十月三十一日は、西洋ではハロウィンとされる。
 日本で言うところのお盆やお彼岸と意味合いは似ているだろう。
 基本的に日本人はイベント好きだ。西洋の文化でも、クリスマスやバレンタインデー、ハロウィンをすることに躊躇がない。
 それが例えデフォルメされた形であったとしても、彼らにとっては一つの祭りとして、楽しまれるものとなるのだから。
 お祭りやイベントの好きな日本人がするとなると、やはりハロウィンというものも、少し違った楽しみとも直結するらしかった。
 その筆頭とも言うべきなのが、各界の上流階級を集めたパーティーになるのかもしれない。例えば、アキラとヒカルが招待されたハロウィンパーティーでは、様々な
扮装をしての立食というものだ。そこには本来の先祖の霊云々に関する意味合いは含まれていない。
 むしろ近しいのは、子供がお化けに仮装して各家庭からお菓子を貰うという、お楽しみイベントであろう。
 確かに、こういったお祭りめいたイベントでは、深いことには拘らないのが日本人だ。
 村上の開いた本日のハロウィンパーティーは、その点では大人が楽しめる内容と言えるのかもしれない。だがしかし、若干一名はこのパーティーに行くこと自体非常
に気が重かった。彼はまだ十六歳で子供という年齢に入るものの、そんな事は全く関係ない。嫌なものは嫌なのである。
 まず気に入らないのは衣装だ。どこかの中華街で売っているような、ど派手なチャイナ服である。しかもこの服がかなりの高級品となると、立食パーティーで汚したり
したらとんでもないことになりそうで困る。着ているチャイナ服はただ高級なだけではなく、アキラの身体にしっくりとくるように作られている。
 精緻な刺繍など、生地や柄に金をかけているだけでなく、恐らくオーダーメイドの特注品だろう。
 第二に、顔に僅かだがメイクを施されてしまい、その上イヤリングなんてものまで付けられているのも嫌だ。
 メイクといっても肌を整えるクリームを塗られたくらいで、イヤリングも小粒の石をピアス風につけている程度で大したものではない。
 しかし、こういった派手な衣装を着たり、アクセサリーを身につけたことのないアキラにとっては、決して楽しくはなかった。衣装やイヤリングなどの件について、アキラ
は随分と激しくヒカルに抗議した。ヒカル以上に嫌だとダダを捏ねたというのに、彼は全く耳を傾けもせずに、傲然と言い放ったのである。
『おまえはオレのものなんだから綺麗に着飾らせて何が悪いんだよ!折角の機会なんだからな、綺麗にしてオレの眼を楽しませろ』
 こんな無茶苦茶な言い分を聞いたことは、アキラの人生の中で一度としてなかった。小さな子供でもこんな理不尽な要求はすまい。抗議をする気もすっかり失せて
アキラが脱力したのは、想像に難くない。すっかり仏頂面で車に渋々乗り込んだのも、無理もない。
 アキラは隣で上機嫌で座っているヒカルの横で、とてつもなく居心地の悪い思いをしていた。服もそうだが、車も内装の凝った大型のリムジンである。アキラがいくら
タイトルホルダーの息子として、それなりに贅沢な暮らしをしていたといっても、世界が違い過ぎる。
 別に金持ちの集まりに行くことなどさして気にしない。この居心地の悪さの原因はやはり着慣れない衣装と派手な格好だった。
 この姿を衆目に晒すことに、アキラとしては抵抗があるのだ。パーティー会場に近づくに従って、気が重くなってくる。
 今日のパーティーのために、彼らの屋敷は完全に無人となっている。
 普段は社とあかりと奈瀬が家の管理をしているが、彼らももれなくパーティーに参加するので、誰もいないのだ。あれだけ広大な屋敷と庭を管理しようと思えば、普通な
ら使用人を何十人かの単位で雇わなければならない。だがしかし、そこに住まう者達にとっては、使用人の手など反対に煩わしいだけだ。
