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「…どうも…地方の帰りに寄ったんやけど…なんかあったん?」 
 社は奇妙に淀んだ空気に怪訝そうに眉を顰めながら、自分の席に荷物を置いてネクタイを緩めた。アキラかヒカルだったら諸手
 
をあげて喜んだというのに、やってきたのが社で、彼らはガックリと肩を落とす。
 
 そんなあからさまな反応に社は益々不審感を募らせたようで、まじまじと仲間の顔を見回した。
 
「なあ…社、塔矢か進藤…見なかったか?」
 
 最後の望みとばかりに和谷が社に確認するが、彼は無情にもあっさりと首を横に振る。
 
「オレ今着いたばっかりやのに…あいつらのことなんか知らんで」
 
 事情を知らないが故に不貞腐れたような口調でいる社を、誰も責めはしなかった。だが、どうせなら不運な巻き添えは一人でも
 
多い方がいい。彼らはそれぞれ目配せをしあって社に事の次第を懇切丁寧に教えてやった。
 
「……なんでそないな事教えてくれんねん!帰るに帰られへんやんか!」
 
「それはオレも同じだ。社君、オレ達は仲間じゃないか、どうせなら皆で不幸になろう」
 
「んなことマジ顔で言わんといてーな」
 
 ポンと肩を叩いて諭してくる門脇に、社は情け容赦なくツッコミを入れる。
 
「怨むんならあの二人を怨めよ、社。オレ達も被害者なんだからな」
 
 パソコンの横にある『対局室(休憩室)』とプレートの貼ってある扉を恨めしそうに眺め、和谷は特大の溜息を吐いた。
 
 それにつられたように全員が吐息をつくと同時に、司令室の扉がシュンという音と共に開く。
 
 今ではすっかり見慣れた切り揃えられた髪のシルエットを持つ人物が入ってくるのを、彼らは茫然と見やった。
 
(こいつは今進藤と休憩室に居るんじゃなかったのか?絶対にそうだと思っていたのに…違ってた〜!?)
 
「すみません、遅くなりまして。編集部に用があったものですから。……あの?どうかしたんですか?」
 
 内心激しく動揺している6人に、きっとヒカルと一緒に居るだろうと予想していた人物……塔矢アキラはさらりと黒髪を揺らして小
 
首を傾げた。こういう仕草をすると日本人形めいた容姿が際立つのだが、そんな事には構っていられない。
 
 猫かぶり大全開で丁寧な言葉遣いであることも、この際どうだっていい!幸せで踊りだしそうないい気分なのだから。
 
「あ、アキラ来たの。何か飲む?」
 
「……じゃあコーヒーを。進藤にはコーラをお願いします」
 
 場の空気も読まずに尋ねてくる芦原に、アキラはヒカルがここにいることがさも当然のように返す。
 
「何かあったんですか?どうも雰囲気が…」
 
 芦原が炊事室に戻ると、アキラは整った眉目を僅かに潜めて未だに固まったままの6人を順繰りに眺めた。彼らはその視線に
 
我に返り、慌てて全員で頭を左右にぶんぶんと振る。そうでもしないと、自然に顔がにやつきそうになるのを止められそうにない。
 
 何と言っても最悪の事態を避けられたのだ。これが喜ばずにいられようか。
 
「いや〜何でもない♪何でもない♪進藤がまだ来ないから、その事を話してただけで〜」
 
「進藤ならその部屋に居るんじゃないですか?編集部に行く前のメールでそんな事を書いてましたから」
 
「なんだそっか!」
 
「心配して損したなー♪」
 
「さあ!検討だ検討!」
 
 答える声が妙にうわついてうきうきしてしまうのは仕方がない。それだけ嬉しい現実なのである。
 
(神様!ありがとう〜!!)
 
(天はオレ達のことを見捨てていなかったー!)
 
 ここに誰も居なければ、きっと彼らは感動に震えて夕日に向かい、岸壁で波飛沫を浴びながら叫んだに違いない。
 
「多分寝てるんでしょう。緒方さんももうすぐ来るようですし、ボク起こしてきます」
 
 アキラは不気味なほど浮かれている6人の様子を不審に思いながらも、顔には出さずにっこりといつも通りの営業スマイルを
 
浮かべて、休憩室の扉を軽くノックして入っていった。
 

 プレートのある扉を開けると、入口から2メートル程は殺風景なフローリングで、掃除用具を入れるロッカーが置いてある。そ
 
の奥のたたきを上がると、10畳の和室になっていて、碁盤や碁石も置いている対局室、もとい休憩室になっている。和室とロッ
 
カールームは襖で仕切られていて、案の定たたきにはヒカルのスニーカーが脱ぎ捨てられていた。
 
 襖を音を立てないようにして開き、そっと中を見てみる。中は意外にも明るく、電気を消さずに寝入ってしまったらしい。
 
 アキラは予想通り羽根布団に包まって寝息を立てているヒカルの元に歩いていき、枕元に正座して顔を覗き込んだ。
 
(…なんて可愛い寝顔なんだろう。キミはボクの眠り姫。……このままキスして起こしたいけど…ここじゃダメだよね)
 
