「離して下さい!緒方さん」 
 肩に担いで運ぶ少年が手足をばたつかせて喚くが、緒方は強引に身体を押さえて走り続けた。
 
 アキラとて知り合いを相手に激しく暴れ回るわけにいかないのか、抵抗は比較的大人しい。そのお陰で緒方も走りやすかった。
 
 人一人担いで走り続けて辿りついた場所は、古代遺跡の中心部だった。アキラが虎のヒカルと初めて出会い、連れてこられた場所だ。緒方はアキラを
 
下ろし、腕を掴んで遺跡の中で一番立派な建物の前まで連れて行く。
 
 そこにはアキラが見て涙したレリーフが、変わらぬまま月明かりに照らされて存在していた。レリーフを改めて見たアキラは、小さく息を呑む。
 
「分かったか?このレリーフに描かれているのはあいつだ。奴は何百年も前にこの地に来た。そして――」
 
 緒方がそれよりも数枚後にあるレリーフを指し示した。
 
「この人物が君の前世の一人だ。尤も、百四十年前に一度降りているから、随分と前の姿だろうがね」
 
 緒方の指したレリーフを見詰め、アキラは複雑な心境だった。自分と面差しの似た青年を見ても、少しも親近感はわかない。
 
 赤の他人を見ているような気分だった。
 
「奴は年をとらない。何千年と生き、自然の力を操る能力をちらつかせて、巫女のように敬われて時代ごとに権力者に取り入ってきた。影から操りながらな」
 
 レリーフの青年は王として崇められ、ヒカルと瓜二つの少年は不思議な力を操る神官や巫女として畏敬されている。
 
 遥か彼方の外洋からこの地に降り立ち、豊かな国を作り上げたという、建国神話の一場面だけでも見ていれば分かる。
 
 アキラの知らないこの青年は、ヒカルに愛されていたに違いない。 あのバルコニーの窓からこっそり忍んで、いつもヒカルは彼の元に通い、愛し合ってい
 
たのだ。それを思うと腹立たしくもあり、羨ましくもある。
 
 以前の自分に嫉妬をするのは滑稽だと分かっていても、アキラには青年であった頃の記憶はないに等しいのだから。
 
 確かにこの青年の一部をアキラは引き継いでいる。そうでなければ、虎の姿をしたヒカルがあのバルコニーから入ってきた時、奇妙な既視感は覚えなか
 
っただろう。けれど今のアキラと前世である彼らとは、魂こそ同じでも違う。 だからといって、何もかも全く違うわけでもない。
 
 完全に同化しきれていないような、不完全で不安定な状態であるだけだ。
 
 時がくれば自然とアキラの中に収まるだろう。
 
「いいか、アキラ君。奴から離れて日本に帰るんだ。あいつは君の命を使って自分を生まれ変わらせるのが目的で近づいている。君は利用されているんだぞ」
 
 レリーフを叩いて力説する緒方を見詰め、アキラは首を横に振る。何故か確信があった。ヒカルはそんな事はしない。絶対に。
 
 例えどんな事があっても、ヒカルはアキラをけっして傷つけない。アキラはヒカルを遠い過去から知っているのだ。
 
 記憶は断片的でしかなくても、最初から分かりきっていることでもある。 ヒカルがアキラを愛するが故に、殺せないことを。
 
 アキラを悲しませたくないから、他人を傷つけないことを。
 
「そんな事はありません。進藤がボクを利用なんて……」
 
「ほだされるなよ、アキラ君。進藤とかいう奴は見た目こそあれでも、今までどれだけの歳月を生きていると思う?利用する為に君を騙すなんてあいつにとっ
 
ては簡単なことだ」
 
 自分の言葉を遮って手厳しく決め付けた緒方を、アキラは白刃の刃を思わせる鋭い瞳で睨みつけた。自分達の関係をそこまで蔑ろにされる覚えなどない。
 
 いくら緒方でも我慢ならなかった。アキラは一つ深呼吸をして、ひたと視線を合わせる。
 