 あかりは水の力を持ち、奈瀬は土の力を持っていることから、庭の管理をするのには二人の能力だけで十分である。庭師など必要ない。
 風の力を持つ永夏は、埃などの生活から出て来るゴミなどを力を使って飛ばすなど造作もなく、掃除機や箒も年中不要だ。
 拭き掃除についても、あかりが水の力を調節して使えば家全体を一瞬にして綺麗に磨き上げられる。
 料理に関しては、火の力を使う社が万国の料理メニューを知り尽くして、様々な食材を使って調理をするので問題ない。
 ヒカルの身の回りの世話をする彼らが居れば、使用人など最初から必要ないのだ。そんな事情もふまえて、今日の屋敷は無人である。
 無用心といえば無用心だが、四天王の張った強力な結界の中に入り込める輩はおいそれといない。
 どんな大泥棒であっても侵入は不可能だ。四天王の作る結界は、そんじゃそこらの警備会社よりも遥かに強固な警備システムなのである。
 全員が一台の車に乗り込み、彼らもそれぞれにめかしこんで別の座席に座っている。運転手役も決め、行きは社で帰りは永夏だ。
 四天王達は四人ともが前に座っていることもあり、後部座席に座るアキラとヒカルは、完全に隔絶された空間に居る。
 居心地の悪そうなアキラとは対照的に、ヒカルはのんびりと寛いでいた。彼にとってはこの程度のことは大した問題ではないのだろう。
 扇子を開いてゆったりと仰ぎながら、むっつりと押し黙ったままのアキラに視線を向け、微かに苦笑を零した。どうやらヒカルの伴侶は、何度転生してもパーティーなどが
好きではないらしい。元々堅物で融通の利かないところがあるから、仕方がないといえばそうなのだが、いい加減慣れてくれてもいいのだが。
 防音性に優れた広いリムジンの中では、余り振動は伝わらず、外の音も聞こえてこない。微かに耳を擽るのはヒカルの扇子が風を作り出す音と、髪を微かに揺らす空調
くらいのものだった。静かに車は走り続け、都会的な場所を離れて郊外へと抜ける。
 緑が増えていくごとに大きな屋敷が目立つようになり、少しずつ招待主の住まう場所に近付いてきているのが察せられた。
 広々とした高級住宅街の中でも、異彩を放つ一際立派な建物が車窓から見える。アキラは相変わらずの居心地の悪さに些かうんざりしながら、窓から見えた黒々と聳え
立つ洋館へと眼を移した。いかにも年代ものらしく蔦の絡まった塀の奥には、ヒカルの日本での住まいと匹敵しそうな大きな屋敷が建っている。
 庭の規模は遥かに狭いが、恐らくそこが目的地の本館というところだろう。
 奈瀬から教えて貰った情報によると、赤羽館はこの屋敷の別館で、パーティーや舞踏会などを専門に行うサロン仕様だそうだ。
 先々代の持主がパーティー好きであったことから専用の別館を作るに至ったそうで、金持ちの道楽はいつの時代も尽きないらしい。
 門を抜けて本館の前を通り過ぎ、庭を少し走ると、明るい光を窓から煌々と照らし出している、瀟洒な館が見えた。
 本館に比べると建物の規模は小さいが、ダンスホールや室内コンサート、パーティー会場としてならば十分な広さを有している。
 建物の前でリムジンが停まると、まず社と永夏、女性二人が降りる。全員が揃って控えたところで、社は恭しく後部座席の扉を開いた。
 流れこんできた秋の夜気に、車内の篭もった空気が一気に変化する。
 アキラはチャイナ服の裾を軽く捌いて降りると、反対側の座席に回って扉を開け、ヒカルに手を差し伸べる。アキラの手に自分の手を当然のように重ねると、ゆっくりと慣れた
仕草でヒカルは降りた。頭を垂れて控える四天王の間を通り抜け、アキラのエスコートで入口へと向かう。そんな彼らの後ろを、四人の少年と少女も着いて行く。
 あかりと奈瀬はそれぞれ花や蝶をあしらった、美しいチャイナドレスに身を包み、永夏と社も鳥を基調としたチャイナ服を着込んでいた。
