×月◇日(87局)
そう…この一局……この一局から全てが始まった。いや、本当の始まりは進藤との出会いからだ。
ボクが一刀両断にされた進藤との対局を、越智にみせた。自分が無残に負けた碁を誰にも見せたくない気持ちもあったが、進藤の謎に迫るためにも、この一局は越智に見せる必要があった。
越智を使って進藤の実力がどれほどのものか、その片鱗でも掴めることができるのなら、見せても構わない。そう思えるぐらい、不思議とあの時の一局にも、進藤と初めて逢った日の一局にも、以前ほど強い執着を覚える事がなかった。
確かに執着はあるし、とてつもなく気になる事は確かだ。だがボクにとって今一番気になるのは現在の進藤の実力。
あの時の謎めいた強さ…囲碁部の三将戦での弱さ…洪秀英との対局で見せた成長。
進藤は着実にボクを追ってきている。彼と相対し、その瞳と向き合うのは決して遠い未来ではないだろう。
×月△日(92局)
今日は越智の家に指導後に行った。越智情報によると、やはりボクの予想通り進藤は勝って三敗を守ったらしい。越智はトップ合格を決めたようだが、進藤の実力を測る為には、それぐらいはしてくれないと困る。
越智の祖父は、もう早越智の合格祝いパーティーを開こうと考えているようだ。
ボクとしては、進藤の合格祝いを盛大に行いたい。いや、進藤と二人っきりでするのもいいよね…うん。
越智が進藤に勝ったら、お父さんの研究会に通うことを約束したが、進藤を侮っているようだと結果は厳しいな。
そういえば今まで考えていなかったけど、越智が進藤に本当に勝ったらどうなるんだろう?ボクは無意識のうちに進藤の勝利を確信していたから、そんな事思いもしなかった。……きっと負けたら進藤は落ち込むだろうな。下手をすると、プロ試験にも落ちてしまうかもしれない。
例えそうなったとしても、進藤はプロを諦めはしまい。だがその為にも実力は上げて貰わないと。
そうだ!名案を思いついた!その時はボクが進藤の所に指導碁に行って鍛えればいいんだ!
手取り足取り指導して、毎日のように進藤の元へ通うことにしよう。そして親しくなって進藤と……………え!?
あれ?えーっと…え?えぇっ!?ちょっと待て………進藤と……進藤とぉ!?ボ、ボクは一体今何を考えたんだ!?
いやいや、そんな馬鹿な。進藤は男でボクも男だ。
気のせいだ、気のせい。……うん、そうだよ。絶対に気のせいだっ!…ハハハ…ハハ…ハ?
×月○日(94局〜95局)
ボクが越智を通して進藤を想っているように、キミもまた越智を通してボクを見詰めてくれているのだろうか?
…この間考えた事はボクの気の迷いだ。あんまり進藤のことが気になるから、変に考えてしまったに違いない。
そりゃあ進藤は可愛い。最近大人びてキレイにもなってきて…思わず抱き締めたくなったり、キ……!?
ななな、なんて事を!不埒な!……でもきっと進藤の唇は柔らかいだろうな…って違う!これは気の迷いだ!
…そうだ碁だ!碁と結んで考えるんだ!進藤のことは!うん!
初めて出会った時ボクはキミに打ちのめされ、囲碁部の大会に出てまでキミに挑んだ。11の8から狂った奇妙な対局……アレでキミの実力に落胆した筈なのに、キミを忘れられなくてボクはsaiと打ち、ネットカフェにまでキミを求めて行った。
進藤…ボクはキミを追い、キミもまたボクを追ってきた。ボクはキミに問いたい。「キミは一体何者だ?」と。
二年前の対局の謎…囲碁部の三将戦…着実に成長し、いずれキミはプロ棋士としてボクの前に立つに違いない。
イベントの指導碁の後、編集部の人がプロ試験の結果をきくという話を聞いて、ついついボクは慌ててしまった。キミのプロ試験のことで、指導碁の時も編集部の人と話している時も頭が一杯だった。
越智に棋譜を並べさせたかったが、断られたのは残念だった。だがそれはそれで構わない。
ボクの用意した障壁をキミは越えてきた……予想通り。棋院で聞いた結果はボクにしてみれば当然だ。
来い!進藤!ボクはここにいる!プロの世界に!……キミの実力は、ボク自身が確かめる!
