Ⅳ 学園祭
藤原佐為は当初の発端の目撃者であり、また当事者でもあった。
一族として始めて生まれたという希少な存在であるのも、発端の場に居たからである。だが、元から一族というわけではなかった。
彼は人間としてごく普通に生きていたのだから。だからだろうか、佐為はヒトの生気を得たことが一度もない。
生気が必要な時は大気から得る。これも長く生きてきた故の力だ。
人としての心を失わずにこれまでずっと暮らしてきたこともあり、佐為は未だに過去に思いを馳せることがままある。
遠い、遠い、遥かな過去のことであるけれど。
一族になった当時の佐為は今で言う占い師のような存在で、神や自然界の息吹との交信を行い、作物の実りなどを伝える仕事をしていた。
彼にはとても大切にしていた弟がいたが、弟には佐為のような力はなく、略奪者や敵対者の侵入から集落を護る戦士のようなことを生業としていた。
今で言う一種の用心棒であろうか。
戦士としての弟は一流で、佐為はよく彼に助けてもらったものだ。
佐為の能力は各地で必要とされていたから、弟には護衛も兼ねて貰い、二人で旅をしながら細々と暮らしていた。
そんな中、しばらく落ち着いて過ごせる場所に居住していたあの時、『彼』の降臨を知ったのである。今まで、全くこちらに興味も向けなかった存在が、気紛れに
この世界に降り立ったことを。
何のためにこの世界に来たのか、自然と交信ができる佐為にはすぐに察することができた。彼はここを消し去るつもりでいる。
全てを無に帰して、新しいモノを創造しようとしているのだ。
彼にとってはこんな世界を消すなど何の感慨もない。神も悪魔も、その掌の上で弄ばれる存在に過ぎないのだから。
世界が消えることとは即ち、佐為も周囲の人々も、全てが消え去ってしまうこと。命も何もかもがなくなることを示す。
今までの人生も、これからの未来も、この星に生きとし生ける全ての存在が消されてしまう。
世界の王は子供のように無邪気でいて、時として残酷である。絶対に回避せねばならなかった。唯一の家族である弟のためにも。
そしてこの瞬間、世界の『声』が佐為にこう告げた。
――『生贄』を捧げよ
佐為には俄かには信じ難い天啓であった。世界の王に対して、生贄などなんの意味もない。そこらの低級な悪魔や神とは違い、彼はそんなモノに興味を持つ
はずがなかったからだ。
世界の王は徹底して無関心で、傍若無人でもある。彼に生贄を捧げても、この世界に関心を覚える可能性は皆無だ。
しかし八方ふさがりで妙案も浮かばず、藁にも縋る思いでいた佐為には、そうするしか他に方策はなかった。
生贄は一人のみ。ただし、それは佐為かもう一人――弟のどちらか。
ならば自分しかない、そう思った。降臨した彼が次にどこに現れるかを占うと、幸いにも普段からよく行く泉だと分かった。
行って、世界の王と会ってどうなるのかは佐為の力をもってしても何一つ判らなかったが、それでも行くしかない。
だが訪れたこの日、佐為が泉に赴いた時に見た光景は、彼と口付けを交わして抱き締めている弟の姿だった。
一目で理解した。この二人は肌すらも重ねている間柄なのだと。
一体いつから弟が彼と関係を持っていたのか、佐為には分からなかった。もしかすると、彼が降臨した場に弟は居合わせたのかもしれない。どちらにしろ、時は
すでに遅く、運命の歯車は回ってしまった。誘惑者の手から逃れられるわけがない。何故弟から眼を離したのか。
佐為と同じ力を持たない弟には、一目惚れした恋人の正体など分かるはずがないのに――相手が世界の王とは。
この世界に神も悪魔をも創造した、真の創造主なのだと。自責も悔恨も、何の役にも立たない。あるのは目の前の事実のみ。
彼は佐為の混乱を気づいていても知らぬげに、事後の気だるさを思わせる仕草で金色に輝く前髪をかき上げながら問うた。
