V 迷子と鮫&星条旗
和谷と伊角と別行動をとった北斗杯三人組は、当初の目的通りジュラパのライドにもう一度乗った。舟形のライドに座り、ジュラ紀を模したセットの中を
ゆっくり航行する。本物の恐竜を見たことがないが、映画のイメージそのものを写し取った模型はやはり迫力があった。
恐竜は化石であることから、皮膚や眼の色などは現代の科学でも解析できていない。その為、映画のCGや模型で作られている恐竜は、全て人間も持
つイメージで模様をつけ、配色されている。
もしも未来に本当に恐竜を復活させる技術が開発されるとしたら、その時はどのような皮膚の色になるのであろうか。
人間の想像も及ばないような奇抜な色合いなる可能性も高い。尤も、ライドに乗るヒカル達にはそんな事は一切関係なかった。
緊張感に満ちた日々から小さな休息を得て楽しめることが、彼らにとっては一番大事で、何よりも開放感を味わうことができる。
恐竜見学ツアーの最後の締めは、映画でも目玉となっているティラノサウルスの登場だ。そしてライドは一気に急降下する。
社にはこの急降下する瞬間が、どうにも好きになれない。大喜びのヒカルと平然としているアキラの横で、社だけが首を竦めている。
写真に撮られた光景は、そのままの彼らを写しだしていた。
外から見ていた通りの大きな波を立たせてライドが落ちると、凄まじい水飛沫を上げてアキラと社に襲いかかる。
岸に着いて降りた二人は、お約束通りにぐっしょりと水に濡れていた。午前中に社が語っていたように下着までもがずぶ濡れ状態である。
全員で最初に乗った時はライドのほぼ中央であったこともあり、少しも濡れることはなかったが、今回は前でしかも端の席だった。
前や後ろ寄りの端の席は、急流滑り系では濡れやすい位置になる。お陰で一番端に座っていた社は、上半身はおろか全身がびしょ濡れ。
その隣に座っていたアキラも、ほぼ上半身が水に侵食されている。
ヒカルは席の真ん中であった為少しだけ水がかかった程度だ。二人のように、髪から水が滴り落ちるようなこともない。
大柄な社とヒカルよりも少し背の高いアキラが、二重の防波堤となってくれたお陰で、彼は水の被害を最小限で食い止められたのだ。
そんな事を気に留めて、感謝の言葉を述べるような殊勝な性格をヒカルはしていない。最初から誰も感謝されたいと期待していないが。
「景気よく濡れたなぁ、おまえら。丁度いいや、記念に写真撮っとこ」
自分は濡れなかっただけに、ヒカルにとっては完全に他人事だ。すっかり面白がって、アキラの荷物からカメラを取り出している。
「撮らんでええっちゅーねん!」
関西人らしくすかさず裏手ツッコミを入れる社だが、その姿もばっちり撮られてしまっていた。見事に濡れている二人を何枚か写真に収めたヒカルは、
実に満足そうである。これも思い出の一つとなるのだけれど、濡れ鼠になった姿を記念写真にされても、少しも嬉しくない。
「塔矢……おまえ水も滴るイイ男やな。ぶっかけられた水やけど」
「進藤にみっともない写真を撮られたからって、八つ当たりをするのはやめてくれないか?ボクも撮られているんだから」
ヒカルは社だけでなく、アキラの姿もしっかり撮っていた。それも倍以上である。恐らくこの行動は愛情からではなく、きっとアキラの姿が社よりも面白
い、という一語に尽きるだろう。
「はあ〜あ。まだ九月やから乾くしええけど、真冬やったら最悪やな」
「同感だな。でもボクとしては一刻も早く着替えたいけどね」
アキラはシャツの裾を絞って水を落としながら、大きな溜息を吐く。水に濡れた服が肌に貼りついて気持ちが悪くて堪らない。
これが真夏ならまだ涼しさを感じていられそうだが、暑くても九月半ばともなると風は冷たく、肌寒くなってきている。
長時間このまま放置していたら、本当に風邪をひきかねない。こんな格好で歩き回っているのも、みすぼらしくみっともないだろう。
アキラの考えは社にも十分頷ける。早速近くのショップに足を運んで、着替えられそうな服を物色し始めた。
