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△月◇日(第34局〜36局)

…強い…一言それだけに尽きる。形勢はまだ戦えるのに、まるで勝てる気がしなかった……。
進藤に敗れた時以上の高い壁……。saiの強さは百戦錬磨の強さだ。子供じゃない…では何者?
……進藤なのか…?いや違う。進藤のはずがない。進藤の実力はあの大会で分かったじゃないか。
でも、saiの一手に、ボクは進藤の一手を感じた。あの拙い手つきで打った、進藤の一手を!
追いかけて、追いかけて……結局つかまらなかった進藤を、今つかまえた気がするのは何故!?
いや違う、絶対に進藤じゃない。あんな碁を子供が打てるはずがない。闇に潜んでいたのは子供じゃない!
では一体誰?闇に潜んでいたボクの対局者…進藤でないなら…あなたは誰?
ボクの中で大きな疑問が浮かぶ。進藤の筈がないと思いながらも、どうしても認めることができない。
逢って直接確かめてみればどうだろうか?進藤はどう答えるだろうか。
だが、ボクはその答えを知りたくないとも思っている。否定されるのが眼に見えているようにも感じる。
自分でも何故そう考えてしまうのか分からない。進藤ヒカル…ボクには謎という言葉をそのままにした存在だ。


△月○日(第36局〜37局)

広瀬さんに教わったインターネットカフェで進藤を見つけた。saiについて問うと、予想通りsaiなど知らないと言う。
その物言いにどことなく不自然なものも感じたが、進藤がsaiなら、ちょっとプロになってタイトルの一つでも取ろうとするはずだ。そうさ…やはり進藤のはずがないんだ。もう二度と進藤とは逢わない。逢う必要なんてない。
でも…去り際に進藤が言った言葉の意味が気になる。
「オレの幻影なんか追ってると、ホントのオレにいつか足元すくわれるぞ」
……いや、気にするだけ無駄だ。進藤はボクが今対局しようと言っても、答えることができなかったじゃないか。
つまりその程度の実力だってことだ。けれど…どうしてもあの時の邂逅が忘れることができない。
ボクの掌には進藤の肩を掴んだ感触が残っている。小さな肩…ボクの手で掴めてしまえるような…。
何を考えているんだろう。どうしてか進藤のことを思い出しただけで胸の鼓動が早くなる。
ボクはプロ試験に合格して真っ直ぐに進む。進藤のことなんて考えずに…振り返っちゃダメだ。思い出しては…。


○月□日(第46局)

もう一月だというのに、八月末からずっとこうだ。研究会に参加していても、少しも気合が入らない。
頭の上を言葉だけが素通りしていくような感じで、何一つ入ってこない。
父と毎朝打つ手合いですら、どこか上の空になってしまう。こんな事ではいけないと思っているのに…。
……進藤に逢いたくて堪らない。幻滅したのに、諦めたのに、打ちたい気持ちがまだあるのか?未練がましい!
違う!ただ…進藤の顔を見たい。どうして?分からない。二度と逢わないなんて、言ってしまうんじゃなかった。
緒方さんがボクに見せたいものがあると言っていたっけ…もうどうでもいい。逢いたい……進藤に。


○月△日(第46局)

進藤が院生になっていた。一体いつの間に…そこまで力をつけたんだ?
……馬鹿馬鹿しい、進藤程度の腕でボクを追うだなんて。
ならボクは進藤なんかの手の届かない遠い所まで行ってやる。近づけさせない!
起爆剤?確かになった。進藤を眼の前にした途端、ボクは自分の心が自然と高揚するのを感じたのだから。
とにかくこうして逢ったんだし、二度と現れないという言葉は撤回したも同然だ。きっと進藤もそう思ってるはず。
これでいつでも進藤に逢いに行ける。何だか凄く嬉しい。お陰で取材にはついつい笑顔を振りまいてしまった。


○月×日(第47局〜50局)

新初段シリーズで座間先生と対局した。周囲に居るのが大人ばかりだし、相手が王座でも全然緊張しなかった。結果は負けたが、手応えはあった。近い将来、絶対に互戦で倒す。
後ろから誰が追いかけてこようと構わない。進藤などに眼もくれず…ただ前へ前へと向かって……進むだけ。
進藤が一歩近づくなら、ボクはもっと先へ進む。遥かな高みへと…近づけさせたりしない。
今日の対局を進藤は見ていただろうか。ボクの一手一手に、進藤はどう感じただろう。
もしも見ていたならば、必ず追ってくる。だが、ボクも足を止めはしない。
それにしても…折角棋院に来たのに逢えなかったのはやっぱり残念だな。研修部屋を覗けば良かった。
別に打つわけじゃないんだから、逢うぐらい構わないだろう。逢いに行く時間がなかったのが口惜しいな。


◇月△日(第54局)