 あかりは薄い桃色のドレス、奈瀬は深紅のドレスで、それぞれ大胆なスリットが入り、見事な脚線美を披露している。どんな男でも、思わず眼が奪われてしまうだろう。
 とはいえ、彼女達の脚線美に見惚れておかしな真似をすれば、少なくともその足の美しさを堪能すると同時に苦痛も一緒にお見舞いされるに違いない。
 美少女二人に負けず劣らず、少年達も存在感十分だった。
 あかりをエスコートする永夏も、奈瀬をエスコートする社も、背が高く態度も堂々としていて、いかにも場馴れしている印象がある。
 とてもではないが、子供ばかりの集まりには見えない。しかし、そんな彼らより遥かに眼を引くのはアキラとヒカルだった。
 姿を現しただけで、その場に居た人々の瞳を釘付けにしている。
 アキラは身体全体を巻くように描かれた竜の衣装である。五爪の爪に宝玉を持ち、咆哮する姿は天候を操る神そのものの迫力だった。
 ヒカルの絵柄は虎になっており、胸部に描かれた顔から背中に続く胴体、尻尾へと実に精緻に作られていた。
 彼らのためだけに作られたように、実にしっくりと似合っている。並んで立っている姿は、まさに夢のような絵画そのものだった。
 竜と虎の頭部は二人が並ぶと向き合う意匠となって、二人が一対であることを、衣服を使って示しているように見えた。
 どちらの衣装も手の込んだ刺繍で、細かい部分までもが作られており、衣服だけでそれなりの財産になりそうだ。
 アキラ自身は気づいていないが、イヤリングに填められた石も非常に珍しい宝石で、世界中の好事家にとっては垂涎ものの逸品である。
 感嘆の吐息と、魔女や吸血鬼に扮装した人々の羨望の視線に出迎えられ、彼らは既に設営の終わった会場の中へと足を踏み入れた。
 煌びやかなシャンデリアの光の下で、各界の著名人や、上流階級と呼ばれる人々が、会場内では既に談笑しそれぞれの輪を作っている。
 食事用の各テーブルには各国の珍味が上品に並んで、人々の舌を唸らせる料理がたっぷりと贅沢に置かれていた。
 あかり達四人は会場に入るとすぐに別行動をとり、ヒカルの世話はアキラに任せてさっさと人々の中に紛れてしまった。彼らなりに気を使った行動は、当然ヒカルのためだった。
 ライトアップされた庭の景色が見えるバルコニーの傍には、食事ができるように小さなテーブルと椅子も据えられている。
 アキラは無人の席にヒカルを連れて行って座らせると、会場内を歩き回るメイドに声をかけてジュースを貰い、料理を取りに行った。
 綺麗に着飾っていてもヒカルは色気よりも食い気で、食べ物を見つけたら早速食べたいといい始めたのだ。
 何度かに分けてヒカルに料理を運び、アキラも少しだが口にする。ヒカルは料理を食べては社の味付けと比較し、色々と手厳しく辛口の評価を下しながらも楽しんでいるが、
アキラは余り食欲がなかった。本来ならばここで食事を始めるよりも、招待主に挨拶に行くのが筋である。
 だがヒカルは一切そんな事には頓着せず、椅子に座ってたっぷりと食べるだけ食べ、パーティー料理を堪能していた。
 十分に食事をして満足した体でいるヒカルとは対照的に、アキラは既に食傷気味で、早く帰りたいというのが本音であった。席を立って少し歩いて会場内を見て回るが、決し
て楽しめるものではなかった。わざわざこんな所に来たのには、珍しい料理が食べたいのかと最初はアキラも思っていたのだが、どうも違うらしい。
 料理を堪能した後だというのに、まだ出ていこうとしないのだ。ヒカルは美しい衣装を着たアキラを連れ回し、自慢したくもあったようだが、人々の眼に晒され居心地の悪さだけ
でなく居た堪れなさもあって、アキラとしては正直早くパーティー会場から抜け出したい。こういった場所は、とにかく苦手だった。
 重い溜息を小さく吐いて下を向くと、ヒカルに軽く手の甲を扇子で叩かれ、さりげなく背中も矯正されるように引っ張られた気配がする。
