このマンションのアトラクションは、館に住む幽霊が主役になる。今回はアトラクションも期間限定でクリスマス仕様なのだそうだ。
 ネズミーリゾートは季節によっても催しが異なる夢の国である。
(…幽霊か……)
 ヒカルはふと、このアトラクションに登場するゴーストとは似ても似つかない、元気一杯でお茶目な幽霊のことを思い出して瞼を伏せる。
 半透明な幽霊ではなく、ヒカルにははっきりと彼の姿が見えた。ヒカルだけの、大切な敬愛する棋聖――藤原佐為。
 佐為ならばきっと、こんなアトラクションに入ること自体、最初はさぞや怖がることだろう。入口を見ただけで嫌がるかもしれない。
 自分だって幽霊のクセに、お化け屋敷などは大の苦手だった。
 そのくせ、やせ我慢をしてヒカルと一緒に入って、ゾンビや吸血鬼に襲われそうになると、呆れるくらいに大騒ぎしていたものだ。
 けれど、ジェットコースターのような乗り物は意外と好きだった。
 物凄い速さで飛ぶように変わる景色が面白いと言っては、楽しそうにヒカルの隣に腰掛けていたものである。
 平安時代の雅な貴人であったにも関わらず、佐為はジェットコースターのような乗り物や、動きの激しいアトラクションも大好きだった。
 囲碁を打っている美しい姿からは想像もつかなかったけれど、いつだって好奇心旺盛で、どんな事でも楽しめる無邪気さが彼にはあった。
 囲碁に関わることが一番好きであったのは確かだけれど。
 ヒカルはマンションのスタンバイ列から周囲を見回した。ハロウィンのように顔の形に刳り貫いたかぼちゃで作られたツリーや、入口にあるオーナメントは骸骨で
作られ、ところどころに普通のクリスマスとは違ったおどろおどろしい演出になっている。
 ハロウィンとクリスマスを合体させたような感じで、奇妙なところもあるが、ユーモアもあって面白い。
 これならば、ヒカルの大切な棋聖もきっと一緒に楽しんだだろう。
 彼のことを思い出す時は、大抵は懐かしさにどこか胸が暖かくなる。一つ一つの大切な思い出を噛み締め、未来と向き合う力を、進んでいく決意を、そっとヒカル
に分け与えて背中を優しく押してくれる。だが時には、寂しいという気持ちよりも狂おしいほどに苦しくて、とてつもない寂寥感に胸が潰されそうになった。
 佐為を思い出して懐かしいという感情と同時に、どうしようもないほど心が後悔と慙愧の念にかられ、沈んでいく。けれど完全に沈んでしまう前に、いつだってヒカ
ルを引き上げてくれる存在がいる。それは友人達の小さな心遣いもあり、幼馴染や肉親の優しさもある。
 しかし中でも一番ヒカルを強く浮上させるのは、塔矢アキラという存在だった。日頃は鈍いくせに、アキラはこんな時は恐ろしく鋭い。
 ヒカルですら気付かないうちに、心を護るように絡めとり、柔らかく包み込んで、慰撫して癒してくれる。そしてヒカルが自らの力で立ち上がれるように、さりげなく
後押ししてくれる。アキラの存在がなければ、ヒカルは今こうしてここにはいられなかったかもしれない。いや、いられはしなかった。
 彼の力があったからこそ、出会ったからこそ、今もヒカルは自分で立っていられる。未来を見据えて歩くことができる。
 アキラと佐為と、囲碁と出会ってよかったと、ヒカルは心から思うことができた。そう感じる幸せを噛み締められる。
 だが、時折やってくる懊悩と寂寥は、時と場所を選ぶことはない。きっかけが何であるのかすら分からない。