「この世界がなくなってもいいだろ?オレと二人きりでいようよ」
「……え?」
弟は問いの意味を理解していないようだった。当り前だ、自分と同じ人間にしか見えない少年が、創造主などとは誰も思うはずがない。
しばらく顎に指を添えて俯き加減に考え込んでいる弟に、この世界の命運がかかっているとは、佐為にも信じられなかった。
木漏れ日の降り注ぐ草地に座り、美しい泉の畔で語らっている姿だけを見れば、恋人の睦言や我侭に思案しているようにしか見えない。
やがて顔を上げた弟は、世界の王の瞳を見詰め返して答えた。
「キミと二人きりでいたい」
創造主がふわりと笑うと同時に、眼の前が真っ暗になった気がした。
弟の望みはこの世界の破滅だ。創造主と二人で居るということは、他の存在を全て削除して二人きりになるということになるのだから。
絶望で気を失いかけよろけた身体を支えようと、木に手をついた佐為の耳に続いて入ってきたのは、希望の声だった。
「………でも、世界がなくなるのは嫌だな。こんなにも綺麗なのに」
金色の前髪を弾いて輝かせる光を掬うように手を広げた弟を見詰めて、世界の王はふと笑みを浮かべた。無邪気でいて愛らしい微笑を。
「いいぜ、おまえが望むなら消さない。――けど、おまえはこれからオレだけのものになるんだからな。覚えとけよ」
創造主は弟の胸に甘えるように頬を寄せると、ゆっくり佐為を振り返って嫣然と微笑んだ。彼は自分のものなのだと告げるように。
あの時以来、佐為はこうして今も生きている。世界の王が弟を選んだ瞬間に生み出された、最初の一族として。
遠い過去に佐為の弟であった者の魂を宿す少年は、どうしているだろう。願わくば、彼の生活が幸福であることを祈るのみである。
十月が終りを告げ、十一月を迎えると海王学園高校は芸術や学問の秋に因んだ学園祭モード一色に染まっていく。
普段の授業も五分ほど短縮され、準備の為に放課後も使われる。それでも授業の内容は通常と同じで、変わることはない。
だが最近のアキラは、授業中でも休憩時間でも奇妙な視線を感じることが多くなっていた。最初はヒカルが見詰めているからかと思い、深く考えなかったが、今は
その視線が別物であると気づいている。
ただ、アキラが気づいているのは見詰められる視線のようなものだけであるが、彼の周囲では明らかに不穏な動きが増えていた。体育でサッカーの授業中に本来
使うはずのないバットがアキラに向かって飛んできたり、鉢植えが落ちてきたりする。しかも、そういった物がアキラに向かう時、常識では考えられないような異常な
速さであることが多かった。通常の速さでただぶつかるだけならば、よほど打ち所が悪くない限り、脳震盪程度で済むだろう。
けれど、スピードが増せば衝撃も強くなるのは当然だ。サッカーボールですら、頭蓋骨を砕いて相手を死に至らしめる。
アキラを狙ってくる物体の数々は、明らかに殺意が篭もっていた。
それらの物はアキラが気づかないうちに永夏やヒカルの手によってさりげなく軌道を変えられたり、アキラをその場から離れさせたりしているお陰で、本人は自分が
狙われているという自覚すらない。先日の体育の授業でも、見学をしているヒカルがアキラを呼び止めたこともあり、落ちてきた植木鉢に直撃されずに済んだ。
ヒカルの運動能力は手加減しても並の人間の範疇を超えているので、未然に注目を集めるのを防ぐためにも、身体が弱いという触れ込みにして敢えて体育の授業を
受けないようにしているのだ。またこの間も、実験室への移動の際、アキラが階段から突き落とされそうになった時も、ヒカルが支えたために事なきを得ている。
本人は自分が階段を踏み外したと思っているようだが、実際は一族が近くに潜んで、アキラの命を狙っているのだ。
あのハロウィンパーティー以来、彼自身が知らないうちに、アキラは確実に一族のターゲットにされている。