 驚いて眼を瞬くと、上目遣いに睨んでくるヒカルと眼が合った。俯かずに胸を張ってしゃんとしろ、と言外に言われている気がした。
 ヒカルの瞳に宿る剣呑な輝きに、いつもと違って視線を合わせ辛く、思わずあらぬ方向へと眼を泳がせる。そんなアキラの行動が気に入らなかったのか、ヒカルは掌の上で
弄んでいた、今では珍しい蝙蝠型の白扇子を素早く閉じると、ばつが悪そうに眼を逸らしたアキラの頬に柔らかくあてがった。
 白扇子には白檀の香が焚き染められているのか、鼻腔に微かな甘さが香る。
 それと同時に、有無を言わせぬ断固とした意思を感じさせる動きで、頭をヒカルへと向き直させられた。今度は逸らすことは許されず、アキラはヒカルと視線を絡ませた。
 こうなると腹を括るしかなく、逸らしたら負けだとばかりに眼を離さずにヒカルからの強靭な力を持った瞳を見詰め返す。
 百華仙帝と呼ばれる少年の視線を臆せずに受け止めるアキラの度胸は十分賞賛に値する。
 ヒカルの光が踊り回るような美しい眼は、純粋であるがゆえに容赦がなく、心を射抜く矢と同じ力を感じさせた。自分を見詰め返してきた恋人の瞳の強さに満足げに頷いたヒカル
は、扇子をアキラの顎に添えて顔を上げるように促させると、耳元にそっと閨を思わせる甘い声で囁いた。
「塔矢はオレの伴侶なんだからな。もっと余裕ぶってろ」
 アキラは自分に選ばれた存在であり、共にいるのは当然の権利なのである。ならばいつものようにふてぶてしくしていればいい。
 威風堂々とした傲慢不遜な面も持ち合わせているアキラは、ヒカルとは似た者同士で、彼もまたヒカルにとっての世界の王なのである。
 ヒカルの世界はアキラただ一人だ。彼を脅かす存在はどんなものでも許す気はない。彼はヒカルだけのモノなのだから。
 腕を掴んで引き寄せ、挑発的な笑みを湛えて顔を覗き込んだ。
「おまえは元から器の小さい男じゃねぇんだ。これくらいのことで一々びびるなんてらしくないじゃんか」
「ボクは別に……萎縮してるわけじゃ……」
 さすがにむっとして反論したアキラに、ヒカルは悪戯っぽく笑う。
「だったらオレのエスコートくらい、堂々と軽くこなせよな?」
「当然だ、任せておけ」
 胸を張ってアキラが言い切ると、少年は嬉しげに身体を摺り寄せてくる。少年同士であるというのに、その姿は普通の男女の恋人同士よりもしっくりとはまって落ち着いていた。
 二人が寄り添って会場内に据えられて椅子に向かおうとすると、彼らに向かって眼鏡をかけた背の高い青年が足早に近づいてきた。
 青年はヒカルの元へと、些か慌てたように急ぎ足でやってくる。
 男はヒカルの前に来ると同時に、人目も憚らずに膝をついて頭を垂れる。その迷いのない姿に周囲の人々は驚きのどよめきを零していた。
 この館の主であり、パーティーの主催者でもある村上は上流階級と呼ばれる人々の中でも、それなりに知れ渡った人物だ。
 外見は若くても各界の大立者が集まる会を開ける実力者である。多くの人々が彼に取り入り、また利用することを考え、少しでも近づこうとしているというのに、その村上が一人
の少年の前で膝を折り、最大限の敬意を払って傅いているのだ。金色の前髪をシャンデリアの光に輝かせた綺麗な少年と、彼の連れと思わしきもう一人の美貌の少年を、様々な
仮装に扮装した招待客は驚愕の視線で見詰めながら、近くの客と話し合う。
 どこの誰か?身分は?資産は?彼らの興味は尽きることなく、値踏みするような眼でヒカルと、隣に立つアキラを見やった。
 膝をついた村上を傲然と見下ろすヒカルの瞳には、相手の敬意に対する感慨もなければ、興味すら微塵もない。彼にとっては自分に傅く一族など、最初から居ても居なくても
同じようなものだ。むしろヒカルの感覚では、村上は著しく減点対象である。
 自分が到着したというのに、出迎えにも来ていない。会場で食事をしている間も挨拶に来なかった。
