メリクリTメリクリTメリクリTメリクリTメリクリT   メリクリVメリクリVメリクリVメリクリVメリクリV
「オレさ、おまえんとこの碁会所には行かないって言ってなかったっけ?」 
 不意に思い出したように見上げてきたヒカルの瞳には、アキラの行動を面白がっているような悪戯っ気が満ちていた。
 
「キミが碁会所に来ないなら、ボクの方からキミの所に行けばいい話だろう?」
 
 それに対抗するように、開き直ってしまえばこっちのものとばかりに平然とアキラは告げる。
 
「屁理屈こねやがって…」
 
「いいだろう、別に。会いたかったんだから」
 
「オレも会いたかったし、丁度良かったけどな」
 
 無意識に本心を吐露するアキラだが、自分でもまったく頓着していない。同じようにヒカルもさらりと答えて流してしまい、二人
 
は互いの台詞の内容を深く考えないまま、色気のない会話を始めてしまう。……妙なところで彼らは鈍いようだった。
 
「おまえ腹へってねぇ?ラーメン食いに行こうぜ」
 
「キミはいつもラーメン、ラーメンって…栄養が偏るぞ」
 
 丁度昼時で空腹を覚えたヒカルが尋ねると、アキラは形のよい眉根を寄せてため息混じりに窘めてきた。
 
「いいじゃんか、好きなんだから。別に無理して付き合わなくてもいいんだぜ」
 
 思わずムッとしたように唇を尖らせるヒカルだが、アキラにはその姿すら可愛くて、我知らず微笑んでしまう。
 
 くるくると表情が豊かに変わるヒカルは、その度に新しい面を見せてアキラを楽しませてくれる。
 
「別に行かないとは言ってないよ」
 
「じゃあ、ラーメンで決まりな」
 
「うん、いいよ」
 
 嬉しそうにヒカルが笑ったのにアキラも笑みを返し、二人はラーメン屋のある通りへと足を向けた。
 
「それよりも本気なのか?ボクと一緒に碁三昧のクリスマスって……」
 
「ああ」
 
 いつも通りに話しながらも葉瀬中での会話が気になって改めて尋ねると、ヒカルは横顔を見せたまま端的に頭を振る。
 
「ボクはキミにクリスマスプレゼントも用意できてないんだが…何か欲しいものは?」
 
「別にいらねぇよ。プレゼントなんて」
 
 だがアキラとしてはこれではどうも納得ができない。折角のクリスマスなのだから、ヒカルにせめてプレゼントの一つは渡した
 
い。そう思ってヒカルに何か欲しいものを聞こうとしたのだが、さらりと断られてしまった。
 
「でも……」
 
「いいの!」
 
 尚も言い募ろうとしたアキラの声に被せるようにして、ヒカルは強い口調で言い切る。
 
「……分かった」
 
 自分を見上げてきたヒカルの眼を見つめてアキラは小さく溜息をつくと、不承不承頷いた。
 
「今年はお父さんとお母さん、じいちゃんとばあちゃんにもすげー心配かけたからさ。クリスマスプレゼントはホテルで一泊二日
 
ってことにしたんだよ。予約は自分たちでして貰ったけどさ」
 
 プロになって多少は収入のあるヒカルだから、ホテル宿泊の資金は出せても、予約を自分でとることまでは出来なかったらし
 
い。そこが彼らしいといえばらしくて、アキラは口元に微苦笑を刻む。
 
「そうか」
 
「――で誰も家に居ないし、イブから泊まっていけよ」
 
「じゃあ、遠慮なくお言葉に甘えて……って…」
 
 何の気なしに答えてしまってから、アキラは驚愕の余り飲んでもいないお茶を吹きだしかけた。
 
「えぇぇぇぇっ!?」
 
「なっ何だよ、いきなり」
 
 ヒカルは大きな眼を更に大きく見開いて、真横で叫んだアキラを見やる。日頃は冷静なアキラの滅多に見れない取り乱した
 
様子に、ヒカルの方が驚いたほどだ。
 
「と、泊まりって…!」
 
「誰も居ないしいいだろ?二人きりで囲碁三昧できるじゃん」
 
(ふ、二人っきり!?進藤と一晩中!?)
 
