Ⅱ  USJ制覇?

 3Dアトラクションをたっぷりと楽しんでT2シアターを出た五人は、再び頭をつき合せて話し合う。
 
「なあなあ、次はどこ行く?」
 
 うきうきと弾んだ声をあげて、ヒカルは瞳をきらきらと輝かせると、リストを見詰める四人を見回して尋ねた。
 
「ボクはドラフトに……」
 
「却下っ!」
 
 ヒカル、社、和谷の三人が声を揃えて一刀両断のもとに却下され、アキラは思わず声を無くして茫然とする。
 
(何故っ!?)
 
 理由を知りたいとは思っても、三人は既に別の話題に夢中だった。
 
(オレもできたらドラフトがいいんだけどな……)
 
 伊角もアキラと同意見であったが、間髪入れずにダメだしされたアキラの姿を見ているだけに言い出せず、敢えて口を開かずに傍観者に徹して三人の
 
様子をみることにした。本当は映像や3Dを使ったライド系よりも、外を走ったり、精巧な人形が動くタイプのライドか、一層のことゆっくりとしたものに乗り
 
たい、というのが伊角の希望なのである。どうもここのアトラクションは自分と合わない系統が多い。
 
「次はフューチャーがいい!」
 
「ジュラパだってば!」
 
「暑いしここはやっぱり鮫やろっ!」
 
 ヒカルと和谷に社も加わって、ぎゃあぎゃあと言い合う三人はまるで譲り合わずにいた。少しも意見が纏まりそうもなく、子供っぽく言い争っているお陰で
 
うるさいことこの上ない。しかも彼らがもめているのは全てがここ特有のライドで、伊角にとっては自分が乗れるのかどうかも判断がつきにくいものばかり
 
だ。外を走ったりする系統なら十分乗れるのだが、3D映像タイプのライドは、できれば遠慮したいのが本音である。
 
「いい加減にして、ジャンケンで決めろ。ジャンケンで!」
 
 全く収拾のつかない三人の様子に、伊角は小学生の遠足の引率に来た先生の気分を味わいながら、間に入って何とか仲裁する。むしろ引率の先生な
 
どなまぬるく、一番相応しいのは野球の審判だ。
 
 それも乱闘になりそうになっている選手の間に入る主審である。どちらにしろ、少しも喜ばしい例えではない。
 
 火花を散らしたジャンケンの末に決まったのは、社主張の鮫だった。次に和谷が一押しするジェラパ、そして三番手でヒカルが乗りたがっているフュー
 
チャーとなった。この結果に一人っ子なのに何故か末っ子気質のあるヒカルは頬を膨らませていたが、それ以上我侭を言わずに我慢する。
 
 アキラはそんなヒカルの頭を褒めるように撫でてやり、ヒカルはヒカルでたったそれだけのことであっという間に機嫌を直して、アキラの手と指を絡ませて
 
何気なく甘えたりなんぞしている。
 
(オイそこの不順同性交友二人組!こんなとこでいちゃつくなや!)
 
