外観は岩の洞窟のようなイメージらしいが、中は以外に広くて設備も整っている。窓から外を見ると、隣り合ったジュラパエリアの通りを歩く、まばらな人影が
あった。エリアによって高低差があるのか、それともこの休憩所が高い位置に据えられているのか、窓から見下ろす人々は頭上にある窓に気付いた風もなく通
り過ぎていく。
ヒカルは窓から離れると、休憩所に据えられた無料のお茶を紙コップに入れ、ベンチに座って一息に飲み干す。
気温の高さもあって乾いた喉には、殊の外お茶は美味しかった。
海外の雰囲気をそのままに取り入れた施設が多い中で、ここだけは不思議と日本的な趣が強い。
馴染み深いクーラーボックスに入ったお茶や、背もたれのない畳タイプの長く広めのベンチなど、どことなく安心できる空間だった。
「早く着替えろよ。パレード見に行くんだからな」
すっかり寛ぎモードに入っているヒカルに急かされながら、アキラは休憩所に据えられた洗面台の前でシャツを脱ぐ。
成長途中であるが少しずつ大人の男になりつつある少年の背中を、ヒカルはどこか眩しそうに瞳を細めて見詰めた。大きめにしつらえた洗面台に水を入れ
て、アキラは脱いだシャツを簡単に水洗いしている。
日焼けをしていない繊細な白い肌だというのに、背中は意外にも広い。まだ子供の柔らかな線を残しているからか、大人の男の持つ骨ばった無骨な感じが
アキラにはまだなかった。
シャツの水気をとるように固く絞る仕草をすると、肩甲骨が綺麗に浮き上がり、引き締まった体躯が浮き彫りになる。
筋肉質というわけではないが、体力の維持に運動を欠かさないため、無駄な脂のないしなやかさがあった。そんなアキラの肩甲骨の下に、幾筋かのみみず腫れ
のようなものが眼に入って、ヒカルは頬を染めた。
昨夜は爪を立てたりしなかったから、アレは多分その前にした時のものだろう。挿入された時の圧迫感に耐えきれず、アキラの背を盛大に引っ掻いてしまったこ
とがあった。昨日した時はそんなに苦しくなくて、むしろ快楽の度合いの方が深かったこともあり、手は添えているだけで爪は立てずにいた。
数日前につけた傷がまだ彼の背中に残っていたとは驚きだった。
恥ずかしくはあるものの、他には何の痕跡もない白い肌にヒカルだけがつけた印が残っているというのは、何となくだが嬉しい。
アキラはシャツの皺を簡単に伸ばして畳むと、洗面台に頭を入れて髪を水で流す。
あの水を頭から被ってしまっただけに、髪も洗っておかないと気が済まないらしい。
アキラを囲碁界の貴公子と、薄ら寒い宣伝文句を使う棋院の事務局や、王子様のようだと形容する女性ファンには見せられない。
彼が上半身裸のまま、洗面台に頭を突っ込んで髪を洗う姿なんて。
ここに居るのがヒカルだけだから、アキラは遠慮もなくこんな事をしているのだろう。ヒカルはアキラとの付き合いで、彼の格好悪いところやバカみたいな部分や、
天然なところもあれこれ見ている。
ただ格好よいだけの姿しか知らないわけではない。
人間なのだから、不完全な部分や未完成で出来損なった部分なんていくらでもある。そういった面も含めて、アキラは『塔矢アキラ』という存在なのだから。
完全な人間などどこにも居ない。だからこそ、ヒカルは好ましいと思っているし、惹かれたのだと思う。
(シャンプーとリンスもあったら良かったのにな)
折角の美しい髪が、これが原因で傷むのは頂けない。
アキラの綺麗な髪はヒカルのお気に入りの一つなのだ。
本人はそんなに頓着している様子はないが、彼の髪は女性も羨むような艶と滑りがある。少し硬めの髪なのに歩くだけで滑らかに動き、指で触れると砂のように
さらさらと零れる。太陽の光にも艶やかに輝く、和の趣を湛えた見事な漆黒の髪は、彼のトレードマークの一つだろう。
アキラは水を滴らせる髪をタオルで拭いて水気を取り、額にかかった髪を物憂げな仕草でかき上げる。
どこか男臭さのあるその所作にヒカルの胸が大きく高鳴った。
慌てて視線を逸らして俯き、胸元で手を握り締める。