 おまけに見つけやすいように会場内をアキラを連れて歩き回ってやったというのに、それでも気づかずに来ていない。
 この男の力が中の上とは評価の上げ過ぎだ。もっと低くても十分である。飼い犬以下の分際で、迎えにも来ないなど笑止千万だ。
 自分に招待状を送ること自体がおこがましいが、送ったのならばせめて、それなりに敬意を払ってしかるべきである。
 こういった輩こそ、分不相応な身分を欲しがる。付き合ってやるだけでも、いい加減鬱陶しいのが本音だった。
 尤も村上にとってもそれなりに言い分はあっただろうが、彼がここまでヒカルの存在に気づかなかったのは確かな事実である。
 だからこそ慌ててヒカルの元へ赴き、膝をついて平服しているのだ。
「お初にお目にかかります、百華仙帝。ご機嫌麗しゅう…」
 ヒカルは閉じた白檀の香りを放つ白扇子を右手に掴んで口元に持っていくと微かに瞳を細め、アキラは招待状の主を油断なく見据える。
 一方で村上は、自分の招待に応じて目の前に現れた人物の姿に、完全に舞い上がっていた。ヒカルを見つけられなかった自分の失態など忘れ果てるほどに、主人を前にした
喜びは大きい。招待を受ける旨を伝える返事すらも来なかったので、期待は全くしていなかっただけに、喜びは一入だった。
 村上の眼の前には、確かに百華仙帝の姿がある。本人に会うのは初めてであったが、想像以上の輝きと美しさだ。
 姿そのものが闇夜に灯る蝋燭のように眩く輝き、存在感を主張している。太陽のような煌きが周囲を照らしながら、月の明りのように柔らかく全てを包み込んでいた。
 華やかでいて清らかな、神々しさに満ちた至福の光である。こんなにも素晴らしい存在を、自分の館に招くことができたのだ。
 例え一時の気紛れであったとしても、こうして姿を見せて、赴いてきた事実だけで十二分に価値がある。これで他の者とは、大きな差を広げることができたに違いない。
 会場内から同族の嫉妬が自分に注がれていることを示すように、ひしひしと肌に針のような視線を刺してくる。
 村上にとっては、他の者の嫉妬と羨望の眼差しこそ快感だった。彼らもまた、この少年が百華仙帝と気づくことができなかったに違いない。自分ですら輝きの違いに気づくの
にかなりの時間を要したのだ。村上よりも力の低い者では勘付くこともできないだろう。
 村上が百華仙帝に挨拶に行ったことに倣って、他の同族もこの少年に平伏したとしても、今更遅いのだ。
 彼らがどれだけこれから取り入りたいと望んでも、ヒカルをこのパーティーに招待した自分と同じ結果が残せるとは思えない。
 優越感と勝利の至福に、村上は大声で笑いだしたいほど愉快だった。
 内心大いに満足してにやりと笑い、村上は伏せていた顔をじわじわと上げながら、上機嫌で口上を並べ立てる。
 ヒカルの美しさ、輝かしさなどを思いつく限りの賛美で持て囃し、大仰な仕草も交えて褒め讃え、必死に彼の関心を向けようとする。
 彼からは何の反応もなく、冷たい眼で見下ろされるだけであったが、その冷酷な態度すらも支配される側にある村上には悦びだった。
「この度はおみ足を運んで頂き、光栄至極に存じております。申し遅れました。私めは当館の主、村上信一と申します」
 長々とした自己満足な褒め言葉だらけの口上を、やっと自分の紹介を充てて終える。そして熱っぽい眼でヒカルを見上げた。
 雲上の人物が眼の前に居る事実と、その姿を実際に眼にした喜びに有頂天になった村上は、ヒカルに向かって知らず手を伸ばした。
 夢のような現実を確かめるために。或いは騎士が貴婦人に敬意を表するように。
 無造作に垂らしているヒカルの左手に触れようと、村上は白い指先に腕を伸ばす。あと少しで手を取り、掴めると思った刹那、情け容赦のない力で、ぴしゃりと手の甲を扇子で
