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 話は昼に遡る。 
 いつものように、ヒカルはアキラの研究室で資料を勝手に漁っていた。
 
 アキラの自宅の研究室には古今東西の歴史、伝説、神話などに纏わる多くの古文書やその写し、関連書物などの資料が豊富にあ
 
る。そういった類の物を散らかすのは名目上助手のヒカルで、直属の上司で研究者のアキラが整理整頓し、分類するのが何故か役
 
割分担になっていた。ヒカルは確かに助手という立場であるのだが、実質的には対等なパートナーである。
 
 特に、二人がそういう関係になってからは、こういった分担が更に顕著になった。だが、互いに適材適所という暗黙の了解事項がある
 
ようで、彼らは敢えてこの問題について煩く言い争うことはない。せいぜいアキラが小言を言う程度だ。
 
 尤も、もっとくだらないことではしょっちゅう痴話喧嘩を繰り返すのだが。
 
 今日が今年最後の講義で、明日からはクリスマスと年末年始の休暇が始まる。
 
 ヒカルがアキラの名目上の助手となってから、三度目の休暇だ。最初は戸惑いもしたが、今ではすっかりこの生活にも慣れた。
 
 アキラは大学に行っている時は眼鏡をかけて髪型も変えているが、家に帰るとさっさと元に戻すようにしている。眼鏡も度の入ってい
 
ない伊達眼鏡で、実際にはかける必要もないくらい眼はいいのだ。
 
 髪型を変え、伊達眼鏡をしている理由の一つは、年若いので少しでも講師らしく大人っぽく見せるためである。
 
 最近は特に物騒で、遺跡で盗掘団と一戦を交える可能性も高く、各地で紛争が激化するにつれてそれも当たり前になりつつある。
 
 荒事に巻き込まれることも当然ながら多い。一番の理由は、一目で正体をばらさない予防策だった。
 
 髪型と伊達眼鏡のみなど通常なら変装とも呼べないような程度なのに、アキラの場合は驚くほど雰囲気が変わって別人に見える。
 
 事実、ヒカルもアキラの変装に騙されたクチで、彼のちょっとした一工夫はかなり身を結んでいる。
 
 その日、ヒカルは脚立の上に座って、古代伝説の『支配の王錫』と『浮遊城』の文献に眼を通し、アキラは少し離れた自分専用の机に
 
齧りつき、先日入った遺跡の研究レポートを仕上げるのに没頭していた。
 
 この遺跡でも多少トラブルに巻き込まれた。遺跡調査の真っ最中に盗掘団と鉢合わせし、大立ち回りをしたのだ。二人にとってはさし
 
て気にするほどのトラブルではないものの、盗掘団にとっては踏んだり蹴ったりの散々被害を被った。
 
 それでも彼らなりには穏便に解決したつもりでいる。だが、噂を聞きつけた知り合いから、もっと地味に活動しろというお叱りの手紙を
 
貰ったりもしていた。そんな手紙を貰ったアキラは、ひどく不本意で憮然とした顔つきになったものだ。
 
 何せ今回の遺跡調査で乱暴狼藉を働いたのはヒカルの方であり、自分はかなり大人しくしていたという自覚がある。
 
 あくまでもそれはアキラの主観であるので、被害者(盗掘団)からすると「どこが大人しかったんだ!?」と悲鳴混じりに叫ぶことだろう。
 
 自分達に甚大な被害をもたらしたあの暴れっぷりが控えめだったというのなら、普段どんな行動をしているのか想像するだに恐ろしい
 
と感じるに違いない。
 
 トラブルに遭遇したとはいえ、成果はあった。
 
 今回の遺跡の研究結果をクリスマスまでにレポートに仕上げ、ヒカルと二人で熱い冬を越すのがアキラの目下の計画だ。
 
 その為にも一刻も早く仕事を終わらせたいのが本音である。当然ながら、下心は大いに満載だった。あれこれと冬の計画を練るアキ
 
ラだが、目元は涼しげで下心などまるでなさげに見える。美形はどんな行動をとっても様になるという典型のようだ。
 
 だがしかし、先程からアキラの手元にあるレポート用紙に書かれるべき内容は、一向に進んでいない。どうもさっきから気になることが
 
あり、思考が散漫になって集中できないのだ。レポートを書こうとすると、何かの反射光が顔や眼ににぶつかってくる。これが気になって
 
どうしても考えが纏まらず、関係ないことを考えたりする。頭を振って瞬きした瞬間に、鋭い光が眼の中に入ってきた。
 
