犬も喰えないV犬も喰えないV犬も喰えないV犬も喰えないV犬も喰えないV   犬も喰えないX犬も喰えないX犬も喰えないX犬も喰えないX犬も喰えないX
 なんのかんのと引き止められ、結局道徳が出立できたのは翌日の夜も更けてからだった。洞府に戻った時には、既に天化 
の就寝時間が過ぎていた程である。
 
 門限を破った子供が親を起こさないよう気を使う心境で、静まり返った真っ暗な廊下を足音を殺して歩き、庭にしつらえ
 
てある露天風呂にこっそり向う。自分では今まで気付かなかったが、結構気を使って疲れていたらしい。洞府にこうして帰
 
ってくると、身体の中から疲労が滲み出しているような感じがする。
 
 風呂に入ってゆっくり寛ぎ、久々に四肢を存分に伸ばして湯に浸かる。煌々と輝く月をぼんやり眺め、これからどうした
 
ものかと考えた。太乙の言葉に触発されて、慌てて洞府に戻ってきたのはいいものの、いざ天化の傍に来てみるとやはり反
 
応が気になって仕方がない。
 
 日にちが経っているので、さすがに叩き出されるということはないだろうが、思いきり無視されるか睨みつけられるぐら
 
いのことはされそうだ。だからといってこのままにするわけにもいかない。今夜は無理でも明日すぐに謝ることにしよう。
 
自分の考えに満足すると、道徳は風呂から上がった。
 
 脱衣所で細身だが無駄なく筋肉のついた肢体を流れる水滴を手拭で拭き取っていたが、ふと手を止めてある一点を見詰め
 
る。そこにはいつもなら寝巻きや着替えを入れておくのだが、今は何も入っていない。
 
 すぐ傍には風呂に入る前に脱ぎ捨てた、普段から着用している道服が無造作に置かれていた。
 
「……大ボケ……」
 
 自分の間抜けさ加減に呆れて天を仰ぎ、道徳は一人ごちる。
 
 風呂に入ってのんびりすることと、天化のことばかり考えていて、寝巻きを持ってくるのを忘れてしまったらしい。
 
 着替えとして人間界で使っていた寝巻きや衣服を使うことも候補として思い浮かべたが、それらは全て洗濯籠に放り込ん
 
でしまい、今更掘り起こして着るのはかなり抵抗がある。仕方なしについ先程脱いだばかりの道服に袖を通しておいた。
 
 人間界を出る時に着ただけだからいいだろうと自分を納得させて、前を締めずに軽く羽織るだけにする。湯上りですぐこ
 
の服を着ると何だか肌に張り付くようで、どうも着心地が悪い。
 
 部屋に戻ったらすぐに寝巻きを着ようと思い直すと、道徳は天化の居室に足を向けた。
 
 せめて寝る前に天化の顔ぐらいは見ておきたい。こんな風に長い間天化の顔を見れなかったのは、封神計画以来である。
 
寝顔でもなんでもいいから、とにかく見ておきたいのだ。傍に行って天化がそこに居ることを確かめたかった。
 
 そっと室内に足を踏み入れ、眠る天化の顔を覗き込む。
 
 月明かりに少年の顔が青白く照らし出され、鼻筋に残る真一文字の線が、黒い髪とは対照的な陰影を作り出していた。
 
 すうすうと規則正しい寝息を聞きながら、道徳は起こさないよう配慮しつつも額に「ただいま」の口付けを落とす。だが、
 
天化はそれに微かに反応を返し、うっすらと碧の双眸を開いた。
 
「……うん…師…父?…お帰りなさい」
 
 半分寝ぼけているのか、素直に道徳を迎える言葉を呟き、触れてくる暖か掌に頬を摺り寄せる。
 
「ただいま。……それからごめん」
 
 小さく天化の耳元に囁いて、唇に掠めるような接吻をした。謝るのは明日ちゃんとしようと思っていたのに、謝罪の言葉
 
は自分でも信じられないぐらい自然と零れるように出ていた。
 
 そんな道徳の驚きとは裏腹に、天化は悪戯っぽい笑みを浮べて身を起こすと、しっかりと彼の身体を抱きしめた。
 
「俺っちもひどいこと言ってごめんなさい。師父が居なくて気が変になりそうなぐらい寂しかったさ」
 
「私も大人げなかったよ。寂しい思いをさせて悪かった。ずっと一緒に居るから」
 
 天化は謝罪の言葉と共に、道徳の背を緩く掴んで口付けをねだる。それに応えて道徳も少年の均整のとれた身体を抱きし
 
めて、唇を啄ばむと、瞳を見つめながら問うた。
 
「あのバンダナの代わりに、新しいものを作るよ。それでは駄目かい?」
 
 この台詞を聞いた途端、先程までに甘い雰囲気はどこへやら、天化は思い出したように鋭い刺すような視線で道徳を貫く。
 
道徳は居心地が悪い思いをしながらも、その視線を受け止めた。ここまできたら、とことんまで付き合うしかない。
 
「そんな事、誰でも出来るさ」
 
 やはり分かっていない、と天化は不服げに唇を尖らせる。太乙から聞かされて期待していたのに、これでは許すわけには
 
いかない。本当は道徳の腕が恋しくて堪らないのに、意地っ張り心が頭をもたげてくる。
 
 道徳に背を向けて再び布団に潜りこもうとすると、引き止めるように抱き締められた。彼の広い胸に顔を埋める形となり、
 
天化は無意識に身体を強張らせる。はだけられた道服の胸元からは微かに石鹸の香りが漂い、眩暈がしそうだった素肌に直
 
接触れる感覚に心臓が跳ね上がって、呼吸が苦しくなる。
 
「………?天化?」
 