 普段ならば優しい思い出を大切に振り返ることができるのに、それがどうしてもできない時がある。
 楽しくて懐かしい記憶と、辛くて寂しかった苦しい記憶が、ヒカルの胸に去来して心を押し潰そうとしているように感じられた。
 思い出は大切でキラキラと輝く宝石のように美しい。だが同時に、鋭いガラスの破片のようにヒカルの胸に突き刺さる刃でもある。
 ヒカルは俯くと、幾つものかぼちゃが置かれた広場を眺めながら、アトラクションに飾られたオーナメントに触れようとした。
 何かに取り縋らなければ、とても正気を保って落ち着くことなどできない。だがその指を、暖かな手に緩く掴まれて引き寄せられる。
 ヒカルは包み込むように手を握る少年を見上げた。
「塔矢…」
「大丈夫だよ、キミは一人じゃない」
 どうしてこんな時、彼はヒカルが無意識に望む言葉を寄越してくれるのだろう。寂しくてどうしようもなくなると存在を知らせるように手を握り、心が寒さに凍えそう
になると寄り添って体温を分け与える。
 そして、ヒカルが知らず知らず求める言葉を言ってくれる。ヒカルの心を誰よりも理解し、上手に慎重に汲み取って。
 アキラはいつだって、ヒカルの一歩前を進んでは振り返り、立ち止まってしまいそうになると、強引に引っ張ってでも先へと行くのだ。
 歩むのを止めかけるヒカルを時には厳しく叱咤し、真っ直ぐな瞳で前を見据えて、二人で歩く道を切り拓き進んでいく。覗き込んでくる瞳と眼を合わせて、ヒカル
はうっすらと微笑んだ。アキラが傍に居ることで、自分でも気付かないほど大きな勇気と力を与えられているのだと、こんな時には気付かされる。
 彼の存在の大きさと同時に、真っ直ぐな優しさに心を覆って沈めようとする氷が溶かされていくのがわかった。アキラの眼はいつも力強く、苛烈な光を宿している。
 その瞳に宿る炎が時に氷を溶かし、時に慰撫するように温めてくれる。純粋で力強い愛情で、ヒカルの心を包んで護るのだ、アキラは。
 ヒカルはアキラに応えるように、握ってくる手に力を込めて返した。
 いつもは炯々とした輝きを宿している瞳が柔らかく細められ、指先を絡めて触れてくる。それが何だか照れ臭くて小さく笑った。
「……もう…平気?進藤」
「うん……サンキュー塔矢」
 絡めている指先を撫でられると、くすぐったさの中にもどことなく甘い官能が背中を走る。ほんのりと頬を赤く染め、ヒカルは微かに潤んだ瞳で上目遣いにアキラ
を軽く睨んだ。
「……バカ…」
「キミに関してなら、ボクはいくらでもバカになるよ?」
「そういうのがバカっていうんだよ」
 桜色の唇を拗ねたように尖らせて文句を言うヒカルは、うっすらと赤く染まった頬も相俟って、何とも色っぽくて可愛らしい。こんな場所でなければ、強く抱き締
めて口付けているだろう。柔らかな頬に手を添えると、猫じみた仕草で懐くように摺り寄せてくる。こんな姿がまた愛らしい。
 アキラの胸に背中を預けて頬を寄せ、指先で互いに悪戯をするように触れて絡めながら、寄り添い合った。
 二人のこの姿を後ろから眺めていた社は、溜息を吐いて天を仰ぐ。
 そんじゃそこらのカップルなど太刀打ちできないようなパワーに満ちたラブラブオーラに、間近にいる社には堪ったものではなかった。
(こんなとこでいちゃつくなっちゅうねん!)
 彼らの周辺で一緒にスタンバイしている普通の男女のカップルですら、どことなく居心地が悪そうに見えてしまう。
(頼む!はよ帰ってきてぇ〜!)