打ち据えられた。叩かれた瞬間、何が起こったのか村上は分からなかったほどだった。会場中に叩かれた音が響いたと錯覚してしまうほど、白扇子で打たれた衝撃は強い。
 慌てて赤くなった手を引っ込め、痛みの残る甲を庇いながら焦がれ続けた主人を茫然と見上げる。
「誰がオレに触れることをおまえに赦した」
 銀の鈴を振るような玲瓏たる響きの声に陶然と聞き惚れそうになるが、言葉の内容は決して生易しくなく、冷然たるものだった。
 初めて聞いたその声の冷たさだけで、身体が凍りつきそうになる。
 近寄り難い高貴な気品を漂わせ、傲慢に見下ろしながら告げる少年の威厳に、村上はその場に恥も外聞も棄てて平伏した。
 招待客の驚きの視線など、百華仙帝の怒りの前では塵や芥も同然だった。自分の尊厳すら、彼の前では意味すら持たない。
「申し訳ございません。ご無礼をお赦し下さい、百華仙帝」
 心底ぞっとした。圧倒的な力が打ち据えられた手の甲から全身に伝わり、身を灰になるまで電流で焼かれたかと錯覚したほどだった。既に暑さも感じない涼しい季節だという
のに冷汗が噴き出し、じっとりと背中を伝う。頬からも汗が零れ落ちた。身体中を小刻みに揺らす震えは、紛れもなく創世の神に対する根源的な恐怖と畏怖だった。
「顔を上げろ」
「はっ!」
 平伏した村上に冷淡な声で命じたヒカルは、アキラを殊更優しく引き寄せると、腕を絡ませて胸に顔を凭せかけた。
 口元には想い人に触れている喜びに陶然とした笑みを浮かべて。
「こいつはオレの伴侶だ。覚えておけ」
 アキラを紹介する時には恋人に対する甘えを入れた視線で見上げ、村上を見下ろして命令を下す段になると声に氷の刃が篭もる。
 まるでわざと村上に見せ付けているかと思えるほど、彼に対する態度と、アキラに対する態度にはあからさまな温度差があった。
 アキラを見上げた村上の瞳には、凄まじい嫉妬と同時に殺意が宿る。ヒカルがすぐ傍に居るというのに、殺気すら隠せていない。
 だがヒカルはそれを一切咎めず、白扇子を開いて口元を優雅に覆うのみ。扇子に隠された愛らしい唇には、冷淡な微笑が忍んでいた。
 村上は怒りを宿した瞳でアキラを見据えたまま、口には形だけの笑みを浮かべて、自分の感情を押さえるようにゆっくりと喋りだした。
「これは、これは…お初にお眼にかかります。貴方のお噂はかねがね伺っております。塔矢五冠のご子息だそうですね」
「ええ、塔矢アキラです」
 言葉遣いも丁寧で品のいい笑みこそ浮かべているが、アキラは険の宿る村上の目を冷然と睨み返し、鋭さのある声ですげなく答える。
 この男に対して自分が礼を尽くす必要がないと判断しての対応だ。
 あからさまに敵意があるのが伝わってくるのに、優しく温和にできるほど、アキラは大人しい性格ではない。
 敵であるのならば、こちらは迎えうって返り討ちにするまでだ。
「その刺繍は五爪の竜ですね。古来より五爪の竜は皇帝の証とされ、皇帝のみしか着ることが赦されない意匠です。そんなご大層な衣装を着られているとは、ご自分が皇帝
だと誇示されているかのようだ」
 村上もアキラに負けじと、服を褒めながら厭味で応酬する。
 だがアキラは顔色一つ変えることなく、僅かに首を傾けて艶やかな黒髪を揺らし、美貌を最大限に生かして嫣然と微笑んだ。
「お褒めに預かりありがとうございます。虎と並び立つのは古来より竜と決まっておりますので、虎である百華仙帝の伴侶となれば、皇帝の五爪の竜は当然の意匠ですから」
 傲慢な余裕すら湛えたアキラの切り返しに村上の頬が引きつる。今にも飛び掛かろうと、眼の前に立つ少年を射殺さんばかりにギラギラとした眼で睨みつけた。
 嵐を起こす竜と人類の敵である一族との睨み合いは、その場の空気を一変させる。さながら雷鳴の轟く大海原が出現して周囲を呑み込み、全てを破壊して押し流す圧倒的
な緊迫感を醸し出した。誰もが息を呑んで、彼らの様子を見守る。