ふう…やっとまともな思考にいきつけた…。
△月◇日(97.5局/日向1〜4)
今日は偶然ファーストフード店に居る進藤を見かけて、一緒に軽くお茶をした。
コーヒーのまずさには閉口したが、進藤の寝顔を見れたので、今回は眼を瞑ろう。しかし、次に進藤とお茶をする時は、もっとマシな所でせねば。今度美味しいコーヒーとお菓子のある喫茶店を探しておこう。進藤は甘いものも好きだし。
それはともかく、窓際ですやすやと眠る進藤の愛らしさときたら…!心底誰にも見せたくないと思った。カメラを持ってきていなかったのが残念で仕方ない。あれば絶対に撮っておくのに。
進藤の髪はさらさらで、手も小さくて、唇は柔らかくて、触れるとどきどきした…って寝てる相手に何をしでかしてるんだボクは!これじゃあ変態みたいじゃないか。でも、プロ試験が終わるまで会えなかったことも、苦しくて仕方なかった事も、少し進藤に触れただけでどうでもよくなってしまった。
指先は碁打の指らしく爪が磨り減って堅くなっていて、対局が待ち遠しくて堪らない。ボクはいつになったら棋士の『進藤ヒカル』に会えるのだろう。決してその日は遠くないはずだ…恐らく。
それにしてもやっぱり進藤は可愛い。記録係の事ぐらいであんなに困るだなんて、本当に素直だ。
ボクもまだ一度しかしたことがないんだけど、そういえばアレ以来一度も回って来ないな。まあ、最近対局も忙しくなってきているから、例えあったとしてもお断りするけど。
ファーストフード店で進藤をナンパしようという不届きな女子高生が居たので、さっさと出て公園に行ったのは正解だった。全く、ボクの進藤を逆ナンパしようだなんて不届きも過ぎて無礼千万だよ。
進藤からは眼が離せなくて困る。放っておいたらどんな奴が近付くか分かったものじゃない。進藤の魅力の前には仕方ないけど、ボク以外の相手に目移りなんて絶対させられない。身辺を洗って排除しておかねば。
そういえば…緒方さんも以前ボクの断りもなく進藤に近付いていたな。
院生になった時も、このボクを差し置いていつのまにか情報を手に入れていたし、若獅子戦の時も……。
今度その辺の事情を詳しく伺わせて貰った方が良さそうだな。じっくりと念入りにね。
公園に行くまで腕を強く握り過ぎて拗ねてしまったが、謝ると許してくれた。進藤は優しい…それに可愛いし綺麗だし。
久し振りに色々話せて充実した時間は短かったけど、明日も会う約束をした。明日がとても楽しみだ。
△月×日(97.5局/日向幻の5(笑))
進藤と待ち合わせて写真を撮った。午前中からずっと一緒だったので、食事もして夕方まで二人きりでいられた。秋の日が落ちるのが早いのは分かっているが、こんなにも辛いことだったとは…。もっと一緒に居たいと思っても、暗くなったら進藤を家に帰さないといけなくなる。秋じゃなかったらもっと長く一緒に居られたのに!
でも仕方がないよね。ボクも進藤も中学生なんだし、余り遅くなって御両親を心配させるわけにはいかないもの。
中学を卒業したら一人暮らしをしてもいいかもしれない。そうすれば進藤を泊めたりできるし、一晩中碁を打てたりとか…これはいいかも。将来的に検討しておいても悪くないな、うん。
写真を撮っている時、モデルをしてくれている進藤と時々眼が合うと、ちょっと頬を赤らめたりして凄く可愛かった。ああいう初々しい感じがよくて、思わず抱き締めたくなって……ない!危なかった、またおかしなことを書きそうになったよ。
昼食を食べた後に進藤は公園のベンチで眠ってしまい、寝顔をこっそり撮ってしまった。昨日も思ったけど、進藤は寝顔も凄く可愛い。見ているだけで幸せになってくる。毎日だって眺めていたい。
今日は一日何だかデートみたいだったな…ってちょっと待て、ボク!進藤は男なんだぞ!
それなのに抱き締めたいとか、触れたいとか、あまつさえキスしたいと考えるだなんて絶対おかしいじゃないか!
ボクは変態じゃない。ゲ○でもないしホ○でもない。男に好意を持つなんて今まで一度だってなかったし、金輪際有り得ない!例えば津川や中村にキスしたいか?冗談じゃない!!
いけない、ボクとしたことが…不覚にも考えただけで夕飯をもどしてしまいそうになったじゃないか。どうしようもなく気色悪くてゾッとする……鳥肌まで立っているよ。男として正常な反応だぞ、これは。やっぱりボクは変態じゃないな。
それにしても気持ち悪い想像をしたな……進藤の写真でも眺めて気を取り直そう…って違う!