 二人のそこはかとなく甘い雰囲気に、思わず内心でツッコミを入れてしまう社だった。さすがは関西在住のことだけある。この手のツッコミはしょっちゅう
 
しているだけに、社にとっては慣れたものだ。入れた数すら忘れてしまうほどでしている。何せあの二人はツッコミどころが満載なのだ。
 
 鮫のエリアに着くと、そこには大きなホオジロザメの模型が逆さ吊りになっていた。捕獲された直後という演出なのだろう。多くの観光客が、アトラクション
 
の目玉である鮫の模型の前で写真を撮っている。
 
「なあ、伊角さん。オレ達も撮らねぇ?」
 
「そうだな。でもオレはカメラなんて今日持ってきてないけど」
 
「塔矢は持ってきてるみたいだぜ」
 
「……和谷。あれは多分進藤専用のカメラだ」
 
 アキラが持ってきている一眼レフ(当然耐水防水加工仕様)は、ヒカルに請われて景色を撮ったり、ヒカルを撮る時だけにしか使われていない。
 
 ヒカルに一点集中している彼のことだ、間違いなく他人を同じカメラに収めるとは有り得ないと思うべきだ。
 
 ぽんと伊角に肩を叩かれた和谷は、この冷静な指摘に乾いた笑いを浮かべてそれもそうだと納得する。
 
 ここであっさりと受け入れられてしまうあたり、何となくというよりかなりイヤな感じであるが。
 
 ホオジロザメを単独で撮って欲しいと強請るヒカルに蕩けるような笑顔を向けてリクエストに応じ、更にヒカルを撮りまくっている囲碁バカップルのことは
 
視界から外して無視するに限る。
 
「そんな事もあるかと思て、コンパクトカメラ持ってきてるで。これで全員の分とか色々撮ったらええやん」
 
(意外にもお気遣いの紳士っ!?)
 