 慌てて身体を離して視線を逸らす天化を、道徳は訝しそうに見詰める。上体を起こして夜着の合わせ目を整えながら、天
 
化は心の動揺と身体の反応に赤面した。いくら数日久しぶりだからといって、これは正直すぎる。
 
 久々に触れた素肌に、清潔感のある石鹸の香、中途半端に見え隠れする引き締まった体躯。どれをとっても、道徳に飢え
 
ていた天化にとっては強烈なものばかりだ。なのに本人は何一つ意識していないのだから始末に終えない。
 
「言い方が悪かったようだね。では天化……新しいバンダナを渡す度に、私と天化が築く時間が増えていくのは嫌かい?古
 
い思い出を捨てるのではなく、その上に重ねていくのは駄目?」
 
「………それはそれで構わないさ。……でも、俺っちは最初の気持ちも大事にしたい」
 
「そうだね。私はお前に何かを渡す度に気持ちを新たにしたいはと思っているけど、それをお前に押し付ける気はないよ。
 
………だからこれを返そう」
 
 道徳はポケットを探って、古めかしく黄ばんだ白い布を天化の掌にのせた。広げるとそれはとても小さく、天化と道徳の
 
過ごした年月を物語っているかのようだった。
 
「師父……これ…なんで?」
 
「一目であの時のバンダナだと分かったが、後生大事に持たれていると恥ずかしくて……。実は隠してたんだ」
 
 もう一度受け取ってくれる?と照れ臭げに尋ねられ、天化は頷く代わりに道徳の首に縋りつく。
 
「……師父、大好きさ」
 
 道徳から改めて貰えて、嬉しくて堪らない。この想いは、幼いあの日に貰った時よりも更に大きかった。そっと天化が唇
 
を寄せると、道徳も応えて口付けてくる。しばし触れるだけの接吻を交わし、互いの額をくっつけて微笑みあった。
 
「じゃあ、おやすみ。天化」
 
 天化の機嫌が直ったのを機に、道徳は頭をくしゃりと撫でて身をするりと離して部屋に戻ろうとした。だが、しっかりと
 
しがみ付かれているお陰で離れることは出来ず、どころか天化が膝の上にのしかかるように座り込んでくる。
 
「なに逃げようとしてるさ……?」
 
「逃げるだなんて人聞きの悪い……。私は自分の部屋で寝ようと思っただけだ」
 
 天化が何を求めようとしているのかを察して、道徳は平静さを装って弁解する。天化はそれを知ってか知らずか、悪戯っ
 
ぽいながらも人の悪い笑みを浮べて道徳の顔を覗き込んできた。
 
「へぇーそうかい。実は俺っちも師父の部屋で寝たくなっちまったさ。ついでに一緒に連れてってくれるさね?」
 
 道徳の脳裏に、太乙の『干乾びちゃうぐらい頑張らないと許して貰えないよ』という言葉が甦った。にっこりとそれはも
 
う可愛らしい笑顔を見せた天化は、首に腕を回して身体を摺り寄せてくる。
 
 ここで駄目などと言った日には、本当に干乾びるまで付き合わされるに違いない。何が何でも一ラウンドKOさせる決心を
 
して、道徳は天化の身体を抱き上げて肩に座らせる。
 
 満足そうに頷く少年に眼だけで笑いかけ、恭しく言葉を紡いだ。
 
「………仰せのままにお連れ致しましょう」
 

 薄暗い室内には途切れることなく荒い吐息と湿った音が響いていた。だがしばらくするとそれも止み、部屋を支配するも
 
のは闇と月光だけになる。訪れた静寂を破って、ねだるような甘さを含んだ声が空中を滑った。
 
「なぁ…師父……もっと」
 
 道徳の寝台で既に4回は抱き合っている。しかし天化は少しも疲れを覚えていなかった。それどころか、彼がもっと欲しく
 
て堪らない。貪欲に求めてしまう自分が浅ましいとは思うが、この想いをとめることはできそうになかった。
 
 疲れる気配を見せるどころか足を絡みつかせてくる天化の姿に、道徳の方が体力の限界を感じ始め隙を窺う始末だ。
 
「……天化。今夜はこの辺で止めておいて、続きはまた今度ということで……」
 
 首にかかっていた天化の腕を外して身を起こし、緩い口付けを落としながら宥めるように声をかけてくる道徳に、少年は
 
にっこりと笑ってみせた。
 
 この笑顔に望み薄な期待をしてしまった道徳は、後に続く言葉にがっくりとうな垂れることとなった。
 
「じゃあ訊くけど、今度ってのはいつさ?」
 
「………えーっと……明後日……とか………?」
 
「明後日?ダメさ。今から……もう一回するさね」
 
「私はお前と違って若くないんだよ。年寄りを苛めるなと教えただろうが。敬老精神がないのかい?」
 
「何バカ言ってるさ。師父、身体は若ぇんだから全然大丈夫だって。それとも、俺っち相手じゃ不満かい?」
 
 笑みの中に剣呑な光を瞳に乗せて見据えてくる天化に気付かれないよう、道徳はこっそり溜息をついた。今までに何度も
 
こうして抱き合ってきたが、今回ほど回数をこなしたことはない。以前に比べて最近多少はコッチ方面の体力がついてきた
 
ようではあるものの、ここまでするとさすがにかなり疲れてくるのだ。
 
 確かに肉体は若さを保っている。が、こんな事は昇仙してより永い年月の間一度としてしたことがない。
 
 遣り方自体を忘れて久しかった上に、修行で使う体力とコッチ方面で使う体力とは明らかに質が違う。更に追い討ちをか
 
けるように、天化の肉体は性に貪欲な十代の少年のままで、実年齢もまだ20代であるのだ。