「テーマパークやし、シャツとかやったら色々あるで。これどうや?」
ビニール袋に入れて陳列してあるシャツを、社は面白がって見せる。
そのシャツにはアニメのように擬態化されたティラノサウルスと思しき恐竜がでかでかとプリントされていた。アキラがこれを着たら、さぞやヒカルは大
うけして、大爆笑するに違いない。
「キミにはこれなんかどうだ?とても似合いそうだよ」
そう言ってアキラが差し出したのは、ど派手で趣味の悪い蛍光色に色づけされた鮫の絵柄が、大小無秩序に描かれているシャツだった。
これを着るだけで、きっと多くの人の眼を引きそうである。別の意味で引かれてしまうことも、請け合いだが。
このショップには他にも色々なアイテムが所狭しと並べられていた。
鮫が大きく口を開いた形をした帽子や、アメリカ国旗タイプの山高帽など、少し変わったタイプのグッズも眼につく。
シャツにしろ帽子にしろ、いくらテーマパーク内であっても身につけることを躊躇したくなる。そんな品物ばかりが勢揃いしている店だ。テーマパーク
に来た時特有の非常に高いテンションで、これらのアヤシイアイテムを着用する者も居るかもしれない。
しかしそんな勇気がある者は、ほんの極一部であろうと思われる。
平然と被れる神経を持つ者は、政府が掲げる骨太の方針よりもずっと図太い神経が通っているに違いない。
少なくとも、これまでこんな奇天烈な格好をした人物は見ていない。
「中々ええ趣味しとるやないか、若先生」
「……それはどうも。キミほどじゃないけどね」
趣味の悪いオススメ商品を持ったままの二人の間で、見えない火花がバチバチと飛び散った。社とアキラは対局時のような気合を放ちながら、鋭い
眼光で睨み合う。竜と朱雀の間に割って入った者は、この火花に打たれて丸焦げになってしまいそうだった。
かたや全身びしょ濡れの野性的で精悍な少年、かたや上半身ずぶ濡れの和風美少年だが、漂う気配は剣呑そのものである。
本来ならば二人が商品を持った時点で、商魂逞しい関西人の販売員が嬉々として近付くところだが、誰もが近寄らずに見て見ぬフリを決め込んで
いる。それだけ彼らの醸し出す雰囲気は険悪だった。
すわ一触即発かっ!?と言うほどに緊張感が高まり、販売員が避難を本気で考え始めた瞬間、二人の間に一人の少年が割って入った。
決して自分が身を挺して彼らの仲裁に入らねば!という悲壮な覚悟があってのものではない。単に空気を読んでいないだけだ。
「塔矢ぁー!社!パレード始まるって!見に行こうぜ!!」
ヒカルはうきうきとした声で告げると、すっかり毒気の抜かれた二人を先導するように、振り返らずにずんずん前を歩いていく。
彼らがついてくると、確信に満ちた歩調で。ヒカルにとってはそれが当然であるように。彼は喧嘩の仲裁に来たわけではなく、何も考えずにざかざか
間に入ってきただけのことなのだ。だがそれだけで彼らの雰囲気は刺々しいものから、柔らかく和やかなものへと変化する。
社とアキラは軽く肩を竦めて小さく笑い合うと、金色と黒の髪をした少年の後を急いで着いて行った。パレードがもうすぐ始まることもあり、平日でも
目抜き通り付近は既に人並みでごった返している。
押し合いへしあいしながら場所を確保する人々の中にヒカルは混じり込み、小柄な少年の姿を二人はすぐに見失ってしまった。
「おい進藤!……ったく方向音痴のくせにちょろちょろしよってからに…。塔矢もはぐれんようにしぃや」
背の高さを生かしてヒカルの姿を探しながらアキラに注意を促す。
何度か背伸びをしてみるが、目立つ金と黒の頭の少年はどこに行ってしまったのか、さっぱりわからない。
アキラも社と同様にヒカルを探して周囲を見回す。社と背中を合わせて眼を凝らすと、大切な少年の小さな背中が一瞬見えたような気がした。
アキラはそれを確認するや否や、すぐに駆け出す。
「あっ!?こら!どこ行くねん」
背中に社の焦った声が聞こえたが、そんな事にかまけていられない。