 眼前でフラッシュを炊かれたような錯覚を覚え、苛立たしげに顔を上げると、アキラは光の発生源を睨みつける。
 
「進藤!キミはさっきから何をしているんだ!?」
 
 突然の怒鳴り声に、脚立に座っていたヒカルの身体が驚きにビクリと跳ね上がった。
 
 この書斎には壁際に天井まで届くほど高い場所にまで棚があるだけでなく、幾つもの本棚が所狭しと置かれて本が詰め込まれている。
 
 しかも本棚の背が高く、上の方だと脚立がなければ手が届かない。書斎という表現よりも、小ぶりの図書館の方がしっくりくるだろう。
 
 唯一書斎らしさを醸し出すのは、明りとりの窓の傍にある据えられた重厚な机と椅子だけだった。
 
 目的の本を読むために脚立を出し、降りるのが面倒でそのまま読んでいたヒカルにはアキラの声は実に唐突に聞こえた。
 
 ヒカルは基本的に本を読むのは好きではない。だが興味のあるものは別で、解釈が非常に面白く内容も充実しているものだと、意識を
 
集中して没頭する。それだけにアキラの怒声に驚いたのはヒカルの方だったのである。
 
 大きな机越しに下から睨んでくるアキラを見下ろして、脚立に座り込んだままきょとんとしたまま間の抜けた声で問いかけた。
 
「はあ?いきなり何だよ、おまえ」
 
 アキラに怒られるようなことをした覚えがないヒカルは、不審げに眉を顰めて小首を傾げる。その動きに添うように半月形の銀貨のよう
 
なものが午後の陽光にキラリと輝いた。反射した光にアキラは眩しげに瞳を細めたものの、不意に考え込むように俯いて顎を指で添え
 
た。怒ったかと思うと急に黙り込み、相手の問いに答えもせずに思考に没頭する。
 
 随分と失礼な態度だが、ヒカルにはアキラのこういった一連の突拍子もない行動に慣れているので、さして興味も持たずに再び本に
 
視線を戻した。ところがそれも長く続かなかった。ガタン!と派手な椅子の音がしてアキラに眼を向けると、彼はヒカルの首元を食い入
 
るように凝視しながら、回り込む時間も惜しんで片腕を支えに大きな机をひらりと身軽に乗り越えていた。
 
 午前中は大学に行っていたため動きにくいスーツ姿のままだったというのに、それを全く感じさせない淀みのなさだ。
 
 大学の講師をしているだけの、細身の少年ができる動きではない。スポーツ選手のような身軽さを思わせる華麗な動作だった。
 
 思わず見惚れそうな一連の所作にヒカルは感銘を受けた様子もなく、少年はアキラが傍に来るのを当然のように待っていた。
 
 ほんの数歩で脚立の足元に辿り着くと、アキラはヒカルに手を伸ばす。正確にはその首元に。
 
 日頃は鈍いヒカルも、こういった事では彼の意図をすぐに汲み取れる。
 
 アキラが見やすいように身体を少し前に傾けると、半月形のペンダントトップがアキラの掌に吸い込まれるように落ちた。
 
 彼はそれをしげしげと眺めている。細い指先で形をなぞり、表面を撫でて射抜くように見つめた。
 
 眼鏡をかけていない彼の瞳は、柔らかな物腰とは正反対に炯々と輝き、切れ味の良い刃のように鋭い。
 
 ヒカルは初めてアキラと出会った日から、彼の持つ真剣で強い力を宿したこの眼に惹かれたのだ。
 
 アキラはヒカルの視線に気付かず、自分の胸元からも同じ物を取り出し、ヒカルのペンダントと見比べる。
 
 二人が身につけているペンダントトップは元は同じ物が別れてできたものだ。それぞれが雪辱に燃える相手と初めて認識した人物とを
 
繋ぐ因縁の品だと思っていたことと、文化的にも価値のある品でもあったので、メダル自体に穴を空けたり傷をつけたりせずに、特注の
 
ケースに填めこむことで装飾品として扱えるようにしてある。ネックレスという装飾品としたのは、常に身につけていられるからだ。
 
「どうかしたのか?」
 
「……………」
 
 僅かに下方にあるアキラの耳元に屈むようにして尋ねるが、アキラは自分の考えに没頭しているのか曖昧に頷くだけで、答えようとは
 
しない。ヒカルは方を竦め、留金を外してアキラの掌にペンダントを載せると、脚立から音もなく降りた。あのままの体勢でいるのも疲れ
 
るし、外した方がアキラにも見やすい。ヒカルにしては気遣いもきいた妥当な判断といえるだろう。
 