濡れた身体を拭いてアキラは人心地ついたように息を吐くと、ヒカルの顔を心配そうに覗き込む。
「どうしたの?気分でも悪い?」
「べ、別に何でもねぇよ。早く着ろってば」
ヒカルは自分の横においておいた値札がついたままのシャツをアキラに押し付け、気付かれないようにほんの少しだけ身体を離した。
アキラが傍に居ると、益々胸の鼓動が激しくなって落ち着かない。
ヒカルの不審な様子に気付かず、アキラは値札を半ば強引に引き千切り、ゴミ箱に無造作に捨てる。普段なら几帳面に鋏で切るが、なければこんな事も平然
と行う辺り、意外と面倒臭がりなのかもしれない。
ヒカルの邪魔にならないよう立ち上がってシャツを着たアキラは、隣に腰を下ろして声をかけた。
「待たせてごめん。パレードを見に行こうか、進藤」
「……………」
「進藤?」
どういうわけか、ヒカルは返事もせずに俯いたまま動こうとしない。
アキラは怪訝そうに湿った髪を揺らして首を傾げ、少し屈んで顔を覗き込んでみる。ヒカルの頬はうっすらと赤く染まり、視線が絡んだ途端に慌てたように眼を
逸らした。上気した首筋を見て風邪でもひいたのかと思って心配したが、それもおかしくてしっくりこない。
更に顔を寄せて眼を合わせると、潤んだヒカルの瞳の奥にちらつくものが垣間見え、彼が何故動こうとしないのか合点した。
「あの……進藤…。その…少し触れてもいい?」
ヒカルの変化の原因がさっぱり掴めなかったが、何も指摘せずに伺いをたてる。下手に訊いたりしたら、ヒカルが羞恥で怒り出すと分からないほど、付き合い
が浅いわけでもない。
これが自宅だったら少しからかって反応を見るのも楽しいだろうが、出先では怒らせて後に尾を引く方が互いの為ではないだろう。
俯いたままヒカルは耳まで真っ赤にして躊躇していたが、やがて了承するように小さく頭を縦に振った。
恥ずかしげに瞳を逸らすヒカルの頬をそっと包むと、頬の感触を確かめるように優しく触れて、ゆっくりと柔らかく口付ける。
「これ以上何もしないから……ね?」
安心させるように耳元に甘く囁いて、硬くなった身体に労わりを伝えながら背中を擦った。いくらなんでも、こんな場所でヒカルと行為に及ぼうとするほどアキラ
は非常識ではない。だからといって、ヒカルをこのまま突き放す気もなかった。
今なら人気もないから、多少なら大丈夫だ。
むしろこんなヒカルを見たアキラの方がきついのだが、こんな場合はあくまでも真摯な態度を忘れてはならない。
ヒカルは奔放な行動とは裏腹に心は透明で繊細だ。
強引に出て傷つけるような真似をしては、二度と心を開いては貰えない。今は紳士のように優しく誠実な振る舞いが大切だった。
そのままベンチに驚かさないようにゆっくりと倒して、羽根のような口付けを落とす。ヒカルの感覚を煽り立てるのではなく、むしろ冷ましていくのを目的にした
行為だ。身体を柔らかく重ねて互いの体温を感じるように抱き締めると、ヒカルの腕がおずおずと上がって背中に回される。
頬や額に触れるだけの軽いキスをしながら、宥めるように髪を何度も梳く。そうしているうちに、ヒカルの唇から安堵したような吐息が零れた。全身の緊張と強
張りが解けるように解け、力も抜ける。
程よく弛緩した身体を起こしてやり寄り添ったまま体温を感じあう。
「もう…大丈夫?」
「…あ、ああ」
羞恥でバツが悪そうに顔を逸らしながらも、ヒカルは猫じみた仕草で甘えるように身体をくっつけたまま頷く。
「東京に帰ったら、ちゃんとしてもいい?」
「………バカ…」
まだかすかに潤んだ瞳で睨みつつ、ヒカルはアキラの襟元を掴んで引き寄せると、了承の意を伝えるように唇を重ねた。
そしてゆっくりと唇を離し、悪戯っぽく笑って襟首を掴んだまま立ち上がらせる。
アキラがバランスを崩してつんのめっているのも構わずに、ぐいぐい引っ張って休憩所を出て行った。
「ちょ……待て!進藤!」
ヒカルに声をかけるが、彼は全く聞く耳を持たない。
