映像は流れ続け、円盤型戦闘機の下部が口のように開き、ビルに向かって青白い光線を放つシーンが映っていた。
 光は一瞬でビルを粉々に砕き、周囲の建物や道に停まった車を衝撃波で飛ばして街を炎の海に変えている。思わず眼を逸らした二人を見て、彼女は慌てて戦闘機械
のみの静止画像に切り替えた。こんな画像を見せるつもりがなかっただけに、女性はバツが悪そうに唇をかむ。
 この少年達がここに来るまでにどんな目にあい、どんなことを見てきたのか、取材をしてきた彼女に予想できないはずもない。
 あの機械で人が殺される現場も、人間同士の醜い争いの現場も、見たくないものを嫌というほど見せつけられたに違いないのだから。
 あんな映像は見たくもなかっただろう。
「それでこれは、掃討作戦のみで役目が終るはずがありませんよね?」
「何か他にもやってそうやん」
 二人が気を取り直したように行った指摘に、彼女は渡りに船とばかりにのることにした。それにしても二人とも頭の回転が速い。
 陸戦タイプの機械の役割は確かに戦闘だけではないのだ。
「ええ、あるわ。他にも獲物を掴まえる役割もね」
 少年達は揃って訝しげな眼を女性記者に向けてくる。
「この機械はね、人間を捕まえるのよ。奴らの栄養源にするために」
 背中にひどくおぞましく、薄気味の悪い悪寒が駆け上る。アキラと社は嫌悪感に肌が粟立った。
 はっきりと顔色を変えた少年達の様子に気の毒さはあったが、彼女はそれでも言葉を続けた。この先に生きていこうとするならば、事実は事実として受け止めなければ
ならないこともあるのだ。
「調査によると、奴らはヒトの血を栄養源にしているの。ヒトが家畜を食べて生きているように、奴らもこの星を牧場にして食用にヒトを飼おうと考えているらしいわ」
 アキラも社も、寸でのところで冗談じゃない!と叫びだしそうだった。
 だが、高度な知性を持つ侵略者からみれば、地球人は家畜並みの存在にすぎないのだとも、理解できた。
「だから、最近ではヒトを殺すよりも捕まえる方に重点をおいているようよ。食用にするためにね」
 二人ともこれ以上そんな話を聞きたいとは思わなかった。一体どんな方法で人間を栄養源として摂取しているのか、知りたくもない。
 ましてやそんな話は、ヒカルには絶対に聞かせたくなかった。

「そういえば、大阪と東京がどうなったか訊いていたわね?」
 彼らの気持ちを汲んだように、女性記者は唐突に話題を変えた。
「でも残念ながら、東京や大阪の被害情報は混乱していてよく分からないの。相当ひどいところもあったみたいでね」
「そうですか…」
 悄然と呟いたアキラを元気付けるように明るい口調で続ける。
「朗報も一つあるのよ。大阪の道頓堀川に戦闘機械を一体沈めて倒したんですって。人間も戦えば勝てるのよ」
 女性の興奮した口調を聞いても、社の反応は冷ややかだった。
「阪神が優勝したんでもないのに道頓堀川に飛びこんだっちゅうんかい。奴らが阪神ファンやったとは初耳やな」
 日頃なら社のツッコミや冗談に誰もが笑うだろう。だが、彼の口調にこもった皮肉げな響きには、笑いを誘うものは少しもなかった。
 何とか場を明るくしようと思った女性の言葉が、見るも無残に砕け散っただけである。誰もがそれ以上何も話せずに場が膠着した。
 まるでその時を狙ったかのように、あの汽笛のような響きが森を震わせた。全員が周囲を見回したが、機械は見当たらない。
 恐らくまだ近くには来ていないのだろう。すぐにでも逃げなければ、下手に掴まると血を採取され、家畜のように殺されてしまう。
「あなた達、車に乗りなさい。どこに行くのかは知らないけど、方向が一緒なら連れて行ってあげるわ。別方向でも、少なくとも奴らの傍から離れられるところまで送るから」
 緊迫した女性記者の言葉にアキラは頷いたが、素早く言い添える。
「友人が中に居るんです。すぐ連れてきますから待って下さい」
「待つのは三分だけよ!」
 彼女の声を背中に聞きながら、二人は急いで半地下の書斎に戻った。