 ポケットからカメラを取り出して勧めてくる社を見て、きっちりとホスト役として小型コンパクトデジカメを持参する彼の一面に、伊角と和谷は心密かに驚
 
愕していた。余り関係ないが、さすがは関西棋院の若手有望株だけのことはある。
 
 囲碁バカップルは周囲の眼も気にせずにちゃっかりツーショット写真まで撮り、アキラはすっかりご満悦なようである。
 
「ここはネズミーリゾートみたいな恋人のメッカとちゃうし、男ばっかでつるんでも何とも思われへんからええよな」
 
 彼らを眺めながらの何気ない一言に、和谷と伊角は二人のことがばれたのかと、背中に冷汗を流して見やる。
 
 だが社はまるで他意はないらしく、コンデジを起動させながら一人頷いていた。それに年長組の二人はほっと胸を撫で下ろしたが、そんな心配は最初
 
から無用である。社は二人の関係など既に知っているのだから。
 
 和谷と伊角が周囲を見回してみると、友人同士や会社の同僚といったグループも多く眼につく。この点は社の言う通りかもしれない。
 
 だが、伊角としてはネズミーリゾートに関しては一言申し上げたい。
 
「そうか?ネズミーリゾートも結構男ばっかりで行っている人もいるよ。修学旅行生も多いし。今度また皆で行こう」
 
「なんかオレらで行くのもむなしそうやあらへん?」
 
「そんな事はないさ。人数が多ければきっと楽しいぞ」
 
「いいじゃん!オレ絶叫系とかのりてぇし、行こうぜ!」
 
 笑顔で誘ってくる伊角に少し躊躇する社だが、間にヒカルが入ってきて嬉しそうに勧誘してくる。
 
「進藤……キミは社にかこつけて遊びたいだけじゃないのか?」
 
 そこにアキラも加わって、ヒカルを窘め始めた。真面目一辺倒の彼にしてみると、テーマパークばかり巡るのは碁の勉強をする時間が削られることもあ
 
り、許し難いのだろう。
 
「なんだよーいいじゃんか。おまえも一緒に来れば」
 
「当り前だ、キミ一人で行かせるわけがない」
 
 当然とばかりに胸を張るアキラだが、それをどういった意味合いで解釈すればいいのか、残る三人は複雑な気分だった。
 
 ヒカルを自分以外の相手と遊園地デートに行かせたくないからか、合宿の時のように迷子になるという二の舞にならないようにしたいからか、どちらとも
 
とれない言動である。できれば後者にして欲しいと心底願う、社と年長組だった。
 
 社はあくまでも普通の女の子が好きなのであって、ヒカルの碁には心惹かれるが彼個人はあくまでも友人であり仲間であり、ライバルだ。
 
 伊角と和谷にしてみても、ヒカルは元院生仲間の友人兼ライバルで、弟のように感じても恋愛感情なんてこれっぽっちも有りはしない。
 
 ヒカルと恋愛して一緒に居るなんて怖い特権は、自分達の眼の前にいるおかっぱ王子に謹んでお譲りしたいと、本心から思っている。
 
 あのワガママ女王様とまともに恋愛をしてお付き合いできるのは、塔矢アキラしかいないのだから。
 
「ボクがお目付け役で行かなかったら、キミが遊園地で何回迷子になるか分かったもんじゃない。その方がずっと伊角さん達には迷惑をかけるよ。合宿で
 
社の案内すらキミはできなかったのに」
 
「ちぇー…どうせオレは方向音痴だよ」
 
 ヒカルはムッとしたように唇を尖らせたが、自覚があるだけにそれ以上言い返さず、不満そうに頬を膨らませただけだった。三人にとっては有り難いこと
 
に、アキラの考えは後者だったらしい。
 
(塔矢……おまえ…ええとこあるなぁ……)
 
 密かに社は感動した。変なところも色々とあるが、アキラは基本的に真面目で優しい少年なのだと見直す。
 
「……社はともかくとして、進藤が迷子になったりしたら可哀想だからな。ボクがちゃんと傍に居てあげないと」
 
(はははー……前言撤回や)
 
