ハニーハントまでに幾つかのアトラクションを巡ったが、社が希望したスペースは残念ながら、現在改装中で乗ることはできなかった。
 和谷希望のバズも長蛇の列が並び、またファストパスの発券も終わっていたこともあり、こちらも断念することとなった。
 この二人は希望のアトラクションに結局乗れなかったこともあって、碁で負けた時のように悔しがっていたほどである。
 社は改装が終わったらもう一度来ると決意も露わに激しく息巻き、和谷も次にもう一度来るのだと、最初来た時伊角が燃えていたのと同じくらいの炎の壁を背負って、
次回リベンジを心に決めていた。
 隣に立っていた伊角が、手合の予定表を繰りながら、次に訪れる日程の計画を練っていたのを、アキラとヒカルは目撃している。
 どうやら年間パスポートを購入することも視野に入れているらしい。来る暇がなければその時間を作ろうとするぐらい気合が入っている。
 一体何回ネズミーリゾートに来るつもりなのかは、いかに囲碁では何百手も先を読む二人にも全く読めなかった。
 そんな伊角に、アキラが津川と中村から貰った年間パスポートを二人分渡そうかと密かに考えていたことを、ヒカルは知らない。
 知っていればきっと、行く時間がなくても自分も欲しいと愛らしく駄々を捏ね、アキラの相好を崩させていたに違いない。
 アキラが望めば、どのみち津川と中村は年間パスポートの一つや二つや三つ、あっさりと用意してくれるのだが。
 幸いにもヒカル希望のミクロは待ち時間も少なくてすぐに観られて楽しめ、他にも近くにあるアトラクションに入ることもできた。
 緒方には不評だった星の海ツアーも、元となる映画が先日テレビでリバイバル上映していたこともあり、彼らは存分に楽しんでいた。
 映像系だけに、伊角は少し苦手であったようだが。
 ハニーハントの後は夜のパレードも見られて、今回始めて見るショーとなる城のイルミネーション点灯式もいい場所を確保できた。
 パークのキャラクター達が歌を歌い、舞い踊って点灯前の城の前で様々なパフォーマンスをする。その一番の盛り上がりが点灯シーンだ。
 コールと同時に城にイルミネーションが灯り、周囲に幻想的で美しい光を投げかけ、クリスマスムードを一気に作り出す。
 日が落ちてとっぷりと暮れると、イルミネーションで飾られた城や、クリスマスツリーが雰囲気を醸し出して、季節こそ秋の名残があるものの、いかにも冬一番のイベント
を思わせた。こんな些細な光だけでも、人々の感じ方は大きく変わる。
 あちらこちらで、カップルが美しいイルミネーションに魅入られ、甘い空気を撒き散らしていた。
 そんな多くのカップルだけでなく、家族連れの子供がはしゃぐ声や、アトラクションの発する様々な音が、更なる効果を上げている。
 さすがに年間最も多くの人々で賑わうアミューズメントパークだけあり、夕方や夜にかけても存分に楽しめる工夫がされていた。
 閉園前にフィナーレの花火も見終わって、ネズミの国をたっぷりと堪能した彼らは、現在ホテルに向かって歩いているところだった。
 オフィシャルホテルは、近いようでいて意外と遠い。
 昼から夜にかけてはしゃいだこともあり、終わってしまうと疲れも出てきたのか、広大な駐車場を歩く彼らの間に殆ど会話はなかった。
 お金をけちらずにモノレールに乗ればよかった、と後で思っても既に遅い。後悔先に立たずとは、先人はよく言ったものである。
 しかも、昼頃にアイスクリームと卵を食べて以来、アトラクションを巡ることに夢中で、殆ど食事もしていないお陰で空腹も相当だった。
 ホテルに着いたらまず夕食!これは既に決定事項である。
 空腹と疲れで会話も少ないままホテルに着いた五人は、アキラが鍵を受け取ると早速ビュッフェ形式のレストランに入った。
 荷物は既に部屋に運ばれていることもあって、持っていく算段をしなくて済むだけでなく、すぐに食事ができるのが非常に助かる。
 レストランでは席に案内されるや否や、すぐに全員が立ち上がった。
 とにかく空腹で堪らないのか、ヒカル、社、和谷の三人は、全てのおかずを網羅するような勢いで取り皿にとって栄養を補給していく。
 アキラと伊角は取り敢えず好みのおかずと、あっさり系の胃に重たくない料理を選んでゆっくりと確実に必要なものを確保する。