 書斎に入ると社は荷物を肌布団に包んで持ち上げ、再び階段を駆け上る。アキラはヒカルの姿を求めて書斎の机の下を覗くと、ヒカルは未だに身を潜め、彩を抱いた
まま蹲っていた。一人残されてさぞや不安だったのだろう。身体を縮こまらせて、狭い机の下でも一番隅の暗がりにヒカルはじっとしている。
「おいで進藤。ここから避難するよ」
 ヒカルは大きな瞳を揺らし、アキラを上目遣いに見上げる。
「どこ行くの…?」
「東京に帰るに決まっているだろう?」
 優しげに答えながら、アキラはネクタイを解いた。
 怯えたように身体を竦ませているヒカルの傍に這い寄り、ネクタイで目元を覆う。突然アキラによって目隠しされたヒカルは、当然ながら不安げな声を上げた。
「……こわい…やだ……なんで?」
「外にはキミが見てはいけないものがあるんだ」
 ヒカルは彩を片手に抱きなおし、目隠しをしているネクタイを外そうとする。
 だがアキラはやんわりと手首を掴んでヒカルの手を止め、優しいが断固たる口調で言い聞かせた。
「進藤、ボクが外していいと言うまで絶対にとらないで。分かった?」
 こくりと頭を従順に振ったヒカルの頭を撫でると、アキラは少年の身体を抱え上げる。彩を大事そうに抱き締めているヒカルを抱えたまま、階段を一気に走り抜けた。
 外に出ると、バンの前で心配顔をして待っていた社が、急げと身振りで示してくる。不気味な汽笛が辺りにこだます中、アキラはヒカルを連れて車に飛び乗った。

「いくらあの子が大事でも、いつかどうしても現実と向き合わなければならない時がくる。なんでも見せなければいいという問題じゃないの。分かっているとは思うけど、あの
子自身が自分で立ち向かうためにも、あなたは後押しして支えてあげなければいけないわ」
 女性記者が別れ際にアキラに言った言葉が、耳から離れない。
 アキラも彼女が言わんとしていることが分からないでもなかったが、それでもヒカルには残酷な光景や無残な現実を見せたくなかった。
 あの場所を離れてしまうと、すぐにアキラはヒカルの目隠しをしていたネクタイを外した。お陰でほっとしたようだったが、ヒカルの状態はまた昨日までの通りに戻っている。
 ヒカルが社や他人の存在を余り認識できていないのは変わらず、それはバンに乗ってクルーに紹介してからも同じだった。
 アキラに促されるままに挨拶はする。だがその後は声をかけられても気づかず、アキラにくっついたまま動こうとしない。
 スタッフ達にはヒカルの精神状態はすぐに分かったようで、それ以上下手に構ったりせず、そっとしておいてくれた。
 彼らと別れたのは静岡と山梨の県境付近である。三人は東京へ向かうが、クルー達は取材のために長野へ行くからだった。
 そしてその別れ際に、彼女はアキラにああ言ったのだ。
 温かいヒカルの手を握って歩きながら、彼女の台詞を反芻し、また自分自身の気持ちとヒカルの状態とを照らし合わせて吟味する。
 決して甘やかすわけではないが、ヒカルの心を思うとアキラは恐ろしい現実の光景からは、ヒカルを遠ざけたかった。
 人間の心は複雑で、それでいて図太いことをアキラは分かっている。
 すぐ状況に慣れてしまい、感覚も麻痺するものだ。現にアキラも、今の状態に少しずつ慣れてきているから。
 最初はあんなに恐ろしかったのに、遺体を見るのにも慣れた。
 道端に打ち捨てられ、野犬や肉食の鳥などに食い荒らされた無残な状態のものなど数え切れないほどだ。
 道行く難民にとっては、そこにあるだけの存在で見向きもされない。誰もが生きることに精一杯で、死者に意識を向ける余裕はないのだ。
 それこそがヒトの持つ傲慢なエゴであり、身勝手さでもある。けれどそれもまた、人間のもつ一面で真実の姿ともいえる。
 三人で道を歩いていると、多くの難民とすれ違った。そして同じ方向に行く人々も、疲れきった重い足取りで前に進んでいる。
 荷物を纏めるために持ち出した肌布団は畳んでボストンバックに入れ、他の食料などはヒカルのディバッグに全て詰め直した。社はそれらの荷物を持ち、無言で横を
