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 天化は着替えを終えて、それぞれ昨夜の残り物でわびしい朝食を済ませると、再び寝室に戻った。そこで彼らが見たものは、空っ 
ぽの寝台であった。あの状態の道徳が起きてどこかに出かけるとは考えられない。一体何が起こったのか、と疑問を浮かべながら
 
天化は
 素早く寝台の温もりを確かる。 
 ついさっきまで寝ていたらしく、まだそこは暖かい。そこでふと何かに気付いたように、天化は庭に向って誰何した。
 
「あーた誰さ!師父を返せっ!!」
 
 木刀を持って飛び出した天化の後を追い、少年の見詰める先へ太公望と竜綺も瞳を移すと、植木がカサリと音を立てて、ウェディン
 
グドレス姿の美女が自信に満ちた高笑いと共に登場した。
 
「オーホホホホホ!久しぶりね黄天化。清虚道徳真君様は頂いたわよ」
 
 彼女の言う通り、道徳はたおやかな細い腕に軽々と小脇に抱えられていた。未だに眠っているようだが、その顔色は恐ろしく悪く、殆
 
ど土気色になっている。
 
「うううぅ…強烈だのう……」
 
 それを見た瞬間太公望はくらりと貧血を起こしかけ、泣きそうな声でうめいた。彼にとってコレは『見たくないものベスト3』に入る情景で
 
ある。誰とは言わないが、自称セクシータレント三姉妹以来久々に強烈なヒット(?)だった。
 
「おお〜!師叔!美人だぜ!美女のウェディングドレス姿だって!!」
 
 反対に竜綺はこの状況にも関わらず、滅多に見れないウェディングドレス姿の女性に感嘆し、嬉しそうにはしゃいでいる。太公望の肩
 
を叩いて、写真を撮らせて貰って幸せを分けて貰おう、などと騒ぐ始末だ。
 
 何も知らずに楽しんでいる弟弟子を眺め、太公望は嘆きを篭めて囁く。
 
「……竜綺よ…。阿奴は果林という仙人でな、女性ではなく男だ。俗に言う御釜だが……それでも写真に収めたいか?」
 
 竜綺は石化した。無理もない。彼はあくまでもノーマルなのである。
 
 果林は道徳へ一方的な片思いを寄せる御釜仙人だ。昔は紫陽洞で修行をしていたのだが、昇仙後御釜に変貌してからというもの、
 
道徳に徹底的に毛嫌いされている。数年前に道徳を巡って天化とちょっとした諍いを起こして以来、姿を現さなかったのだが……。
 
 このような説明を行っている外野達に構わず、彼女(彼)は挑戦的な声で天化に話しかけた。
 
「積年の恨みを晴らしてあげるわ。雲中子様特製の睡眠薬に加えて、苦節七百年かけて完成した術の効き目は抜群だったようね?これ
 
で道徳真君様はあたくしのものよ〜!!」
 
 どうやら果林は、雲中子の作った薬が睡眠薬だとしか知らされていないらしい。真実(媚薬入り精力増進剤)を知られると更に話がやや
 
こしくなるところだったので、片棒を担いだとはいえ、雲中子に感謝したい気持ちになる太公望であった。
 
「やっぱりてめぇかクソカマ果林!!師父に指一本でも触ったらぶった斬ってやるさっ!!」
 
「うふふふふ…指一本どころか抱き締めちゃってるわよ?頬擦りもしちゃおうかしら……」
 
 果林は言葉通りに道徳をぎゅむっと抱き締め、天化に見せつけるように道徳に頬をすり寄せた。
 
 途端に眠る道徳の眉間に縦皺が刻まれる。
 
「……嫌がっておるのう…憐れな……」
 
「…気持ちは分かるぜ、道徳……!」
 
 太公望はハンカチで目頭を押さえ、竜綺は堅く拳を握り締めて道徳に心底同情した。
 
 何といっても道徳は大のお釜嫌いである。例え眠りに落ちて意識がなくとも、嫌悪をは感じているに違いない。現在の彼の状況は、逃げ
 
出したくても逃げられない、檻に繋がれているも同然だ。
 
 一方天化はわなわなと震えていた。碧の瞳は怒りに染まり、小柄で均整のとれた肉体からは恐ろしいほどの嫉妬の炎が燃え上がって
 
いる。みしり、と音を立てて握りつぶされ粉々になった木刀の柄を見た太公望と竜綺は、天化の様子に気付きながらも敢えてコメントを差
 
し控えて見なかったことにしようと視線を逸らす。
 
「変なヒラヒラした服着て何するつもりさ!!……許せねぇ…!勝手に人のもんを持ち出しやがって……!!」
 
 腰に据えた莫邪を抜いて、今にも斬りかかりかねない天化の口調に、完全に忘れ去られた二人はどうすべきか迷う。止めるべきか、そ
 
れとも傍観者に徹するべきか。結果、彼らは下手に口出ししない方が得策と判断した。さわらぬ神に祟りなし、である。
 
「じゃね、天化ちゃん。あたくし達はこれから式を挙げてハネムーンですの。オーホホホホ!」
 
 果林は勝ち誇った笑いと共に手に持つブーケを天化に向かって投げた。それは天化の手に届く前に、空中で風船が破裂するような音を
 
立てて爆発する。真っ白な煙が辺りを包み、その中を花びらが優雅に舞って3人の視界を遮ぎる。
 
 煙が完全に晴れた時、果林の姿は庭から忽然と消えうせていた。
 

「あいつの足跡は門に向ってるさ。師叔!早くこっち来るさ!」
 
 果林を猛然と追いかける天化の後に、太公望と竜綺も嫌々ながら着いて行く。
 
(…ていうか、何で一緒に行かなきゃならないんだ?)
 