 それはオイシイ…ではなく由々しき事態である。ヒカルへの恋心を自覚していなかった頃ならまだしも、今のアキラは既にそ
 
れを認めてしまっている。いわば、男としての欲求もあるのだ。
 
 二人きりで一晩を過ごすなんて、理性が持つかどうか自分でも不安がある。何よりも、ヒカルからのアキラに対する意識は
 
あくまでもライバルで、恋愛の対象ではないのだ。想いが通じていなくても、欲しくて堪らない相手と同じ屋根の下で過ごすな
 
んて、我慢できるかどうか不安だらけとしか言いようがない。アキラはまだ若い少年だし、そこそこ鍛えているばっかりに体力
 
もあったりする。そういう部分も自分自身への不審を駆り立てる。
 
「おまえんとこって、よその家とか泊まりに行っちゃいけないの?」
 
「そんな事はない!」
 
 ヒカルのどこか不安そうな声に、アキラは激しく頭を振った。そして自分がドツボに嵌ったことを知って、猛烈に後悔する。
 
(ボクは大馬鹿野郎だ……)
 
 今更涙にくれても遅いと分かっていても、止めを刺されたようにがっくりきた。
 
「じゃあ、イブはオレんちに来いよ。夕飯も一緒に食おうぜ」
 
「あ、うん」
 
 嬉しそうなヒカルの笑顔に今更泊まれないとも言えず、アキラは神妙に頷くしかなかった。
 

 ――イブ当日。アキラはヒカルの家に向かってとぼとぼと歩いていた。いつもならきびきびとした足取りで、颯爽としたもの
 
だが、今のアキラの歩き方はまさにのろのろとした寝惚けた牛のようなものである。
 
 三時にヒカルの自宅に訪ねる約束になっているが、早く出過ぎてまだ二時を少し回った程度だ。ヒカルに会いたいと思うが
 
故に早く出かけてしまったものの、これからのことを思うと足がどんどん遅くなってしまうのも否めなかった。
 
 クリスマスプレゼントも用意できていないことも気がかりでもある。ヒカルに釘を刺されているので持っていくのもどうかと考
 
えたり、改めて思い直して持っていくべきだと考えたりと、ぐるぐる堂々巡りし続けた。
 
 悩んだ末に結局何も用意できずに当日になってしまい、こうしてとぼとぼ歩いている。
 
 しかし、一番牛歩となっている原因は、ヒカルと二人きりで一晩を過ごすということだ。
 
 ヒカルを想う強い気持ちがあるからこそ、アキラは不安だった。ヒカルが好きで、好きで堪らない。これほどまでに愛しく想う
 
相手に巡り会ったことは一度としてないし、これからも現れることはないだろう。だからこそ、ヒカルと一晩も二人きりでいると
 
いうのは、かなり厳しいのだ。
 
 先日にヒカルと会って約束をした時も、アキラは非常に不安だった。そしてとうとうこの日を迎えて、アキラの自分への不信
 
感はいや増すばかりである。ここまで自分自身に不安を覚えたことはかつてない。
 
 直情的な自分の一面も理解しているだけに、ヒカルの自宅に向かう足は鈍くなるばかりだ。本来なら、ヒカルと二人きりで
 
過ごせるクリスマスはアキラにとって一番の幸福であるはずなのに、元気な若さを持つ故に悩みどころである。
 
 もっと虚弱な身体だったら良かったのに、と身体の弱い人が聞いたら怒り狂うようなことを考えてしまうアキラだった。
 
「……あれ…?」
 
 ぼんやりととりとめもない思考を巡らしながら歩いていたからか、ふと気がつくとまるで見知らぬ路地に入り込んでいた。
 
 自分の愚かさ加減に内心舌打ちしつつ、アキラはこれまで歩いた道を脳裏に描いてみる。冷静になって道程を考えればす
 
ぐに答えは出た。どうやら曲がる道を一本間違えたらしい。
 
 気がついたのが早かったお陰で、引き返せばすぐに正しい道に辿り着けるだろう。アキラは回れ右をして戻ろうとしかけた
 
が、ふと瞳の端に小さなクリスマスツリーが飛び込んできた。それを見詰めながら周囲を見ると、どうやら洋菓子店の軒先
 
にある季節用の鉢植えのようだった。
 
 昼間で電飾の明かりはないが、飾り付けが綺麗で印象深い。大抵のツリーは夜は華やかで眼を惹かれても、昼に見ると
 
詰まらないものが多いが、この鉢植えのツリーは昼間でも全く遜色のない存在感を醸し出していた。
 
(折角だし…ケーキを買っていったらいいかもしれないな)
 
 この間に会った様子からして、ヒカルは碁を打つことが大前提になっているようだった。クリスマスといえども、アキラが泊ま
 
るだけならケーキを買っているとは思えない。ヒカルは甘いものも大好きだし、どうせならケーキを持っていけば喜ぶだろう。
 
 ヒカルの笑顔を無意識に脳裏に描いたアキラは、踵を返しかけた足を戻して、小さな洋菓子店に入った。