 さすがに冷静な彼らは、きっちりと自分達の食事も計算していた。
 オフィシャルホテルのレストランは、閉園に合わせて夕食ではなく夜食という形で遅い時間まで営業しているが、夜食とする割には食事の種類も量も十分に充実している。
 それも当然だろう。閉園まで居た旅行客が続々とレストランに訪れているから、むしろ忙しいのはこれからかもしれない。
 一足早めに帰ってきた彼らにとっては席を確実に確保できて、好きなおかずを選別できるだけに、好都合だった。
 食べようと思えば、好きなだけ食べられる。
「しゃぶしゃぶがあるぜ!」
「食う!」
「オレも食うでぇ!」
 和谷がしゃぶしゃぶを見つけて声をかければ、ヒカルと社が飛ぶような勢いで向かって早速鍋をつつき始める。
 その様たるや、まるで猪のような突撃ぶりだった。
「あっちにはケーキとか果物もあったぞ」
「やったー!」
「デザートは別腹だしな」
 伊角がデザートの存在を知らせると、ヒカルも和谷もいそいそと立ち上がって、今度は甘いものを確保しに行く。
 食欲魔人三人は、ブラックホールのような胃袋をどんどん満たした。
 アキラも取り敢えずは簡単におかずこそ取ったが、昼食も殆ど食べずにいたこともあって、おかゆなどの胃に優しい食事がメインだ。
 遅い時間に余り食べ過ぎると、身体にもいいとはいえない。
 伊角はおかずこそほぼ全て制覇したものの、量は余りとらずに味見程度のものである。ケーキも食べずにヨーグルトと果物で抑えた。
 元気印の少年達とは違って、彼は暴飲暴食を避ける青年だった。
 社は体格が大きいこともあり、結構な量を食べても平気でいる。
 ヒカルや和谷は、デザートまでも全種類制覇を行い、最終的には食べすぎて苦しそうに唸っていた。こればっかりは自業自得といえる。
 アキラや伊角の二倍以上を食べている、無限に広い宇宙かと見紛う胃にも、やはり限界というものがあるらしい。

 閉園間際まで楽しんだ五人の若者が栄養補給に勤しんでいた頃には、先輩棋士の二人は既にホテルの一室で寛いでいた。
 彼らは花火をモノレールで楽しみながら帰途につき、一足先にオフィシャルホテルに戻っていたのである。
 一日どっぷりとアミューズメントパークを歩き回った疲労に、緒方は相当な眠気を感じながらベッドに潜り込んだ。
 普段の運動不足もあり、一日中歩き回って疲れきっている。
 明日も芦原に付き合ってネズミーシーに行かねばならない彼にとっては、眠りは有り難くも貴重な休息時間なのだ。行きたくないと言いつつも、それでも一緒に行くあたり、
緒方も付き合いがいい。
 ベッドで寝心地のいい体勢になって一息ついたところで、バスルームの扉が開く。
 歩く気配がするのを半ば夢現で感じている緒方の横を、鼻歌を歌いながら芦原がご機嫌な顔で歩いていた。
 だが彼にとっては、弟弟子よりもとにかく眠気優先だった。
 この台詞を聞くまでは。
「見て下さいよー緒方さん!これがオレの勝負パンツなんです!」
(勝負パンツだぁ!?)
 とんでもない爆弾発言に、眠りかけていた意識は一気に覚醒する。
 驚いて思わず身を起こした緒方が見たものは、いい年をした弟弟子のトランクス一丁の湯上り姿だった。
 温まったお陰で身体がほかほかなのか、十一月という肌寒い季節に、パンツ一枚一張羅でも芦原は平然としている。
 腰に手を当てて自慢げに声をかけてきた弟弟子の行動は、二冠棋士の睡眠への欲求を吹き飛ばすのに、十分過ぎる効力を持っていた。
 芦原をベッドから見上げ、緒方は甚だしく眠気を削がれた恨みを感じながらも、彼の奇妙な台詞に頭の中は疑問符だらけだった。
(何故今勝負パンツなんだ?わけがわからん!)
 緒方には弟弟子の思考が理解不能でしかない。
 二度目のUMAとの邂逅だが、やはり分かり合うのは不可能だ。
 人間と未確認生物とでは、価値観が最初から大いに違うから。
「明日も開門と同時に行くなら、絶対にネズミーの主役柄のパンツを穿かないと!何といっても世界の大スターに会うんですから!」
(世界の大スター????)
 それは引退したイチ○ーか?ピカチ○ウか?世界的指揮者か?ハリウッドの超有名俳優か?アニメ映画の巨匠か?アカデミー賞映画監督か?
