいく死神のように不気味な姿だった。
 機械が完全に通り過ぎ、静けさが戻ってくるまで彼らはそこから動かないまま蹲っていた。街路樹には持ち主のなくなった幾つもの服が絡みつき、道端に何百枚
も落ちている。やっと顔を上げる気になった時には、混乱は既に遠く去っていた。
 三人はのろのろと身を起こし、そぼ降る暗い雨の中を歩き出す。
 この闇夜のお陰で、少なくとも犠牲者の遺体を見なくて済んだのは、彼らにとって唯一幸いといえることだった。
 東の空からは、白々と夜が明け始めていた。


                                                                        7DAYS ACT3 火曜日(後編)7DAYS ACT3 火曜日(後編)7DAYS ACT3 火曜日(後編)7DAYS ACT3 火曜日(後編)7DAYS ACT3 火曜日(後編)   7DAYS ACT4 水曜日(後編)7DAYS ACT4 水曜日(後編)7DAYS ACT4 水曜日(後編)7DAYS ACT4 水曜日(後編)7DAYS ACT4 水曜日(後編)