 社が見直したのも束の間、続いて小さく呟いたアキラの独語が耳に入り、一瞬で考えを改める。
 
 やはりアキラの世界の中心は、ヒカルと囲碁に埋め尽くされているのだ。
 
 他人に対する気遣いなど、外面用のほんの一欠片しか残っていないに違いない。
 
 世界の中心でヒカルと囲碁への愛でも叫んどけや、と社は思った。
 
「おーい!全員で写真撮ろうぜ」
 
 一足先に彼らから離れた和谷の呼ぶ声に、三人は好き勝手な会話をやめて巨大ホオジロザメの下に集まった。
 
 全員容姿が整っているだけに、周囲の注目も集めがちではあったのだが、彼らはまるで頓着せずに巨大鮫を見上げる。
 
 一時期人だかりができていた逆さ吊り模型も、今は人影もまばらになっていた。
 
 通りがかったカップルに写真を撮って貰うように頼み、五人揃ってホオジロザメの大きく開いた口に頭を入れてカメラに笑顔を向けた。
 
 常識的に考えると奇異な光景だが、テーマパークならではのノリというものがあって、五人の笑みは自然と楽しげなものになっていた。 五人が一つの口
 
に頭を入れようとしたところで、順番や立ち位置であれこれ揉めたりもした一幕もあったのだが、カップルは呆れもせずに快く写真を撮ってくれて助かった。
 
 御礼を言ってカップルからカメラを受け取った社は枚数が意外に減っていることに首を傾げたものの、伊角と和谷が二人で撮ったのだろうと解釈して、そ
 
のまますっかり忘れていた。しかし翌日現像に出して写真を確認した途端、思わずふき出した。
 
 確かに和谷と伊角もホオジロザメのところで撮っているし、USJでの五人の姿や景色なども映っている。
 
 けれどそれ以外に、巨大な口の中で口喧嘩をするヒカルとアキラ、宥めている伊角、呆れている和谷、横槍を入れている自分の姿など、五人が纏まって
 
写すまでの過程を撮った数枚の写真があったからだ。
 
 あのカップルにとっての遊び心は、自分達にとっての思い出にも一役買ってくれたらしい。とはいえ、それは後日談で今は関係ない。
 
 当日の五人は写真を撮り終えると早速アトラクションに入ったから。
 
 鮫はボートに乗る屋外型のアトラクションで、時間も少し長めだ。 既に列ができていて、テレビ画面から流れる地元猟師が語る伝説や逸話をのんびり聞
 
きながら、待ち時間を彼らは適当に潰す。
 
「このじいちゃんは鮫なんて居ないって言ってるぜ?そしたら伝説の巨大イカとかタコが出るのかよ、社」
 
「イカとかタコやったら迫力イマイチやぞ、進藤。アトラクションの主人公は鮫やねんから、鮫が出んかったら意味ないやん」
 
「そっかー、それもそうだよな」
 
 アトラクションの舞台設定上説明される言葉に、一々真に受けている素直なヒカルをよそに、社はツッコミどころ満載な伝説の数々にあれこれ言いたく
 
てうずうずする。アトラクションの背景ではこの海は近々リゾート開発されるらしい。
 
 社としては、こんな怪現象だらけの海を爽やかなリゾート地として売り出す点にもツッコミを入れたいし、怪しげな怪物伝説ばかりの猟師の話にも、どれ
 
だけ怪物が棲む海なのか、お聞きしたくなる。ツッコミだしたキリがないほど、色々と入れられそうな感じだ。
 
 待つこと四十分ほどで順番が回り、彼らはツアーの観光客というアトラクションの位置づけで、ボートの座席に座った。
 
『ではこれから入江を一巡りするツアーを始めます』
 
 殆どボートの運転をしない案内人に連れられてすぐに、救難信号を受信して、仲間の船を助けに行くことに話が勝手に進められてしまう。
 
 どうやら鮫に襲われてしまったらしい。
 
(よくあるパターンだな)
 
 大破したボートのセットを横目で見ながらアキラは冷静に考える。 ヒカルも、和谷も、伊角も、鮫の背びれが見えてお馴染みの音楽が聞こえてくると、
 
どきどきしつつ主役の登場を待ち構えた。しかし、音楽が聞こえてきても中々現れない。いつのまにか伊角は手に汗握って周囲をきょろきょろ見回し、今
 
か今かとわくわくしていた。こういった屋外型のアトラクションは伊角の好むタイプのものだけに、実に楽しい。
 
 そして突然、アキラの座る端の席のすぐ真横に、巨大な口を開けた鮫が現れた。映画さながらの迫力に、四人は歓声を上げる。
 
「うわ~っ!」
 
 模型と分かっていても、ぎらついた眼や、大きな口に並んだ鋭い牙など、鮫の姿はかなりリアルであった。そこで鮫を案内人がライフルで撃つ。
 
 水飛沫が上がり、ヒカル達にもかかって激しく船体が揺れた。ボートに乗った客達は大喜びしている。それに調子にのって案内人が銃を何度もぶっ放
 
す中、ヒカル、社、和谷、伊角はいつ現れるか分からない鮫のスリルを楽しむが、アキラは船の外を眺めたままだった。
 
 心なしか固まっているようにも見える。 
「塔矢、どうかしたか?」 
「あ……ああ、いや…なんでもない」
 
 ヒカルに声をかけられ、アキラはまるで油が切れかけた人形のようにギクシャクと振り返った。これだけで十分なんでもなくない。
 
「へへへー……もしかしてびびった?」
 
「そんなことはないっ!」
 
 にんまりと楽しげに笑って顔を覗き込んでくる少年に、アキラはムキになって立ち上がって言い返す。まるでその時を見計らったかのように、再び真横
 
に鮫が大きく口を開いて出現した。 この瞬間、カチーンという音が聞こえそうなほど、アキラはそのままの姿勢で硬直する。
 
 見事に後姿が真っ白になってしまっているアキラの様子に、ヒカルは一人可笑しそうに笑い転げた。水飛沫にかかりつつも、揺れるボート上で平然と
 
立っていられるアキラは素晴らしいバランス感覚の持主だが、伊角とは反対にこういった脅かし系統のアトラクションは苦手らしい。 
『お客さーん、危ないですよ。お座り下さいね』
 
 鮫退治をする案内役のお嬢さんの声にヒカルがアキラを座らせると、程なくボートは岸に着いて彼らは無事帰還した。
 


                                                                 ⅡUSJ制覇?前編ⅡUSJ制覇?前編ⅡUSJ制覇?前編ⅡUSJ制覇?前編ⅡUSJ制覇?前編   ⅡUSJ制覇?中編ⅡUSJ制覇?中編ⅡUSJ制覇?中編ⅡUSJ制覇?中編ⅡUSJ制覇?中編