「いいでしょう。仮に緒方さんの言葉を尊重して、そうであったとしても、進藤がボクの命を欲しいなら喜んで差し出します
 
 言い切ると同時に、半ば叩きつけるように身体をレリーフに押し付けられた。殴りつけられるのを覚悟で、アキラは緒方から眼を離さないまま見詰め続ける。
 
 一方緒方は、アキラにそこまで言わせるほど彼の心を虜にしている者に対して、凄まじい怒りを覚えていた。狂信的ともいえる愛情を持たせるまで相手を
 
篭絡する力に、恐怖すら感じる。相手の為なら命を捨てるなど、話の中にあるだけで実際にできる者など滅多にいない。
 
 だが、『クラウン』はそれを生贄にさせることぐらい簡単に行うのだろう。
 
 アキラは確かに一本気な気質はあるが、恋人の為に命を捨てる覚悟を持つなんて、たかだか十六年生きた子供が持つものではない。
 
「いい加減眼を覚ませ、小僧!奴は、おまえをこれまでに何百回、何千回と殺してきてるんだ!また自分も同じ轍を踏みたいのか!」
 
「進藤がそれを望むなら、ボクは何度でも殺されます!」
 
 子供とは思えない力で振り解いて怒鳴り返したアキラを、緒方は半ば茫然と凝視する。乱れた髪を頬に張りつけ、肩で息をしながら拳を震わせているアキ
 
ラの瞳は、紛れもなく本気だった。ムキになって言い返しただけの、子供の眼ではない。 一人前の男の顔をした、力強い決意を宿した瞳だった。
 
 一定の距離を保って睨み合う二人の間に、場違いなほどのんびりとした声が間に入ったのは、その時である。
 
「オレはおまえを殺したりしないよ、塔矢」
 
 遺跡の入口からゆったりとした歩調で歩いてきた少年を認めると、アキラは嬉しげに頬を紅潮させて走り寄ろうとした。
 
 だが緒方は素早く腕を掴み、強引に自分の傍に引き戻す。
 
「進藤…オレとアキラ君を最初からここに導くつもりだったな?」
 
「そうだよ。塔矢がここに来たいって言ってたしな」
 
 あっさりと頷いたヒカルは、腕を引き剥がそうともがくアキラに身振りで抵抗するなと伝え、改めて緒方に向き直った。緒方にとっては腹立たしいことに、ヒカ
 
ルの身振り一つでアキラは大人しくなっていた。ここまでくると殆ど隷属に等しいとすら思えてくる。つまりアキラはそれほどヒカルに心を奪われているのだ。
 
「先に言わせて貰うけど、オレは一度もあいつを殺したことなんてねぇよ。憶測だけで変なことを吹き込むのは止めろよな」
 
「憶測ではなく事実だ。現におまえは百四十年前に身体を創りなおしている。それはどう説明するつもりだ?」
 
 薔薇十字団にしてみれば、状況証拠はほぼ完全に揃っている。『クラウン』の起こした罪は明らかだった。
 
 ヒカルは楽しげに笑みを浮かべた。嘲笑ともとれる笑みは、緒方にはぞっとするほど美しく、そして冷酷な笑いに見えた。
 
「何でかって?あんたの仲間があいつを殺したからだよ。オレの眼の前でね。ぶち切れて一発で昇天させたことを今でも後悔してるぜ。けどちょっとまずかっ
 
たかな。オレにとってはどうでもよくても、塔矢には同族だもん。でもしたことは仕方がないし、汚い人間の血で汚れた身体じゃ、転生した塔矢はオレを抱き締
 
めてくれないかもしれない。だから創りなおしたんだよ」
 
 淡々と話す声には憎しみと怒りが入り混じり、肌を刺す針を思わせる。表情こそ飄々としているが、眼の光は深海のように暗い。 恐ろしく身勝手な言い草で
 
あるというのに、その声音だけで彼の言っていることが真実なのだと感じさせる何かがあった。
 
 ヒカルの言葉が信じられずに緒方が押し黙っていても、彼は平然とそのまま続ける。元から信じるとも思っていないに違いない。
 