咄嗟に自分の荷物を運んで持ってこれたものだと、アキラ自身が自分に感心するほどヒカルの行動は突飛だった。
「おら!さっさと行くぞ!」
さっきまでの甘い雰囲気はどこへやら、アキラの胸倉を捕まえたまま、引っ立てるようにずんずん歩いていく。
「進藤っ!襟がのびるだろう!?」
「うるせぇ、文句言うな」
この一連の行動はヒカルなりの照れ隠しなのだが、その表現は些か乱暴で遠慮がない。アキラはそんなヒカルのことが分かっているのか、文句を言っても
苦笑混じりで非難する響きはなかった。
むしろヒカルの好きにさせてされるがままになっている。
目抜き通りの傍までやってくると、ヒカルは物陰にアキラを引きずり込み、もう一度触れるだけの口付けをした。
「と…特別に、服は奢ってやるぜ」
羞恥で頬にほんのりと朱を散らせた言葉に、アキラは小首を傾げる。
「……進藤?」
「その代わり、ポップコーンとソフトクリームおごれよ!オレが欲しいって言ったものは、全部おまえが出せ!」
挑むような砂色の瞳に真正面から見据えられ、何度も瞳を瞬いた。
傲慢かつ我侭一杯で傍若無人な言い回しに隔された意味を理解した途端、アキラはふきだしそうになるのを必死に堪える破目になった。
くすくす小さく笑いながら頷き、女王様の厳命をしかと受け止める。
「キミが欲しいものは何でも奢るよ。でもタイトルに関しては、自分の力でお願いするけどね」
「安心しろよ。そっちはおまえの分も奪い取ってやるから」
冗談でも聞き捨てならないアキラの台詞に、瞳を細く眇めた。
獲物を見つけた野生の虎のように。
砂色の眼に一瞬にして虎の獰猛さが宿り、鋭い光が満ちて流星のごとく鮮やかに煌く。アキラもヒカルに負けぬような炯々とした輝きを漆黒の瞳に湛えて、
生涯の宿敵の姿を捉えた。
「残念だが、ボクは獲れるモノは自分で獲る主義だ」
宣戦布告をした二人の姿に、牙を剥く虎と咆哮を上げる竜が重なる。
剣呑で穏やかざる空気が彼らの周囲を包み込んだ。
「帰ったらまず、一局やろうじゃねぇか」
「臨むところだ」
申し出にアキラは鷹揚に頷く。ヒカルの言葉に否やはない。
だが次には一転してこれまでの威圧感すら滲む気配を微塵も残さず取り払い、にっこりと綺麗に笑ってヒカルの細い身体を抱き締めた。
驚いて見開いた少年の唇に、そっと口付けを落とす。
「こっちも忘れないでね」
「……バカ…」
アキラの胸に軽く拳を見舞っただけで、ヒカルは頬を途端に赤くして先に歩き出した。握った手は互いに離さないまま。
皆とわいわい騒ぎながら遊ぶのも楽しいが、こうして二人きりで過ごす時間も捨て難い。人目がないのを幸いに、手を繋いで体温を分け合うように触れて、
貸切状態のテーマパークを無言のまま歩いた。
静かな通りの景色を眺めながら、ヒカルとアキラは歩を進める。
目抜き通りだというのに、先程からまばらにしか観光客が見当たらない。パレードが通り過ぎで誰も居なくなったのだとしたら、何とも残念なことだ。
折角来たのだから、パレードは見ておきたい。
余りの人の少なさを不審に思って周囲を見回すと、数人の係員が仕切り用のテープを持って走ってきた。
パレードが来ることを知らせながら彼らが手早く準備を整えると、程なく賑やかな音楽と人影が見え始めた。
T字路になっているこの場所は丁度いいことに一番の特等席らしい。
音楽と一緒にやってくる一団が実に良く見える。
先程までは閑散としていた風景が嘘のように、アトラクションから出て来たのか、いつのまにか大勢の人が集まっていた。
冒険活劇映画として有名なシリーズのキャラクターとゾンビが、バスで戦うアクションを演じながら道を行く。映画の都のセックスシンボルとして名の知られ
た女優に扮した女性が、投げキッスを飛ばす。
アメリカの警官に扮した俳優がバイクを軽快に飛ばし、ローラースケートのスビード感にダンスとアクションを加え、一つのエンターティメントを作り出すの
も、ここならではかもしれない。