 あどけない寝顔のヒカルをじっと見詰めていると、ついつい不埒なことを考えてしまう。眠るヒカルの唇に口付けて起こしたい
 
のが本音だが、場所が場所だけにそんな事をするわけにはいかない。
 
 アキラは残念そうに溜息をついて、ヒカルの身体を少し揺すってみた。
 
「……進藤起きて。そろそろ作戦会議が始まるよ」
 
「う……うぅん…」
 
 ヒカルは微かに眉を寄せて、悩ましげな吐息を漏らす。
 
 たったこれだけで自制心が危うくなってしまうのは、恋するアキラには仕方ない。
 
(進藤!キミはボクを試しているのか?……って違うだろう!平常心、平常心)
 
 寝起き前のヒカルの色っぽさに、アキラは思考がアヤシイ方向に行ってしまう前に何とか軌道修正をはかる。
 
 さすがに今こんな所でヒカルを押し倒すわけにはいかない。そんな事をしたりしたら、一生口をきいて貰えない。
 
「ほら、起きて進藤!」
 
 羽根布団を揺すって大きめの声で耳元で呼ぶと、うっすらとヒカルの砂色の瞳が開いた。
 
「……あ…とうや……おはよ」
 
「おはよう進藤」
 
 条件反射で挨拶を返しながらも、いつもより舌ったらずな口調と寝起きで掠れた声に、アキラの心臓の鼓動が早くなる。ヒカ
 
ルと共に迎える朝、布団の中で自分に笑いかける時の姿を髣髴させる色っぽさだ。
 
(くぅぅ!ここがボクの部屋だったら……!)
 
 悔しくて涙が出てきそうだ。自分の部屋なら、遠慮も何もなしにヒカルの傍らに潜りこめるというのに!そしてめくるめく愛の
 
時間を確かめあうというのに!それができないなんて!
 
(キミはなんて罪作りなんだ!ボクの愛しい金色の天使、魅惑的な小悪魔……キミの持つ魅力の前ではどんなものでも色褪
 
せてしまう。キミは余りにも無邪気で綺麗過ぎる…ボクの心はキミに奪われたまま帰ってこない。ボクと生涯共に居ることで、
 
責任とってくれるよね?)
 
 大真面目にとんでもなくおかしなことを考えながらも、アキラはヒカルを起こす努力は怠らなかった。
 
「し、進藤…とにかく起きてくれないか?」
 
 声に動揺が入ってしまい、少し震えてしまっている。もっと忍耐力をつけなければならないと、アキラは反省した。
 
「……うん…なに…?」
 
「あ…だから起きて欲しいんだけど」
 
 自分に「忍耐、冷静、平常心」と言い聞かせながら、できうる限り平静を装って声をかける。
 
「……ふーん…塔矢ぁ…入る?」
 
 ヒカルは半分寝ているのか、とろりとした壮絶に可愛い笑顔で笑うと、羽根布団を持ち上げてアキラを誘ってきた。
 
(ぐはぁ!……な、なんて物凄い攻撃だ!耐えろ!耐えるんだボク!)
 