ヒカルに関しては八方にアンテナを張るアキラは、一瞬だけ見えた後姿にすら、迷うことなく足を踏み出していた。
「進藤はあっちに居る」
突然走り出して振り返らないまま静かに答えるアキラに、社は首を傾げるばかりである。彼の向かうその先のどこに居るというのか、自分としては
大いに尋ねたいところだ。
どれだけ眼を凝らしても眇めても、細めて眺めてみても、少なくとも社が窺える視野の範囲ではヒカルの姿など、影も形も見えはしない。
自信を持って言い切ったアキラの後について仕方なく走ると、彼は十字路になっている通りを抜けて、向かいのエリアに入っていく。
社も続いて行こうとしたが、一瞬遅かった。あと一歩というところで、係員がテープを使って通りに区切りをつけてしまい、通りを遮断してしまったのだ。
「おい、塔矢!ちょっと待たんかいっ!」
向かいの通りの人込みに紛れ、どんどん小さくなる背中に声をかけても、アキラの耳には入らないのか振り返ろうとすらしない。
焦りながら他に道はないか探してみるが、この混雑のしようでは別の行き方を探すどころではなかった。
ほんの少し移動するだけでも大変な労力を要するというのに、アキラとヒカルが居る筈のエリアになど、とても行けそうにない。
「ああ!こなくそがっ!はぐれんなっちゅうたのに、二人揃って人の話をきかん奴らやな!ホンマにもうっ!!」
社は一頻り愚痴を零してから、悔しげに地面を蹴りつける。こうなったら人込みに分け入って別の二人を探しに行きたいところだが、この混雑ぶり
では全く身動きがとれない。内心悪態をつきながら、社は係員に言われるがまま、仕方なくその場に腰を下ろした。
三人の少年がはぐれた場所に一人の人物が姿を現したのは、それから程なくのことだった。白いスーツに薄茶色の髪をした、眼鏡の奥には油断
のならない光を湛えた男である。現在二冠タイトルホルダーの囲碁界きっての伊達男、緒方精次だ。 翌日のイベントに備えて前日から関西入り
したというのに、連れのお陰で場違いなテーマパークに足を踏み入れる破目になって、緒方は非常に機嫌が悪かった。
かなり斜め方向に傾いている。この最悪な精神状態だと、出会った知り合いには嫌味の一つや二つや三つや百くらいは、平然と言いたくなる程だ。
今の緒方から醸し出される雰囲気はとてもUSJを楽しむものではなく、どこかの組の若頭が討ち入り計画でも練っていそうに見える。
「全く……オレが何故こんなところに来なければならんのだ」
ぶつぶつと文句と一緒に悪態と罵詈雑言を吐きながら、緒方も社と同じように先程から見えなくなった連れを探していた。
見失ったらこれ幸いとばかりに出て行ってしまえばいいものを、律儀に探してしまうあたり案外人がいい。なんのかんの言いながらも、面倒見の
良さを発揮してしまうのが、彼ならではの人のよさだ。
「どうせなら彼女を一緒に連れて来い!………全く」
苛々とした仕草で煙草の煙を吐き、携帯用灰皿に捨てる。
社会人としてポイ捨てをしない立派な心がけを持つ緒方十段・碁聖であるが、彼の忍耐は決して長く持つ方ではなかった。
「オレだって可愛い女の子と回りたいし、彼女が居たら連れてきますよー。冴木君も来ないから、他に付き合ってくれそうな人も居ないんで、緒方さ
んにお願いしたんじゃないですか」
丁度というべきか不機嫌を煽るタイミングで、後ろから問題の連れが間延びした声をかけてくる。
「それに関西に来たからには、USJは絶対に外せませんしねっ!」
文句を立て板の水のように言いたくて堪らなかったところでの、張本人の登場である。如何にもうきうきした調子で話す弟弟子が居るであろう方角
に、緒方はこれ幸いとばかりに勢いよく振り返った。ここで一言でも二言でも言わなければ、男が廃る。
(あれが人に対してものを頼む態度か、芦原。折角前日入りしたから久々に遊びに出ようとしたのに、何でこんな子供の遊び場みたいな所に連れて
こられにゃならんのだ。しかも無理矢理 中に入れてから頼むか?前もって誘うもんだぞ、普通は。いくらお前が常識外れでも、それくらい考えろ!