昔絵本で読んだキャラクターが愛らしい仕草で動き回るのを見て、ヒカルは歓声を上げてアキラに撮って欲しいとねだった。ヒカルに請われるままにシャッ
ターを切り、隣に立つ少年の喜ぶ姿も写真に収めたいとアキラが思っていたところに、都合よく子猿が手を振りながら近付いてくる。
「進藤、あの子猿と一緒に撮らせてもらおう」
アキラはヒカルの返事も聞かずに、子猿を手招きした。テーマパークだけあってサービス精神旺盛らしく、すぐにヒカルとアキラの前に来て、『なんのよう?』
とばかりに首を可愛く傾げる。アキラがカメラを指すと合点がいったようで、まずはヒカルと並んでフレームに収まる。
ヒカルが写真を撮ろうとすると同じ格好をしてみせたり、他の客の真似もしてみせ、周囲の笑いと笑顔を誘った。
子猿を迎えに飼い主が現れると、仲良く手を繋いで観客に手を振りながら歩き去っていく。
「サンキュー、塔矢。オレ、あの絵本大好きだったんだ」
そんなに絵本を読む子供ではなかったが、あの子猿が登場する絵本は本当に大好きだったのだ。好奇心一杯な子猿が色々な冒険をしたり、悪戯をしたり
する話は、幼いながらも読んでいて面白かった。
最近は本といえば棋譜集や漫画意外は読まない生活になっているが、またあの絵本が読みたくなってくる。
「ボクもあの絵本は読んだよ。キミと子猿はちょっと似ているかもね。悪戯好きで好奇心旺盛なところなんて」
「おまえなぁ…オレの頭はサル並だとでも言うつもりかよ」
「可愛いっていう意味なんだけど?」
「もっと嬉しくねぇぞ、おい」
ヒカルは頬を不満げに膨らませる。
もうすぐ十六歳だというのに、未だに可愛いという形容詞がついて回るのがヒカルには非常に不服だ。
最近は綺麗までもが加わり、男らしさから遠ざかっているのかと危惧したくなる。
「キミが男らしくないなんてことはないと思うよ。見た目だけなら、ボクの方が女顔かもしれないし」
そっと溜息をつくアキラを見やり、ヒカルは小さくふきだした。
確かにアキラは周囲から綺麗だと言われる容貌の持主だし、ヒカルも彼はとても綺麗な顔をしていると思う。
中身が非常に男らしい上に、眼の輝きが半端でなく強いので、アキラが女顔だと感じたことはない。
だが言われてみると、整っているだけに女性的な顔立ちをしていると、表現することもできる。本人が感じているほどでないにしろ。
ヒカルにしてみると、アキラの方が背も高くて肩幅も広く、胸にも程よく筋肉がついて厚みがあり、ずっと男らしいと思う。
アキラが自分の容姿について多少にしろ気にしているのは、意外ではあるものの、不思議と親近感がわいて微笑ましい。
囲碁にしても身体にしても、成長はこれからなのだ。気にするよりもまずは一歩でも前に進むことである。
そんなヒカルの心中に同意するようにアキラは微笑むと、通りの奥からやってくる新たな一団にファインダーを向けた。
「進藤、今度は恐竜が来るよ」
「おまえがびしょ濡れになったライドの主役だな」
人が悪くまぜっ返したら軽く睨まれたが、あっさりと受け流す。
飼育員に扮した係員が恐竜の赤ん坊を抱いているのを見つけると、すぐにアキラの服を引っ張った。
ヒカルの希望に応えて写真を撮り、近付いてくるとアップでも撮らせて貰う。
「スゲー!ちゃんと動いてるっ!」
「こうして見ると可愛いね」
赤ちゃん恐竜は飼育員の腕の中で、腕や足、尻尾を動かしたり、小さな声で鳴いたりもしていた。
特撮技術で定評のある映画会社のテーマパークだけあって、小型でも実に精密でリアルである。
「うわぁ……恐竜の赤ちゃんだ」
「マジで本物みてぇ!」
横合いから覗き込み、赤ちゃん恐竜の頭を撫でてやっている声に聞き覚えがある気がして見上げると、そこには別行動をとっている筈の伊角と和谷が立っ
ていた。彼らは互いに視線が会うと、驚いて言葉をなくしたが、すぐに都合よく再会できた喜びに笑顔を向け合った。
そのまま一緒にパレードの続きを見て、恐竜の一団が過ぎてしばらくすると、テーマパークのシンボルが登場する。