村上の招待客の中に居た一族が、部下に命令を下している場合もあれば、勝手に行動を起こしている者もいるだろう。他にも村上が命令を出して命を狙っているとも
考えられる。どちらにしろ、この先にある学園祭では、アキラの護衛についての注意はより一層必要になることは確かだった。
学園祭では、生徒や保護者だけでなく、一般客も数多く訪れる。学校という一種の巨大な密室は大きく開かれて、ある意味最も無防備な状態に晒されるのだ。
そうなれば当然、一族も一般客に混じって無害な顔をして校内に入ってくるだろう。着実に学園祭の準備が進む中で、アキラの周囲もゆっくりと怪しい気配が漂い始め、
不穏な動きも増えてきている。そんな中でも、ヒカルだけは普段通りに平然と過ごしていた。
永夏からの報告を受けて、どれだけ護衛を増やすように進言しても、全く聞く耳ももたずに大丈夫だと繰り返すばかりで、学園祭当日についても、四天王が集まる必要
はないとの判断である。こうなると、こっそり学園祭に残る四天王も侵入する腹積もりだ。
創造主の命に逆らって勝手に護衛するのも、既に覚悟の上だった。
無論、後でどんな罰があるかもわからないし、創造主の怒りを買って下手をすれば消滅させられかねない。
かといって、魂の欠片とはいえ自分達の創造の元となった魂を持つ少年の危険を、みすみす放っておくわけにもいかなかった。
創造主の眼を盗んで護衛するなど、元々無理な話である。ならばばれるのも覚悟の上で、動くしかない。
今年の学園祭のテーマは『友愛』なのだが、少なくともアキラを狙う一族は、友愛の感情を持ち合わせていないようである。
学園祭自体はテーマが決まっていても、出し物はどの学校でもそうそう変わるわけではない。体育館やホールでは、演劇部の演劇だけでなく、コーラス部の合唱、吹奏
楽部の演奏、有志によるライブや寸劇、コンテスト、他にも様々な催しがある。一般客の出入りが激しくなるのも当然であった。
文科系のクラブでもこの機会に色々な企画や出展を行う。後は学園祭といっても祭りであることには変わりがないから、出店などの食べ物系も逃せない。
アキラとヒカルの居るクラスは、点心喫茶と決まっていた。他のクラスではお化け屋敷、喫茶店などの定番から、メイド喫茶などのマニアックで独創的な路線と、実にバラ
エティーにとんでいる。学園祭や文化祭はその時代毎の背景を映し出す鏡のようなものだ。
アキラのクラスでは、先日点心喫茶をすることに決めたので、今日は各役割分担をホームルームで決めているところだった。
学級委員長でもある津川と、副学級委員長を務める中村の司会は、実に小気味よくテンポも速く軽妙に進んでいく。
担任の門脇としても、干渉せずに安心して見ていられた。
「じゃあ、買い出し班はこれでオッケーだな」
黒板に書かれた分担表に中村が名前を書き入れ、津川は持っている資料で肩を叩きながら最後の項目を読み上げた。
「ラストは客引だ。塔矢と進藤がメインで、他に手の空いた奴がすること。これで決まりな」
誰の意見も聞かずにさくっと決めた津川に、当の本人達以外のクラス全員が文句も言わずに静かに頷き納得している。
ちなみに本人達の意見を二人は聞いていない。アキラが驚いて、抗議のために手を挙げてもあっさり無視する。
彼がこんな目立つ役割を嫌がるのは恒例行事なので、どうでもいい。ヒカルについては、アキラにお守をさせていれば全く問題なく無害なものだ。
彼はアキラさえ傍に居れば、それだけで満足してくれる。とんでもなくジャイアニズムな性格をしているヒカルなのだが、アキラが居れば被害は他には及ばない。
ジャイアニズムとは『オレの物はオレの物。おまえの物もオレの物』という、日本一有名なガキ大将の論理である。
ヒカルはそれが地である上に素なので、かなり始末が悪い。元々どんな生活をしていたのかなんて知らないが、あの驕慢な我侭さ、傍若無人な自分勝手さ、傲慢不遜で