 ヒカルはサーバーからコーヒーをカップに注いで黒檀の机の上に置くと、その横にどっかりと腰を下ろした。普通の机なら座っただけ
 
で揺れてコーヒーが零れるところだが、重厚な机はびくともしない。
 
 そのままヒカルは足を組んで、置いておいたコーヒーを悠然と口にする。
 
 日頃のアキラなら、ヒカルがこんな行儀の悪い真似をすると目くじらを立てて怒るのだが、今はそんな余裕もないらしい。
 
 しばらくアキラは二つに分かれたメダルを見つめていたが、ようやく考えが纏まったのかヒカルへと振り返った。
 
「―――で?」
 
「あ、うん。このメダル……元から二つに分かれるようになっているだろう?」
 
「………んなこと、最初から分かってんじゃん。ガキの力で割れるような代物じゃねぇんだぜ?」
 
 何を今更……と言いたげなヒカルの視線に、アキラはどことなく苛立たしげに眉を顰める。自分の考えを上手くヒカルに伝えられない
 
もどかしさを払うように、軽く髪をかき上げた。
 
「二つに分かれるのに何らかの理由があるのなら、一つになっても何かあるかもしれないってことだよ」
 
 アキラの言葉にすぐにピンときた。ヒカルが眼だけで問いかけると、アキラは核心に満ちた顔で頷く。
 
 六年前の最悪な出会いの後、銀貨(二人はそう思っていた)を持って互いの保護者の元に帰った時、二人の保護者はこれは割れて
 
壊れたのではなく、元から分かれるように構造上なっているのだと教えられた。ならば、一つに戻すこともできる。再会して互いの力量を
 
不本意ながらも認めるようになった頃、ヒカルとアキラは割れた銀貨――貨幣ではなかったため正確にはメダルを元通りつけてみた。
 
 メダルの表面には何か宗教的な意味があるのか、奇妙な印が描かれているが、裏面は鏡のように滑らかで何もない。
 
 縁には細かなラテン文字で奇妙な言葉が書かれていたものの、それの意味も何を指しているのかさっぱり分からなかった。
 
 色々と実験をしたものの、成果は何も得られず、二つに割れる理由も全くもって謎のままであった。アキラは探求しだすととことんまで
 
やりぬく傾向があるが、意外と面倒臭がりな部分もある。
 
 実際、他の研究の最中であったことも影響して、そのまま放っておくことにしたのだ。
 
 因みにヒカルが早々に考えること自体を放棄してしまっていたのは、言うまでもあるまい。
 
「進藤」
 
アキラの声に促されてヒカルが胸元を見ると、丸い光に照らされた中に何かの影のようなものが見えた。
 
「―――これが答えだ」アキラの手の中には一つに戻ったメダルが握られ、それの反射した光がヒカルの胸元を照らしている。
 
「魔鏡かよ……」
 
 ヒカルは自分の僅かにはだけた襟元を照らす光から得られた答えに、小さく息を吐くように呟いた。
 
「ああ。さっき光線の具合でボクの眼に反射したあの光で気付いたんだ。鏡みたいに表面が滑らかな点も、決め手の一つになったよ。
 
これはどうやら二重構造になっているようだね」
 
 アキラはヒカルに同意するように頷いてみせる。魔鏡とは古代中国で生まれたと言われる、光の魔術を使った特殊な工芸品である。
 
 水面の波紋が端や建物に写しだされる原理と魔鏡は同じものだ。一見平らに見える鏡面や水面にも、肉眼では捉えきれない細かな
 
凹凸がある。そこに光が当たると部位によって反射角度に微妙な違いができ、その反射光が像を結ぶと明暗のある文様を作り出す。
 
 ヒカルとアキラが持つ魔鏡は一見したところ大きめの一枚の銀貨か小ぶりなメダルにしか見えないが、実は二枚を重ねた二重構造に
 
なっており、その内側に何らかの文様が描かれているのだ。
 
「けどさ、何だってこんな物が南米の神殿にあったんだ?」
 
「見たところ銀貨かメダルだが、随分古い点も気になるな」
 
 器用に光の反射を調節し、アキラはヒカルの白い胸元を照らす像を食い入るように見つめる。
 
「文字と………絵が見えるな。表面を磨けば、もっと詳しく分かるだろうね……」
 
 ヒカルに伸し掛かるように机に手をつき、肌を軽く吸い上げ、下から見上げて嫣然と微笑んだ。
 
「キミとボクを出会わせてくれたこれが、幾つもの謎を秘めているというのは、中々運命的だと思わないか?
 