 その中で落ち着いているのは、ヒカルただ一人だけであった。
 二人の間で見えない火花が散り、まさに一触即発という趣の中、張り詰めた糸が切れる寸前まで追い詰められた緊張感に包まれる。
 だが、そんな帯電した空気を打ち消すように軽やかな笑声が響いた。
 招待客が重苦しく緊迫した雰囲気から開放されて安堵の吐息をつく中、ヒカルだけは上機嫌で微笑んでいる。
「そろそろ勘弁してやれ、塔矢。十分興を得た、帰るぜ」
 ヒカルは微かに口元に笑みの名残を残しながら扇子を閉じると、やんわりとアキラの顎に指を添えて自分に向け、触れるだけの口付けを行う。
 周囲の存在を完全に無視するように。
 ヒカルの行動を見て、驚愕の余り村上は声を失って硬直した。
 これまで感じたことのない屈辱感と、崇拝する存在から直接唇を重ねられたアキラに対する羨望と嫉妬で、眼の前が真っ赤に染まる。
 踵を返して肩越しに視線を向けたヒカルは満足げに微笑むと、村上を一瞥することなくアキラを連れて会場を後にした。
 背後で自分を未練がましげに呼ぶ声が聞こえたが、そんなものに耳を傾けるつもりはない。ヒカルが聞きたい声の持主はすぐ隣に居る。
 用さえ済んでしまえば、こんな場所には長居は無用だった。実際、二人とも先刻の出来事など、既にどうでもよくなっている。
 四天王を呼び戻さないまま、庭の暗がりへとヒカルは急いで歩いた。とてもではないが、これ以上は我慢できそうにない。
 眼の前にこんなにも美しく着飾った恋人がいて、何の感慨も抱かずに放っておけるほど、ヒカルはお人よしな性格ではないのだ。
 本当はこんなにも綺麗なアキラを独り占めにしたいのだが、同じくらいの気持ちで見せびらかしたい。
 真っ暗な庭の奥に向かってアキラを連れてどんどん歩いていると、彼は怪訝そうに首を傾げて自分を見下ろしてきた。
「進藤…車はこっちじゃないよ」
「いいの、こっちで」
 ヒカルはきっぱりと言い切るが、どう考えてもおかしい。
 こんな暗がりに用事など何もないはずだ。納得できずにアキラが半ば抵抗するように足を止めると、勢いよくヒカルが振り返ってきた。
「何だよ」
「どこに行くつもりなの?」
 アキラの問いにヒカルは答える代わりに、反対に問いかけてくる。
「オレは今凄くしたいんだけど、おまえは?」
 他人の家の庭でいきなりそんな事を言われても、アキラとしては正直返答に困るのだが、ヒカルを欲しくないとは微塵も思わなかった。
 ただ、場所がここでは非常にマズイとは判断できる。
 他人の家の庭で、土も剥き出しになっているような所では、折角の衣装も汚れて台無しだ。屋敷の庭でするにしても決してよくないけれど、まだ他人の眼に触れないだけ
マシではある。アキラとしても、妖しく乱れるヒカルを見るのは自分だけでいたいという気持ちが多分にある。他の人間に見せるなど、冗談ではない。
 ヒカルを独り占めにしておきたいという気持ちは恐ろしく強いのだ。取り敢えずはこんな場所でなければ譲歩の余地はあるだろう。
「ここだと服が汚れるよ。せめて家に帰ってからしよう?」
 アキラはヒカルの問いに答えず、譲歩案を提示した。
「じゃあさ、おまえのベッドなら構わないわけ?」
「まあ…それなら…」
 アキラは素直に頷く。だが実際は頷くか頷かないかというところで、ヒカルの体重を全身に感じて一気にバランスが崩れた。
 飛びかかられるようにして抱きつかれて数歩よろめき、ヒカルにしがみつかれたまま背後に向かって転倒する。
 背中から倒れこみ、硬い地面に身体を打ち付けると覚悟した筈なのに、伝わってきたのは慣れたスプリングだった。
「……え?…」
 思わず周囲を見回すと、いつの間に戻ったのか、そこはアキラの部屋のベッドの上である。すぐに合点した、ヒカルが待ちきれずに場所を移動させたのに違いない。