 こんな事になるのならば、伊角と和谷にくっついて行けば良かったと、社は心の底から後悔した。何もアトラクションのスタンバイ列のど真ん中で、強烈なラブ
ラブバリアを全開に張り巡らさなくてもいいものを。
 一緒に居るだけで針の筵に座らせられているような気分である。肩身が狭くて居たたまれないだけでなく、居場所がない。
 世間一般の方々を味方につけることができるのは、常識人である社の方なのに、このどうしようもなく窮屈な居心地の悪さは何なのだ。
 普通なら、男同士のカップルはもっと肩身が狭くて、世間様から後ろ指さされないよう、地味に地道に生活しようとするだろう。
 しかし、彼らはそんな常套手段を使うなど真っ向から有り得ない。この二人には、世間なんてものは最初から敵ではないのだ。
 何故なら最強最悪の囲碁バカップルに不可能はないからである。
 『世間がどうした、文句あるか!?』と、鼻にもかけて頂けない。
 逆らう輩は全て斬って捨ててくれる!という天然オレ様体質の王子様と、全員オレに跪きやがれ!な天然オレ様体質の女王様の二人組だ。
 天下無敵、唯我独尊、傍若無人、倣岸不遜、国士無双、一騎当千、ありとあらゆる最強の四字熟語を論えた世界最凶の災厄コンビである。
 誰が文句を言えるというのか。言える者は余程のバカか、とんでもない大物くらいである。
 棋院のお偉いさんは勿論のこと、どこかの国の大統領や、首相だってあの二人に睨みつけられて平然としていられるかどうか疑わしい。
 北斗杯の頃はまだまだ可愛かった方で、会う度この二人はどんどんレベルアップしていっているのである。
 彼らの纏う雰囲気が極端に力強く進化したのは、恐らく八月以降だ。九月に会った時には、既にパワーアップしていたのだから。
 こんな時二人の変化に敏感に気付ける勘を持つ自分が恨めしくなる。前々から一緒に居るだけで相乗効果もあって半端でない輝きを周囲に放っていたが、今
は一人でも二人分ある。二人が揃うと太陽のような煌きで周囲を照らし、覆うのだ。
 名は体を現すというが、アキラとヒカルという名の通りに、彼らはまさにその存在自体が輝く光そのものなのである。
 宇宙を照らす恒星のように、光はいや増すばかりだ。まさに最強への階段を駆け足で上っていると言っても過言ではない。
 将来的に頂点に君臨する二人の姿が眼に見えるようだった。
 きっとその頃には、誰も彼らに下手な口出しは出来なくなっているに違いない。あの二人の一睨みですごすごと引き下がるしかない。
 いや、睨まれただけで三途の川を渡ってしまいそうになる可能性もある。恐ろしい殺人ビームを照射されるだなんて冗談ではない。
 社だって自分の身がとても可愛い。アキラとヒカルに下手な口出しをして、被害に遭うなんて真っ平御免である。
 そんな社が身につけた、自身を護る唯一の方法。それは――。
 『見て見ないふり』『知らんぷり』『聞こえないふり』、一番分かりやすい表現方法は『見ざる言わざる聞かざる』。
 一歩離れた場所から観察して、傍観者に徹してさえいればまず問題はない。たまに彼らのボケにツッコミを入れるくらいで。
 とにかく二人の間に入らず、関わり合いにならないことである。特に痴話喧嘩をしている時は要注意だ。巻き込まれたら最悪の事態に陥る。近付かないに越した
ことはない。そういうわけで、非常に肩身が狭くて窮屈な気分を味わったものの、社は心でツッコミを入れるだけにして、何も口に出さずにおいた。
 寄り添っている二人は今や『世界は自分達の為にある』と決め付けているとしか思えないいちゃつきぶりである。だが社は見ないフリだ。
(オレは何も見えてへんでー!)
「好きだよ、進藤」
「うん…オレも」
(オレは何も聞いてへん)
 見詰め合った二人が互いに向けた愛の囁きにも耳に蓋をする。
「ずっと一緒にいよう…愛してるよ」
「…バカ……」
 こんな場所で恥ずかしげもなく愛の告白をするアキラの胸を、満更でもなさそうに叩くヒカルの背後で、社は大量の砂を吐いていた。
 それこそ吐き出した砂でサハラ砂漠が出来そうなほどに。
(……もう…堪忍して〜!)