いて他者を自然と傅かせる威厳と気品は、王侯貴族でも太刀打ちできないと確信できる。
津川と中村ですら、『絶対に逆らうまい』と思う類の存在なのだ。
下手につつけば藪蛇どころか藪虎になりかねない。扱いようによっては、可愛い子猫が猛獣の虎に変貌を遂げる。しかし、愛らしい猫でいさせる方法を心得てさえいれば、
純粋培養で世間ずれしていないヒカルは、とても素直で無邪気な少年である。つまりそのストッパーが塔矢アキラであるということだ。
アキラが傍に居ればヒカルは彼にワガママを言うだけで、彼の言葉になら大人しく頷くし、時には拗ねて甘えてもいる。
アキラにとってはヒカルのワガママはどんなとんでもないことでも可愛いワガママにしか映らず、宥めたり叱ったりしながら、四六時中いちゃいちゃとしているのだが……この
際全員で見ないフリだった。とはいえ、アキラにもしものことがあれば、ヒカルはきっと猛悪な虎となるだろう。けれど、学校生活における彼の立場や友人関係の中においては、
ヒカルは愛嬌たっぷりの可愛い猫の姿でいてくれる。
ジャイアニズムを素で地をいく天然俺様体質の進藤ヒカルは、平伏しない輩には情け容赦のない傲慢な専制君主の女王様なのである。
彼らの勘は非常に鋭く、初日でそれらを理解した数少ない人種だ。その勘は、超一流の傑出した人物ならではの一種の第六感だろう。
触らぬ神に崇りなしということわざ通りに、彼らはヒカルを刺激させないようにアキラという生贄を捧げて、事なきを得ている。
どのみち、アキラもヒカルと一緒に居ることを望んでいるし、二人纏めて一緒くたにしておけば、全く問題ない。世界も平和になる。
これもまた世渡り上手になるための一種の秘策であった。
津川は眼鏡をかけているので一見するとガリ勉の優等生タイプに見られがちだが、見た目とは大いに違う。決断力にたけており、リーダーシップもあって纏め役としてはもって
こいの人物だった。中村もまたリーダーシップに優れ、雰囲気的に軽く明るいこともあり、お祭り騒ぎの音頭とりやムードメーカーとしての役割も担う。
彼らは小学生の頃から学級委員をすることが多く、かなり慣れているのもあるだろう。幼馴染としての付き合いもあって掛け合い漫才めいたやり取りも交えながらも手際よく、
効率よく進められる。二人が一緒のクラスになる時は、大抵一学期に中村が学級委員長になって津川が副委員長、二学期は津川が委員長になり中村が副委員長を務めること
が多い。三学期は選ばれれば適当にジャンケンである。
一学期はクラス全体が慣れずにギクシャクすることもあり、ムードメーカーの中村がクラス全体の緊張を解し、津川が取り纏める。
二学期は体育祭や文化祭などの催し物があるから、纏め役に津川がなって、お祭り騒ぎを盛り上げる役目を中村がするのだ。
まさに適材適所である。
彼らと同じく幼馴染であるアキラは、彼らが委員長になったら最後、友人でありながらもやりたくもない役をさせられる破目に陥る被害者であった。
尤も、思っているのは本人だけだが。
津川と中村にしてみれば、いつだってアキラに最適で適任な役割を選んでいるつもりだし、彼らの考えた以上の結果を出す最高の人選だという自負がある。幼馴染の付き合い
は長いだけではない。アキラはというと、勝手に学園祭や体育祭などの役割を決められて、二人に向かって文句の一つや二つや三つ、言いたいところだった。
思えば、アキラは小学生の頃から、彼らにいつも勝手にこういった催物系統での役割を決められていた。一度だって反論や抗議を受け入れられたことがない。
腹立たしいことに、アキラに当てられた役割はいつも大好評で、どれにしても外れたことが一度もないのだから。
中学一年生の時はシンデレラの劇で王子様の役をさせられ、二年生の時はクラス代表で女装コンテストに出場させられて振袖を着る破目に陥った。高校受験を控えた三年生