 こんなやり方で瞬時に移動したのは初めてで、アキラは多少ならず奇異な現象に驚いた。だがしかし、ヒカルの口付けを受けるとそんな疑問や驚愕は空の彼方へと飛
んでしまう。伸し掛かってくるヒカルがアキラの衣服に手をかけて寛げながら、顔を覗き込んで艶やかに微笑む。
「ここなら問題ねぇだろ?」
「ああ」
 濡れたように輝くヒカルの瞳と合わせて頷くと、少年の衣服をゆっくりと取り払って、愛しい恋人の肌にアキラは溺れていった。

 姿を見せただけで会場からさっさと出て行った崇拝する主人を追いかけ、村上は取り乱した様子で赤羽館から外へ出た。彼の求める者の姿は影も形も見えなかった
が、諦めきれずに周囲を見回す。
「百華仙帝!おもてなしのご用意が……!」
 必死に叫んで未練がましげに追い縋ろうと、村上が足を踏み出した瞬間、行く手を阻むように一陣の風が凄まじい勢いで舞踊った。
 腕を上げて砂埃から逃れた村上が手を下ろすと、目の前には永夏と社がさりげなく立ち塞がり、それ以上進めぬように遮っていた。
 さらにその後ろにチャイナドレス姿の二人の美少女が立っている。
「もてなしは必要ない。あの方はお帰りになられるとのことだ」
「来てもろただけでも有り難く思うんやな」
 にべもなく言い放つ二人の少年を睨みつけたが、名乗らずとも彼らの正体は村上にも察せられる。四天王の一角の担う二人に、一族の中でもさして力が強くもない
村上が適うわけがない。ましてや、彼らの後ろには残る二人までもが居るのだ。
 唇を噛み締めて立ち尽くす村上に追いかける意志がないとみなして、四人はこれ以上長居は無用とばかりに踵を返した。彼ら四天王が屋敷に戻るにあたって、ヒカル
と別行動になっても何ら問題はない。彼は彼で自由に行動するのが、常なのだから。
 社と永夏は少女二人と共にリムジンに乗り込むと、彼らの創造主の元へとゆっくりと車を走らせた。

 背後から聞こえてくるパーティーの談笑や音楽とは裏腹に、村上の心に湧き上がってくるのは、言いようのない屈辱感と嫉妬だった。
 単なる気紛れだけとも思えない百華仙帝の行動だったが、振り回された村上にとって、むしろ彼との対面は災難であったかもしれない。
 だがしかし、ほんの僅かでも会えたことは確かな事実。
 たったこれだけでも、他の者との差は大きく広がっている。
 あの輝かしい存在が自分のすぐ間近に現れた時、まるで太陽が降臨したように美しく煌いていて、身も心も歓喜の渦に呑まれた。
 けれどその喜びすらも、村上にとってはすぐに苦々しいものに取って代わってしまう。思い出すだけでも腸が煮えくり返りそうだった。
 彼らが崇拝し敬愛する百華仙帝の隣にいた伴侶、塔矢アキラ。
 間違いなく、自分達一族にとって最大最強の天敵の生まれ変わりだ。
 あの独特な気と、高慢ちきで鼻持ちならない態度は、転生前と何ら変わっていない。いくら気に喰わなくても、奴は要注意である。
 能力の高さにおいても、確かにただの人間の範疇には納まらないだろう。しかも奴は転生の度に力を強くしているという話だ。
 以前とは比べものにならないほど、力を上げているに違いない。
 奴が傍に居る限り、百華仙帝の興味が一族へ移ることは微塵もない。
 村上は歯軋りしながら、虚無のように広がる暗い庭を見詰めながら、一つの決心を胸に抱いた。
 ――邪魔者は、消し去らねばならない



                                                                       百華仙帝 Vハロウィンパーティー(前編)百華仙帝 Vハロウィンパーティー(前編)百華仙帝 Vハロウィンパーティー(前編)百華仙帝 Vハロウィンパーティー(前編)百華仙帝 Vハロウィンパーティー(前編)   百華仙帝 W学園祭(前編)百華仙帝 W学園祭(前編)百華仙帝 W学園祭(前編)百華仙帝 W学園祭(前編)百華仙帝 W学園祭(前編)