Je Te VeuxTJe Te VeuxTJe Te VeuxTJe Te VeuxTJe Te VeuxT   Je Te VeuxVJe Te VeuxVJe Te VeuxVJe Te VeuxVJe Te VeuxV
 室内が暗くなったといっても、完全な暗闇になってしまっているわけではない。雨戸を閉めていないため、朧げながらも青白い 
月の光が障子越しに届いてくる。
 
 唇を触れ合わせたまま、片手でもどかしい思いをしながらパジャマのボタンを外して畳に投げ捨てた。腰に腕を回すと、ヒカル
 
の左肩から浴衣が半分ずれ落ち、滑らかな背筋がさらされる。
 
 暗い部屋の中でも眩しい白皙の肌が剥き出しになり、ヒカルは空調のきいた室内の温度に小さく身震いした。それだけに、間近
 
にあるアキラの体温はとても心地いい。もっと、もっと触れたくなってしまう。
 
 闇夜の月明かりに照らされてより深い青に見える浴衣は、アキラの背中に縋りついたヒカルの両腕にかろうじて引っかかって、
 
密やかな衣擦れの音を立てていた。
 
 ヒカルの腰を支えて驚かさないようにゆっくりと敷布に倒し、首筋から鎖骨、胸元へと唇を下ろしていく。
 
「ひゃうっ!」
 
 淡い色合いの突起を舌先で舐め上げると、ヒカルの身体がビクリと大きく震えた。更にアキラは唇を寄せようとしたが、髪の一房
 
を掴まれて引っ張られ、仕方なく頭を上げて顔を覗き込む。
 
「……何?」
 
「ヘ、ヘンなとこ舐めんなよ!びっくりして気色悪ぃ声出ちまったじゃねぇか」
 
 目元を赤く染めて抗議するヒカルの可愛らしさに見惚れつつ、アキラは正直に思ったことを口にした。
 
「…変な声じゃなかったけど……」
 
「う、う、うるせぇ!………と…とにかくだ、舐めるのはなしにしろっ!」
 
 本当は「舐める」なんて単語を使うのも恥ずかしくて堪らないのだ。とはいえ、アキラの行動を止めようと思うなら、曖昧な言い方
 
では伝わらない。何よりもヒカルは遠回しな言い回しをするのは苦手だった。どうしても直接的な話し方になってしまう。
 
 しかし、そんなヒカルの抗議も虚しく、アキラは対局の時のような真剣な熱い眼差し向けて即座に言い切った。
 
「断るっ」
 
 始める前や告白までは散々迷って躊躇っていたというのに、いざ一歩前に進み開き直ってしまえば、アキラは積極的で強気に
 
なるようだ。ヒカルが禁止を言い渡したにも関わらず、間髪入れずにきっぱりと拒否の姿勢を示す。
 
「即答かよ……」
 
 さしものヒカルも、二の句が告げずに絶句した。どうやらアキラは、持ち前の攻めの力碁通りに僅かな機会を逃さず一気にヒカ
 
ルの懐に入り込む算段らしい。恋には不器用でたたらを踏むくせに、いざという時は強引にことを運ぶところなどは、彼の碁その
 
ものだ。碁の手筋はその人物の本質が現れるというが、アキラも例にもれず彼の性格や姿勢が如実に浮き出している。
 
 物腰の柔らかな貴公子然とした態度とは裏腹に、内に潜む激しい気性や一本気な部分が見え隠れするようだ。
 
「キミが好きだから触れたいんだ、進藤。その……初めてだし上手くはできないと思うけど、ボクなりにキミに負担をかけないよう 
にするつもりだから……」
 
 とくとくと必死に訴えるアキラだったが、ヒカルは肝心のことは聞き流して別の問題に思案げに首を傾げた。
 
「おい…オレが初めてって…そりゃまずいんじゃねぇの?おまえ女の子としたことは?」
 
「あるわけない。ボクは出会った時からずっとキミが好きで……今も好きだ。過去に女性と関係を持つなんて、浮気と同じ裏切り
 
行為じゃないか。そんなのできる筈がない」
 