パーク内でこのオレにクソ高い昼飯と一緒にデザートまで奢らせやがって!その上……)
だがしかし緒方は背後を振り向いた瞬間、信じ難い光景を眼にしたショックで声を失い、茫然と立ち尽くした。当然ながら、脳内では出せなかった
言葉が花火のように打ち上げられ、儚く消え去っていった。喉の奥では怒涛のように流れる滝の如く悪態が零れている。
ところが肝心要の言葉が出ずに身体は硬直するばかりで、胃の中に落ちて消化不良を起こしているだけだった。
――というのも、連れの姿を視界に入れた刹那、緒方の脳内では奇怪な現実を受け止めきれずに、激しい拒否反応を起こしたからだ。
門下の兄弟子を似合わない映画のテーマパークに連れてきた張本人こと芦原弘幸四段は、緒方の頭上に帽子をぽんと置き、派手な色使いの
ステッキも強引に持たせて、にこにこ笑いながら一人頷いている。
「まあ、まあ…これあげますから機嫌直して下さいって〜♪いやぁ、とってもお似合いですよ?緒方さん」
けれど緒方にとってはそれどころではない。
芦原におかしな帽子を被せられ、お揃いのステッキを持たされたことすらも知覚できずにいるほど、彼は驚いていたのである。
「あ……あ、芦原……?それは何だっ!?」
緒方が声帯を振り絞って何とか言えたのはこの短い台詞だけだった。震える指先で差されているモノについて芦原はにこやかに説明する。
「これですか?さっきのお店で見つけたんです!中々イイ感じだと思いません?オレ、一目で気に入っちゃって!」
よくぞ気付いてくれました!とばかりに嬉しがって、自慢げに話す芦原を、緒方はUMAを発見したような眼で見やった。UMAと分かり合えない
二冠棋士は、意味不明の未知の言語を聞いた気分に陥る。
因みにUMAとは、科学的に存在が確認されていない未知の生物を示す。未確認飛行物体の親戚のようなものだ(大嘘)。
未確認生物を発見した喜びに浮かれるのならまだしも、緒方にとっては現実を受け入れたくない思いで一杯である。
自分の知識やこれまでの経験を徹底的に覆され、或いは否定され、不審と不安から猜疑し、またそれ以上の驚愕に打ちのめされていた。
まさに『未知との遭遇』と呼ぶに相応しい衝撃だった。それほど緒方には芦原の格好が奇異なものに見えたのである。
何故なら、芦原は鮫の顔の形をした帽子を、さも嬉しそうに被っていたから。鮫顔の帽子というだけでも十分可笑しいのに、芦原が当然のように被っ
ている帽子は、更に輪をかけておかしかった。芦原ご自慢の帽子は、被るとずらりと並んだ鮫の牙に、頭が齧られているように見えるものであった。
鋭い歯が彼の後頭部を飲み込んでがっつりと食べている様は、見れば見るほど滑稽だ。
しかも芦原の手には、クモ男の胸像のような形をしたポップコーンの容器と、世界一有名なビーグル犬の形をした容器が二つあった。
どちらも緒方の感覚では持ちたい代物ではない。
「はい、こっちは緒方さんの分ですよ。可愛いでしょう?」
芦原によって押し付けられたものは、女の子ならさぞや喜びそうなビーグル犬型ポップコーン容器だった。落花生という漫画の主人公が飼っている
犬で、親友でもある超有名犬である。
その漫画とUSJと何の関係があるのだと、尋ねてはならない。大人にはそれなりに大人の事情というものがあるのだから。
「これで緒方さんも、USJに来てるって感じになりましたね」
自分のコーディネートに対して満足気に、芦原は一人頷いている。
いつのまにやら、緒方はびしっと決めた白いスーツに、亜米利加合衆国国旗柄の山高帽を被り、お揃いのステッキを片手に携え、もう片一方の手
にはビーグル犬のポップコーン容器を持って突っ立っていた。
いい年をした男が、しかもどこかの組の若頭のような真っ白なスーツを着た男がするような格好ではなかった。
これらの組み合わせで共通しているのは国名だけである。
ちんどん屋のような奇妙なこのコーディネートのどこをどうしたら、USJに来た感じになるのか是非とも教授して貰いたい。
教えて頂いたところで、理解できるかどうかはともかくとして。
もしかしたら、緒方は無意識に知覚していたのかもしれない。自分が今どんな姿でいるのかを。とてつもない恥を晒していることを。