囲碁の歴史上一番強いのは誰か?研究会で話題になったことだけど、妙に気になる。
現代の定石を学んだ本因坊秀作……もしもそのような人物がいるとすれば、それはsaiだ。
彼からは進藤を感じる…同時に古い彼方からの風も感じた。でも、ボクの中の答えは出ない。
多くの謎を秘めた進藤…そしてsai…二つのこの謎は何らかの繋がりがあるのだろうか?
進藤が若獅子戦に出るという。口では気にならないと言ったけれど、物凄く気になる。ボクは碁では進藤を追いつかせるつもりなんてないし、振り向くつもりもないから、それはまあいい。気になる問題はそこじゃないんだ!
直接本人から聞いたと思われる緒方さん…もしかしなくても逢いに行ったのか?このボクを差し置いて!
進藤から若獅子戦のことを聞くとしたら、それはボクしか居ないだろう!
今度から緒方さんの行動は見張っておかねば。ボクに断わりもなしに勝手に進藤に逢うだなんて許せない。
進藤と逢って重要な話をするのはボクだけだ!部外者が余計なちょっかいをかけないで頂きたい。
…進藤も進藤だ。ボクを放ったらかしにして、緒方さんにそんな大事なことを言うだなんて。
何故こんなにも苛々するんだろう?とにかく明日は新入段者免状授与式だ。早く寝てしまわなければ。


□月×日(第56局)

ボクとsaiとのネット対局以来、saiは見かけない。saiが去り、進藤が現れる…この言葉に何か予感がする。
父はいずれ囲碁界に進藤が出てくると思っているようだ。
…期待ハズレ?…違う…ボクはいつの間にか心の奥底で期待し始めている。進藤と逢いまみえることを。
ただ名前が並んでいるだけで、追いついたと、対等に思われれたくはない。ボクは更に先へと進むのだから。
とにかく若獅子戦では進藤と逢える。進藤の対局を見ることができるんだ。久し振りに進藤と逢うと思うだけで、胸が熱くて苦しくなってくる。最近特に、進藤のことを考えるとそうなってしまう。一体どうしてしまったんだ?ボクは。


□月△日(第58局〜60局)

……どういうわけか、進藤の顔をまともに見ることができない。若獅子戦で逢えると思うと今朝は嬉しかったのに、いざ進藤を前にしたら、眼すら合わすこともできなかった。心臓は信じられないほど早鐘をうつし、院生と喋っている姿を見ると苛々して、無視して通り過ぎてしまった。こんなはずじゃなかったのに…。
すぐ後ろに進藤の気配を感じながら打っていたので、対局にも集中できない。相手が弱くて正直助かった。
進藤の手合いのヨセは見れたが、それまでの流れはつかめなかった。あの碁は一体どんな手順だったんだ? 終局間際だったこともあって、盤面を見たのは僅かな時間だったのが残念だ。
だが、進藤がボクに近づいてきているような気がするのは、きっと気のせいではあるまい。

緒方さんは見ていたようだが……明日にでも聞きに行こう。
しかし緒方さんはやはり行動を見張らないといけないな。ボクに断わりもなく進藤の傍で対局を見るだなんて。
例え断わってきても、進藤には近づいて欲しくない。…どうしてボクはこんなにも進藤が気になるんだろう。
進藤の対局の盤面を見ようとすると、何故か細い項や肩、唇や真剣な瞳に眼が吸い寄せられてしまって、困ってしまった。後ろに立つだけで胸は高鳴るし、少し見ない間にどことなく大人びて可愛くなって見えるし、自分でも何を思ってそんな事を考えてしまうのか…本当に分からない。
進藤が他の誰かと一緒に居ると想像するだけで苛々する。進藤を…誰にも渡したくない。


□月◇日(第60局)

緒方さんに昨日の対局のことを聞きに行ったが、結局はぐらかされてしまった。村上というプロにも聞いたが答えないし、仕方ないから聞きに来たというのに…。
腹いせに自慢の車に10円傷でもつけたくなったけれど、そんな子供っぽいことをするのも業腹なので我慢した。
村上はさっさと一刀両断にしたけれど、口ほどにもなかったな。ボクに進藤のことを教えないからそうなるんだ。
じきに答えが出るのは分かっている。プロ試験が始まれば…。しかし気になるものは気になるんだ。
昨日進藤の姿を見たのに、もう逢いたくて堪らない。今日進藤はどんな風に過ごしているんだろう?


×月○日(第68局)

今日お父さんに定戦で打つことを許された。6月には二段に昇段したし、プロ入り八連勝も達成した。
最近ボクは調子がいい。これで進藤に逢えれば最高なんだけど。
プロ試験予選は通ったらしいけど…彼は今どれぐらいの棋力なんだろうか?
今頃誰かと対局しているのかな?それを思うと苛々する。
ボク以外の誰かと進藤がいるなんて…考えるだけで嫌だ。何でこんな風に思うんだろう?
ボクはここのところ、進藤のことを想う度におかしなことを考えてしまう。疲れているんだろうか?