 大真面目な顔で言い切ったアキラを眺めて、こいつは本当に度し難い馬鹿野郎だと、ヒカルは内心溜息をついた。
 
 全く、融通がきかないにも程がある。いくらヒカルのことが好きだからといっても、同性相手に初体験を迎えるというのは、男と
 
いう生物の種としてかなり問題があるように思えた。
 
 自分もその点でアキラと同類なのだから、文句を言う筋合いではないが。
 
「ああ、もう…分かったよ。オレだって初めてなんだから、優しくしろよ」
 
 微かな苦笑を零してヒカルはアキラの首に腕を回すと、瞳を閉じた。それに応えるように唇が触れ合い、再び項や胸元に口付
 
けが落とされる。その度におかしな声が出そうになって、必死に口を噤んだ。
 
 滑らかな舌の感触に身を震わせ、肌をまさぐる手つきに、元に戻っていた息が少しずつ乱れていく。
 
 アキラの頭を抱えるようにしてしがみ付き、どこかぎこちなく触れられる度に足先でシーツを蹴って、ヒカルは頬を紅潮させて熱
 
い息を声と共に呑み込んだ。
 
「……んっ」
 
 頭を振って奇妙な感覚を飛ばそうとするが、少しもうまくいかない。アキラの手管は拙いながら容赦なく、ヒカルから快感を引き
 
出していく。僅かに背を反らして顎を引くと、青い衣がぼやけた視界に映った。
 
アキラの髪を軽く引っ張って行為を中断させ、ヒカルは小さく抗議する。
 
「………浴衣、皺…なる……だ…ろ」
 
「……そうだったね……」
 
 アキラは内心残念に思いながらも、ヒカルの要望に答えることにした。確かに、ヒカルにとてもよく似合う綺麗なこの浴衣を汚し
 
て、皺までつけるわけにはいかない。アキラ自身も気に入っているから尚更だ。
 
 青い波間を彷彿させるように広がった浴衣の上に、ヒカルはしどけなく身体を横たえている。こうして見ると、より一層肌の白さ
 
が際立つようだ。その姿は波の漂いに崩れることのない、海に映った月を思わせる。
 
 アキラはヒカルを少し抱き上げて背中を浮かせると、浴衣を手繰り、腕からそでを抜いて帯の傍にふわりと落とした。月明かり
 
に照らされた、孔雀の羽根のような白い花は形を崩すことなく、存在を主張するように青い布地と共に裾野を広げていた。
 
 ヒカルはこれまでも四肢の力を抜いてされるがままで、アキラがそうするのが当然のように受け止めている。いや、恐らく自分
 
でも何をするのかされるのかはっきり分かっていないから、何もできずにいるだけなのだ。
 
 今までに接してきて、アキラはヒカルがこういった知識に極端に疎いことを知っていた。囲碁一辺倒のアキラもさして詳くはな
 
いが、彼の周囲には物好きな兄弟子も居るので、あれこれとお節介をやいてくれたりするお陰で並程度にはあるように思う。
 
 ヒカルも学校でそこそこ教わっているので保健体育の知識としては持っている。だが人間の本能として当然付随する興味や
 
好奇心、欲望という面においては無垢な子供と殆ど同じだった。彼の年齢としては奇異なほどに。
 
 若手棋士の集まりになると、そういった話になることもしばしばあるのは仕方がない。二ヶ月程前の集まりでも俗に言う猥談に
 
話がいき、彼らの話をヒカルは好奇心半分に耳を傾けていた。ヒカルぐらいの年齢だと、聞く側に回るのは当然だから誰も疑問
 
に思わないだろう。そんな時、たまたま誰かがAVを見て処理をする時の虚しさを語って笑いを誘ったのだ。
 
 ヒカルだけは少し不思議そうに首を傾げていたが、その場では何も言わず、帰り道の間中ずっとアキラを質問攻めにしてかな
 
り困った記憶がある。
 
 この年齢で自分を慰めたことが一度もない少年が居るのに驚くのは、自分だけではないだろう。もしかしたらそういう方面にお
 
いて、機能しない身体という可能性も考えたが、話を聞くうちに幸いにもヒカルは至って健康であることが判明したが。
 
