次に五人が向かったのはT2で、盛んに行きたがっていた和谷が先頭をきって中に入る。 
「よっしゃ!一番乗り〜」
 
 続いて入った四人は、クーラーの効いた室内にほっと息をついた。
 
「涼しくて気持ちいいー」
 
「今日は天気も良くて暑いからな」
 
 まさに絶好の行楽日和で、日光は燦々と降り注ぎ、九月も半ばを過ぎているというのに夏を思い起こさせる気候だ。
 
 そのためか中は空調が効いてとても涼しい。暑いところから入ると非常に快適だった。彼らはそれぞれ好き勝手に話しながら奥へと進む。
 
 伊角と和谷が残る三人を引き連れて進んで行くと、多くの客が広い部屋に集められているところにきた。五人で一箇所に固まって見上げた先には、小型の指令
 
室のようなものがある。そこに、真っ赤なスーツを着た女性が現れた。
 
 これからアトラクションの前ふりが始まると同時に、背景と注意事項が彼女から語られるのだろう。伊角と和谷は女性が登場すると、小柄なヒカルが見やすいよう
 
に場所を譲って後ろに下がった。ヒカルとアキラと場所を入れ替えるとほぼ同時に、女性がゲストに向かって深々とお辞儀をしたので、つられるように客も礼を返す。
 
『皆さん、こんにちは』
 
「こんにちはー!」
 
 キャストの挨拶から既にイントネーションが違うのは、関西のテーマパークならではだろうか。
 
 それすらもヒカルや和谷にとっては面白くて、ノリノリで元気よく挨拶を返した。同じように『こんにちは』と返すにしても、他の客には照れがあるのか大人しくて声も
 
小さい。それを司会者の女性は聞き逃すことはなかった。
 
『あら?何だか元気がないわね。朝ごはん食べてないの?まあええわ。私は綾小路麗香。皆様のご案内役で、これからわが社のシステムについてご説明申し上
 
げますわね』
 
 綾小路麗香嬢は艶やかに微笑んで、場内に集まった老若男女を見渡すと、アトラクションの舞台となる会社の説明を始める。一通りの話が終わったところで、彼
 
女は再び緊張気味なゲストに視線を向けた。
 
『わが社の素晴らしさも分かって頂いたところで、ご質問でございます。皆さんはどちらから来られました?』
 
「はい!はい!」
 
 既に社会で働いているにも関わらず、ヒカルは落ち着きなく手を上げる。そんなヒカルの姿をアキラは瞳を細めて見ていた。
 
 恐らく『可愛いなぁ…』などと内心鼻の下をのばしているのだろう。 和谷もヒカルの後ろで負けじと挙手し、二人は争うようにして自己主張をしている。
 
 こういったアトラクションでは、参加しなければ面白さも半減するとはいえ、二人揃うと結構騒がしい。
 
『は〜い!そこの喧しくうるさく騒いでる金髪メッシュの男の子!』
 
「やったー!オレ?」
 
 これっぽっちも褒められていないというのに、ヒカルはあてられただけで喜色満面になる。悔しそうな顔をする和谷に嬉しそうに笑いかけ、自分を指差してぴょこ
 
ぴょこ飛び跳ねた。 しかし麗香嬢はにっこりと笑顔で見事なフェイントをかます。
 
『―――の隣のおかっぱ少年!どこから来たの?』
 
「え?ボク?」
 
 いきなり自分に質問され、アキラはぽかんとして麗香嬢を見上げた。
 
 ふと隣から視線を感じて眼を向けると、ヒカルが一気に機嫌を急降下させて、不満そうに睨んでくる。
 
 自分が当てられたと思ったのに、アキラになったので、相当おかんむりらしい。ご機嫌斜めな女王様の様子に、アキラとしては自分に質問を向けた綾小路麗香
 
を恨みたくなる。自分にとっては不可抗力とはいえ、これからヒカルの機嫌をとるのはアキラになるのだから。
 
 アキラとしては、睨んでくるヒカルの視線があってはとてもではないが躊躇して答えられない。
 
 それにこういったアトラクションは初めてで、咄嗟にどう対処すればいいのか戸惑ってしまう。
 
『ほら!さっさと答えるっ!』
 
 焦れたように身を乗り出した麗香嬢の厳しいお言葉がアキラに落とされた。客を客とも思わない高飛車な態度である。
 
 それに周囲の人々からも大きな笑いが起こって、最近流行のお笑いタレントと似たノリに、少しずつ場も和んできた。
 