「あんたは信じなくてもいいよ。でもオレはこいつを殺したことはないし、命を利用した覚えもない。それは本当」
 
「だったら『四天王』はどうして存在するんだ」
 
「あいつらはオレが寂しかったから創ったの。塔矢はいつもオレを置いて死ぬから、何か証が欲しかったのかもしれない。転生する時身体に残った魂の欠片
 
とオレの力を合わせて創ったんだ。間接的にオレと塔矢との間にできた子供かな?だから他の奴らとは違う」
 
 突拍子もない答えだったが、これほどしっくりくるものもなかった。確かに『四天王』は他の一族とは明らかに違う。
 
 ヒカルが自ら創り出した存在だというのなら、それぞれに自然界の力が備わっているのも頷ける。彼らは、ヒカルの力の一部を複製した能力を与えられ、
 
それぞれに個性を持って生まれてきたのだ。
 
「説明したしさ…いい加減、塔矢をオレに返してよ。緒方さん」
 
「おまえに親しげに呼ばれる筋合いはない。それに返したところで、本当にアキラ君を殺さないという保証はどこにもないだろうが」
 
「……そうかよ」
 
 ヒカルが不貞腐れたような声で呟いた瞬間、アキラが緒方の手を振り解く。迂闊だった。ヒカルと話している間に、注意を逸らして腕の力を緩めてしまって
 
いたのだ。咄嗟に伸ばした腕は空を掻き、アキラは半ば飛びつくような勢いでヒカルを腕に抱いていた。けっして離すまいとするように。
 
「アキラ君、離れろ!そいつは人間じゃない、化物なんだぞ!」
 
「……化物だろうと何であろうと、進藤は進藤です」
 
 力強く抱き締めてきっぱりと言い切ったアキラの腕の中で、ヒカルは緒方に視線を向けて嫣然と微笑んだ。
 
 まさにそれは戦慄を覚えるほどに美しい、悪魔の笑みであった。勝ち誇った勝者の笑いにも見えた。
 
 舌打ちを零して走り寄ろうとした緒方が近づくよりも速く、ヒカルはアキラに抱き締められたまま大きく跳躍する。軽々と三階のバルコニーに降り立ち、緒方
 
を振り返ってにやりと笑った。
 
「くそっ!」
 
 バルコニーから室内に入った二人を見た緒方は、悪態をつきながら遺跡に駆け込む。あの人間離れした運動能力だけでも、十分に奴は化物の部類に相
 
当するに違いない。そんな輩にアキラが魅入られているのだと思うと、緒方は自分が勝ち目のない戦いを挑んでいることを改めて思い知らされた気がして
 
いた。だが、ここで諦めるわけにはいかない。
 
 アキラが殺されるのを、ただ黙って見過ごすのだけは嫌だった。例えアキラが望むことであっても、緒方には許容できないのだ。
 
 広大な遺跡の中を、緒方は二人の姿を探して走った。決着はまだ着いていない。『クラウン』こと進藤は、必ずこの遺跡のどこかで緒方が自分達を見つけ
 
るのを待っているはずだ。奴は自分と人間との決定的な力の差を、今ここで示そうとしている。
 
 緒方の眼を通して見せ付けることによって、今後の追及と干渉を断ち切ろうとしているのだ。
 
 その為に緒方をここに導き、すぐにはアキラを取り戻さなかった。 アキラを取り戻すチャンスは幾らでもあっただろう。だがそれをしなかったのは、偏に緒
 
方にどれだけアキラに語りかけても無駄であると知らしめること、そして強大な力を誇示するためだ。
 
 そもそも、最初に森に入る時点から引き寄せられていた可能性が高い。つまり、自分達はずっと奴の掌の上で踊らされていただけだ。
 
 三階まで駆け上ると、広大な玉座の間より更に奥へと導く一室から微かな灯りが漏れているのが分かった。
 
 緒方には、そこに二人が居るという確信があった。
 
 
 子供の頃に案内された部屋にまでヒカルに連れられて来たアキラは、昔を懐かしむように台に腰かけた。
 