歩いていた。荷物持ちをしているのはさして気にならない。だがヒカルの姿を見ていると、どうしようもなく苛立たしいような気分にもなる。
 北斗杯の予選では、自分との空中戦を制した少年。中国戦では、怒涛の追撃をして相手を追い詰めた少年。
 韓国戦では、半目を争う緊張感ある碁を打って相手を苦しめた少年。
 あの虎の獰猛さと気高さを持つ輝く瞳で碁を打っていた彼が、同年代の少年に手を引かれ、保護者代わりに付き添われて構って貰わなければ何もできないだなんて、
考えるだけで辛かった。真昼の太陽のように明るく煌いていた存在感が、まるで日食の太陽のように暗く沈んでしまっている。
 一体いつになれば、自分達はダイヤモンドリングを見て、再び輝ける太陽と会えるのだろうか。
「進藤、眠いのか?」
 自分の考えに没頭していると、隣を歩くアキラがヒカルに話しかけている。確かにヒカルは眠たそうに瞼を擦り、歩調も緩みがちだ。
 昼から殆ど歩き詰めで夜の十時も過ぎていれば、眠くなるのも当然かもしれない。社も先ほどから眠気を感じている。
「ほら、掴まって」
 ヒカルに合わせて社は歩調を遅くしたが、アキラはその場で屈んでヒカルを背負い、再び歩き始めた。
「おまえ…ほんまに過保護やな」
「そうでもないよ」
 背中のヒカルを揺すり上げて平然と答えるアキラを、社は半ば呆れながらも感心する。ここまで相手のために尽くすなど普通の恋人同士でもできないだろう。
 それなのにアキラはヒカルのためならするのだ。
 恋人同士や家族でさえも、危険が近づいたり足手纏いになったりすると、見捨てて逃げている者はいくらでもいるに違いない。
 だがアキラはそうではない。ヒカルがどれだけ彼にとっても社にとっても足手纏いになったとしても、決して見捨てずにいる。
 アキラにとってヒカルは、全てを賭してでも優先すべき存在なのだ。背中で安心したように眠り始めたヒカルを見詰め、社は不思議な面持ちだった。
 男女の恋人同士よりも、禁忌とされる同性同士の恋人の絆の方が強いだなんて、何だか滑稽でありながら神聖に見えた。
 いい加減どこかで野宿でもいいから休みたいと思いながら歩き続けて、三人は広い野原に出た。
 夜の野原は暗くて不気味に思えるが、普通なら人っ子一人いない時間帯であってもかなり多くの難民が一緒に居るお陰で閑散としていない。
 だがしかし、その人波は葬列のように陰鬱であったが。
 野原は小高い丘陵になっており、その頂上から光が見えた気がした。社が眼を凝らそうとしたのを助けるように、不意に周囲が明るくなる。後で社はそちらを見ようとして
いた自分に腹を立てる破目になる。明るい光をもたらしたのは自衛隊の放った照明弾で、照らされた相手は難民ではなく丘の向こうからやってくる戦闘機械の群れだった。
 誰もがここで戦闘が始まるなど考えもせずにいたに違いない。頂上まで登っていた難民は恐怖の叫びを残して駆け下り始めた。
 丘を登ろうとしていた難民が悲鳴を上げながら逆走し、そんな人々を機械は次々に捕まえていく。
 そして自分達の背後からは戦車のキャタピラの音が近づき、銃やバズーカー砲を持った兵士が攻撃準備に備えて隊列を組む。
「市民を避難させるまで持ちこたえろ!」
 隊長らしき人物の号令で、戦火の火蓋は切って落とされた。社は周囲に集まった多くの兵士の姿に息を呑んで立ち尽くす。銃や戦車の着弾音に人々の悲鳴が入り混じ
り、全員が来た道を走って戻っていく。アキラは音に驚いて眼を覚ましたヒカルを下ろすと、すぐに道を戻ろうと踵を返して走った。
 だが数メートル走ったところで、社が傍に居ないことに気づいて立ち止まり、周囲を見回しながら背後を振り返る。
 社は茫然と戦闘を行っている兵士を見詰めていた。戦いの最中に身を投じようとするように、今にもその足は走り出しそうだった。
「進藤、キミはそこで待っていて」
 アキラはヒカルをぽつんと植えられていた木の傍に連れて行くと、戦闘の傍に行こうとする社を呼び止める。
 逃げ惑う難民にぶつかりながら、敢えて危険な場所へ向かおうとする仲間を引き戻すために。
「待てっ!社!」