だからこそ、芦原の語る『USJに来てる感じ』がどんな状態でそうなるのか、考えることを完璧に拒否していたのである。
敢えて考えない方が、心の安寧の為であったに違いない。
茫然とした緒方はそのまま引き摺られるようにして、パレードを満喫すべく場所を移動して行ったのだった。
一方ヒカルはパレードが始まる前ですっかり空いてしまった店に入って、一枚のシャツを購入していた。
シャツは無地でこそあるものの、イメージとしてはアメリカの警察官の夏服に近い品で、背中にSWATだとかPOLICEと書かれていないのが少し残念
なほど、似通ったデザインのものだ。警官の被る帽子もあればもっと雰囲気は近くなる。芦原の選んだ鮫形帽子とは、明らかに系統が違っている。
綺麗な濃い青のシャツで、これならアキラに着せても大丈夫だろうと、手に入れた服を広げて眺めながらヒカルは一人満足気に頷いた。
そんなヒカルの薄い肩に、少年の手がかかる。
「進藤!」
肩を引かれる感覚に逆らわずに振り向くと、乱れた吐息を整えながら、自分を見詰めてくるアキラと眼がかち合った。
「よう、塔矢」
アキラの必死な顔に気圧された風もなくヒカルは暢気に笑いかける。彼にとっては自分の所にアキラが来るのは、さも当然なのだろう。
無邪気なヒカルの様子に、アキラの方が毒気を抜かれてしまった。
心配でつい怒鳴りそうだった言葉もそれ以上出てくることもなく、安堵で脱力した口から零れたのは溜息しかない。
「まったく……勝手に離れたりしたらダメじゃないか……。迷子になったらどうするんだ?」
「平気だよ。おまえがオレのこと見つけるだろ?」
「それはまあ、そうなんだが……」
ヒカルがこともなげに告げた言葉に、アキラも当り前に頷く。以前にヒカルを見失いそうに以来、アキラは二度とヒカルを手離さないと心に決めたのだ。
どんな事があっても彼を見つけてみせると。強い絆を窺わせる会話だが、本人同士は無意識で気付いていない。
「それよりもこれに着替えろよ。おまえそのままでいるつもりか?」
ヒカルに指摘され、アキラは現在の自分の姿に今更のように思い至った。髪からは未だに雫が滴り落ちて肩は濡れているし、上着の裾は絞ったことで
かなり皺になってしまっている。自分でも、あまり見れた格好ではないと思う。だが、そう感じているのはアキラだけであった。
肩口に水滴が零れ落ち、頬に髪を幾筋か貼りつけたアキラはそこはかとなく色気がある。濡れた服は広くなり始めた背について、健康的な若さを醸し
出し、真っ直ぐな伸びやかさを強調していた。アキラがヒカルを探すまでの道すがら、そして今も少女や女性陣の視線を集めて釘付けにしている。
彼本来の容姿が整っていることもあり、アキラが感じているほどみすぼらしい印象は与えていない。
元々アキラとヒカルは単独でも異彩を放って目立つことに加えて、二人がそろうと相乗効果で更に注目を浴びがちだ。基本的にマイペースな彼らは、
互いの眼以外は平然と無視する傾向にあるが。
「ほら、タオルとシャツ」
「ありがとう、買ってくれてたの?」
「うん…まあな。……あ、後で金は返せよ」
アキラの嬉しそうな笑顔に一瞬見惚れ、ヒカルは照れもあってぶっきらぼうに答えた。さっさとアキラの手に押し付けると、歩き出す。
すぐ横にアキラも並び、着替えやすそうな場所を二人で探した。ここでは濡れるのもアトラクションの一環で一つの目玉といえども、いくらなんでも公共
の場で着替えるわけにもいかない。濡れてしまった人の為に、着替えられる施設が恐らくある筈だ。
場所を探して適当に歩き回っているうちに、いつのまにか鮫の模型のあるエリアまで来てしまったが、殆ど人気がない。
大部分の人がパレードを見に行ったのだろう。ここに残っているのは係員や、これから見に行くつもりの人々、興味のない人達くらいだ。
二人は周囲を見回して、岩を模したアーチの奥に小さな広場らしきものを見つけて中に入る。
アーチをよく観察してみると、トイレと休憩所の印があった。ジュラパエリアからここを通った時には気付かなかったが、広場の一方にはトイレがあり、
もう一方にはベンチが置かれ、更にベンチの横には目立たないが休憩所の扉があった。