 アキラの隣に座ったヒカルは、すぐに身体を摺り寄せてくる。ヒカルがここから逃げ出さずに腰を落ち着けているということは、彼は緒方をここに導いて引導
 
を渡すつもりでいるのだろう。アキラを悲しませないよう、きっと傷つけないと信じているが。
 
「塔矢……おまえがどう思ってるのか知らないけど、オレは一度もおまえを殺したことなんてない。お願いだからそれだけは信じて」
 
 自分の腕に取り縋り、半ば泣きそうな顔をして告げるヒカルを見下ろし、アキラは小さく笑った。最初から絶対に有り得ないと分かっているのに、何をそんな
 
に不安がるのだろう。
 
「大丈夫。キミのことは、何があってもボクは信じている」
 
「……塔矢…」
 
 嬉しそうに微笑んだヒカルの頭を撫で、そっと口付ける。けれど、アキラとしては一つだけ確かめたいことがあった。
 
「あの…進藤、子供って……その…」
 
 中々はっきり尋ねられずにいるアキラに、ヒカルは合点がいったように頷き、頭を掻いて天を仰ぐ。
 
「おまえの魂の欠片と、オレの力の一部をコピーしたものを合成して創ったから、間接的な意味で子供って表現したんだよ。生んでないから本当は子供って
 
わけじゃないけどな」
 
「……そうなんだ」
 
「うん、そう。だから、あかりも奈瀬も社も、オレやおまえにタメ口もきくし怒りもするだろう?でもおまえとオレの一部が基礎になってるから、親に対する親愛
 
の情に近いのもあるみたいだけどな」
 
 あかりと奈瀬と社がそうだったのだと知って、アキラは妙に納得してしまった。彼らが自分に何かとよくしてくれるのも、どこかで基礎となったアキラを敬愛
 
する感情が働いているからだろう。そして、彼らが食事をする姿を見ないのも、何も食べずに生きていける不死身の身体を持っているからだろう。
 
 或いは何か違う方法でエネルギーを得ているかだ。
 
 不老不死であるのに、ヒカルは食べたり飲んだりするのも大好きだ。ただアキラにあわせているのではなく、ヒカルの屈託のない性格の現われでもある。
 
 そんなヒカルに創られた彼らの性格も一人一人が違う。つまり、それぞれに個性が与えられているのに違いない。
 
「紹介してない奴がまだ居るけど、今度会わせるよ」
 
 ヒカルが楽しそうに話すのに頷き、アキラはそっと息を吐いた。
 
「キミがそうして彼らを創造したのは、ボクが傍に居られなくて寂しかったからだよね。ならどうして…」
 
 アキラの言わんとしていることは、ヒカルにも理解できた。何故アキラの前世の者達には不老不死の肉体を与えず、天寿を全うさせてきたのか?
 
 理由は簡単だ、彼らは一度もヒカルにそれを望まずに、人間として死ぬことを選んだからだ。
 
 アキラは人間外の存在を作り出せるヒカルを恐れるどころか、殆ど当り前のように受け入れてしまっている。だが、例え気味悪がられても、ヒカルにはもう
 
アキラを諦めることはできない。例え恨まれたとしても、アキラを手離す気は毛頭なかった。
 
 ヒカルがこれまでに創ったのは、四天王と呼ばれる者だけでない。
 
 創る気などなかったのだが、ヒカルの中にあった醜く歪んだ感情によって、創り出された者達がこの世界には居るのである。
 
 薔薇十字団は、その忌むべき存在を『一族』と呼んでいる。
 
 遠くから微かに足音が聞こえた。どうやら、やっとメインゲストが到着のようだった。ヒカルはアキラに顔を寄せて口付ける。次の瞬間、アキラは瞳を閉じ、
 
力を失った人形のようにヒカルの腕の中に倒れ込んできた。規則正しい息を刻む身体を抱き締めて、そっと額に唇で優しく触れる。
 
(ごめんな、塔矢。終わるまでちょっとだけ眠っておいて)
 
