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 洗濯物が風にはためく様は、道徳にとってはかなりの爽快感だ。こういうところが主夫根性が染み付いていると友人に評される点なのだが、 
彼はいっかな気にしていない。大体からして、針仕事や洗濯、掃除をしている時点で主夫そのものなのだ。
 
「玉麒麟はそっちの籠。天化はこの小さなのを持ってきておくれ」
 
 使うとなったら道徳はとことんまでこき使う男である。特大の洗濯籠を物干しの傍に置いておき、別に持ってきた籠を天化と玉麒麟に持たせ、
 
今度は果樹園と野菜畑へと足を向けた。
 
 農園では採れたての野菜を籠に入れて天化に持たせ、果樹園では適度に熟した果物をもいで玉麒麟に渡す。
 
「重いわ〜、肩凝るわ〜。わてみたいに箸よりも重いもん持ったことない霊獣に何させんねんなぁ」
 
 本当は重たくも何ともないくせに、しかも肩など一度もこったこともないのにぶうぶうと文句を言う玉麒麟を無視し、道徳はその場で果物の皮
 
を剥いて適度な大きさに切り、天化の口に運んでやった。
 
 仙界では農薬散布などしないので、例え洗っていなくても有害な物質など入っていない。むしろ自然のままで美味しいぐらいだ。
 
「うわぁ!あまくておいしいさ〜」
 
 蕩けるような笑顔を浮かべ、天化は雛のように口を開けてもっと欲しいと催促する。道徳は苦笑を零しながら、もう一切れ食べさせてやった。
 
「あっ!差別や!わてにもくれたって罰あたらへんのに」
 
 それを見た玉麒麟は横合いから「くれ、くれ」と騒いで天化と同じように口を開ける。
 
「自分で剥け、自分で」
 
 邪険に言うが、玉麒麟は懲りた様子もなく口をパクパクさせた。まったくもって雛鳥そのものである。根負けして仕方なしにやると、今度は玉
 
麒麟に負けじと天化が要求してきた。
 
「おれっちも、おれっちも」
 
 はいはいと返事をしながら天化にやれば、玉麒麟が騒ぎ、玉麒麟にやると天化が騒ぐといった具合で、道徳は二匹の雛を持つ親鳥の心境
 
を味わった。一匹は文句なしに可愛い弟子の天化だが、もう一匹が図体がでかくて態度もでかい、声もでかいと三拍子揃っているので鬱陶し
 
いことこの上ない。一瞬蹴り倒してやりたくなったが、見様によっては愛敬があるので許してやることにした。
 
 結局昼食は果樹園で果物を食べることで済ませてしまい、彼らは収穫を持って屋敷に戻ったのだった。
 

 お腹が膨れると眠くなるのが人間だ。ましてや子供だと尚のことで、果樹園から屋敷に帰ってきた時には、天化は欠伸を何度もかみ殺して
 
いた。果物の汁でベタつく手を洗うついでに天化の手も洗ってやり、眠気で立ちながら寝込んでしまいそうな弟子を抱きかかえて自室に入る。
 
 寝台に座らせて靴を脱がし、土いじりをして汚れた衣服を手早く着替えさせた。この間天化は殆ど眠ってしまっている状態で、道徳にされる
 
がままになっていた。
 
「こーちはねんねしないの?」
 
 寝台に横になった天化の肩口まで布団をかけると、天化は閉じそうになる眼を一生懸命開けて、不安げに道徳の顔を見上げる。
 
「天化が寝るまで一緒にいるよ。安心しておやすみ」
 
 髪を梳いていた手を頬に移して撫でてやり、布団越しに背中を叩いて、眠りを促すように額に口付けた。これだけで天化は安心したのか、
 
重たそうに瞼が何度かまばたきしたものの、やがて完全に閉じてしまう。
 
 すうすうと規則正しい寝息が聞こえ始めると、道徳は起こさないよう足音をたてずに部屋を出た。
 
 そのまま天化の居室(殆ど使っていないが)に向かい、霊獣がさぼらず掃除をしているか覗きに行った。案の定、玉麒麟は虎の姿に変身し
 
て、日当たりの良い場所で日向ぼっこなんぞをしてすっかり寝ている。
 
「……玉麒麟、起きないとお前のその自慢の毛皮で天化の部屋の雑巾がけをするぞ」
 
 半ば殺気すら籠もった男の声に、玉麒麟は文字通り飛び起きた。
 
「いいか、天化が昼寝をしている間にここの掃除をしておけよ。私は他の部屋をするからな」
 
 じろりと睨みつける視線は刺すようで、下手に逆らうとどんな目にあわされるか分かったものではない。仕方なしに頷くと、道徳は大きな桶
 
を玉麒麟に押し付けて、他の掃除道具を持って出て行った。
 
 玉麒麟にとって無駄に広いこの屋敷は、部屋の掃除だけでも手間がかかって大変だった。
 