 彼の心の絶叫は、秋の高い空に吸い込まれていった。

 社がひたすら苦行に耐えていた頃、伊角と和谷はビッグサンダーのファストパス発券の列に並んでいるところだった。
 最初和谷はスプラッシュに乗りたいと主張していたのだが、秋であり水も冷たいこともあって、今回は止めることにして、水に濡れることのないビッグサンダー
になったのである。
 ビッグサンダーのある周辺は、アメリカの開拓時代の西部劇を思わせるような雰囲気になっている。先程居た賑やかな場所とはまた違って、一つ一つのエリ
アによって雰囲気が大きく異なるのが面白い。しばらく並んでからやっと五枚を発券して、伊角と和谷は急ぎ足で三人の待つマンションに向かった。
「それにしても伊角さん、ここってどこでも並ばないとダメなんだな」
 スタンバイの列に並ぶだけでなく、発券機でも並ばなければならないという現実に、多少愚痴の出る和谷に伊角は苦笑を零す。
 自分は慣れたものだが、初めて来る和谷には疲れるのかもしれない。
「まあ、そう言うなよ和谷。並んでても飽きないように色々工夫もしてあるだろう?並んでいる間に見てるのも結構楽しいぞ」
 子供にするように頭を撫でて笑う伊角の様子にムッとしたが、一々反論しても仕方がない。確かに伊角の言うことも一理あるからだ。
 多くの人が集まるからこそ、待っている間も飽きないように、スタンバイの列が並ぶ場所にも随所に細かい仕掛けもある。
 よく見ていればふと気付かされることも確かにある。だが自分としては、一々並ぶのも少し釈然としないのだ。
 歩いてマンションの近くまで着いたが、ヒカル達の姿は既に最初の位置から奥へと進んでいるのか見えない。
 和谷は当初の目的であるおやつを探したが、見当たるのは甘い味付けのポップコーンなどの屋台だった。彼としてはポップコーンが甘いのは少し嫌で食べ
たくはない。甘いものも辛いものも大好きなヒカルは、甘いポップコーンでも喜んで食べるのだろうが、自分が食べる時は却下だ。
 USJに以前行った時は、緒方二冠からお土産にポップコーンを貰って、ヒカルは新幹線で全て食べつくしたとのことである。
「和谷、そろそろ行こう」
「うーん…分かってる」
 マンションの傍で呼んでくる伊角の声に生返事をしながら、きょろきょろと見回して、他に適当なものはないかと探した。この時、一瞬であるが、和谷は以前
USJで鉢合わせした塔矢門下二人の姿を見た気がした。けれど次に眼を凝らした時には二人の姿は見当たらず、小さな子供が走っているだけだった。
 やはり眼の錯覚だったのだろうか?
(いくらなんでも、こんな所に緒方先生と芦原さんは居ないよな?)
 自分達よりもずっと忙しいタイトルホルダーが、芦原と一緒にネズミーリゾートに来ているとは思えなかった。
 似た人物と勘違いしたのだろうと、彼はすぐにその事を忘れた。それよりも目下大事な問題がある。食料の確保という任務が。
 和谷としては運のいいことに、程なくアイスクリームの屋台を見つけることができた。クッキーでサンドしたアイスクリームと、蜂蜜味のカップアイスの二種類
が販売されている。今日が寒ければ絶対に買いに行こうとは思わなかっただろうが、幸いというべきか、本日は秋とは思えないほどの陽気だった。
 ビッグサンダーのある場所からこちらまで戻ってくるだけで、少し汗ばんでしまうほどの暖かさである。和谷は躊躇無く二種類のアイスを人数分買うと、伊角
の待つマンションの入口に駆け戻った。
「アイスクリームを買ったのか。進藤が喜んで食べそうだな」
 面倒見のいい伊角らしく微笑みながら、和谷の戦利品を眺めて一つ頷く。和谷は何のかんの言いながらもヒカルを弟のように可愛がっているので、こんな
時にも本人すら気付かないところで気を配っている。アイスクリームなら、ヒカルだけでなくアキラや社も食べるだろう。
「これ結構高いんだぜ。後で金返して貰うんだからな」
 褒められて満更でもないくせに、照れ隠しにわざと素っ気無く言う和谷の頭をくしゃくしゃと撫でてやり、伊角は彼を連れて入口の前を通り過ぎて、発券機の
ある場所へ向かった。
「伊角さん、入口はあっちじゃねぇの?」
「入口からだと人が居て入りにくいから、違う場所から行くんだよ」
 そう言って伊角が指し示した場所は、発券機から少し離れた所にある鎖で仕切られた道だった。奥を覗くと広場のようになっており、混雑時にはスタンバイ
の列が延ばせるようになっているのか、鎖で仕切ってある。
 伊角は鎖を跨いで中に入ると、和谷を手招きして奥へと歩いていった。和谷も促されるままに、恐る恐る鎖を跨ぐ。
 キャストに注意されないかと不安を感じて見回すが、注意してくるキャストはいない。それどころか何人かゲストがキャストに声をかけて、鎖の仕切りを外
