月と太陽T月と太陽T月と太陽T月と太陽T月と太陽T   月と太陽V月と太陽V月と太陽V月と太陽V月と太陽V
 水平線に沈みかけようとする太陽が、最後の残照を海面に投げかけている。波間をキラキラと輝く光は、まるで黄金色の宝石をちり 
ばめたように見えた。
 
 刻一刻と沈んでいく夕日は、あと拳一つぐらいの隙間が埋まると水平線に触れそうだった。
 
「もうすぐ日没だな。太陽が沈んだら帰るぞ。明日は俺は店があるし、お前も学校だしな。夕飯はそこらのファミレスで構わないだろ」
 
「………うん…」
 
 砂浜に座って、掌から零れ落ちる砂を眺めながら天化は頷く。道徳の言葉は殆ど聞いているようではない。
 
 掴んでは落ち、掴んでは零れる。それはまるで男女の恋愛や見果てぬ夢を象徴しているようだった。
 
 握り込んだ指や手の隙間からサラサラと流れて行く砂は、決して掴むことはできない人の心だ。例え掴めたと思ったとしても、広大な
 
砂浜の中でもほんの微々たる物でしかない。
 
 天化にとっての道徳がそうであるように。
 
 水平線に沈み始めた太陽からは急激に光が失せてくる。対照的に月は明るさが増してきたようだった。道徳は日差し避けに使ってい
 
たサングラスを外してケースにしまい、腕時計を見た。針はもう6時を回っている。
 
 下を窺ってみると、天化は砂を掴んでは掌に落とすという作業を続けていた。無心にそれだけを繰り返す、夕日に照らされた天化の
 
横顔は、神秘的でいて美しい。普段には決して見られない儚げな印象だった。
 
 いつもはあんなに子供子供しているのに、今は普段とうって変わって大人びた感じがする。
 
 こんな雰囲気の天化に出会えるとは思っていなかったので、何となく得をした気分になる。
 
(来て良かったかもな……)
 