「これ以上黙ってられへん!あいつらになんもせぇへんでおるなんて、我慢できるか!」
「行ったところで何になる!?犬死するだけだぞ!」
 肩を掴んでくるアキラの腕を振り払い、社はこれまで押さえ込んでいた感情の爆発のままに怒鳴り返した。
「おまえは悔しないんか!進藤がああなったんはあいつらのせいなんやぞ!あいつらがおらんかったら、進藤は大丈夫やったやろが!」
「悔しいに決まってる!だがキミを行かせるわけにはいかない。むざむざ見殺しにするなんてできるはずがないだろう!」
「塔矢ぁ!」
 社を引き止めるアキラの背中には、ヒカルが自分を呼ぶ声が何度も触れてきていた。木の幹にしがみつき泣きそうな声で呼びかけてくる。
 後ろ髪を引かれ時折ヒカルを宥めるように振り返りながら、アキラは社を引きとめ続ける。
「オレはこの戦闘の結果がしりたいんや!」
「知ったところで何にもならない!巻き添えになるだけだ!」
 激しく言葉の応酬をしている社とアキラの間に割り込むように、少し高めのヒカルの声が途切れ途切れに入ってきていた。
「塔矢!塔矢ーっ!」
 二人が言い争う中、ヒカルが声の限りにアキラを呼んでいる。アキラもヒカルが気になるのか、何度も背中越しにヒカルを見る。
 相変わらず社のことは認識できずに、ヒカルはアキラだけを呼ぶ。それが不満というわけではなかったが、何故かこの時はひどく苛立たしかった。何もできないヒカルが。
「進藤が気になるんやったら、はよ行けや!」
 半ば自棄になって喚くが、アキラも引かなかった。
「キミも一緒でなければ意味がない!今までもそうだったろう!」
 思わず社はこれまで胸の中に押し殺して台詞を言わんと口を開きかける。そしてこの瞬間、何故今になってこんなにもヒカルに苛立つのか、その理由を唐突に理解した。
『オレは放っとけ!おまえが進藤と一緒におったればええやろ!』
 そう返そうとしたのに、結局社は言葉にできなかった。彼が口にするよりも早く、アキラとヒカルの声が耳に届いてしまったから。
「キミは……ボクと進藤を見捨てるのか!?」
「塔矢!社ー…!」
 アキラの烈火のごとき怒鳴り声と、泣き出しそうなヒカルの声とが。
 社の背後で爆発音が轟き、振り返ると炎に包まれた戦闘機械がこちらに向かってゆっくりと倒れてきていた。咄嗟に社は走り出し、半ば二人を抱えるようにして必死に駆
ける。照明弾の光が届かない場所まで来たが、どこに行けばいいのか分からない。既に多くの難民はこの場を離れてしまったようだった。
「こっちだ!」
 草原に散らばるペンションの住民らしき男が三人を手招いた。一度戦闘機械に破壊されたのか、一階と二階部分は壊れて瓦礫の山を築いている。だが地下は無事だった
らしく、男が手招いているのは地下室への入口であった。迷っている暇はなかった。こうしている間にも、攻撃を免れた侵略者がこちらに向かってきているかもしれない。
 社はとりあえず、男が開けていた入口の中に身を隠すことにした。
 少なくとも外に出て逃げ回っているよりも、まだ安全だと判断したのである。
 蛸の出来損ないのようなあの戦闘機械の歩行速度に、人間の足が逃げ切れるわけがないのだから。
 三人を招きいれた入口に据えられた木製の階段は、体重がかかると壊れて潰れてしまいそうな古めかしさだった。
 それでもできるだけ素早く、かつ慎重に降りると、男は外界から全てを遮断するように扉を閉める。
 戦闘は夜通し続き、彼らは殆ど眠ることなく朝まで過ごした。


                                                                         7DAYS ACT5 木曜日(後編)7DAYS ACT5 木曜日(後編)7DAYS ACT5 木曜日(後編)7DAYS ACT5 木曜日(後編)7DAYS ACT5 木曜日(後編)   7DAYS ACT6 金曜日(前編)7DAYS ACT6 金曜日(前編)7DAYS ACT6 金曜日(前編)7DAYS ACT6 金曜日(前編)7DAYS ACT6 金曜日(前編)