では学園祭の参加はなく、代わりにある合唱コンクールの合唱で、ソロ部分の独唱をさせられた。
ちなみに、王子様役では主演男優賞、女装コンテストでは優勝、合唱でもクラスは優勝し、ソロとしてアキラも表彰されている。
体育祭ではクラス対抗リレーのアンカーは殆どアキラで、二百メートル走なども走ったりする。陸上部員を差し置いて走るなんてイヤだと抗議すると、別の競技に出すからダメ
だと却下された。今年のクラス対抗リレーのアンカーの時は、アキラの抗議に対して答える二人の言葉は何とも見も蓋もないものになっていた。
『だってさ、君って凄い負けず嫌いだから絶対に追い抜くもんね』
まさに彼らの言葉通り、アキラは最下位でバトンを渡されたにも関わらず、五人をごぼう抜きにして優勝をモノにしている。こんなところでも、攻めの姿勢と強気さは出ているらしい。
お陰でアキラは体育祭の後、陸上部の顧問と部員達の勧誘から逃れるだけで一苦労だった。自分で走ってそれだけの結果を出してしまったのだから、自業自得といえば仕方
がないが。はめられた悔しさに臍を噛んで後悔しても、後の祭りだ。どんな競技や役でも、与えられたからには完璧にこなしてしまう。
イヤならば最初からやる気を出さずに手を抜けばいいものを、負けず嫌いで生真面目なアキラは、ついつい結果を確実に出すのだ。
彼らはそんなアキラの性格を理解した上で、指名するのである。
『着実に勝ちにいくなら塔矢アキラ』、は津川と中村にとっては必勝パターンだ。小学生の頃から彼ら三人は、最強トリオとも一部では噂されるほど、三人が集まれば催物系統で負け
なしを誇っている。春の球技大会、夏の水泳大会、秋の体育祭、学園祭、合唱コンクールなど、様々なイベントで輝かしい成績をおさめてきた。
三人が別々のクラスになったことが二度あるが、その時は取り敢えず良い成績を収めても、盛り上がりに欠けて面白くない。
彼らが集まると、全体的な盛り上がりが一気に増すのである。
基本的に目立ちたがり屋でないアキラにとっては、津川と中村から切札として指名され、注目を浴びるのは余り嬉しくないのが本音だ。競技自体に参加するのはやぶさかではない
が、できれば目立たず地味なものにしてもらいたい。アキラ自身、自分という存在が異彩を放って目立っているという事実に、全く気づいていなかった。
そんなちょっと天然ボケも入った幼馴染の性格や、黙って引き下がらずに、粘って抗議する気質も二人とも知っている。伊達に幼馴染を何年もしているわけではない。
勿論、例年のように聞き入れるつもりは全くないが、取り敢えずさっきから睨んでくるおかっぱ大魔神に一応は意見を述べることを許すべく、津川はアキラに向かって丸めた資料
を指した。往生際悪く、出たくないとダダを捏ねるのはいつものことだ。アキラを強引に納得させるためにも、理論武装も怠っていない。
「はい、塔矢君。反論タイムをあげようね。言ってごらん」
積年の恨み(?)を晴らすべく、当てられたアキラは反撃の口火をきる。クラスメイトからすれば、まさに無駄な努力であったが。
「何でボクと進藤が客引なんだ?チャイナ服を女子全員が着るなら、女の子にして貰ったらいいじゃないか」
「オイオイ、そりゃセクハラ発言だよー?塔矢君」
からかいまじりにいなす中村に、ますますアキラはいきり立つ。
「ボクはそんなつもりで言ったんじゃなくて!」
立ち上がって抗議したい気持ちを押さえつつ悔しさに歯噛みした。どうせ彼らには暖簾に腕押し、糠に釘、馬耳東風だと分かっている。
それでもついつい二人に意見を述べるのは、生来の諦めの悪さと負けず嫌いで頑固な性格故であろう。
「はいはい、冗談だから一々本気にしないの。ところで塔矢ー?君は点心喫茶じゃ基本的に誰をターゲットにしてるか知っているかな?」