 来るまでは全く乗り気でなかったのに、天化が喜んでいるのならそれだけで十分だと、現金にも考えてしまう。
 
 完全に沈もうとする太陽が次の朝を彷彿させるような目映い光を最後に放つと、周囲は急激に暗くなってきた。
 
 それを合図にしたように立ち上がった天化が小さく身を震わせる。道徳はジャケットを脱いで天化の肩にかけると、そっと後ろから抱
 
き締めた。驚いて振り返ってきた天化の顎をとらえて、ゆっくりと口付ける。
 
「………帰るか?」
 
 大きく瞳を見開いている天化の耳元に囁きを吹き入れ、頬を染めて頷いた少年の肩を抱いて歩き出した。
 
 ジャケットは随分大きくて、それでいて暖かくて何だか安心できる。太陽の代わりに昇った月光に白く照らされる砂浜は歩く度に微か
 
な音がして、波の音と呼応して不可思議なメロディーを奏でているようだった。
 
 天化は道徳の眼を盗んで作ったものをポケットから出して眺め、そっと彼の横顔を窺う。声をかけて渡そうかとも考えたものの、不審
 
がられそうな気がして勇気が出ない。試合の時とかだと思いきりよく相手を責めたり積極的な行動ができるのに、こういう時はどうしても
 
今一つ足を踏み出すことができないのだ。
 
 やはり渡さないでおこうとポケットに入れようとした瞬間、不意に道徳がこちらに顔を向けてきた。慌ててしまおうとしたが、その前に
 
道徳の手の中に収まってしまう。
 
「ちょっ……コーチ………」
 
「………もしかして、これが目的でここに来たってことか?」
 
 道徳は月に照らすようにして、指先に摘んだ小瓶を見詰めた。中には砂らしきものがある。
 
「……そうさ」
 
 天化は観念した様子で悄然とうな垂れ、こっそり道徳を見上げた。
 
「ふ〜ん。ま、目的を達成できて良かったな」
 
 これにどんな意味があるのかさっぱり分からなかったが、敢えて細かい理由を聞かないでおくことにする。話をしたくなったら天化が
 
喋るだろうし、無理に訊くのも可哀想だ。そう判断して天化に小瓶を返そうとしたが、首をふるふると振っていらないと意思表示する。
 
 手の中にあるものをどうすべきか、道徳は天化と小瓶と交互に視線を移した。その様子に微かに笑みを浮かべると、天化は口を開く。
 
「それ、コーチにあげるさ」
 
「………俺に…?」
 
「うん。それは俺っちの『心』だから」
 
 道徳は益々分からないという顔つきで首を傾げた。なんだって小瓶に入った砂が『心』なのだろうか。
 
「今日学校で、好きな人に夕日で金色に染まった砂を上げたら、その人とずっと一緒に居られるっておまじないの話が出たんさ。砂は
 
人の心と似てるから、自分が掴んで零れなかった砂を『心』に見立てて渡せば、その分だけ『心』はその人のものになるって。ロマンチ
 
ックだろ?」
 
 天化自身このおまじないを本気で信じているわけではない。それでも、こんなものに頼りたくなるほど道徳と一緒に居たいという気持
 
ちは強いのだ。
 
 初めて一緒に行った海辺の砂だと更に効果があると書かれていたし、ここに連れてきて貰った。道場の合宿とはいえ、道徳と一緒に
 
初めて来た海はここだったから。道徳はそんな事覚えていないだろうけれど。
 
 ぽかんとした顔で天化の説明を聞いていた道徳は、鼻の頭をぽりぽりと掻いてしばらく考えてから、小瓶をポケットにしまう。それから
 
大きな掌を天化に向って突き出した。今度は天化が唖然として首を傾げる。
 
「空瓶一つ持ってるんだろ?出せよ」
 
 完全に決めつけている口調で請求され、天化は声を失った。本当は空瓶をもう一つ買うつもりなんか無かったけれど、『もしかしたら』
 
という期待を微かに持って買ったことは確かである。まさかこんな事を言ってくれるとは思ってもみなかったし、日頃はあんなに鈍いの
 
に妙なところで鋭い彼の勘のよさに驚く。自分とは違って、道徳は天化の考えていることなどお見通しなのだ。
 
「聞こえなかったのか?出せって」
 
 道徳から与えられるプレッシャーに負けて、おずおずとコルク栓のされた空瓶を渡すと、道徳はその場で砂を掴んで強く握り締める。
 
サラサラと零れてゆく砂に少し驚いたように眼を丸くした。
 
「へぇー……結構少なくなるもんなんだな。……これを閉めてっと……。ほれ、やるよ」
 
 手の中に残った砂を小瓶に詰めると、無造作に天化に押し付けてニッと唇の端を吊り上げて笑う。暗くなってきているので顔の細かな
 
表情までは判別できなかったが、彼が普段通りに笑ったことだけは分かった。
 
「俺の『心』だ」
 