 一応毎日掃除する部屋は道徳と天化の居室などの、主に生活に関わってくるところだが、それ以外の部屋はなるべく週に一度か、十日
 
に一度はきれいに掃除するようになっている。一日二部屋か三部屋回って一回りするのに一週間から十日かかるのだから、彼らの住む
 
屋敷がいかに広いか分かるというものだ。尤も、修行の都合などで掃除をしない日も結構含まれるが。
 
 今はそうでもないのだが、もっと暖かくなると庭掃除、冬になると雪掻きも仕事として増えてくる。まずこの洞府を管理維持するだけで立派
 
に修行ができてしまうぐらいハードというのが、紫陽洞なのだ。
 
 修行が厳しいことで有名ではあるが、その修行にはこの掃除も含まれているに違いあるまい。
 
 玉麒麟は内心嫌でどうしようもなかったものの、道徳が不機嫌になると母親譲りの理不尽さを発揮することを熟知しているので、大人しく
 
部屋掃除に取り掛かることにした。
 

 眠りから覚めた時、天化は周囲を見回して師の姿を求めた。
 
 すぐ横には朝のようには居なかったが、筆をさらさらと動かす微かな音が聞こえる。寝台から身を乗り出して見ると、道徳は机に向かって
 
何やら巻物に書き込んでいた。
 
 背中を向ける師にはどこか人を寄せ付けない雰囲気が漂っていて、まだ小さな天化ですら声をかけられずにじっとその広い背中を見つめ
 
ることしかできない。だが不意に、道徳は筆を止めて後ろを振り返ってきた。
 
「起きたのかい?もうおやつの時間はすっかり過ぎてしまっているよ」
 
 音もなく席を立って天化に近づくと、道徳は寝台に腰を下ろす。笑いを含んだ声はいつものように柔らかく、天化を包み込む暖かさがあっ
 
た。あの厳しい背中が嘘のような、優しい笑顔に嬉しくなる。
 
 道徳の言うとおり、窓から差し込む光には赤みが増していて、おやつを食べるにしては遅い時間だということが天化にも分かった。普段な
 
らもっと早くに目が覚めて、道徳のお手製お菓子を食べてから遊びに行くのだが、朝にした手伝いに疲れてしまったのか、今日は随分と長
 
く寝てしまったようである。
 
「今日はこれから雨が降るから、外に出るのは止めておきなさい」
 
 本当は遊びに行きたかったのだが、道徳の予報が外れたことがないので天化は頷いた。そこでふと、見知った顔が一つ足りないことに気
 
づき、首を傾げて師匠を上目遣いに見上げた。
 
「師父、たまは?」
 
「玉麒麟は洗濯物を取りに行っているよ。私は書類を片付けているから手が離せなくてね」
 
 本当は天化が目覚めた時に傍についていてやれるよう、片手間でしていたに過ぎなかったが、道徳はそんな事をわざわざ口にはしなか
 
った。それに玉麒麟が洗濯物を取り込みに行っているのも事実だ。
 
「おれっちもたまのおてつだいしてくるさ」
 
 子供なりに道徳の仕事の邪魔をしたくないと思い、天化はぴょんと寝台から飛び降りる。本心としては道徳の傍に居て、膝の上でだっこを
 
して貰ったり、くっついたりしていたかったが、そうもいっていられない。
 
 師匠はとても忙しい人なのだ。いつも、掃除・洗濯・料理などの家事に加えて修行、他にも色々なことをして動き回っていて、じっとしている
 
のは仕事をしている時か、食事の時か寝ている時、瞑想をしている時かのどれかぐらいである。
 
 構ってもらえる時間は一日のうちでそう何時間もある訳ではない。だが寂しいと思うことは滅多になかった。
 
 食事や就寝、風呂などではいつも一緒だし、仕事が一段落すると道徳はよく遊んでくれる。だからそんなに寂しいとは思わない。
 
 今日は昨日よりも少し、道徳の傍に居たいという気持ちが強かっただけなのだ。だが、それが幼い天化にとっての精一杯の強がりだと道徳
 
はお見通しだった。
 
「玉麒麟はすぐに戻ってくるから、天化はここで待っておいで」
 
「……おてつだいしなくていいんさ?」
 
「天化が玉麒麟のところに行くと、私が寂しいんだよ」
 
 膝の上にひょいと抱き上げると、頭を撫でながら道徳は言った。
 
 寂しいだろうと指摘すると子供は反発するが、大人が弱い立場になって頼むと嬉しそうにくっついてくる。それに道徳自身嘘を言っているつ
 
もりもない。天化が傍に居ないと不安だし、この元気な姿を見ていると不思議と安心できてほっとするのだ。
 
「じゃあいっしょにいてあげるさ」
 
 天化はちょっぴり偉そうに胸をはると、彼の胸に後頭部を摺り寄せるようにくっつける。そして膝の上から道徳を振り返り、嬉しそうに瞳を輝
 
かせて大きく頷いた。