 塔矢アキラ15歳。理性を総動員して魅惑の攻撃に耐え忍ぶ。しかし、据え膳食らわば男の恥という言葉があるように、彼にと
 
ってこれは相当にきついものがあった。まさに拷問である。ある意味最も効果のある精神修行と言えるだろう。
 
 ただでさえアキラにとってヒカルは魅力的で、いつも傍に居て囲碁を打ったり、またその笑顔を独り占めにしてしなやかな肢体
 
を抱き締めていたいと思う存在だ。その好きで好きで堪らないヒカルが、にっこり笑って布団を捲り上げて自分を迎え入れようと
 
してくれているのである。こんな事は滅多にない。あるならばチャンスは確実にモノにしておかねば、後で後悔の涙を滝のように
 
流すことになる。
 
 だが自分の部屋ならいざ知らず、ここは棋士レンジャー共有の部屋で破廉恥な真似をするわけにもいかない。ヒカルの怒り
 
も買うだろうし緒方に弱みも握られる。余計な失態はおかしたくない。けれど…眼の前のヒカルは余りにも魅惑的だった。
 
 内心で大真面目に懊悩するアキラのことなどお構い無しに、天然ヒカルは更に強烈な攻撃をしかけてくる。
 
「…ほら、こいよ……塔矢」
 
 色づいた唇から甘く掠れた声でアキラを呼び、ヒカルは布団を持ち上たまま自分の横をポンポンと叩いてみせる。無防備な笑
 
顔なのにどこか大人びていて、日頃見せる可愛らしさに加えて素晴らしく綺麗な微笑だ。襟ぐりの大きなシャツからは、白い鎖
 
骨と細い首筋があらわになり、微かに寝乱れた髪が項に絡まって凄絶な色気を醸し出している。
 
 清廉でありながらも扇情的に、ヒカルはごく自然なことのようにアキラを誘いかけてくるのだ。これで寝惚けているのだとした
 
ら、まさに詐欺である。
 
 恋するアキラがここまでされて我慢できる筈がない。今まで必死に抑えていた熱情が、一気に噴出する。
 
――プッツン! 
 アキラの理性の糸が音を立てて切れる音がした。
 
「し、進藤ぉぉ!!」
 
 一気に飛び掛り、笑顔を向けてくるヒカルまっしぐらに抱き締めようとする。
 
スカッ!! 
 が、しかし、その腕の中には何も納まらず、あろうことかそのままアキラは積み上げてあった座布団の山の中に頭から突っ
 
込んでしまった。囲碁界の王子の肩書きもかたなしである。
 
 その上追い討ちをかけるように、土砂崩れにまで巻き込まれて上半身が埋められる。
 
「あ?おまえなにやってんの?」
 
 そして次に聞こえたとてつもなく冷たく呆れたヒカルの声に、アキラは地の底までも落ち込んだ。やはり詐欺である。
 
 アキラの理性が切れた瞬間、唐突に覚醒したヒカルは身を起こしてアキラの腕を無意識に避けていたのだった。
 
 ヒカルは悪くはないが、アキラにとってこれほど悲しいことはない。だがいつまでも落ち込んではいられない。ヒカルと朝を迎
 
える時の今後の参考にする為にも貴重な体験だったといえる。今度ヒカルを泊めたら今回のような感じで起こしてみよう、中々
 
名案だ。座布団の山に頭を突っ込んで僅か0コンマ何秒のうちに頭の中で作戦を練り、勝手に自己完結して立ち直っている。
 
 自己完結は天才の常だと言われているが、ここまで馬鹿らしいとナニヤラと紙一重だ。
 
 さて、ヒカルはアキラのことなど完全無視で、大きな欠伸をしながら立ち上がり、うーんと伸びをする。昨夜は遅くまで棋譜並
 
べをしていて少し寝不足気味だったのだ。昼寝もたっぷりしたことだし、気分はすっきり爽快である。
 
 起こしてくるアキラの声が聞こえていたので姿を探すと、何故か座布団に埋もれている。そしてそんなアキラにかけた声が先
 
刻のあの冷たい問いであった。いつものことながら、ヒカルにとってのアキラの行動は時折わけが分からない。しかしその原因
 
が自分にあるとは露ほども思わないのがヒカルたる所以だった。
 
 一々気にしたところで、アキラのこのおかしな行動が改まる筈もない。気にするだけ無駄だから流しておけばよいのだ。
 
 ヒカルは、何とか座布団の山から這い出して麓で律儀に正座したアキラを尊大に見下ろすと、
 
「おい、片付けとけよ」
 
 自分が寝ていた座布団と羽根布団、崩れた山を顎をしゃくって命令口調で指し示して靴を履き始めた。アキラを手伝うどころ
 
か自分の分まで片付けさせるとは、傍若無人さここに極まれりだ。しかしアキラはヒカルのこういう態度は慣れているのか、文
 
句一つ言わずに手早く片付け、ヒカルが靴を履き終わる頃には元通りに戻していた。
 
 普段どおりに靴に手を伸ばすアキラを見やり、ヒカルはその乱れた髪を手櫛で整えてやる。途端に、自分に瞳を向けて大き
 
く見開いたまま硬直し、どういうわけか顔を赤らめている少年を訝しげに覗きこんだ。
 
「……ん?どうかしたのか?おまえ顔赤いぞ」
 
「あ、いや…その…なんでもない……」
 
「まあいいや、ほら元通りだぜ。おまえ髪ぐらいなおせよな」
 
「う、うん」
 
 素直に頷くアキラにくすりと小さく笑い、ポンポンと叩いて髪を撫でつけていた手を離す。
 
 ヒカルに髪を梳いてもらったという事実だけで、アキラは幸せでぼーっとしてしまう。たったそれだけのことでも、ヒカルから何
 
かをして貰えるというだけで、彼にとって嬉しい事はないのだ。尤も、ヒカルはわざわざアキラに何かしてやろうと意識したことは
 
ない。意識せずともするところが天然なのであり、アキラを振り回す結果となるのだが…本人はやはり気付いていなかった。
 
 幸せに浸るアキラのことなどまるで意に介さず、ヒカルは何食わぬ顔であっさりと爆弾を投下する。
 
「塔矢、オレ今晩おまえん家泊まりに行くぞ。棋譜の検討したいんだ」
 
「え?……あ、うん」
 
「夕飯はラーメンな。新しい店ができたしそこで食べるから」
 
「…あ、うん」
 
「んじゃさっさと行こうぜ。起こしに来てくれてサンキューな」
 
 にこりと微笑まれ、アキラは嬉しさを隠し切れずに笑い返した。その笑顔に微かにヒカルの頬が赤く染まったものの、アキラ
 
に気付かれる前に顔をふいと向けてしまう。
 
 アキラはそうとは知らずに、ヒカルを少しでも身近に感じたくて、そっとその手を握ったのだった。