パレードの終りが告げられ、係員がテープを外して完全に終了した。
人々が思い思いの場所に散っていく中、アキラは人込みの中に見知った人物を二人見かけたような気がして首を傾げる。
もう一度眼を凝らした時にはそれらしい人影は見当たらなかった。
例え今日から関西入りをしていたとしても、一人はともかくとして、もう一人はこんな場所で嬉しがって遊んでいるとは思えない。
遊ぶなら『大人の遊び場』が主な人物なら尚更だ。
それにあんな奇抜な格好はいくらなんでもしないだろう。
アキラは常識的な判断で、同門の兄弟子二人と背格好が似た人物と赤の他人を見間違えたのだと断定して、すぐに意識の外に追い払った。
実は本人を見かけたのだとは、アキラはこの時思いもしなかったが。
人波が移動していくのに一緒に紛れ、四人は歩きながら情報交換をそれぞれに行う。離れていた時間は短かったとはいえ、別行動をしていた間に起こった
出来事を把握するに越したことはない。
「びっくりしたー。伊角さんと和谷もパレード見てたんだ」
「オレと伊角さんはもう少しあっちの方で見てたんだけどな、こっちが見やすそうだし移動したんだよ」
歩きながら振り返るヒカルに、和谷が指で合流するまで居た場所を差して、簡単に事情を説明する。
「気分はもう大丈夫なんですか?」
「ああ、すっかりね。でもフューチャーに乗るのはコリゴリだよ」
アキラに問いかけられた伊角は、恥ずかしそうに頭を掻きながら苦笑した。本当にああいった映像系アトラクションとは相性が悪い。
USJではあのアトラクションにだけは今後乗るのは避けねば。
話が一段落したところで、伊角と和谷はもう一人の人物が足りないことを不審に感じ、顔を見合わせた。最初はトイレにでも行っているのかと思っていたが、
どうもそうではないように見受けられる。
「ところで、社はどうしたんだ?」
伊角がヒカルとアキラに尋ねてみると、彼らは同時に小首を傾げてお互いの顔を見詰め合い、声を揃えて反復した。
「……社?」
(……………忘れていたな)
二人の反応を見ていた伊角と和谷は内心社に同情しつつ溜息をつく。
囲碁バカップル二人組は互いのことしか眼に入らない特殊な存在なのだ。社の存在が忘れられ、無視されてしまう可能性も考慮しておくべきだった。
まさかこんなにもあっさり忘れるとは予想外である。
きっと彼は今頃、ヒカルとアキラを探して右往左往しているだろう。
『くっそ〜!どこ行ったんや!おかっぱ竜と金猫虎は!人に迷惑かけくさってからに!ええ加減にせぇっちゅうねん』
この園内のどこかでぼやきながら叫んでいるであろう社の声が、遠く離れたここまで届いてきそうな気がした。
「―――ったく仕方ねぇなぁ、社のやつ。でかい図体のくせして迷子になってんじゃねぇよ」
(いや、その……っていうか、迷子になってたのはおまえだろ、進藤)
呆れたようなヒカルの台詞に、これまでに幾度も被害にあってきたヒカルの方向音痴ぶりを思いだして、伊角は内心ツッコミを入れる。
「全く……団体行動を乱さないで欲しいものだな。傍迷惑な」
(一番団体行動を乱してるのはおまえらだよっ!おまえら!!)
和谷もアキラに対して、社並に裏手ツッコミを入れていた。
この二人と行動したばかりに、社はとんだ災難にあってしまったのだろう。彼の苦労を思うと、涙すらおぼえそうだ。
全ての災難が社の身に降りかかっているとしか思えない。
「仕方ない、迷子センターで呼び出して貰おうか」
「…そうだな。行こうぜ、伊角さん、和谷」
伊角と和谷の意見も聞かずにさっさと決めて、アキラとヒカルは連れ立ってサービスセンターに向かった。
少年達の背中を見ながら一緒に迷子センターに入った伊角と和谷は、心で滂沱と涙を流しながらまだ見ぬ哀れな少年に侘びを入れる。
(ごめん……社。こいつらを押し付けたオレ達が悪かったよ)
彼らの反省の言葉も虚しく、それから数分後には、USJ内に女性の声で場内アナウンスが厳かに響いたのだった。