 ヒカルがアキラを改めて抱き締めると、それを見計らったように緒方が息を切らしながら部屋に駆け込んできた。
 
「遅いよ、緒方さん。塔矢が待ちくたびれて寝ちゃったじゃん」
 
「あからさまな嘘をつくな、進藤。おまえが眠らせたんだろうが」
 
 吐き捨てるように言い募る緒方を見上げ、ヒカルは薄く笑う。
 
「何だ、ばれちゃった」
 
「……おまえの目的は何だ?『四天王』を創り、一族を創り、この世界で何をしようとしている?人類を滅ぼすつもりか?」
 
 愛らしく少年は小首を傾げると、綺麗な桜色の唇を吊り上げた。
 
「人間の思い上がりもここまでいくと、馬鹿馬鹿しい限りだぜ」
 
 眠るアキラの髪を優しく撫でながら言ったとは思えないほど、はっきりとした嘲弄を帯びた言葉に、一瞬絶句する。
 
 緒方が声を失って立ち尽くしたのを眺め、ヒカルは肩を竦めた。
 
「あんた達は自分達が『生かされている』、という立場を少しも分かってねぇよな。オレにしてみれば、人類はこの世界に蔓延る害虫と同じだよ。害虫退治をし
 
ようと思ったのも、一度や二度じゃないね」
 
「随分な口のきき方だな、何様のつもりだ?」
 
 何とか自分のスタンスを取り戻して揶揄する緒方を、ヒカルは面白そうに眼を細めて見やった。
 
「オレは随分昔からこの世界に居る。こいつと出会った頃は、丁度緒方さんが言うように滅ぼそうかな?て思ってた時期だった。けどこいつがそれは嫌だっ
 
て言うから、オレは止めることにした。丁度その頃からだよ、突然変異みたいに一族が生まれ始めたのは」
 
 淡々と告げられる言葉には感情は一切篭もっていない。緒方はヒカルの意図を掴みきれずに、ただ聞き入っていた。
 
「一族はオレがわざわざ生み出すわけじゃない。あいつらは、オレの意思に応えたこの星が、人類に対する天敵として送り込んだ刺客みたいなものさ。要す
 
るに害虫退治の殺虫剤だな」
 
 我ながら上手い表現だと、ヒカルは緒方の眼の前で無邪気に笑う。
 
 だが緒方の背中に走った戦慄は、名状し難いものだった。もしかしたら、自分はとんでもない存在と相対しているのかもしれない。
 
「緒方さんの昔の仲間は短絡的な奴が多くてね、オレに手出しができない代わりにこいつを襲うんだよ。そうして傷つけられたことは何度もある。その度にオ
 
レの心に宿った、醜くどす黒い憎しみ感情が、あいつらを作りだす。一番大量発生したのは、きっと百四十年前だろうな。殺しても足りないぐらいだったし」
 
「それで、おまえは一族を使って人類を滅ぼそうというのか?」
 
「ううん。人間は互いに殺しあって滅びる道を選択してるし、自然を壊して自分達の首を絞めている。一族は人間という餌がなければいずれは滅びるかもし
 
れない。決めるのはあんた達であって、オレじゃない。オレはこいつと一緒に居たいだけなんだよ」
 
「つまりほうっておけと言いたいのか?おまえがアキラ君に何をするのか分からないというのに」
 
「殺しはしないけど、何かをしようと思ってるのは確かだな。でも、あんたにオレを止める術はないよ」
 
 緒方が口を開きかけた瞬間、身体を何かが拘束した。まるで何も見えないが、それが空気の流れによってできたものであるとすぐにわかった。
 
 背後を振り返ると、韓国人青年がそこに立っている。
 
 一体何故彼がここに居るのか一瞬分からなかったが、すぐに理解することができた。永夏は自分達を裏切っていた。
 
「おまえ……こいつらに寝返っていたのか?」
 
「裏切る?寝返る?どちらも違うね。オレは最初からあんた達の仲間になった覚えはない」
 
 永夏は面白くもなさそうにあっさりと答える。
 
 凝然と自分を見詰める緒方を平然と見つめ返し、永夏は小馬鹿にしたような生意気な笑いを浮かべて近づいてきた。
 
「オレはあんた達が呼ぶところの『四天王』の一人さ。こいつはオレの母であり父でもある。手出しは許さない」
 
「馬鹿な…それなら何故一族を倒す?」
 
 当然とも言える疑問を口にした緒方の問いに、瞳を瞬かせる。
 
「あんたも知ってるだろ?進藤に直接作られたオレ達にとっては、一族は仲間じゃないってことくらい」
 
 本気で馬鹿にした口調で話す永夏を睨みつけると、ヒカルがまるで子供を躾けるようにやんわりと間に入ってきた。
 
「あんまり苛めるなよ、永夏。傷つけたら塔矢が悲しむ」 「分かってる」
 
 ヒカルに窘められた永夏は、緒方にしてみれば意外なほどあっさりと大人しく引き下がっていた。ふてぶてしい態度をとりながらも、自分の創造主である二
 
人にはそれなりに素直になるらしい。
 
「永夏、緒方さんを外へ送り出してやって。丁度いい時期だしオレは作業にとりかかるから」
 
 緒方の眼の前でヒカルは眠るアキラに口付けた。そして次の瞬間、彼の背中には眩いばかりの黄金の翼が幾重にも広がった。まるで羽の形をした水晶が
 
ついたような、透明感のある翼が月明かりに反射して金色に輝いている。神話に登場する天使の光輪をも思わせる翼だった。
 
 いや、これは天使というよりも、むしろ―――。
 
 緒方は薄れゆく意識の中ではっきりと思い知らされた。何故人々は神という存在を父なるものとも、母なるものとも考えるのかを。
 
 自然に戦いを挑んで、勝てる筈がない。ヒカルは地球、いや世界そのものの化身なのだから。
 


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