 意味不明である。
「大スターですよ!?大・ス・タ・ァー!」
「はあ?」
 ご丁寧に区切られても、分からないものは分からない。唯一予想がつくのは、緒方が想像する大スターとは違うという点だけだ。
「何不思議そうな顔をしてるんです?大スターと言えば、世界一有名なミ○キーに決まってるでしょう?彼は俳優なんですよ」
 憤慨したように熱く語られても、ネズミが俳優をしていることなど、緒方には与り知らぬ事実だ。そんな設定は今初めて知ったのだから。
 それにあのネズミ俳優は確か魔法も使うのではなかったか?
 何故にアクターが魔法を使う必要があるのだろう?
 それともそういう役柄なのだろうか?
 しかも何で東京ネズミーランドにも奴らの家があるんだ?別荘か?
 緒方の脳裏には更に疑問符の山が築かれていく。
「ミッキ○に会うならミッ○ー柄の勝負パンツ!これは鉄則ですよ」
(その根拠はどこから!?)
 完全に固まってしまった緒方の反応など一切気にせず、芦原は意気揚々と新品のトランクスを荷物から取り出すと、緒方に嬉しそうに手渡し、持参のネズミ俳優柄
の浴衣を着込んでベッドに横になった。
「明日その勝負パンツ穿いて下さいね。何と言っても世界の大スターに会うんですから!じゃ、おやすみなさーい」
 トランクスを握り締めたまま茫然自失している緒方を尻目に、芦原は至って機嫌よく夢の国へと旅立った。
 芦原のことだ、きっと夢の世界でも今日と同様に夢の国体験を楽しんでいるだろう。
 伊達に勝負パンツを穿いて、浴衣と帯までもネズミーランドキャラクター一色に染めているわけではない。
 ベッドの上で唖然としていた緒方はやがて我に返ると、のろのろと布団に潜り込んで特大の溜息を吐く。
 できればこんな勝負パンツは穿きたくない、と緒方は思いながらもいつのまにか眠りに引き込まれていた。
 その夜、世界の大スターのワンマンショーを夢でたっぷりと堪能し、散々魘され続けた緒方だった。
 ミ○キー柄の勝負パンツを握り締めて寝た影響であるかどうか、真偽のほどは定かではない。

 芦原が勝負パンツを穿いて嬉々としていた時間帯、若手五人は食事を心ゆくまで楽しみ、これから部屋に戻るところだった。
 全員が食事を終えて席を立った時には既に十一時近くになっており、食欲を満たされたこともあって眠気すら感じ始めていた。
 欠伸をかみ殺しながら、エレベーターホールに向かうと、丁度家族連れとカップルをエレベーターが乗せたところだった。
 彼らも一緒に乗り込むと、すぐにエレベーターは上昇を始める。
 上昇するエレベーターからは、オフィシャルホテルだけあって、既にクリスマス仕様になっているエントランスが見下ろせた。
 さすがに夜ともなると、電飾も光っていかにもクリスマスらしい雰囲気となりロマンティックである。
 ガラス張りの吹き抜けになっているホール全体に、赤と緑の巨大な垂れ幕のようなものを使って、ツリーを表現しているらしい。
 ネズミーランドにあった正統派のツリーとは違った形で、これはこれで見て楽しいものだった。
 最初に一緒にエレベーターに乗ったカップルも家族連れも降りて、彼ら五人だけになった箱は、どんどん上昇していく。
 伊角と和谷も、ヒカルと社も、天井知らずに上がるエレベーターの上昇階数を眺めて首を傾げた。
 ここまで高くなると、あるのは値段もお高めの豪勢な部屋ばかりのはずなのだが。
 最上階とまではいかなかったものの、それでもかなり高い階数で独特の浮遊感と共にエレベーターが停止した。
 先に立って歩くアキラの後ろに着いていく四人は、既に眠気などどこかに消えてしまっているような状態だった。
 何となく落ち着かない気分で、平然と歩くアキラの後を追う。庶民にとってこういった高い階層の部屋はどことなく気詰まりだ。
 アキラがさる部屋の前に立ち止まってカードキーを挿入して扉を開けると、そこにはまず短めの廊下のようなものがあった。
 さっさと中に足を踏み入れるアキラの背中を横目で見ながら、四人はそれぞれに思わず顔を見合わせる。
 彼らが泊まるホテルの部屋に、廊下はあまり見かけない。というか、今まで廊下のある部屋なんて入ったことがない。
 こういったものはちょっと高めのホテルや部屋でなければないのだ。大体からして、五人全員が一緒の部屋というのがまずおかしい。