 今や天化の助手と化して、後ろを走っている自分達の立場に理不尽なものを感じる二人だった。
 
 先頭をきって走る天化が洞門を出ようとしたところで、お使いにやってきた楊ゼンに危うく衝突しかける。楊ゼンが上手く脇にどいたお陰
 
で何とかなっていたが、ぶつかっていたら3人もろとも修行広場に続く階段を転げ落ちていたに違いない。
 
「……竜綺、太公望師叔、それに天化君。これは一体なんの騒………」
 
 驚いて口にした楊ゼンの疑問を遮り、他の二人に喋る隙すら与えないタイミングで、天化は言い放つ。
 
「ゴヂラに変化するさ、楊ゼンさん」
 
「へ?あの……ゴヂラ…って……?」
 
 何故いきなり変化(しかも美形の自分がゴヂラ)で、さっぱり分からずまごまごしていると、それだけで天化は苛ついたらしく、胸倉を掴
 
んでガクガクと揺さぶってきた。完全に召使と化した二人は、天化の剣幕の凄まじさに止めようともせずにただ見ているだけである。
 
「俺っちがしろっつってんだからすりゃいいんさ!」
 
「グ…グェ…ぐるじい……」
 
 泡をぶくぶくと吐いて意識を失いかけている楊ゼンの事など構わず、引き摺るようにして広場へ降りてから開放すると、重ねて命令する。
 
「待たせんじゃねぇよ!つべこべ言わずにさっさと変化すっさっ!!」
 
「ハ、ハイ…!」
 
 噛み付かんばかりの勢いで怒鳴りつけられ、楊ゼンは慌てて変化する。事情も何も知らされず、ただお使いに来ただけで騒ぎに巻き込
 
まれた彼は、太公望と竜綺に続いて3人目の被害者となったのだった。次代崑崙教主最有力候補も、こうなると形無しである。
 
 巨大怪獣に変化した楊ゼンに天化がひらりと飛び乗ると、二人も後に続く。本心としては着いて行きたくない太公望達であったが、天化
 
が更に怒って見境がなくなった時の事態に備え、ここはついて行くことにする。
 
「おらぁ!襲え!!」
 
 天化の号令一下、ゴヂラは広場を走る果林の後を追い始める。何もない殺風景な修行広場では、ウェディングドレスの白は実に目立っ
 
てすぐに彼らは逃げる果林を追いかけることができた。
 
 地響きを立てて走るゴヂラのお陰で大地は地震さながらに揺れ、屋敷では家具が倒れ食器が割れたりして多大な被害を被っているこ
 
とは確実だ。
 
 真っ白なヴェールが果林が走るたびに風で優雅に揺れる。だがそれも、男を肩に担いでいるお陰でロマンスから遠ざかっていた。
 
 追い縋る彼らに向って果林は余裕たっぷりな仕草で振り返り、見せつけるように今度は道徳の頬に口付ける。
 
「ひぃぃぃぃぃ〜!!……うなされてる、すっげーうなされてるぅ〜…!」
 
「道徳の奴……目覚めていたら絶対に発狂しておるな……」
 
 余りの気色悪さに竜綺は頬に手を当てて身悶え、太公望は頬を引きつらせてあらぬ方向へ眼を泳がせる。決して自分達は体験したく
 
ない光景に、二人とも道徳の反応に対して妙に客観的な解説を行ってしまったようだ。
 
 思わず鳥肌の立った腕をさすり、彼らは先刻から沈黙を続ける天化へ、恐る恐る視線を向けた。途端に、太公望と竜綺はついてきたこ
 
とをどうしょうもなく後悔する。二人とも心中で滂沱の涙を流しつつこう思わずにいられなかった。
 
(頼む…今すぐ降ろしてくれ)
 
(……もう嫌だ……帰りたい…)
 