わざとらしく溜息を吐いて肩を竦めながら尋ねる津川に、アキラはぐっと詰まる。そんな事知るはずがない。
「答えは女性さ。点心は中華の割には、食べるのにも手ごろな大きさと量、豊富な種類、見た目も可愛いから女性に人気があるわけ」
しょっぱなから旗色の悪いアキラに津川は余裕の笑みを浮かべた。それに乗じて、中村もにやにや笑いながら追い討ちをかける。
「女性をターゲットにするのに、チャイナ服の女の子で客引してもまともに入ると思う?あさはかだね~」
「学園祭といえども商売だからな、元手をとってナンボだぜ」
「男が客引なら、女性客が入る確率高いじゃん?」
尤もらしく語る津川と、楽しげに笑う中村の勝利は今回も確定だった。敗色濃厚なアキラだが、それでも諦め悪く粘る。隣の席ではヒカルが、彼らのやり取りを面白そうに眺めていた。
「だからって、ボクと進藤でなくても……」
「進藤君にウェイターも料理係も買出しもできると思ってんの?君がお守役なんだから、最後まで面倒見られるところがいいでしょ?」
「客引ならにっこり笑って『いらっしゃいませ』とか挨拶しておけばいいんだから、一番適役だろ?顔は良いからね、君達」
(どのみち最初から、他の係をやらせる気ないけどね~)
二人は心でこっそりと舌を出す。アキラもヒカルも折紙付の美少年なのである。女心をガッツリ掴んで、大盛況間違いなしなのだ。
看板娘ならぬ看板美少年で、今年の学園祭も勝ちにいく。儲けて、儲けて、儲けまくってやるのだ!
元来商売人気質の二人は、利益を上げることに執念を燃やしている。学園祭での売り上げ収益ナンバーワンを目指しているのだった。受験を控える来年に向けて、三年生からはクラ
ス替えがない。クラスの予算はそのまま次に持ち越されて、翌年に影響を及ぼす。お坊ちゃま進学校の割には、海王学園は意外とシビアなのである。
『予算が欲しけりゃ自分で稼げ』的な要素が浸透しているのだ。
どのクラスもそれが分かっているから躍起になり、クラブにおいても予算獲得、資金集めのチャンスとばかりに、皆が必死である。
つまりは、学園祭での売り上げもそのままクラスやクラブの予算となるのである。来年のためにもここで資金を集めなくてどうするのだ。歯軋りをして二人を睨んでいるアキラの迫力に、
他の生徒も担任である門脇も完全に腰が引けてしまっているが、司会者の二人は平然としている。さすがに付き合いも長いだけあって、免疫があるらしい。
諦め悪くまだ何とかしようとしているアキラを見て、津川は止めとばかりに丸めた資料をヒカルへと向けた。将を射んとせばまず馬を射よ、である。
「君が納得しないなら進藤君に聞こうか。では、進藤君」
津川の行動に続いて中村がヒカルににこにこ笑いかけながら尋ねる。
「学園祭ではチャイナ服で客引きだけど、進藤君はオッケー?」
「うん、塔矢と一緒ならどこでもいい」
何の疑問も持たずに頷くヒカルの横では、アキラが力尽きて机に突っ伏していた。こんな時ばかりは、ヒカルの世間ずれせずに純粋培養で天然な性格がちょっぴり恨めしい。
でもこんなところも可愛いから、ついつい許してしまう。
(結局今回もこうなるのか……)
机に懐いたまま、アキラは特大の溜息を吐いた。
囲碁などでは負ける気はしないが、アキラはいつもこの二人の幼馴染に、こういった催物方面などで常に負け続けている気がする。
彼らとの差は一体何なのか自分でも分からないのだが、黒星ばかりが増えているのは、きっと紛れもなく事実だろう。きっと来年春の球技大会でも、何かさせられるに違いない。
アキラが完全に戦意喪失したのを確認すると、商売人根性丸出しのあこぎな学級委員達は満足げに頷いた。親指をぐっと立てて、勝利のポーズまで決めてみせる。
「はーい、決まり!客引よろしく!」
底抜けに明るい二人の声は、事実上の学園祭勝利宣言だった。