 しかし以前から疎いとは思っていたが、極端過ぎるとアキラですら感じた程だ。だから余計にアキラはヒカルに告白することを
 
躊躇ったし、したらしたで肌に触れるにしてもずっと先になるかも知れないと、半ば覚悟も決めていた。
 
 それがまさか告白したその夜にこうして肌を重ねることができるなんて、本当に自分は幸せ者である。
 
 抱き締めた肌の温もりにうっとりと吐息をつき、頬をすり寄せる。滑らかな手触りがとても心地よくて、もっと触れたくなってしま
 
う。本当に自分の欲望は底なしだと、苦笑を禁じえない。
 
 唇と掌で感慨深く味わいながら、ゆっくりとヒカルの肌を辿っていく。
 
「う…ん」
 
 小さく吐息をついて、ヒカルはアキラの髪に指を絡めた。アキラに触れられる度に、身体の熱が上昇する。
 
 今までに何度も感じたことがあるが、今回は特に顕著だった。アキラが触れる場所から熱さが伝わって、全身に広がっていく。
 
 これまでにあった感覚は時間が経ったり囲碁のことを考えるとすあっさり普通に戻ったのに、そんな誤魔化しも通用しない。
 
 むずがゆいような感じと気持ちよさに、自分でもどうすればいいのか分からない。決して嫌ではないのだが、恥ずかしくて堪ら
 
なかった。アキラはそんなヒカルの様子を窺いながら、意を決してそっと下肢に手を伸ばす。ヒカルのそこは既に反応し始めて
 
いた。安堵と喜びを感じながら触れてみると、途端にヒカルの身体がびくりと跳ねた。
 
「うわぁ!塔矢、おまえどこ触ってんだよ!」
 
 それまで慣れない感覚に酩酊したように瞳を閉じていたヒカルは、慌てて肘を支えに起き上がって喚く。これに応えるように、綺
 
麗な黒髪に覆われたつむじはすぐに整った顔立ちの怪訝そうな少年の表情にとってかわった。
 
「どこって……」
 
「待て!言うな、言わなくていい!」
 
 胸元に埋めていた顔を上げて、アキラが言いかけた言葉はヒカルの制止で大人しく噤まれる。だがこのまま引き下がるつもり
 
のないアキラは、ヒカルの微かに潤んだ瞳を見詰めながら、ではどうすればいいのかと眼で問いかける。
 
「そこ……こういうコトをする時には絶対触るわけ……?」
 
 アキラを見下ろしてヒカルは本当に恐る恐るといった風に、髪に指を差し入れたままぼそぼそと小声で尋ねてきた。
 
「………触ると思う……初めてだから確信は持てないけど……」
 
「オレだって初めてだっ!おまえそういうビデオとか観て知ってんじゃねぇのかよ?」
 
 ヒカルの問いに、アキラは一瞬何と返事をすればいいのか分からずに逡巡する。
 
 結局迷ったのはほんの束の間で、アキラは隠しても仕方がないと、正直に頷くことにした。
 
「緒方さんと芦原さんに観せられたことはあるよ…一応は」 
 お節介といおうか遊び好きな兄弟子のお陰で鑑賞したことはあるから、観たことがないわけではない。 
 以前に『大人の一歩への参考』などと称して、緒方と芦原に両脇を固められ、観たくもないのに十八歳未満お断りのアダルト
 
ビデオを観せられた経験がある。別に隠し立てするようなことでもないのだが、はっきり観ていると決め付けられるのも面白く
 
ない。その上あの時のことを思い出して、アキラは不快げに眉を顰めた。
 
 観たものの内容が大していいものだと思えなかったのもこれにはある。はっきり言ってつまらなかったのだ。
 
 あれを観て喜ぶくらいなら、ヒカルと打った棋譜を並べたり写真を眺めたりする方がずっといい。
 
 ヒカルという存在に比べてしまえば、ビデオに出てくる女優など案山子と同じだ。
 
 塔矢アキラの嗜好は『進藤ヒカル』という事実を如実に表す思考である。