 もしも二人と三人に別れるのなら、アキラが先にそのことを話すだろうし、レストランで部屋割りを決めていただろう。
 五人で泊まれる部屋となると、それなりに広くなくてはならない。
 いくらタダ券だからといっても、ネズミーリゾートのオフィシャルホテルで、雑魚寝は有り得ないはずだ。もしも雑魚寝だったりしたら驚きを通り越して呆れを禁じえない。
 廊下の奥へ進むアキラの背中にヒカルは張り付くようにして着いて行き、目の前に現れた光景に絶句した。
 部屋にはベッドが三つしかなかったからである。
 ベッドの数が足りないなんて、雑魚寝よりも遥かに始末が悪い。これには他の三人も驚いて言葉を無くし、茫然と立ち尽くした。
「え!?何で?」
「おい…マジかよ」
「どないすんねんな」
「ベッドの数が足りないなんて…」
 ヒカル、和谷、社、伊角の四人が焦っていても、ただ一人アキラだけが冷静に荷物が揃っているかどうかを確認して、もう一つ奥にあるドアを開けて足を踏み入れる。
 ヒカル達も慌てて着いて行き、次に眼前に広がった光景を見た瞬間、今度は別の意味で言葉を失くし、一気に脱力した。
 広めの部屋には大きなダブルベッドが一つ鎮座していた。ツインではなく、よりにもよってダブルである。
(ダブルベッドかよ…)
 ヒカルはどことなく疲れたように嘆息した。
(ある意味物凄くイタイぜ…)
 和谷はロマンティックに飾りつけられ、イルミネーションを輝かせているツリーに眼を向けて、乾いた笑いを口元に浮かべる。
(こっちの部屋を使う奴が誰になるかは既に決定やな)
 社は頬を引きつらせて、ダブルベッドの部屋の使用権を決める。
(オレ達はあっちの部屋に寝よう)
 伊角は伊角で、隣の部屋で寛ぐことを心に決めていた。
「バスルームはこの奥にあるみたいですね」
 アキラは残る四人の微妙な空気にも気付いた風もなく、部屋の一番奥に設置されたバスルームを確認している。
 同じようにバスルームを覗いたヒカルは、そこにトイレがないことに気づいた。バスルームはシャワーブースとバスタブが別になった広々としたタイプで、アメニティ
も揃っているが、トイレはない。
「塔矢、トイレがないぜ」
 トイレとバスルームが一緒になっているタイプのホテルにしか泊まったことがないヒカルは、素朴な疑問をアキラに投げかける。
 旅館では大抵別で、ホテルの場合も一緒になるタイプと、別になるタイプとそれぞれあるのだが、経験不足のヒカルには分からない。
「トイレは多分あっちじゃないかな?入口に別のドアがあったよ」
 アキラの言った通り、トイレは入口から入った奥にもう一つの扉があり、そこにちゃんと設置されていた。
 恐らくこの部屋はファミリー向けのものなのだろう。
 部屋が二つに仕切ることができるようになっているのと、多めに入れられているベッドで、すぐに納得できた。
 豪勢なスイートルームではないが、一旦ホテルの廊下に出て、隣り合った別の部屋や向かいの部屋に分かれることを思えば、取り敢えずは同じ室内であると気分的
に大きく違う。全員が揃っているという安心感からか、どこかほっとできた。
 話し合うまでもなく全員の暗黙の了解事項で、ダブルベッドのある部屋はヒカルとアキラ、三つのベッドが並んでいる部屋は伊角、和谷、社の三人が使うことが決定した。
 阿弥陀で決めた順番に応じて、交代して風呂に入っていきながら、その合間をぬって荷物を各自整理する。
 今日は殆ど土産物を買わなかったが、明日は買うことになる。
 社は特にこの中で一番遠隔地であることもあり、最終的には土産も入れると結構な荷物の量になりそうだった。
 最初に入浴を済ませた社は、荷物整理を終えると布団に入ってしまい、すぐに寝息を立てていた。
 次に入った和谷は碁を打ちたがっていたが、伊角に明日に備えて寝るように勧められたこともあって、大人しくベッドに横になった。
 昼と夜を通して遊び回った疲れもあったのか、挨拶もそこそこに、次々に寝入ってしまう。
 伊角もまた、明日の開門に備えて早々にベッドに潜り込み、程なく沈没するように寝入ってしまっていた。
 相当疲れていたのだろう、電気も消さずに熟睡した三人の部屋の明りを落とし、フットランプだけを点けてアキラは扉を閉める。


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