 アキラはそこで妙案を思いつき、肘でヒカルをつついて自分の代わりに答えるように促す。どうすればいいのか分からないアキラにとっても、答えたいヒカルに
 
とっても納得できる、最上の一手だ。 それにヒカルもすぐにのってきた。
 
「オレたち東京から来ましたっ!」
 
 ヒカルはアキラにさりげなくくっついて、麗香嬢に笑顔で答える。
 
「ちぇ〜!ずるいぞ進藤」
 
「へへーんだ」
 
 後ろからこっそり不平をもらす和谷に勝ち誇ったように舌を出し、現金にもすぐに機嫌を直してアキラに懐くヒカルだった。
 
 その様子を上から見ていた麗香嬢は、奇妙な取り合わせのメンバーに興味をそそられたのか、質問を重ねてくる。
 
『キミ達の後ろにいる子達もお仲間?んまー!あんたら学校は!?』
 
「オレは大阪で、今日は創立記念日やねん」
 
「――っで、オレ達は全員東京でーす!既に皆社会人ね」
 
『その若い身空で!?一体何やってんのよ、仕事は?』
 
 答えた和谷、伊角、ヒカル、アキラを順繰りに眺めて、麗香嬢は芝居ではなく本気で驚いているらしい。意外に素直なところもある御仁である。それもその筈、多
 
くの客達もヒカル達を興味深げに見ている。
 
「オレ達、こいつも含めて全員棋士なんだ!」
 
 確かに高校生くらいの少年達が既に社会人というのは奇妙だろう。
 
 周囲の注目を一気に集めているにも関わらず、ヒカルは平然としたもので、隣に立つ社を親指でさしながらにこにこと答えた。
 
『きし?………って何ソレ?』
 
 麗香嬢も含めて、ゲストの殆どが聞き慣れない言葉に首を傾げる。
 
「囲碁のプロ棋士だよ。知らないの?おばさん」
 
 ここでもヒカルの無礼さは見事に健在だった。華麗なまでに傍若無人で無礼者な『おばさん』発言に、麗香嬢はひくりと頬を震わせる。
 
 自分としてはまだ『おばさん』ではないと思っているのだろう。
 
『だぁーれがおばさんやねんなっ!このジャリッ!ガキタレがーっ!―――おっほっほ、あら失礼。棋士ってまたビミョーなお仕事ねぇ』
 
 身をくねらせてわざとらしく誤魔化す様子も相俟って、ちょっぴり本気混じりのお怒りの言葉もアトラクションの一環だとゲストには思われたらしく、大いに盛り
 
上がっている。
 
「確かに一般うけはせえへん仕事やな」
 
 そんな中で、一人しみじみと思わず頷く社であった。
 
『じゃあ!他にビミョーな職業の人は居る〜?』
 
 ヒカル達ばかりに構っていられない麗香嬢は、公平に他の客にも声をかけ、どんどんこき下ろして笑いをとっていく。話しているうちにアトラクションの元となる
 
映画の主人公が登場し、背景を説明しつつ前ふりへと進んで、いよいよお待ちかねの上映会場へと移動となった。
 
「青木さ○かみたいなおばちゃんだったな、塔矢」
 
「進藤……『おばちゃん』は女性に対して禁句だ。ご年配でない限り、なるべくお姉さんにした方がいいよ」
 
 席に座って上映を待つヒカルに、アキラは今後の為に一つ忠告しておく。
 
 相手がまだ自分達にとっての客ではなかったら良かったものの、さすがにあの年代の女性に『おばちゃん』はマズイ。
 
 特に『おばちゃん』と呼ばれたくないビミョーな年齢のお姉様方に対しては、非常に注意が必要だ。ヒカルは可愛いから攻撃対象にはされないだろうが、別の
 
意味で襲われでもしたらそれこそ冗談ではない。
 
「ふーん、そっか。次からはそうするよ」
 
 アキラの偏った思考などお構いなしに、ヒカルはあっさり頷いた。
 
(なんかずれてるで、おまえら)
 
 二人の会話を隣で聞いていた社は、ヒカルとアキラの認識のずれを肌で感じ取って、ついついツッコミを入れてしまっていた。
 


                                                          T電話は災難の始まり 中編T電話は災難の始まり 中編T電話は災難の始まり 中編T電話は災難の始まり 中編T電話は災難の始まり 中編   UUSJ制覇?UUSJ制覇?UUSJ制覇?UUSJ制覇?UUSJ制覇?