 真っ赤になって小瓶を両手で握り締め、口をぱくぱくさせながら道徳を見ると、ライターで日を点けようとしているところだった。
 
 一瞬炎に照らされた道徳の横顔が、何だか赤かったような気がするのは、自分の思い過ごしなのだろうか。
 
 それでも何でもいいから、こうして渡して貰えた事が幸せで堪らない。顔が完熟トマトみたいになっていても、少しも気にならなかった。
 
「しっかし、砂を『心』に見立てるとは最近のおまじないってのは凝ってるよな〜。掴めるようで掴めないものは人の心の如し。例え掴めた
 
ように思えてもこの砂粒みたいに少ない。そういうことだろ?天化」
 
 たったあれだけの説明でここまで分かってしまえる道徳に感心すると同時に、何だか嬉しかった。ほんの少しの砂ぐらいであっても、道
 
徳はそれだけで天化を理解してくれるような気がするから。
 
 いや、きっと道徳は分かってくれているのだろう。天化の気持ちを察して手を差し伸べてくれたように。
 

 駐車場に戻ると、停めてある車は道徳の愛車だけになっていた。ここから見ると海はもう真っ黒で、昼間のような明るさは消えてどこか
 
不気味にすら感じられる。少し離れた所にある道路にすら、車はおろか誰一人として通る気配はない。何だかこの駐車場が、道徳と天化
 
の貸切のように感じてしまいそうだ。
 
 車に乗り込んで座ると、ほっとする。ほんの少しでも身近なものの中にいると、やはり安心できた。
 
「コーチ、今日はありがとさ」
 
 そう言って道徳の頬に掠めるようなキスをすると、驚いたような顔をしてこちらを見てくる。
 
 天化としても大胆な行動だったとは思うが、ここなら誰も居ないし安心だという考えもあり、何よりも道徳が気持ちに応えてくれたことが
 
嬉しくて、その感謝の気持ちもこれに込めたつもりだ。
 
 頬に手を当ててびっくりしている道徳は、いつもと違って少し可愛いような気がする。たまにこんな顔を見れたりすると、くすぐったいよう
 
な優越感に浸れた。
 
 道徳は動揺から立ち直るとシートベルトを外して、照れ隠しに海を眺めるフリをしている天化の身体を引き寄せた。
 
「コ、コーチ?」
 
 突然のことにもがいていると、手に何かがコツンとぶつかった。唐突に車内に流れ出した音楽に身体がビクリと竦んだが、自分が狭い
 
車内で動いた拍子にラジオのスイッチを押してしまったのだと合点する。
 
 耳に入ってくるのは、甘く切ない歌声のバラードだった。歌詞は英語でさっぱり分からないが、洋楽に詳しくない天化ですらタイトルを知
 
っている有名な曲である。
 
 茫然と聞き入ってしまい、大人しくなった天化をすかさず膝の上に乗せて抱き締める。しかしこれだとかなり狭苦しい感じで、ギリギリま
 
で座席を後ろにずらして間をなるべく広げた。そうするちずっと広い感じになった。
 
 車高が高くて座席も広い点が気に入って買った車なのだが、まさかこんな風に向き合って抱き締められるぐらいの余裕があるとは思わ
 
なかった。海辺の風が当たって冷えた身体には天化の体温は心地良くて離しがたい。
 
 流れる歌声に合わせて、天化の耳元に歌詞に合わせた言葉を囁き口付けた。応えておずおずと唇を開く天化の口腔に舌を差し入れ、
 
絡み合わせる。狭い車内には互いに口付けを交わす音と、それに被さるようにバラードがゆったりと流れた。
 
 何度も唇を啄ばんでいると、天化がもどかしげに背に腕を回してしがみ付いてきた。
 
「…ん…コーチ……」
 
 微かに乱れた吐息の中から零れる声に呼応して、道徳はさりげなく天化の下肢の具合を確かめてみる。そこは既に熱く息衝き始めて
 
いた。道徳自身、天化が欲しいという衝動が抑えられそうにない。
 
 お互いに気分的にも盛り上がっている上に、この駐車場は道徳と天化の貸切状態。道路からも離れていて外灯も少なくかなり暗い。
 
 しようと思えばできないことはなさそうだ。
 
「……なあ天化……狭いけどここでするか?お前が嫌なら家に帰ってからすることになるけど」
 
「…お…俺っちは………」
 
 膝の上でもじもじしながら俯き、困ったように首を傾げる。さっき道徳が抱き締めてくれた時、正直期待してしまったのだ。むしろ、こん
 
な事を改めて訊かれると余計に恥ずかしい。けれど、心だけでなく身体も道徳のものにして欲しい、そして彼を自分だけのものだと確か
 
めたい、という気持ちは強かった。そう、今すぐにでも。
 
 これまでに何度も抱き合ってきて今更のような感じもしないでもなかったが、それでも天化は真っ赤な顔のまま小さく頷いて道徳の唇
 
に同意を示すように重ねた。