(……そういう考え方もあるわけだ……)
 
 息を吹きかけるようにして耳元に囁いてくるアキラの熱っぽい声を聞きながら、ヒカルは内心苦笑を零す。
 
 アキラは頑固なほど現実主義者のくせに、妙にロマンティストなところがある。対してヒカルは、超現実的な事柄をあっさり受け入れ
 
る思考があるにも関わらず、意外と運命だとか天運と呼ばれるものに関してはドライだった。
 
 特に運命論をヒカルは好まない。この世に起こる一切の事象が、最初から最後まで勝手に決められているだなんて、人生など意味
 
がなく、ちっとも面白くない。アキラを想う自分の気持ちも、ヒカルを想ってくれるアキラの気持ちも、何もかもが押し付けられたものだ
 
というのなら、偽りでしかない。そんなものは『クソ喰らえ!』だ。
 
 ヒカルは自らの意思でアキラを想い、アキラもまた自身の心でヒカルを想ってくれている。勝手に決められたレールの上を走る気な
 
どない。自分の道は自分で決める。これまでヒカルはそうしてきた――そしてこれからも。
 
 ヒカルにしてみれば、自分達の因縁は運命というよりも腐れ縁じみているような気がする。しかし、わざわざそんな事を口に出すつも
 
りはない。ただ自分でも不思議なのだが、自分達は出会うべきして出会う宿命だったのかもしれない、とだけは少しばかり感じている。
 
 アキラと再会して互いに想い合うようになったのはそれぞれの意思ではあるけれど、出会いのきっかけは何者かの作意がどことなく
 
見え隠れしている、ような気がした。憶測にもならなず勘とも呼べない曖昧な感覚でしかないが。
 
 ヒカルがぼんやりと自身の思考に没頭している間に、アキラのては手早くボタンを外してヒカルのシャツを脱がしにかかっている。
 
 体重を軽くかけて広い机の上に愛しい少年を押し倒し、囲うように腕を身体の両脇について見下ろした。
 
 磨かれた重厚な黒檀の机に金色と黒の混じった髪と、肌蹴られた白いシャツが広がり、白磁のような滑らかな肌を晒して横たわって
 
いる姿は、色のコントラストも相俟ってどことなく淫靡な印象を受ける。普段するベッドと場所が違っているせいもあるだろうか。
 
「……ここだとマズイんじゃねぇの?」
 
 ここまで何となく流されてそのまま受け入れていたヒカルだったが、今更のように状況に気付いて落ち着かなげに視線を彷徨わせて
 
伸し掛かってくる男に問いかけた。
 
「ボクはここでしたい」
 
 だが、当然ながらアキラは即刻却下する。欲情に濡れ始めている彼の眼は、獲物を前にして爛々と瞳を輝かせる飢えた肉食獣のよ
 
うだ。ヒカルをここから逃がすつもりなど、微塵もないに違いない。
 
「机が壊れても知らねぇぞ」
 
 彼の意思が分かっていても尚、意識を散らそうと言葉を紡ぐが、それがヒカルの照れ隠しなのだとアキラには分かっている。
 
 細い手首を片手で纏めて反撃を防ぐ強引な仕草とは裏腹に、艶やかに微笑みながら優しげな物腰で退路を断つ。
 
「この机はそんな柔な安物じゃないよ」
 
「や、けどさ、その………んぅ!」
 
 諦め悪く言い逃れようとしたヒカルの言葉を封じるように口付け、きっちりと結んでいたネクタイを指先で器用に解いて抜くと背後に捨
 
てた。片手で自分の服を寛げながら、ヒカルの肌に唇を落とし舌を這わせていく。
 
 腕を引き剥がそうと身を捻ってもがくヒカルの手に、一つになった魔鏡を挟んで己の掌と重ね合わせる。
 
 一瞬金属のひんやりとした感触にビクリと身を竦ませたヒカルだったが、すぐに応えるようにアキラの手を握り返してきた。
 
 自然と解放された腕が背中に回され引き寄せられる。
 
 互いの熱を伝える伝導体のように、銀色の鏡は指を絡める二人の掌にあり続けた。