 先刻からの天化の沈黙は、火山が大噴火する前の沈静状態だったのである。
 
『黄天化の天下無敵!!世界最強(凶)の嫉妬モードに入った!黄天化の全能力が上がった!(無限大)』
 
 RPG調で表現すればこのような感じだろうか。実際には、暢気にRPG調で語っている場合ではない。
 
 何せ今の天化は噴火した活火山そのものである。山頂部からは火柱が燃え上がり、灼熱のマグマが沸き立ち周囲を焦熱地獄へと変
 
え、揺れ動く大地が巨大な地割れを作っている光景が、天化の背後に見えてきそうだった。
 
 碧の双眸を爛々と輝かせ、少年は不気味なまでに静かな声音でゴヂラに指示を下す。
 
「………踏み潰すさ……!!」
 
 天化の持つ殺気に、太公望と竜綺は本気だと確信した。紫陽洞の師弟は怒り心頭に達すると、静かになる傾向にあるようだ。それだけ
 
に内から滲み出す殺気と怒りに重みが増して恐ろしい。今の天化を前にして比べれば、聞仲や申公豹ですら可愛く見えてしまうだろう。
 
――…そ…それはちょっとできないよ…天化君
 
 楊ゼンからの心話が天化の耳に届いたが、少年は聞く耳を持たない態度も顕にゴヂラの頭部を拳でガツンと殴り、もう一度繰り返す。
 
「いいから、さっさと踏み潰すさ!」
 
――…………(そんな事をして、後でばれたら全部僕のせいじゃないか。だからここにだけはお使いに来たくなかったんだよ…)
 
 今の状態の天化にはとてもではないが面と向って言えず、楊ゼンは心話にすら隠して言葉にならない文句を半泣きになって呟いた。
 
「の……のう天化。……そんな事をすると、道徳も巻き込まれるのではないか……?」
 
 黙り込んでしまった楊ゼンを援護するように、太公望は殆ど及び腰でビクビクしながら声をかけた。背後から寄せられた至極尤もな意
 
見も、嫉妬に狂った天化にはうるさい蚊が耳元で飛んでいるのも当然だ。
 
 少年は勢いよく振り返ると、地獄の業火のように燃え盛る嫉妬の炎を背中に背負ったままピシャリと切り捨てる。
 
「御釜なんかにキスされてる奴が悪いのさっ!!!」
 
 たかだか『ほっぺにちゅう』だけでそれぐらいはされて当然だと考えているところがまた怖い。どんなに頑丈な人間でも、ゴヂラに踏み
 
潰されたら無事では済まないというのに。しかも道徳は全くの無抵抗な状態であったにも関わらず、だ。
 
「う、うむ……」 
「……さ、さいですか…」
 
 最初とは比べものにならないほどの天化の怒りように、太公望と竜綺はそれだけ応えるので精一杯だった。本当は二人とも、あれは
 
不可抗力なのでは?と考えていたのだが、口に出す勇気
は欠片もない。ただひたすらこれ以上天化の怒りが助長されないことを祈る 
のみだ。怒りに冷静さを失った人間は時として天上天下唯我独尊になるものだという、典型的な例である(天化の場合は特にだが)。
 
 彼らの祈りを天が見捨てることはなかった。ゴヂラこと楊ゼンが、果林を大きな足で蹴り飛ばしたのだ。
 
(道徳師弟ごめんなさい。恨むのなら天化君を怒らせた御釜か、御自分の凶暴な愛弟子を……)
 
 果林を跳ね飛ばした瞬間、楊ゼンはこう心中で道徳に弁明したという。
 
 その弁明が届くかどうかは別として、彼は一応のところ天化に言われた命令と役目を果たしたのだった。