して貰って外に出ている。和谷は意外なものを見た驚きで、思わず説明を求めるように伊角を見やった。何故彼らは出て行く人を止めず、中に入る人も注意
しないのだろうか?どうも矛盾を感じずにいられない。
「外に出て行く人達は、たぶん近くのトイレに行くつもりなんだよ。中にはトイレがないからな、並んでいる途中でしたくなったら外に出てまた列に戻ればいいのさ」
「じゃあ……オレ達が全然注意されないのも、トイレ帰りだと思われてるからかよ?」
 別にトイレに行っていたわけでもないのに、そう思われるのもどことなく釈然としない和谷だった。
「トイレを口実にファストパスを取りに行く人もたくさん居るって。オレ達と同じように。そうしないとたくさん回れないしな」
 不貞腐れたような和谷に、伊角は笑顔を見せて肩を竦める。
「けどこういうことは、仲間が居ないとできないぜ。誰かに場所取りをして貰ってないと、とても途中でなんて入れないから」
 これだけ並んでいたら、潜り込むこと自体が相当に大変そうだ。
 誰かが先に居れば、取り敢えずはそこまで進んで声をかけることができる。そうすることで、周囲のヒンシュクも余り買わなくて済むだろう。これも一つの技と
もいえるのかもしれない。
 決して感心できる手段ではないと思われるかもしれないが、これだけの人々が集まる場所では、大目に見て貰えるのも頷ける。
 和谷は伊角に着いて、並んでいる人々の横を何とか進みながら、人目を引いて目立つ三人組を探した。思った以上に列が進んでいるらしく、ヒカルの金髪を
見つけたのは意外と奥に近い場所だった。
「おかえりー」
「お疲れ様でした」
「待ちくたびれとったでー」
 何とか彼らのところまで辿り着くと、それぞれにねぎらいの言葉をかけられた。たったそれだけのことで、周囲の人々は彼らへの不審な視線を和らげ、納
得したようにそれぞれの会話を再開していた。
 伊角の言うとおり、友人の居る場所まで来れば針の筵ではない。アトラクションの列で待っている間に、丁度昼時になったこともあり、彼らは和谷購入のアイス
クリームと社お勧めの味つき卵で簡単に栄養を補給することにした。
 クッキーで挟んだアイスクリームをヒカルが食べている間、アキラは卵の殻をヒカルの分まで、さりげなくちゃんと剥いてやっている。
 こんな姿を見ていると、検討を始めると凄まじい舌戦を繰り広げているようには見えない。アキラがああやってすぐにヒカルを甘やかすものだから、彼のワガ
ママは増長するばかりなのだ。
 しかし、アキラにはヒカルを甘やかしている自覚はないに違いない。この男にとっては、囲碁では全く容赦をしない分、日常生活においてはヒカルにあれこれ
と尽くすのは当然のことなのだ。アキラは亭主関白的な一面もあるが、好きな相手には尽くすタイプなのである。
 ヒカルからアイスクリームを食べさせて貰ったりしているアキラの様子を、残る三人は自分の眼から敢えて遮断することにした。
 このバカップルが無意識にいちゃつく姿に一々驚いていては、心臓が幾つあっても足りない。四人とも何度三途の川を渡って、亡くなった祖父母や先祖の霊
と対面せねばならないことか。
 疲れた身体が糖分を欲しがっていたからか、アイスクリームは溶けてしまう前に食べ尽くし、次は社がお勧めの味つき卵の出番だった。
「あ!うまい」
「うん、おいしいね」
「へぇー結構いけるもんだな」
「思った以上においしいな」
 ヒカル、アキラ、和谷、伊角の四人それぞれからお褒めに預かり、社も満更でもなさそうに胸を張った。
「せやろー。オレが毎回買いたくなる気持ちもわかるやろ?」
 程よく塩味が卵に染み込み、卵黄も硬くないので食べやすい。社がおやつ代わりに買って食べる気持ちも分かる。
 駅の構内で売っているだけに割高だが、味は確かに美味しかった。
 栄養補給が済んで落ち着いたところで、丁度アトラクションの順番待ちの列も短くなり、いよいよ入ることになった。中で簡単なストーリーの背景の説明があると、
伊角が意外そうに口を開いた。
「へぇー、いつもとアトラクションの内容が少し違うみたいだな」
「そうなの?」
 首を傾げるヒカルと同様に、初めて来る彼らには、普段のアトラクションがどんなものなのか分からないので、想像もつかない。
「ラッキーだなぁ…パレードだけじゃなくアトラクションでも、クリスマスバージョンが楽しめるだなんて」
 何度も来ている伊角にとっては、とても嬉しいことらしい。
 しかし、元からクリスマスの雰囲気などどうでもいい四人にとっては、ただアトラクションが面白ければそれでいいのである。
 彼らにはネズミーリゾートの真の魅力は、中々理解できなかった。


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