ダメだ…何でこんな事ばっかり考えるんだろう。ボクも進藤も男なのに…早く頭を切り替えなきゃ。
それは分かっているけど、もうすぐ期末試験だから進藤とはしばらく会えないし…。
進藤も進藤だよ、ひどいじゃないか。「中間の成績悪かったから、期末は勉強しないといけないんだよ。しばらく会えねぇな」だなんて。こんな非情な台詞をあっさりと笑いながら、よく言えるものだね。こっちの気も知らないで。
ボクも期末試験が近いけど、キミに会いたい気持ちは中々抑えられない。我慢するのは凄く辛いんだ。
キミはそうじゃないのか?考えると段々気が滅入ってくる。次に逢えるのは一体いつになるんだろう…。
悔しい……ボクは期末試験より劣っているとでも!?ボクと期末試験とどっちが大事なんだ!進藤!
□月△日(98局)
新年早々に取材がきた。お父さんと一緒にうけたけど、まさか進藤との対局をお父さんが望むだなんて…。
気になる!気になる!!気になる!!!何でお父さんが進藤との対局を…?
確かに以前から注目していたみたいだけど…だからといって、何もボクの眼の前で指名しなくたっていいのに。
ああもう!凄く苛々する…プロになった進藤と初めて対局するのはボクじゃないと嫌なのに!
何でボクはタイトルホルダーじゃないんだ!?ボクがタイトルを持っていたら進藤を指名するに決まってる!
いつか絶対にタイトルホルダーになってみせる!……でもその頃にはもう進藤はプロになっているじゃないか…。
いや待て、進藤とタイトルを争うというのは、かないいいかもしれない。我ながら上出来かも。
逢いたいな…進藤に…結局写真もまだ渡しに行けてないし。
それに今更気付いたけど、期末試験の最中進藤の勉強をみてあげれば、それを口実に毎日だって会えた筈なのに…ボクとしたことが、このヨミは抜けていたよ。はあ…勿体無いことをしてしまった…。
□月○日(99局〜102局)
進藤の新初段シリーズを見に棋院に訪れると、緒方さんと桑原本因坊が先に来ていた。どうも、進藤に注目しているのはお父さんやボク、緒方さんだけではなく、桑原先生も気になっているらしい。進藤と同期の院生仲間と越智も居た。
いきなり進藤とお父さんを賭けの対象にするだなんて、桑原先生も緒方さんも何を考えているんだろうか?
桑原先生と緒方さんが見守る中で、進藤がお父さんと打つなんて…囲碁部の三将戦の時は思いもしなかった。
とうとうここまであがってきた。ボクは待っていた、この時を!いったいどんな碁を打つのか、見せてくれるのかと。
それなのに…進藤の碁は何とも不可解なものだった。無茶な手ばかりで、一体何がしたいのかさっぱり分からない。進藤は何故あんな碁を…?無謀で無鉄砲で形の悪い碁を。でも桑原先生はこの碁は面白いと評価した。
「自ら大きなハンデを課して打ったのなら納得がいく」と、進藤の荒れた碁をそんな風に語っていた。
名人のお父さん相手にハンデを課して打つ?
何故?どうして?……分からない。ボクには彼が分からない。
初めて進藤と打った2年前、ボクは父と打ったかのような高い壁を感じた。
その半年後に打つとまるで別人のような弱さで…そう、ボクはあんな弱い奴をライバルとして追いかけたわけではない。
だけど進藤はネットカフェで「オレの幻影なんか追ってると、ホントのオレにいつか足元すくわれるぞ」とボクに言ったんだ。次に逢った時には院生になり、そして今日お父さんと向かい合って対局していた。
桑原先生の言った通り、ボクが進藤をプロの世界に導いた?……そうかもしれない。
ボクは進藤に出会わなければ進藤を求めたりしなかったし、進藤もまた、ボクと出会わなければここまでやってこれはしなかった筈。ボクにとって進藤は、進藤にとってボクは、お互いに不可欠な存在なんだろうか…ライバルとして?
ライバル…本当にそれだけ?ボクにとって進藤は…ライバルというだけなんだろうか?
進藤を想うと胸が痛くなり、声を聞いただけで鼓動が早くなる。
同じ男なのに、ボクから見た進藤は本当に可愛くて…この間なんて急に抱き締めたくなったりもしてしまった。
それだけじゃない、ボクは進藤に触れたいとすら思っている。その髪に、肌に、唇に……だ、ダメだ!また!
進藤とボクは同性だぞ!?気のせいだ、気のせい!気を確かにもて!塔矢アキラ!このままでは本当に変態街道まっしぐらだ!ボクは男になんて、全く、全然興味ない!
……でもやっぱり進藤には逢いたい…どうしてなんだ……?